経団連が2018年に実施した「高等教育に関するアンケート結果」によると、企業が学生に求める能力として「主体性」「実行力」そして「課題設定・解決力」がTOP3になりました。この中でも「課題設定・解決力」は前回2014の調査では4位でしたが、今回の調査では3位にランクアップしています。年々企業が「課題設定・解決力」を重視していることが窺い知れる結果です。一方で論理的な問題解決が苦手という現役社会人も少なくありません。そこで今回は問題解決の場面で重視されるクリティカルシンキングの習得方法やメリット、トレーニング方法についてご紹介します。

クリティカルシンキングとは?

ビジネスシーンでは比較的最近「クリティカルシンキング」という言葉を耳にするようになってきました。クリティカルシンキングとは、正確にはどのような意味なのでしょうか。ロジカルシンキングや問題解決とはどう異なるのでしょうか。

ロジカルシンキングとの違い

クリティカルシンキングとは、「適切な基準や根拠に基づく、論理的で、偏りのない思考」と定義されます。ロジカルシンキングは単純に論理的思考を意味するのに対し、クリティカルシンキングは「適切な基準や根拠に基づく」点が異なる点です。単に個人の体験や一般常識を論理的に説明するのではなく、幅広い情報と客観的な視点から根拠を持って思考する思考方がクリティカルシンキングなのです。

問題解決との違い

ビジネスシーンでは、クリティカルシンキングはよく問題解決の手法として認識される場合があります。しかしクリティカルシンキングは単に問題解決の手法ではありません。問題解決はあるべき姿と現状とのギャップを「問題」として設定したうえで、そのギャップを埋めることと定義されます。一方でクリティカルシンキングは問題に限らず、「適切な基準や根拠に基づく」思考法であるため、例えば日ごろの生活や仕事の中で根拠を持って客観的かつ冷静に考える態度も含まれます。

もちろんクリティカルシンキングは問題解決においても大いに役立つでしょう。クリティカルシンキング能力があれば、自分自身の経験や勘だけに頼らず基準や根拠を持って問題を設定し、解決手段も偏った選択肢からではなく、本当に効果のある手段を選択できるのです。クリティカルシンキングは、問題解決の場面で求められる基本的な思考的態度であると言えます。

なぜクリティカルシンキングが必要なのか?

ビジネスシーンでは客観的かつ根拠に基づいたクリティカルシンキングの考え方が強く求められています。なぜクリティカルシンキングが必要なのでしょうか。

ビッグデータ時代の到来

本格的なインターネット社会が到来したことで、私たちは日々膨大な情報にさらされています。それらの情報の中には客観的なデータだけでなく、あらゆる人の個人的な考えが含まれた主観的な情報もあります。中にはフェイクニュースと呼ばれるような真実ではない情報もあるでしょう。一方で企業内部では情報社会で生まれた膨大なデータを分析してビジネスに役立てるビッグデータ活用の動きも広まっています。このような社会の中では、客観的に情報を取捨選択して根拠を持って分析・活用する考え方が欠かせません。クリティカルシンキングはまさに現代を生きぬく上で求められるスキルと言ってよいでしょう。

時間的、金銭的コストの最小化

人には感情があり、つい主観的に考えてしまう傾向があります。あなたも物事を考える際に、事実ではなく推論や経験から判断してしまうのではないでしょうか。現代はVUCAの時代と呼ばれるように、過去の経験則や判断が通用しない時代になってきています。客観的判断ではなく経験や勘に基づいた判断だけでは、時代のニーズに合致せず時に時間や金銭的コストを無駄遣いしてしまう可能性があります。クリティカルシンキングに基づいて客観的かつ冷静に判断できれば、時間的・金銭的なリスクを最小化できる可能性が高まるのです。

効果の最大化

先ほど問題解決とクリティカルシンキングの関係で解説したようにクリティカルシンキングを使いこなせるようになれば、問題解決手段の中から最も効果的な手段を客観的に判断できます。もし限られた選択肢しかなかったとしても、ほかに効果的な選択肢を探せるようにもなるでしょう。企業では予算や人などの経営資源が限られています。意思決定において限られた経営資源の中で最も会社を成長させる効果的な手段を選びぬくスキルは、どのビジネスパーソンにとっても必要な基本的能力と言えるでしょう。

このようにクリティカルシンキングは、現代において最も効果の高い仕事の成果を出すために必要なスキルなのです。
会議

クリティカルシンキングのメリット

ここまでクリティカルシンキングの重要性について説明してきました。では、実際にクリティカルシンキングができるようになると、どのようなメリットがあるのでしょうか。

クリティカルシンキングの12の性質

哲学者のエニスは、「批判的に物事を考えられる人の性質」として12の性質を挙げています。

  1. 言われたこと、書かれたこと、伝えられた内容が意図している意味が明晰に分かること
  2. 結論や問いを確定し、これに焦点をおくこと
  3. 全体的な状況を説明すること
  4. 根拠を探し与えること
  5. 十分に情報を得ようとすること
  6. 他の選択肢を探すこと
  7. 状況が要求するかぎりの正確さを追求すること
  8. 自己の基礎的な信念を反省的に意識しようとすること
  9. 偏見のないこと:自分自身の意見よりも他人の意見を真剣に考慮すること
  10. 証拠と理由が不十分であるときには判断を差し控えること
  11. 証拠と理由が十分揃っていたら、その立場をとる(あるいは変更する)こと
  12. 自分自身にクリティカルシンキングの能力を用いること

(参考:「どのような授業でクリティカルシンキングを教えられるか」著者:久保田祐歌)

クリティカルシンキングをマスターすることはこうした12の性質を身に着けることにつながり、冷静かつ全体観を持った判断ができるようになるのです。

論点整理が抜け漏れなくできるようになる

クリティカルシンキングを習得すれば、情報収集能力や選択肢を探す力が向上します。会議やプロジェクトにおいても論点を網羅的に抜け漏れなく整理できるようになり、作業の手戻りや打ち合わせ回数の削減など作業効率化も可能になります。

問題発見力が向上する

クリティカルシンキングでは全体的な状況を把握しながら、幅広い情報を収集します。その結果、視野が広がり、単に目の前のことに取り組んでいた際には気づかなかった問題を発見する可能性が高まるのです。例えばあなたが現場の担当者だったとしても、会社全体の視点や最近の社会環境を踏まえた視点では普段の業務の意味が違って見えるはずです。このようにクリティカルシンキングをマスターすれば、より全体観をもった問題発見ができるようになります。

意思決定の精度が高まる

エニスの12の性質に含まれるように、クリティカルシンキングは自分自身に対してもクリティカルシンキングを適用する考え方です。自分に対してもクリティカルシンキングを適用することで、過度に勘や経験に頼らず、新鮮な視点で物事を考えられるようになります。また意思決定ミスの多くは思い込みであると言われています。クリティカルシンキング能力が高まれば、思い込みを排除し本当に適切な選択肢を選ぶことができるようになるでしょう。

クリティカルシンキングの習得方法

ここまでの説明を読んでクリティカルシンキングをマスターするのは少し難しいと感じたかもしれません。しかしクリティカルシンキングはほんの少しの工夫と練習で確実に習得できます。実際のクリティカルシンキングの習得方法をご紹介します。

常に具体的に考え続ける

クリティカルシンキングの12の性質の中に「言われたこと、書かれたこと、伝えられた内容が意図している意味が明晰に分かること」という性質があります。意図している意味が明晰にわかるようにするためには、常に具体的に考える必要があります。人はよく自分では具体的に表現しているように感じていても、実は相手に伝わっていないことがよくあります。特にビジネスシーンでは「要件定義」や「プロジェクト」など抽象的な概念が多く使われます。こうした抽象的な概念を使用していると、後から認識のずれが起きて作業の手戻りが発生してしまいます。まずは抽象的な表現をやめ、誰にでも明確に意図が伝わる表現は何かを具体的に考えましょう。

基本的なフレームワークを覚える

クリティカルシンキングの練習として何から始めたらいいか分からないという方は、まず基本的なフレームワークを覚えることがおすすめです。フレームワークを覚えることで、抜け漏れダブりなく(MECE)に考えることができます。

代表的なフレームワーク

5W1H:どんなシーンでも使える定番のフレームワークです。何かを企画する際や物事を分析する際などに全体的視点で思考することができます。

SWOT:社内外の環境分析に使用するフレームワークです。Strength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の4つの軸から会社や事業がおかれている状況を俯瞰することができます。

STP:マーケティングの基本的なフレームワークの一つです。セグメンテーション(S)、ターゲティング(T)、ポジショニング(P)の3つの軸からどの市場でどのような事業を展開するか検討する際に使用します。事業だけではなく、採用活動の際の学生向けPRや広報IR活動など特定の相手に情報を届ける活動にも使用できます。

4P:マーケティングの基本的なフレームワークの一つです。Product(製品)、Price(価格)、Promotion(販売促進)、Place(販売ルート)の4つの軸から顧客に働きかけるために必要となる具体的な施策、戦略を考えるための要素となります。

フレームワークを覚えるだけでも、より客観的な視点を持てるようになります。最近はフレームワークをまとめた書籍も発売されていますので、そうした書籍を手元に1冊置いておくのもおすすめです。

上司や先輩など、得意な人からフィードバックをもらう

物事を俯瞰して全体的に考えることは担当者レベルでは限界があるのも事実です。担当者が日々の業務に追われているとどうしても視野が狭くなっていきます。そこで定期的に自分自身の考え方について上司や先輩からフィードバックをもらうことがおすすめです。
上司や先輩は一段上の視点から物事をとらえられるため、より会社視点や大局観のある視点から論点を提示してくれるでしょう。またクリティカルシンキングがうまい上司や先輩からアドバイスをもらうことも強くおすすめします。学びは「まねび」が語源であるとも言われ、うまい人から技を盗んで真似ることが学びになります。クリティカルシンキングが得意な人からフィードバックをもらうことで、より上達も早くなるでしょう。

クリティカルシンキングを使いこなすには?

クリティカルシンキングを徐々に習得してきたら、実際に活用してみましょう。一方で使いこなすには少しコツが必要です。クリティカルシンキングを使いこなすには、どのようなことに注意すればよいのでしょうか。

手法(How)から考えず、背景(Why)や目的(What)から考える

私たちの周りには手段や手法があふれています。そのため何かを考える際にはつい手法(How)から考えてしまうのではないでしょうか。会議をしていても多くの場合、議論になるのは「何をするか」「どうするべきか」という論点ばかりです。どんな施策をやればいいのか、どんな取り組みがベストかを考えているうち目的を見失ってしまい、そもそも何のためにやっているのかわからなくなった経験を持っている方も多いのではないでしょうか。

クリティカルシンキングでは、まず背景(Why)や目的(What)から考えましょう。なぜやるべきなのかを徹底的に考え、場合によっては「やらない」という選択もするべきです。私たちは仕事をしているとつい「何かをやる」という思考になりがちです。クリティカルシンキングが身につくと「何をやるべきか」だけではなく、「何をやらないべきか」という視点を持てるようになります。またHowを考える前に目的を考える習慣を取り入れることで、目的に対して本当に効果的な手段を選べるようになるでしょう。常にWhyとWhatから考える習慣がクリティカルシンキングを使いこなす第一歩になります。

イシューは何かを見極める

仕事ではたくさんの解決すべき問題があります。売上目標の達成から社員の育成、会社の設備管理などあらゆる分野で問題解決が求められます。一方で本当に会社業績の維持向上につながる問題は多くはありません。あなたが取り組む問題の中で最も効果の高いイシューを選びましょう。イシューとは、クリティカルシンキングで「何を考え、論点とすべきか」を意味しています。

本当に考える必要のあるイシューでなければ、全く効果のない問題をひたすら解き続けることになります。本格的に何かに取り組む前に、その取り組みが本当にいま取り組むべきイシューなのかを考えることで無駄な工数を大幅に減らすことができるでしょう。イシューを見極めるには、仮説を立て、ヒアリングなどの調査で仮説を検証します。イシューはなるべく「会社が求めていて長年解決されておらず、誰もやったことがない」ものが効果が大きいとされます。こうした効果の大きいイシューとは何か仮説を立て、上司や関係者にも仮説を確認しながらイシューを見極めていきましょう。

問題解決手段を客観的に評価する

仕事では順調にいっているときこそ注意が必要です。順調な時ほど、「これで大丈夫」という気持ちが生まれます。自分自身への過信が生まれると視野が狭くなり、問題解決手段が限定的なものになりがちです。WhyとWhatを考えた後は、必ず複数の解決手段を検討し、最終的に本当に効果的な手段であるかをダブルチェックしましょう。手段を客観的に評価するには、複数の手段を並べてみてそれぞれの手段を特定の軸でスコアリングしていきます。

同時にそれぞれの手段のメリットとデメリットも検証を行いながら、スコアが高く最もリスクの少ない手段を選びぬくのです。誰が見ても納得性のある客観性の高い根拠を持つことがクリティカルシンキングの基本的な考え方です。また、問題解決手段を客観的に評価するには、自分自身の思考と行動を常に振り返る必要があります。自分自身が行った意思決定や取り組みをノートなどにメモしておき、定期的に振り返って最善の思考と行動ができているかセルフチェックもしましょう。

もし改善点があれば、改善点をノートにメモし、次の取り組みへと反映させていきます。常に自分自身に対しても客観的な視点を持ち、本当に効果的な思考や行動ができているかを日々振り返りましょう。

クリティカルシンキングとは「問い続けること」であるとも言えます。客観的な視点で「本当に正しいのか」といった「問い」を立てることが基本です。自分自身に対しても「問い」を立て、常に改善・向上ができるようになれば、あなたはもうクリティカルシンキングをマスターしていると言えるでしょう。

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