企業が投資家との対話によって資金を獲得し、資産価値を高めるための課題を分析・提言した「伊藤レポート第1版」が公表されたのは2014年のことです。企業の持続的な成長を促すためのものですが、企業の持続的成長には人材戦略も不可欠の要素です。人的資本経営の5つの構成要素を軸に、現在のタレントマネジメントシステムでできること/できないことと今後期待されることについてまとめました。

人的資本経営に求められる3P・5Fモデル

人的資本経営とは人を「資本」と捉え、経営戦略と連動させて企業価値を高め中長期的な成長を図るという経営方針です。産業構造の急激な変化や少子高齢化、人生100年時代の到来による個人のキャリア感の変化など、企業と個人を取り巻く環境への対応という観点から人的資本経営の重要性が見直されています。人的資本経営では、人材戦略を考える必要があります。その際に意識すべき枠組みが3P5Fモデルです。人材戦略や経営戦略には企業によって個性がありますが、共通する部分も存在します。それをまとめたものが3P5Fモデルです。

3P5Fモデルは20201月から経済産業省が6回にわたって開催した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」に出てくる言葉です。「伊藤レポート」を公表した一橋大学の伊藤邦雄特任教授がこの研究会の座長を務めたことから、通称「人材版伊藤レポート」と呼ばれています。

人的資本経営における3Pとは

人的資本経営における3Pとは、3つの視点(Perspective)です。

経営戦略と人材戦略の連動

企業が経済的・社会的・文化的な価値を持つための経営戦略から落とし込んで、その実現のための人事に関わるビジョンを策定し実行します。

KPIを用いた、As is(現在の姿)‐To be(目指すべき将来の姿)ギャップの定量把握

人材戦略の策定段階だけでなく実行段階でも実施し、不断の見直しを行います。人的資本の投資対効果を定量的に把握して、企業に関わるすべての人に開示・発信することも重要です。

企業文化への定着

人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着という視点です。人材戦略の策定の段階から目指す企業文化を見据え、日々の活動や取り組みを通じて企業文化として定着させていきます。定着化には経営トップの粘り強い発信と、KPIの検証が必要です。

人的資本経営の5Fとは

人的資本経営の5Fとは5つの要素(Factor)を指します。人的資本経営の構成要素5つは、次の通りです。

動的な人材ポートフォリオ

ポートフォリオは投資をする際の考え方で、株式や債券、金などの資産の構成を指します。投資ではこれらをうまく組み合わせることで、ローリスク・ハイリターンを実現します。動的人材ポートフォリオは経営戦略の実現と新たなビジネスモデルに対応するための人材戦略にこの考え方を取り入れ、人材を質的量的に充足させ最適化しようとするものです。人材の仕事に対する多様なモチベーションを生かし、持続的に企業価値を向上させるために、企業の将来的な目標に即した人材の要件を定義して人材の獲得や育成を行います。適材適所な人員配置と共に、ポートフォリオを適時適量な状態にしておくことも大切です。そのためには再配置や部門を越えた異動、外部人材のプールや起業・転職の支援も求められます。場合によってはM&Aや事業ポートフォリオの見直しなどによって、人材ポートフォリオの動的な最適化を図ることが必要です。

知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

知・経験のダイバーシティ&インクルージョンから、続く従業員エンゲージメントまでの3つの構成要素は個人・組織の活性化に資する要素です。知・経験のダイバーシティ&インクルージョンは、多様な知識や経験を持つ人材を積極的に企業に取り込むことです。女性や外国人などの属性はもちろんのこと、業界や専門分野などの多様性を具現化します。そのプロセスではKPIなど具体的な目標を設定することで、属性の多様性の実現だけにとどまらない取り組みが可能になります。同質性の高いチームから多様性のあるチームへの変化に伴い、社内外の協働の考え方の見直しも必要です。

リスキル・学び直し

事業環境の急激な変化と個人の価値観の多様化に対応するために、人材の学び直しやスキルシフトの促進、専門性の向上が必要となります。企業は離職などを危惧せず個人が汎用性のあるスキルを身につけられるよう、個人の自律的なキャリアを見据えた学び直しを支援しなければなりません。特に必要とされるスキルは、ITリテラシーやスキルの向上です。逆にITAIでは代替できない、創造性やデザインなどのスキルも重要になります。組織改革のためには、経営陣自身のリスキルや学び直しの実践が望まれます。人材のスキル向上は企業と個人が対等な関係を築き維持する上でも重要であり、一定レベルの人材の流動性は多様性の取り込みなど企業の中長期的な企業価値向上の面から見ても健全です。

従業員エンゲージメント

従業員エンゲージメントは帰属する組織に対して「高い熱意を持つ社員の割合」を示す、組織の価値を考える際の指標の1つです。人材がやりがいを感じて主体的に業務に取り組むには企業と個人の対等な関係性の下で、企業の成長や目標の達成と個人の成長の方向性を一致させていくことが不可欠です。従業員が企業への共感を持って個の自発性を発揮するためには、情報をオープンにして双方の情報の非対称性をなくさなければなりません。多様で柔軟な就業環境の整備や個人に対する幅広い教育訓練コンテンツの提供など、多様な個人への向き合い方も求められます。

時間や場所にとらわれない働き方

人材がいつでもどこでも安全に働ける環境を整えることも、企業の事業継続や強靭さには必要です。そのためには同じ空間で働いていない多様な個人への仕事の割り当てや、育成・評価ができるマネージャーの育成と支援がカギとなります。制度上で在宅勤務やリモートワークができるようにするだけでなく、コミュニケーションやリモート上で完結できるような業務のプロセスの見直しも要請されています。

現在のタレントマネジメントシステムでできること/できないこと

人的資本経営の構成要素5つの中で、今日のタレントマネジメントシステムでできることは「現在」の情報を収集すること、及び「現在」の可視化による業務効率化に限られています。動的人材ポートフォリオに関しては目指す人材ポートフォリオとのギャップを把握する二歩手前の「現在」の人材ポートフォリオに関連するデータ蓄積と可視化はできますので、直近の人材補充を実行するための人材配置や短期的な戦略を実現するための育成の業務効率化に役立てられます。現在の従業員が取得しているスキルや資格、経験を共有することで、社内コミュニケーションの活性化にもつなげることも可能です。

しかし、「現在」の組織データを蓄積・可視化するタレントマネジメントシステムでは、次の中長期的な戦略に紐づく人材配置や育成に役立てられません。中長期的な戦略を実現させるための「未来」の組織や人材のあるべき姿を蓄積でき、現在の組織や人材データとの比較が必要になります。

タレントマネジメントシステムにおいて今後期待されること

人的資本経営は組織・人材情報の開示と可視化という企業の人材戦略の方向性・施策・投資対効果の可視化と言えます。それを鑑みて、これからのタレントマネジメントシステムで期待されること(狙うこと)は、人的資本経営または人材マネジメントの中流から下流工程までを汎用化することであり、それによる中長期的な戦略の実現と考えられます。言い換えれば、経営や人が考えるべき工程と浸透させるための仕組みとして動かすべき工程を分けて考えることを意味しています。上流工程を企業の競争戦略の源泉と捉えた場合にその汎用化は企業の競争性を失いかねず、経営資源を投下しない判断はないです。したがって、いかに中流から下流工程という運用や戦略の浸透を効率的に仕組みで動かせるのかが肝要です。その実現が現在のタレントマネジメントシステムには求められています。

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