人事制度の根幹をなす制度のひとつに評価制度があります。評価制度は人事制度の中でも報酬制度と並んで特に設計が難しく、運用も一筋縄ではいかない側面があります。一方でうまく運用できれば組織のパフォーマンスを高め、企業の業績に影響を与えることもできるでしょう。 しかし近年では評価制度を実質的に廃止する企業も出てきました。評価制度の本質とはいったい何なのでしょうか。そこで今回は評価制度の考え方から具体的な評価制度の例、最新トレンドまでをご紹介します。

評価制度とは?

あなたは評価制度についてどうお考えでしょうか。単に評価される側として、「給料が決まる根拠となるもの」と考えていらっしゃるかもしれません。しかし評価制度の本来の意味は、単に給料の支給根拠だけではありません。

評価制度の定義

評価制度は、従業員の企業業績への貢献度を評価する仕組みです。その目的は報酬の最適な分配を行いひとりひとりの給料を決めるだけではなく、従業員のモチベーションやパフォーマンスを引き出すことも含まれています。評価制度の背景にあるのは、動機づけという考え方です。 動機づけは特定の行動に対してモチベーションを高めることを意味しています。動機付けには外発的動機付けと内発的動機付けの2つの方法があります。外発的動機づけは報酬や待遇、職場環境といった人の行動や心理に外から影響を与える要素でモチベーションを高める取り組みです。 内発的動機づけは、仕事のやりがいや楽しさといった人の内面的要素を刺激することによってモチベーションを高める取り組みです。評価制度は、この2つの動機づけをうまく作用させて人のもつ潜在的なパフォーマンスを引き出す仕組みと言えるでしょう。

人事戦略と人事政策の違いと評価制度の考え方

評価制度をより深く理解するには、人事制度の全体像を理解する必要があります。なぜなら評価制度は、あくまでも企業の人事戦略を実現する手段の一つだからです。企業の人事の仕組みの根幹には、人事戦略と人事政策があります。 人事戦略は経営戦略を実現するための重点的な人事課題を整理したものです。人事政策は人事ポリシーともよばれ、人事戦略を実現するための基本的な方向性や考え方を端的にまとめています。例えばソフトバンクグループでは、人事ポリシーとして「勝ち続ける組織」の実現、「挑戦する人」にチャンスを、「成果」に正しく報いるという3つの軸を掲げています。 こうした基本的な考えのもと、評価制度、報酬制度、雇用制度の3つの制度がつくられていくのです。実際にソフトバンクグループでは、人事ポリシーに沿って評価制度は貢献度評価とバリュー評価を組み合わせたものを採用しています。 つまり成果を出す人をきちんと評価する一方で、「挑戦する人」といった行動面でも評価する仕組みとなっているのです。このように評価制度はどの企業も一律ではなく、企業戦略や人事ポリシーによって考え方が大きく異なります。

評価制度の目的

先ほどご紹介したように評価制度は人事戦略を実現する3つの制度の一つです。では雇用制度、報酬制度、評価制度といういわば「人事の3つの神器」の中で、評価制度はどのような目的のもとで導入・運用されるのでしょうか。

企業が従業員に求める行動を奨励するツール

本質的な評価制度の目的を改めて考えてみると、「会社が奨励する行動を促進し、奨励しない行動を減らす」制度だと言えます。会社は業績を上げた社員を評価し報酬や役職などの待遇を約束します。 一方で業績に貢献しない行動など会社が奨励しない行動をとった社員には降格や減給を行います。こうした報酬や待遇による外発的動機づけにより、社員は会社の望む方向性に沿って行動するのです。会社の視点から見ると、評価制度は社員の行動をコントロールする仕組みの一つと言えるでしょう。 また、報酬や待遇などの外発的動機づけだけでなく、やりがいや仕事の面白さなどの内発的動機づけを行う仕組みとしても機能します。一般的に外発的動機づけは業績に対する貢献度評価によって行われ、内発的動機づけはバリュー評価やコンピテンシー評価などの行動評価によって行われます。

企業理念や戦略の実現

企業理念や経営戦略の実現ツールとしても評価制度は有効です。特に、企業理念を実現する仕組みとして評価制度はよく使われます。企業理念は、会社の存在意義を言葉に表したものです。会社が存在する理由が企業理念であり、企業理念実現のために会社は事業として世の中に価値提供を行います。 企業理念はその会社に所属する社員全員が共有する価値観です。社員全員が会社の目指す方向性を理解していれば、社員は自らの判断で行動することができるでしょう。また、その価値をより具体的にどうやって提供するのかを中長期的に定めたものが経営戦略です。 こうした企業理念や経営戦略に関する項目を評価制度に盛り込むことで、社員は評価を通じて、どの行動が理念や戦略に沿ったものなのかを理解できるのです。

従業員のパフォーマンスの最大化

評価制度は、従業員のパフォーマンスを最大化する仕組みとしても機能します。パフォーマンス向上の仕組みとしては大きく2つの機能があります。 1つ目は人材育成ツールとしての機能です。評価制度は従業員に会社が望む行動を促し、その行動を評価します。評価サイクルを四半期単位や月次単位などの短いサイクルにすれば、より短期間に従業員の行動へフィードバックができます。こうしたフィードバックを通じて従業員は業績をあげるための具体的な行動を学ぶのです。また、評価項目として社員に習得してほしい能力や知識・スキルを定めておけば、従業員はそれらの項目に対して自ら能力開発に取り組むこともできるでしょう。このように育成ツールとしても評価制度はとても有効な手段と言えます。 2つ目の機能は、内発的動機づけを促進するツールとしての機能です。評価制度は動機づけを行うツールとしてかなり昔から研究が重ねられてきました。そして様々な研究の結果、人は達成できるかできないかわからないギリギリのラインの目標が一番やる気が高まることがわかりました。 評価制度はこの人間の心理を利用して、少し高い目標を設定することで従業員のやる気を引き出すのです。また、企業によってはこの人の心理をうまく活用してすぐに達成できる目標、ギリギリで達成できる目標、かなり難しい目標の3段階で目標を設定している制度を導入しています。このように、評価制度をうまく活用すれば従業員のパフォーマンスを最大化することができるのです。

報酬の適正分配

別の側面から見ると、評価制度の報酬の適正分配を実現する仕組みでもあります。人事制度の中で最も難しい取り組みのひとつが賃金の分配です。賃金は従業員の生活満足度に直結するため、従業員に納得感のある賃金配分を行わなければ、最悪の場合、労働トラブルにもなり得ます。最近では少なくなりましたが、かつては賃金の分配をめぐって会社と労働組合が激しい闘争を繰り広げた時代もありました。 労働トラブルを防ぐためには、納得感の高い報酬分配が必要なのです。一方で報酬は全員一律同額で分配すればよいというものでもありません。企業業績への貢献度が高い従業員と全く働かない従業員を同等に扱って賃金を分配すれば、従業員のモチベーションが低下します。 そのため、企業は貢献度の高い従業員へ貢献に見合った報酬を分配するために、報酬の根拠となる評価を設定するのです。このように、評価制度は納得感の高い報酬分配を実現するツールでもあるのです。

代表的な評価制度

代表的な評価制度 評価制度と一口にいっても、様々な種類の評価制度があります。そこで代表的な評価制度を5つご紹介します。

MBO

最も代表的な評価制度がMBOです。MBOはManagement By Objectivesの略で、日本語では目標管理制度と呼ばれています。MBOは日本企業では一般的な評価制度として普及していますが、実はもともとは評価制度に限定した考え方ではなかったことをご存知でしょうか。もともとMBOは経営学者のピーター・ドラッカーによって1954年に提唱された組織マネジメントの手法でした。 ドラッカーは上司や会社が目標を押し付けるのではなく、従業員自らが適切な目標を考え、上司と合意することで、従業員自身の士気と生産性を向上できると考えました。つまり目的は評価ではなく、あくまでも従業員のモチベーションやパフォーマンスを引き出すことにあるのです。 一方、評価制度の視点から考えると目標管理制度は目標が明確になってフィードバックがしやすいというわかりやすさがあります。また、会社の目標を上位目標から従業員個人レベルの下位目標につなげられるのもMBOのメリットです。こうした明快さと運用しやすさから、MBOは日本企業で一般的な評価制度として普及しています。 参考:「目標管理とキャリア開発」(山口千鶴子著)

9ブロック

9ブロックとは、米重電大手のGEが考案した評価制度です。縦軸に従業員のポテンシャルを3つに分け、横軸に従業員の業績を3つに分けます。すると、3×3の9個のマスが出来上がります。この9個のマスに従業員を当てはめて評価するのが9ブロックです。 例えばポテンシャルが低く、業績への貢献度も低い従業員は企業に合わない人材として改善勧告や退職勧奨の対象になります。反対にポテンシャルが高く、業績への貢献度も高い社員はスター社員として次世代の幹部候補となるのです。 9ブロックはポテンシャルのある人材とそうではない人材を明確に分けることができるため、GEだけでなく、一部の日本企業や外資系企業で広まりました。しかし、現在では9ブロックは外部環境変化が激しく、キャリアが多様化する現代社会にはそぐわなくなり、ついにGEでは2016年に9ブロックを廃止しました。 変化の激しい現代社会では、新型コロナウィルスの影響のように急にビジネスがなくなり、新たなビジネスを生み出す必要が求められます。急激な環境変化の場面では過去のスキルや能力が通用しなくなるため、人材を明確に評価することよりも組織全体で環境変化に応じたパフォーマンスを上げていくことが重要です。そのためGEは新たにノーレーティングという評価制度を策定しました。ノーレーティングについては後ほどご紹介します。

OKR

近年、特に注目されているのがOKRです。GoogleやFacebookなどのIT企業が相次いで導入したことから話題になりました。日本でもメルカリなどのベンチャー企業だけでなく、花王といった大企業も導入を進めています。OKRは企業戦略を実現する仕組みです。特徴的な点が、上位目標が下位組織や個人の目標に分解されることと、全員参加型の評価制度である点です。 OKRは一見、MBOとよく似ているように感じますが、その思想は大きく異なります。OKRは企業戦略など会社が目指す方向性を全社ミーティングなどで社員と共有したうえで、戦略を実現する目標を個人レベルにまで分解する評価制度です。 すべての目標が連動しているため、組織全体で目標達成する力が高まります。OKRは評価制度を通じて組織のパフォーマンスを高める新たな手法として徐々に世界中の企業で広まりつつあるようです。

コンピテンシー評価

MBOと並んでメジャーな評価制度がコンピテンシー評価です。コンピテンシー評価は、その組織や職務で高業績をあげるための行動特性と定義されています。企業の中で主に育成ツールとしての意味合いが強い評価制度が、コンピテンシー評価です。 コンピテンシー評価では、その組織内で高業績をあげるための行動特性をいくつかの項目として選定し、それぞれの行動特性の達成レベルを定めて評価します。例えばある組織で「スピード感」が求められる行動特性の一つだとすれば、ハイパフォーマーの「スピード感」のレベルを最上位として、ハイパフォーマーと比べて現在どの程度の「スピード感」をもっているかを評価するのです。コンピテンシー評価は企業が求める特定の行動を奨励するために適した評価制度と言えるでしょう。

360度評価

他の評価制度と少し変わったやり方なのが360度評価です。360度評価は、評価対象者に対して上司だけでなく、部下や同僚からの評価も行います。全方向から評価を受けるため「360度」評価という名称がつけられました。 360度評価を受けることで、上司からの評価だけでなく、自分自身の仕事に関わる関係者からの評価をまんべんなく得ることができます。他の評価制度のように、上司だけからの評価を受けた場合、評価がよい方にも悪い方にも偏ってしまう場合があります。あなたも同僚からの評価はよいのに、上司からは評価されていない人を見かけたことはないでしょうか。 360度評価はこうした評価の偏りをなくし、ありのままの姿に近い評価を得られることが大きな特徴です。加えて評価を受ける本人も、自分がかかわる仕事の関係者からフィードバックを得られるため、行動改善や成長意欲の向上にもつながります。360度評価は評価を誰からもらうのか、設定が難しい面もありますが、公平で適正な評価を行えるツールとしては他の評価制度よりも優れていると言ってもよいでしょう。

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