昨今、ジョブ型人事制度の導入に踏み込む企業が増えている。富士通、日立製作所、KDDI、資生堂、川崎重工など、日本を代表する大手日本企業がジョブ型に踏み込んでおり、いよいよ本格的な潮流になりつつあることを感じさせる。

しかし、「ジョブ型」と言えば、海外で生まれた仕組みである。著者の所属するコーン・フェリーの前身のひとつであるヘイグループの創始者エドワード・ヘイが、1960年代の米国の公民権運動の最中で、公正な処遇を目指して提唱したのがその起源である。当時は、人種や性別によって報酬が異なることが当然とされていたが、エドワード・ヘイは「職務に基づき公正に処遇される」ことを掲げたのだ。

これは、ヒトではなく、椅子(職務)に着目した考えである。どのような人種・性別の人が座っても関係なく、企業は「椅子(職務)に対して処遇すべき」とした点がもとになっていることを強調したい。この職務基軸の考え方は、世界中で受け入れられ、グローバルスタンダードとなっている。

これに対して、日本では長らく、「ヒト」を基軸においた人材マネジメントをおこなってきた。最近、「ジョブ型」の対比として、「メンバーシップ型」という言葉が良く使われるが、これも「ヒト」基軸の日本的な人材マネジメントの表れである。厳密には、「メンバーシップ型」とは、雇用スタイルを指しており、新卒一括採用による「職務の合意無き雇用」を指している。一方で「ジョブ型雇用」とは、「職務に合意した雇用」を指している。

メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の違い

メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の違い
「ジョブ型」という言葉には、様々な意味が含まれており、雇用だけではなく処遇のあり方なども包含されている。現在、日本企業の「ジョブ型」へのシフトは、この「雇用のあり方」を直接的に指しているわけではない。雇用よりも、むしろ処遇を定める「人事制度のあり方」に焦点が向いているのだ。

従来、日本企業は「ヒト」を中心に処遇をおこなってきた。特に大企業では、職能資格制度と呼ばれる制度を適用している企業も多く、「ヒトの能力」をベースとした人事制度を構築してきた。ただし、「能力」とは非常に曖昧なもので、判定が難しい。処遇には公平性が重要であり、公平性維持のために、年次管理などをおこなう企業が多かった。いわゆる年功序列的な人事処遇だ。しかし、このような年功的人事処遇を維持したままで、企業が活力を保ち、競争に勝ち残っていくことは難しい。

今、日本企業が「ジョブ型」に着目しているのは、この年功的処遇を脱却するためだ。すなわち、椅子(ポスト)基準とすることにより、人事処遇の公正さと明確さを実現しようとしているのだ。
拙著「ジョブ型人事制度の教科書(JMAM)」にて、詳しく解説をおこなっているが、海外と日本では労働慣行が異なる。海外の仕組みを、そのまま日本に持ち込んでも上手くいくわけがない。

特に、日本企業で上手く機能する「ジョブ型人事制度」とするためには、2つ大きなポイントがある。

  1. 新卒一括採用(メンバーシップ雇用)
  2. 異動・配置転換を前提としたゼネラリスト育成

新卒一括採用(メンバーシップ雇用)

まず、雇用の入口では、「新卒一括採用をやめるか、否か」ということを考えなければならない。筆者は、様々な日本企業とプロジェクトをおこなっているが、多くの日本企業の答えはNoである。

新卒一括採用は、人員補充には極めて効率性の高い社会システムだ。特定の時期に一斉に学卒予定者が就職活動をおこない、その時期に焦点を絞って、広告宣伝や採用活動をおこなえば良い。企業にとっては、ヒト・カネのリソースを分散させることなく、集中して投資ができるのだ。

企業の継続性のためには、一定の人員補充が必要となる。毎年、定年退職者も含め一定数の退職者がでるため、計画的な人員補充が出来なければ、様々な業務プロセスが滞ってしまう。計画的に人材採用を行える新卒一括採用は非常に有用性が高いのだ。そのため、採用スキームとして、新卒一括採用による「メンバーシップ型雇用」は残り続けることが想定される。

ただ、一部の職種は「ジョブ型雇用」へのシフトの動きが出ていることを留意しなければならない。エンジニアを中心として、高度専門ノウハウを持っている人材に対し、「職務」を限定して雇用する新たな雇用スタイルだ。

初任給1000万円という条件も最近は珍しくなくなっているが、高度専門人材の獲得競争の相手はもはや、同業界の大手日本企業ではない。GAFAや有望ベンチャー企業だ。曖昧な職務合意と一律初任給で獲得できるわけがない。高度専門人材を中心に「ジョブ型雇用」は既に始まっており、今後も徐々に増えていくことだろう。

企業が「ジョブ型」を検討する際に、入口の雇用をどうするかは、きちんと考えておく必要がある。

異動・配置転換を前提としたゼネラリスト育成

もうひとつのポイントは、ゼネラリスト育成だ。日本企業では、複数の職場や職種を経験して、大局的な視野を持つゼネラリスト育成を今までおこなってきた。しかし、徐々にこの考えは変わりつつある。それは、仕事の高度・専門化が進んでおり、異動コストが高くなってきているからだ。当たり前だが、未経験の職務に配置転換されると、手探りのところから始めなければならない。

現代の職務は、要求スピードが高く、仕事も複雑だ。単純に業務マニュアルを読めば出来るという職務ではなく、商流やビジネスプロセス、関連システムなどを把握・理解していなければ、業務をまわすことはできない。ひとつの職務が機能不全をおこしてしまうと、プロセス全体に悪影響を及ぼす。そのため、あまり頻繁に人事異動をおこなうのではなく、ある程度固定化していく動きが出ている。

「適所適材」という言葉を人事部門から良く聞くようになってきたが、これは「適材適所」をもとにした造語である。「適材適所」とは、社員の特徴を見極め、その人にあった仕事を見つけるという考え方だ。ヒトありきであり、今までの日本企業の典型的な人材マネジメントと言える。

一方で、「適所適材」は職務ありきである。職務に求められる要件を満たす最適な人材を見つけ出して配置するという考え方だ。この背景には、配置によるミスマッチリスクを排していきたいという考え方がある。また、一度配置された最適人材を外して、代替人材を改めて探して配置し直すことは容易ではない。この「適所適材」の考え方は、確実に進んでおり、ゼネラリストのあり方は変わりつつある。

しかし、新卒一括採用による「メンバーシップ型雇用」が残る限り、育成のためのローテーションは撤廃することはできない。ポテンシャルで採用しているため、どのような適性があるか、入社する側も採用する側も分からない。ましてや、入社する側は職務に合意しているわけではないので、最初の配属で一生のキャリアが決まるとなると、たまったものではないだろう。「配属ガチャ」と呼ばれる運不運は一定数おこることを想定すると、複数の職場・職種を経験するキャリアパスは、「メンバーシップ型雇用」を続ける限り不可避なのだ。

ジョブ型人事制度は異動を前提としていない

海外で生まれた「ジョブ型人事制度」は、基本的には異動を前提としていない仕組みである。職務に合意して入社する「ジョブ型雇用」のため、会社が一方的に配置転換や職種変更が出来ないのだ。それもあり、人事異動と「ジョブ型人事制度」は相性が悪い。異動先に配置される職務の職務価値によって、処遇が増減するからだ。むしろ、新卒入社から一定期間までは、異動を重ねても処遇に影響を与えない「職能資格制度」のほうが、運用はしやすい。

コーン・フェリーでは数多くの企業と議論を重ねてきたが、日本企業の多くは日本型労働慣行との兼ね合いから、「ヒトの能力」を基軸にした職能資格人事制度と「職務価値」を基軸にしたジョブ型人事制度のハイブリッド型を選択してくだろう。その大きな理由の一つは新卒一括採用という「メンバーシップ型雇用」の効率的な人材獲得手法を手放すことができないからだ。

ただし、職務に基づく「公正な処遇」は企業の健全な運営のために、欠かすことはできない。多くの企業が選択するのは、若手から中堅は職能資格制度、管理職以降はジョブ型人事制度と階層ごとに異なる仕組みをハイブリッドさせた人事制度であろう。ただ、例外的に、一部の高度専門人材は人材獲得競争の観点から、最初からジョブ型雇用及びジョブ型人事制度を適用することになるだろう。

今後の多くの日本企業が選択するであろう構造

多くの日本企業が選択するであろう構造

今は、「ジョブ型」という言葉が独り歩きをし、様々な意味合いで使われている。その言葉に踊らされることなく、是非、そのポイントを見極めて、自社にあった人事制度を選択いただきたい。本論考が自社の人事制度検討の参考になれば、幸いである。

投稿者執筆の書籍情報

「ジョブ型人事制度の教科書 日本企業のための制度構築とその運用法」(柴田 彰、加藤 守和 著)

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