高年齢者雇用安定法改正(70歳就業法)のインパクト
経済のグローバル化、デジタル化をはじめとして企業を取り巻く事業環境は大きな変革期にある。さらにコロナ禍は、ビジネスモデルや人事管理に大きな変化を迫るものとなっている。こうした事態に対応すべく、多くの企業が年功から役割に基づく評価処遇やジョブ型マネジメント等の導入により、従来型雇用慣行からの脱却を志向し始めている。
一方働き手の状況に目を転じてみると、人口構造の成熟化により若年人口の減少とシニア人口の増加(総人口に占める割合は28.4%*令和2年版高齢社会白書より)が進んでいる。こうした少子高齢化の影響も企業の人材マネジメントにインパクトを与えている。その一つが、今年4月に施行された「高年齢者雇用安定法」の改正(通称 70歳就業法)であろう。65歳までの雇用確保(義務)に加え、65歳から70歳までの就業機会を確保するため、高年齢者就業確保措置を講ずる努力義務を新設したものである。大きな特徴は、「70歳までの定年引上げ」「定年制の廃止」「70歳までの継続雇用制度の導入」という従来の自社(グループ会社含む*法改正後は、他の事業主によるものを含む)で雇用するという措置の他、「70歳まで継続的に就業(業務委託・社会貢献事業)」できる創業支援等措置という雇用によらない措置を設定したことである。この流れは一部の企業において定年延長や70歳までの再雇用制度導入を後押しし、人生100年時代といわれ平均寿命が延びている状況や諸外国と比べて働く意欲が高い我が国の高齢者の状況にかなったものと考えられる。
その一方で、企業の人材マネジメント上の課題も顕在化してきている。経団連のホワイトカラー高齢社員に関する調査(2016)によると、従来から懸念されている「処遇の低下・役割の変化等により、モチベーションが低下する」に加え、当該社員層の増加に伴い「自社において、活用する職務・ポストが不足する」という課題が高まると報告している。私が様々な顧客企業に対して行っているシニア社員のキャリア開発をテーマとしたコンサルティングの現場においても、同様の声をうかがうことが多い。70歳就業法は希望する従業員が70歳まで就業できる支援を企業に求めるものであり、個人にとっても創業支援措置といった雇用によらない新しい選択肢が示されたとみることもできるが、その実効性について懸念を感じているというのが実情ではないだろうか。
現在50代以上の従業員の多くは「就社」という概念で入社し、雇用保障という心理的契約関係の中、企業の人事権に基づいてアサインされた職務に邁進し、自らキャリアを考えることを求められなかった世代ともいえる。つまり、就業の場や役割は企業が提供してくれたというパラダイムでキャリアを形成してきたため、主体的転職や雇用以外の選択肢を獲得できるのはごく限られた層ではないか?ということである。合わせて役割ベースの格付け・評価・処遇というマネジメントが進むことは、年代に限らず自ら目指す役割を考え、その実現に向けて自律的に能力開発や研鑽を積み、社内外を含めたネットワーク形成が個人に求められることを意味する。70歳までの雇用(定年延長や再雇用制度)を選択した場合でも、今後一層増加するシニア社員にとってキャリア自律はキーワードとなるであろう。弊社で実施した企業アンケートにおいても、人事部門の89.3%・経営層の73.3%がキャリア自律の重要性を感じているとの回答を得ている。
70歳就業時代における、シニア社員のキャリア開発と展開を考える
こうした現状と問題意識から、シニア社員のキャリア開発に熱心な複数の企業人事とワーキンググループを立ち上げ、「70歳就業時代におけるキャリアの開発と展開」をテーマに議論し提言をまとめるに至った。以下、その概要について紹介したい。
シニア層の活躍・活用において、“自営業主的な意識と働き方”ができるシニアを増やしていくことが、労務構成におけるボリューム化と就業時間軸の伸長において重要なテーマとなる。そのためには以下の4つのアプローチが必要である。
- 市場原理が働く仕組み・風土づくり
- 早期のキャリア意識形成
- 労働市場価値を高める機会提供
- 社会での大きなウネリ創造
1. 市場原理が働く仕組み・風土づくり
シニア社員の数だけ仕事を当てはめる(人に仕事を割り当てる)から、ジョブ(経営戦略を実現するために必要な)を提示し、自分で取っていく枠組みに変えることで、シニア社員自身が真剣に考える流れ(適所適材)をつくることが重要となる。そのためには、「事業戦略・事業計画上で必要な職務や役割」という観点で、事業部門と人事が連携してジョブを抽出し、同時にシニア社員一人ひとりの人材情報が登録された「シニア人材データベース」上で共有・エントリー・オファーという流れをつくることで、社内労働市場でのマッチングスキームを構築していくことができる。
2. 早期のキャリア意識形成
上記スキームの実効性を高めるためにも、個人のキャリア自律はベースとなる。キャリア研修によりキャリア自律意識を高めつつ、一人ひとりの個別状況に応じた行動化を促進するためのキャリアコンサルティングを実施する。セルフ・キャリアドック機能(キャリア専門家等による支援体制)により、持続的にキャリア自律を高める働きかけを行うことで、キャリア研修という点で止めない仕組みづくりが有効となる。
3. 労働市場価値を高める機会提供
社外で自分を試すという越境機会により、自身のポータブルスキル(転用可能なスキル)を獲得・発揮するとともに、1社の枠組みに留まらないキャリア展開力を養う。
例)異業種での人財交流の実施、副業・兼業の解禁、お試し“転進”支援制度、プロボノ
70歳就業においては、パラレルキャリアやネクストキャリア(社外転進)が前提の社会となるため、自らのネットワークや強み・ノウハウを展開できることが必要となることから、遅くとも50代のうちから社外活動(越境)に挑戦していくことが今後重要となる。
4. 社会での大きなウネリ創造
“社内外での適所適材”という発想をもち、1社の枠組みを超えて実現していくことが望まれる。より多くのシニアが当たり前に活躍できるプラットフォームを形成し、シニア人材の流動化・社会でのシェアリングを目指していく。以下のような領域が、シニア人材の力を活かすことができると期待される。
- テレワークで地域の制約を超えた新たな就業・求人と転身支援制度を絡める(転居をせずに地域中小企業の仕事に従事する等)
- 地方創生やSDGS等で、シニアの知見を活用 等
以上が人事ワーキングで整理した提言となる。すぐに着手できることから長期的な観点で取り組むものまで含まれているが、こうした視点でこれからの人材マネジメントを考えてみてはいかがであろうか。現在、様々なメディアで定年制廃止、シニア社員への副業解禁、独立・起業支援制度、個人事業主プラットフォーム等、先進的な取り組みが生まれていることが報道されていることを見ても、上記提言は実現可能な内容であると考えられる。経営層のコミットメントを引き出しながら各社の状況に応じて、着手していくことが望まれる。
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