2020年4月7日。安倍首相が緊急事態宣言の中で「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減する」と強調していた場面は記憶に新しい。この「接触8割減」は、その後の私たちの生活をどの程度変化させるべきかの判断基準として使われ、「現状では6割減にしかなっていない、もっと外出を控えなければならない」という国民の行動に対する評価の根拠になっていた。

組織をゴールに導くための「指標」

一部には、「Rt(実効再生産数)がKPI(重要業績評価指標)なのになぜ「接触」をKPIに変えたのか」という指摘もあった。「接触をKPIにして、パンデミックを防ぐかどうかは国民の自粛努力にすり替えているのではないか」「接触8割減にするだけで医療崩壊を防げるわけではない」という、「接触8割減」の是非も議論されていた。

組織をゴールに導くためにどのような「指標」を示すかはリーダーの力量が問われところだ。「ロックダウンをせず経済活動を続けながら、医療崩壊を防ぐ。」という目的を達成するために全国民にどのような「指標」を示すべきか、今も試行錯誤は続いている。

一般的な目標管理の手法

一般的な目標管理の手法
企業活動においては、事業戦略や経営計画をもとに年度の会社目標が設定され、それをKPIの指標にしていく。個々人の行動につなげるため、指標をブレイクダウンして部門目標、チーム目標、個人目標と落とし込んでいく。さらに個人の目標に関しては、MBOの目標管理制度で達成度を評価し報酬に反映させることで動機付けを行う。これが一般的に企業で行われている指標を用いたマネジメント、目標管理である。
この目標管理では、市場分析や精緻な見込みや計画をもとに適切な事業目標を設定すること、上位目標から個人目標までに連携させること、網羅性をもって設定すること、期限を定めること、達成度がわかるように数値化することが成功のポイントだ。理論的には、目標をいかに設定するかが目標達成の肝であった。

しかし近年、KPIに基づいたマネジメントやMBOの目標管理がセオリー通りに機能しない事例が増えている。事業課題がタイムリーに個人の目標に反映されず、年次の評価は形骸化して個人の人事評価にしか使われない、MBOは人事評価のために行われる仕組みになってしまっている。数値化した目標が、逆に事業の成長を妨げている。一定期間(年次)で指標をもとに達成度を確認する目標管理の手法が、事業の特性や環境にフィットしないのだ。

そんな中で注目されているのがOKRだ。OKRは、インテルで行われていた目標管理の手法をもとに、Googleで進化し一つの目標管理手法として確立した。イノベーティブな企業の成長のエンジンになっているということで注目されるようになった。

従来の目標管理とOKRの違い

目的(Objectives)を達成するための主要な結果(Key Results)を定める。主要な結果(Key Results)の進捗を確認しながら、目的(Objectives)を目指していくものであるから、基本的な枠組みは従来の目標管理と変わらない。
OKRについて解説している書籍には、従来の目標管理手法であるMBOとの比較が記載されている。「OKRの目標は達成70%でよい」「MBOは1年単位で目標設定するがOKRは3か月に1回」など運用の違いが主で、実際に設定されている目標や指標であるKRを見ても、多少の表現の違いがあっても従来のKPIやMBOの目標と大きな違いがわからないというのが正直なところではないだろうか。

従来の目標管理とOKRは何が違うのか、何を変えれば目標管理は機能するようになるのか。

本質的な違いは、指標の活用方法だ。何のために指標を設定し、どのように使うかということだ。
従来の目標管理は、目標に達成するための期限を設定することが前提になる。「2020年度営業利益●●円」という目標を達成するために、2020年度末までに必要なことを網羅的に洗い出し、達成に大きく影響することがKPIとして設定される。指標を設定することで、ゴールまであとどのくらいの道のりが残っているか、現在の地点を明確にすることができる。
一方でOKRは、目的地は設定して「まず、これをこの程度やろう」を明確にする指標を設定する。日々事業環境が変化することを前提とし、目的地にたどり着く時期を明確にすること、必要なことを網羅的に洗い出すといった計画に時間をかけない。限られた資源(人財、資金、時間)をどこにフォーカスするかを決める。
極端な言い方をすると、従来の目標管理の指標は結果を確認するために設定され、OKRの指標はこれからフォーカスすべきことを示すために設定されるものである。

このように指標を設定する目的が異なると、当然設定方法や達成度のとらえ方も変わってくる。
結果をきちんと確認しその差を分析して次の活動につなげるための指標は、ターゲットの期日や達成度を定める。下回った場合は当然その原因分析を行うが、上回った場合もその理由はおさえておくべきである。したがって、指標にはそれを定めた論理性や網羅性が求められる。事業環境の分析結果に基づいた設定、BSCのようなフレームワークで網羅的にブレイクダウンすることなどが必要になってくる。
一方でOKRは、目的達成のために必要な要素を洗い出す。目的とは、ミッションのような壮大な定性的なものでもよい。その目的が達成されたときを具体的にイメージに落とし込みながら、達成するためにすべきことを列挙する。そして、その時点で最も注力すべきことをいくつか選び出し、その取り組みにフォーカスして指標(KR)を設定する。その指標(KR)は、明確なゴールが見えない中で、やるべきことを明確にして関係者のベクトルをあわせて、行動変容を促すためのものだ。したがって、納得感が重要であり、またこれまでの延長線上ではなく何らかの変化のトリガーになるものでなければならない。
「OKRの目標は達成度70%のものを設定する」の真意は、指標を高く設定することによって、行動量や取り組み時間を増やす、投入する資金を増やす、またはやり方を根本的に変えることを求めるための指標だからである。「達成度70%を目標にする」というのではなく、その時点で想定されるゴールからさらにその先をイメージすること、達成度100%に30%を上乗せするといったほうが適切なのかもしれない。
「目標設定の頻度は3か月に1回」の真意は、指標そのものを見直す必要があるため、1年間という期間を定めず、継続的に指標と最終目的の方向がずれていないか確認する必要があるからだ。したがって、方向性に確信がない場合は、もっと短期間で目標の妥当性を確認する必要がある。

場面や目的に応じて適切な目標管理手法を

場面や目的に応じて適切な目標管理手法
このように従来の目標管理もOKRも、どちらが正しくどちらが間違っているとか、新しい手法と古い手法というものではなく、その事業の特性や、組織の状況によって使い分けるべきマネジメント手法に他ならない。
ひとつの企業の中でも、この課題は従来の目標管理で、新規事業などの課題はOKRで管理するということも考えられるし、場合によっては個人の目標も1つはMBOで管理し、もうひとつはOKRで管理するということもあるだろう。

基本的には、「ゴールを数値で表す頃ができる」「期日を設定することができる」ものについては、従来の目標管理で管理し、PDCAを回しながら評価し次の課題につなげるというマネジメント手法がフィットする。
事業環境の変化が激しく、期日や明確な数値目標を設定しても、状況がすぐに変化してしまう場合は、活動をフォーカスし継続的に指標そのものも修正していく必要があるためOKRでの目標管理が適している。

また、事業活動に必要な資源の状況も判断材料の一つとなる。目標を達成するために必要な資源を獲得することができる場合は、従来の目標管理で管理が可能だが、創業間もないベンチャー企業で資源が十分にはない場合、新規事業で予算が十分に割り振られない場合などは、何をすべきか活動をフォーカスすることが求められる。そのような場合にもOKRでの管理が必要になるであろう。

いずれにしてもこのような手法は、その本質を抑え、場面や目的に応じて使っていくことだ。「MBOがうまく機能しないので、OKR」ではなく事業の特性によって適切な目標管理手法を選ばなければならない。

Googleの元CEOラリー・ペイジ氏は、「勝利する組織は少ない矢を全身全霊で撃つ」と表現している。Googleではやるべきときに、やるべきことに集中するためにOKRを使っていた。フォーカスすることで、組織の身の丈以上の目標を設定しながらも着実にゴールに近づいていったのだ。

2020年はこれまで安定的な事業環境であったものも含め、先行きが見通せない状況になってきた。オンラインでの商談、テレワークなど新しい経済活動や雇用環境が普及し、誰もがパラダイムの転換点に立っている。
マネジメント手法においても、事業の特性や自社の資源の状況によって、どのようなものが適するのかあわせて考える時期なのだ。

おわりに

冒頭の緊急事態宣言で提示された指標「接触8割減」について、これが妥当なものであったかどうかは、この事態が収束した後にも分析されることになるだろう。
従来のKPIとして理論に当てはめ指標の妥当性を評価すると、網羅性や重要性の判断において欠陥があることは確かである。しかし、この指標によって一人一人が「やるべきこと、できること」が明確になり、強制力や罰則がなくても国民の行動が変わった、という点ではOKRのKRとしての役割を果たしていたといえるのではないか。
指標そのものの妥当性だけではなく、どのように指標を活用すべきだったかという視点からも検証することで、リーダーが示すべき指標についての示唆が得られるかもしれない。

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