リーダーシップが天性の資質でなく、誰もが身につけられるものであることは、すでに広く理解されている。また、リーダーシップは組織の全員に求められるものであり、リーダーの専売特許でないという考えにも、特に異論はないだろう。では、自分のチームのメンバーがリーダーシップを身につけ、実践できているのかと問われると、返事は心許ない。 リーダーシップは実践がすべてだ。自転車に乗りたい子どもが一生懸命に解説書を読んでも、自転車には乗れない。実際に乗ってみて転んでみて、だんだんと乗れるようになる。リーダーシップもこれと同じ。本を読んでも研修に出ても、身につかない。実践しながら失敗してみて、そこで学びを得ながら身につける。だから、身近に実践の場が必要だ。失敗しながら覚えていく環境が欠かせない。 リーダーシップを育てるための環境、実践の場を、どのようにつくればよいのかを考えたうえで、人事部門はどんな役割を果たすべきかについて触れてみたい。

メンバーの可能性に目を向け、チャレンジさせる

チームメンバーを常にチャレンジさせることは、総論賛成、各論反対であることが多い。マネジャーには、様々な障害が立ちはだかる。第一に「自分がやる」ことの誘惑だ。マネジャーの地位を得られたのは、その人が自分で結果を出してきたからであるのが通常だ。新しい仕事、大きな仕事であればあるほど、自分がやらなければ、あるいは自分がやりたいという意識が強く働く。第二に「チームが結果を出す」ことを追い求めれば「失敗できない」、だから自分も含めた経験豊富なメンバーに任せて確実に成果をあげることが必然となりやすい。第三に「生産性」を上げることを求めれば、未経験なメンバーに新たな仕事をさせるよりも経験者が仕事を続ける方が効率が良い。 そんな障害を超えてメンバーにチャレンジさせるためには、まずマネジャーが社員の可能性を信じて、これを最大限に引き出すことへのコミットメントを持つことが不可欠だ。スタンフォード大学心理学教授のキャロル・ドゥエックは、人が成功する仕組みを研究した結果、「人の知能、創造力、運動神経などの資質は、持って生まれた変えられない性質ではなく、努力や学習、積極的な取り組みによって伸ばすことができるもの」という説を証明している。この考え方を「成長的マインドセット」と呼び、「人の知能や能力は持って生まれたもの」とする「固定的マインドセット」とともに、誰もがこの二つのマインドセットを持っていて、固定的マインドセットが強まるとき、人の成長にブレーキが掛けられるという。マネジャーがまず成長的マインドセットの意識と行動を強めながら、この考え方をチームの中にも取り入れていくことが大切だ。 チャレンジさせることは、失敗しながら学んでいくことを許容することともいえる。マネジャーであれば失敗は許されない、と考えるのは当然だ。放置して失敗を追認することを勧めているわけではない。何が違うのか。それは任せた仕事の状態を常に把握し、次に何をすべきか考えることを、本人に課しているかどうかにある。マネジャーのとるべき行動は、これを本人が確実に行える状況をつくり、マネジャーがその状態をつかんでおく、つまり何がどの程度進んでいてどんな失敗が想定されるかを知っておくということだ。よく見られるのは、マネジャーがレビューと称して自らが直接状態を確認しアクションを指示してしまうという行動だ。これでは任せているとは言えず、本人の成長にはつながらない。致命的な失敗を回避しながら、小さな失敗を経験して学んでいく環境を整えることがマネジャーの仕事である。

成長のためのフィードバックを習慣化する

チャレンジさせることで自ら学びを得ることはできるが、それだけでは足りない。自分の気づいていないことを周りが知らせるフィードバックは、成長を促進する最もパワフルなツールであり、チャレンジとフィードバックがリーダーシップを育てるための両輪となる。 実は、フィードバックに特別なスキルは必要としない。「フィードバックは、あなたに成長してほしいと願って私が贈るギフトである」という思いを持つことがすべてと言える。だからマネジャーや先輩だけが贈るものではない、誰から誰に贈っても構わない。

  • 「私の目に映る、あなたの素晴らしく輝いているところは・・・・だ」
  • 「私の目に映る、あなたのもったいないところは・・・・だ」

これを簡潔に伝えよう、相手の成長を心の底から願って。 ハーバード・ロースクールのダグラス・ストーンとシーラ・ヒーンは著書「THANKS FOR THE FEEDBACK」で、フィードバックには「感謝」「指導」「評価」の3つのタイプがあり、目的に応じて使うことと同時に相手のニーズと一致させることが重要と説いている。ここで覚えておいてほしいのは、「指導」と「評価」のフィードバックを同時に行わないということだ。「評価」の声は大きく心に響き渡ってしまうものだから、そして「指導」は常に「評価」のメッセージがついてきやすいから。マネジャーは特にこの罠にはまりやすい。「もっとうまくできるようになってほしい」というつもりで伝えているフィードバックが、受ける側には「できないと思われているんだ」という評価の声に聞こえてしまいやすいことに気をつけよう。 フィードバックを年に数回の特別なイベントとならないように、普段からチーム内で頻繁に行われるカルチャーをつくること、さらにその輪をチームの外にも広げ、他部門との協働が行われるたびに「フィードバックを求める」ことにより、組織全体に習慣化されていくことを目指してほしい。

組織も個人もリフレクションを日常に組み込む

チャレンジとフィードバックのサイクルがリーダーシップを育てる両輪だとすると、このサイクルの学習のレベルを、螺旋階段を登るように継続的に押し上げていくのがリフレクションだと言える。自ら内省し、そこから学びをつくるという機会を日常に組み込むことを、個人が行うだけでなく、チームとしても行うことが大切になる。 人は経験を頼りに動きがちであること、無意識のうちに現状維持の力が働いてしまうことに自覚的になる必要がある。組織にはヒエラルキーがあり、放っておくと「上への依存」が常態になりやすい。ソクラテスの言う「無知の知」が組織にも求められる。チームがそのキャパシティを高めるために、これまで培った知見や経験だけに頼らずに、常に新たな学習を進めることをカルチャーとして醸成していくために、チームでリフレクションに取り組んでいこう。 リフレクションを日常に取り込む手段の一つに、内省的な質問をみんなで議論することがある。「私たちの現状と理想には、どんなギャップがあるだろうか」「どうなれば私たちは成功したと言えるだろうか」「外部環境の変化を受けて、チームにはどのような変化が起きているだろうか」。こうした問いをメンバー全員で議論する。そこには上下関係を持ち込まず、全員の考えが等しく尊重されることを守ってほしい。業務中心、結果重視で動いている組織であれば、こんなことを話している時間はない、という反応が起きるかもしれない。しかし組織が継続的に学習を進め、チームとしてレベルアップを続けるためには、全員がこうしたテーマに向き合う時間を割くことが欠かせない。 もう一つの手段は、メンバーのチャレンジ、中でもリスクをとって失敗したことを称賛し、全員で共有した上で、その中から学びを得る作業を、みんなで進めることである。特にマネジャーには、リスクをとって行うチャレンジは、たとえ失敗しても、チームの学びに貢献するという意識を全員が持てるようになることからカルチャーづくりを始めてほしい。

人事部門の役割

全員がリーダーシップを実践できる組織をつくるのは、経営の方針であり、マネジャーが自ら取り組むべき仕事である。そこで人事部門が果たす役割は、以下の通りとなる。

①組織全体がこの方針を理解し実践することを推進し支援する

リーダーシップを育てる仕事は人事部門の役割、という誤解を生んではいけない。経営のメッセージとして発信されるように取り組むこと。その上で、組織の全員がこれを理解し、実践することができるまで、このメッセージを落とし込むことが必要だ。組織のメンバーが自ら取り組もうという意識をつくることは簡単でなく、時間と労力のかかる仕事だと覚悟を決めてほしい。

②マネジャーが自らリーダーシップを実践することを推進し支援する

まず、リーダーシップを実践することは、リーダーがその権威を行使することとは異なることをしっかりと理解できる場をつくること。その上で、マネジャーが自らリーダーシップを実践する、単に理論を知るのでなく、失敗しながら学び、身につけられる場をつくること。それが、マネジャー同士がお互いに学びを共有できるような場であれば、さらにその仕事を加速させられるだろう。

③マネジャーがリーダーシップを育てるチームづくりを進めることを支援する

全員がリーダーシップを実践できる職場づくりはマネジャーの仕事であるとはいえ、この骨の折れる仕事を進めるためには、相当な支援が必要であり、ここに人事部門の貢献できることが多くある。マネジャーのパートナーとして、ともにリーダーシップが育つ組織づくりに取り組んでほしい。

まとめ

リーダーシップとは、「自分の役割や立場に関わらず、自分にとっても集団にとっても大切な価値観や目的に向かって進むために、人々が現実と向き合い、自分たちの習慣や信条の一部を手放すことになっても、それを受け入れて行動を起こせるような力と勇気を引き出し、みんなが課題に取り組むようまとめ上げる行為」である。全員がリーダーシップを実践する組織をつくることによって、より高い成果をあげることができ、将来のリーダーが育つ土壌がつくられる。しかし、それは組織へのインパクトに留まらない。リーダーシップの実践とは、周りの人々に働きかけることと同様に、自らにも働きかけ変化を促していくことであり、それは自分自身の幅を広げ、自らを成長させていくこととなる。これが一人ひとりの心の内側で、仕事に対する向き合い方に変化を生み、「やらなければならないからやる」から「自分にとって大切な意味があるからやる」というシフトが起こり始める。これが社員の働きがい、さらには「生きがい」を実感できる風土づくりにつながるのだ。 組織力を強化すると同時に、社員の幸福感・ウェルビーイングを高めるためのリーダーシップ・カルチャーの醸成に、人事部門はぜひ取り組んでほしい。

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