昨今、ジョブ型人事制度が再び脚光を浴びつつある。ジョブ型人事制度は、今までも日本企業のなかで、何度かブームがあった。最初のブームは1990年代後半の成果主義ブームである。平成不況のなかで、多くの日本企業が成果主義を標榜し、ジョブ型人事制度の導入企業が相次いだ。この際、高コスト化していた人件費水準を適正化するという狙いが背景にある企業も多かった。二度目のブームは2000年代後半のグローバル化ブームである。グローバルに展開する日本企業は、グローバルでの人事異動や報酬ガバナンスのため、グローバル共通の人事基盤を必要としていた。職能等級は日本独自の仕組みであり、グローバルでは通用しない。世界標準の仕組みであるジョブ型制度を採用するのは当然の帰結であった。

ジョブ型人事制度ブーム4つの契機

ジョブ型人事制度ブーム4つの契機
そして、今まさに三度目のブームが到来しつつある。今回のブームは、今までのような「分かりやすい契機」があるわけではない。いくつか複合的な要素が組み合わさり、ジョブ型制度導入の機運が高まっているように見受けられる。コロナ禍が更にこの機運を加速させているのは事実であるが、そもそも構造的にジョブ型制度が求められている背景について解説したい。筆者は、今回のブームは「変化の激しい事業環境への対応」、「同一労働同一賃金の要請」、「高齢化社会の到来」、「海外経験を持つ経営者の増加」の4つが契機になっていると見ている。

変化の激しい事業環境への対応

まず、「変化の激しい事業環境への対応」だが、企業を取り巻く事業環境は急激に変化している。従来は、先々を予測して戦略を立て、資金と人材を投資し、売上や収益を確実にあげることができた。いわば、規模の経済で勝つことができた時代である。しかし、テクノロジーの進化によって、様々なイノベーションが次々と起こるようになった。また、参入障壁も低くなり、異業種からの新規参入も容易くなりつつある。コロナ禍が誰にも予測できなかったように、先の未来を誰も予測できないVUCAの時代に突入したと言える。このような事業環境下で、日本固有の労働慣行である終身雇用を維持したまま、競争に勝ち残ることが難しくなっている。トヨタ自動車の豊田章夫社長や経団連の中西宏明会長が、終身雇用の維持に懸念を示したのは記憶に新しい。このような厳しい環境下において、誰に優先的に資源を配分すべき人材は「会社への貢献度の大きい人」に他ならない。ジョブ型制度とは、経営の視点から「付加価値の高い仕事」は何かを捉え、序列化し、報いていく仕組みである。そのため、企業が「会社への貢献度が大きい人」に優先的に配分しようとしたときに、有力な選択肢にあがってくることは言うまでもない。

同一労働同一賃金

次に、「同一労働同一賃金」の要請である。同一労働同一賃金は、雇用形態の違いによって賃金を変えてはならないとする考え方であり、2020年より法制化されている。この法の趣旨は、同じ内容の仕事をしている限り、誰が仕事をしても同じ賃金を払うということである。すなわち、「仕事(ジョブ)」によって報酬は規定されるべきということを国が明確に示していることに他ならない。現在は、正規社員・非正規社員の処遇格差に焦点があたっているものの、この「仕事中心」の考え方は、企業の報酬ポリシーに影響を及ぼし、少なからずジョブ型人事制度への機運の高まりに繋がっている。

高齢化社会の到来

「高齢化社会の到来」も、日本企業の今後の雇用を考える上で欠かせない要素の一つである。言うまでも無く、日本は高齢化社会へ突入しつつある。2020年現在、日本の人口における65歳以上の人が占める割合は28.1%にのぼり、今後その比率は右肩あがりにあがっていくことが予測されている。一方で少子化は止まらず、生産人口の減少は間違いなくおとずれる。日本全体を考えると、社会保障を必要とする層が増え、生産活動をおこなう層が減るため、国家財政が厳しくなるのは当然である。国家としては、国家財政を維持するため、国民に出来るだけ長く働いてもらわなければならず、企業へのシニア社員の雇用要請は強まる一方である。高年齢者雇用安定法は改正され、企業には70歳までの雇用確保の努力義務が求められるようになった。「高齢社員の雇用確保」と「同一労働同一賃金」は、年功的な人事運用を続けてきた日本企業においては、大きなリスクを抱えることになる。今まで、多くの企業は、60歳定年制を維持し、60歳到達を機に再雇用へ切り替えるとともに、報酬水準を大きく減額する措置をとってきた。60歳以前と比べると、6割水準程度の報酬水準であることが多い。一方で、仕事自体は6割程度の仕事を与えているかというとそういうわけではなく、60歳以前とほぼ同様の仕事を任せることが実態である。これは、同一労働同一賃金の原則からすると、制度趣旨に沿っているとは言い難い。現時点で係争になるケースは少ないが、今後、再雇用に伴う報酬減額が問題視されることになると、会社は報酬水準を引き上げざるを得なくなるだろう。
高齢化社会再雇用
そもそも、何故このような60歳到達をトリガーとした減額措置を取らなければならないかと言うと、年功的な人事運用をしているからである。年齢と共に右肩上がりで報酬があがっていく仕組みを運用していると、シニアになると実際の貢献より高い処遇となってしまう。再雇用のタイミングは、この年功的に積みあがった報酬をリセットするという意味で絶好の機会として使われてきたのである。ただし、この報酬減額スキームが今後、ずっと通用する保証は無い。また、年齢をトリガーとした報酬減額はシニア社員の意欲を大いに減退させる。例え、報酬減額スキームが適用できたとしても、報酬減額により意欲が下がったシニア社員が職場にあふれるようになると、職場全体の士気が低迷することは言うまでもない。そのため、現役世代も含め、年功的な運用を廃したいというニーズは大きい。その際の有力な候補は、ジョブ型人事制度になっていくのである。

海外経験を持つ経営者の増加

「海外経験を持つ経営者の増加」は、ジョブ型制度の導入の強い後押しになっている。グローバルの視点からすると、日本の職能資格制度の運用はかなり奇異なものに映る。実際の役割についてなくても、高報酬を得ることが許容されているからだ。例えば、部長の役割をしていなくても、部長相応の能力があれば、部長同等の報酬を得ることができる。これは、海外の第一線で活躍してきた人材からすると、理解に苦しむ制度である。海外では、あくまでも「仕事」ベースであり、高い能力があったとしても、相応の仕事についていなければ、高い報酬を得ることは無い。旧来の職能資格制度からジョブ型人事制度に移行するのは、決して容易いことではない。社内の反対勢力を押し切って断行する力強いリーダーシップが欠かせない。経営陣に海外経験を積んだ人が増えているということは、ジョブ型制度への導入に対して賛同を示す経営陣が増えるということでもあり、改革の強い後押しになっていることは間違いない。事実、トップダウンでジョブ型人事制度を断行する企業は増えている。

ジョブ型人事制度の実態

著者の所属するコーン・フェリーがおこなったジョブ型人事制度の実態調査では、既にジョブ型人事制度を導入している企業は全体の約26%に留まったが、検討中の企業を含めると全体の約56%にのぼった。特に大企業を中心に導入が進んでいることが分かり、1000人以上の規模の企業では70%近い企業がジョブ型人事制度の検討を進めていることが分かった。まさに、ジョブ型人事制度への大転換時代の到来を示唆している結果になった。
ジョブ型人事制度の実態

テレワークとジョブ型人事制度

コロナ禍は、ジョブ型人事制度への動きを更に加速させると思われる。日本の雇用慣行はメンバーシップ型とされており、ヒトを中心に据えた人事運用をおこなっている。職務経験の無い大卒社員のポテンシャルを見込んで採用する新卒一括採用は、その典型ともいえる。仕事の任せ方も個々人の力量に応じて、任せる内容をきめ細やかに変えていくスタイルが中心である。日本企業において、「報連相」が重視されるのは、このような雇用慣行と仕事の任せ方があるからだ。しかし、メンバーシップ型とテレワークは極めて相性が悪い。今までであれば、オフィスで気軽に声をかけられたメンバーと物理的に分断されたからだ。日本企業で良いマネージャーは、メンバーの進捗をきちんと把握し、いち早くメンバーの異変を察知し、手を打つことのできるマネージャーとされてきた。しかし、非対面環境下で同様のことをおこなうことは極めて難しい。今後、どこまでテレワークの継続が求められるかは未だ見えないものの、ニューノーマル(新常態)のなかで、少なからずテレワークを組み込んだ働き方は標準になってくるだろう。一方で、テレワークで求められるのは、高い自律性である。メンバーがマネージャーを頼らなくとも、自分で積極的に仕事を進めていくことが大切になってくる。そのためには、各自に予め仕事の分担や成果水準を伝える必要がある。この働き方は、ジョブ型制度と相性が良い。ジョブ型制度において、仕事の分担や成果水準を明らかにするのは、大前提となる。「仕事」に応じて、処遇が決まってくるので、「仕事とは何か」に向き合わなければならない仕組みと言える。「仕事」の内容や成果水準がマネージャーとメンバーで合意できれば、きめ細やかな「報連相」は必要なくなる。海外では、業務を始める際にマネージャーとメンバーできちんと内容や成果水準にすり合わせるが、プロセスはメンバーに任せることが多い。マネージャーが途中過程を細かく報告を求める行為は「マイクロマネジメント」と呼ばれ、避けるべきマネジメント行動とされている。「任されていない」と感じるメンバーの意欲が大いに落ちるからだ。ニューノーマル(新常態)でテレワークを組み込んだ働き方が標準になることを考慮すると、マネジメントの在り方そのものも見直さなければならない。

日本型雇用の見直し

コロナ禍によって、改めてジョブ型人事制度についても注目が集まりつつあるが、それ以前にそもそも日本型雇用が制度疲労を起こしていたことは言うまでもない。コロナは必ず、いつかは収束するものであるが、日本企業はこれを一過性の流行と捉えず、日本型雇用のあり方そのものを見直す良い機会と捉え、取り組んでいただきたい。

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