日本企業でタレントマネジメントが導入される背景

日本企業でタレントマネジメントが導入される背景
2010年代頃から、日本企業でもタレントマネジメントが積極的に導入されるようになってきました。その背景にはどのような出来事があったのでしょうか。

キャリアの多様化

日本では2010年代から安倍政権の下、女性活躍推進を中心にダイバーシティの取り組みが加速しました。それにより女性の社会進出がさらに進み、女性管理職が多く誕生しました。その後2019年には経団連が日本型雇用制度である、終身雇用制や新卒一括採用といった取り組みが時代にそぐわなくなってきていることを表明しました。

また、経産省が2019年にまとめた「変革の時代における人材競争力強化のための9つの提言」によれば、企業の中途採用者は1985年に43%だったのが、2015年には64%となっており、副業を希望する人も2007年から2017年にかけて23%も増加していることが説明されています。一方で人事制度に目を向けてみると、2020年から日立製作所や三菱ケミカルなどの日本を代表するグローバル企業でジョブ型雇用制度の導入が始まっています。

このように日本企業を取り巻く雇用の考え方は徐々に欧米企業と同じように、能力や成果を基準としたものになりつつあり、労働者も能力を高めるためのキャリアアップとして転職や副業といった手段を選び始めています。雇用の流動性が高まる現代では、従来のように新卒者を一括で採用して長い時間をかけて育てる日本型の人材マネジメント手法ではなく、必要な人材を企業が積極的に獲得していく取組みが不可欠なのです。

そのため、企業戦略を実現するために採用や育成など、あらゆる手段を統合的に実行するタレントマネジメントが日本企業でも導入されています。

参考:「変革の時代における人材競争力強化のための9つの提言」(経済産業省)」

働き方の変化

2015年に成立した女性活躍推進法の影響により、企業では在宅勤務や時短勤務、男性の育児休業といった新たな働き方が新しいスタンダードになってきました。さらには、2020年に新型コロナウィルスの影響で実施された緊急事態宣言により、テレワークが普及し大企業では在宅勤務での働き方がさらに広まりました。

また、テレワークの普及によりワーケーションという言葉も生まれ、会社や自宅だけではなく、リゾート地など自分の好きな場所で働く仕組みも生まれています。さらに企業によっては、テレワークを活用して通勤圏外に住んでいる人材を在宅のまま採用する制度の導入が進んでいます。

かつては会社に行くことが働くことでしたが、現在では働くことは、「場所に関係なく成果をあげること」という考え方にシフトしてきています。実は、こうした働き方の変化が企業の人材戦略にも大きな影響を与えているのです。

テレワークを活用すれば世界中どこに住んでいても優秀な社員を採用できるだけでなく、副業人材を活用することもできます。さらに、転職を希望する社員に対しても、転職後に副業としてこれまで会社でやっていた仕事を依頼しやすくなるかもしれません。このように働き方の変化は、特に労働生産人口が減少する日本において採用や育成などのタレントマネジメントに大きな影響を与えているのです。

IT革命による世界的な人材獲得競争

先ほども少し説明したように、ITの発展は世界的な人材獲得競争を巻き起こしています。これからの時代はテクノロジーの開発が国を左右するほどの力を持つようになるでしょう。実際に現在、アメリカと中国と日本では量子コンピューターの開発競争が発生しています。

もし安価で高性能な量子コンピューターが開発されると、コンピューターの計算能力が指数関数的に向上し、これまでには考えられなかったような膨大なデータからかなり正確な予測ができるようになるからです。こうした新たなテクノロジーを巡って、国だけではなく、企業も優秀な人材を多く集めています。世界中のITに関連する大学を巡り、特に優秀な学生には在学中から高額な年収と高水準の待遇を約束して自社への入社を促しているのです。

日本でも新卒者に対して一律の給料ではなく、優秀な人材であれば年収1,000万円を提示する企業も出てきました。こうした人材獲得競争の中で、優秀な人材を獲得できるかどうかは企業の人材戦略に大きく左右されます。かつて日本企業ではどの企業も横並びでほとんど同じ人事管理手法でしたが、外部環境の変化とともに、自社の体力に合わせたタレントマネジメントの仕組みを構築する必要が高まってきたのです。

タレントマネジメントの導入方法

タレントマネジメントシステムを導入する

では実際に自社にタレントマネジメントの手法を導入するにはどうすればよいのでしょうか。一般的なタレントマネジメントの導入方法をご紹介します。

人事戦略を検討する

まず何よりも、タレントマネジメントは会社の戦略を達成するための取り組みであるため、会社の経営戦略をもとに人事戦略を検討しましょう。人事戦略とは、経営戦略を実現するためにどのような組織や人材が必要なのかをまとめたものです。

例えば三井住友フィナンシャルグループでは、人事戦略の基本的な考え方として「『従業員一人ひとりの働きがい向上』と『企業としての生産性向上』の両立」、「常に成長し続ける人材を創出し、従業員の挑戦と活躍を促すことで、人財力No.1を目指す」ことを掲げています。

ソフトバンクグループは、「人事ポリシー」を定め、「勝ち続ける組織」の実現、「挑戦する人」にチャンスを、「成果」に正しく報いる、の3つのポリシーを定めています。企業によっては人事戦略だけではなく、会社の企業理念や経営理念をもとに人事理念を定める場合もあるでしょう。

飲料メーカーのダイドードリンコでは、「人事基本理念」として、以下3つの項目を定めています。

  1. チャレンジ精神に充ち溢れ、変革(イノベーション)の担い手と成り得る多様な人材の採用
  2. ビジョンを描きチャレンジするために必要な知識・スキルの向上を図り、変革(イノベーション)を起こすことができる人材の育成
  3. 持続的なチャレンジを可能とする組織風土・人事制度の構築

このように、人事戦略は経営戦略を実現するために、特に会社として注力する人事領域をいくつかの項目に定めたものです。まずはタレントマネジメントの基盤となる基本的な考え方として人事戦略をまとめましょう。

参考:「ダイドードリンコの人事基本理念」(ダイドーグループホールディングス)
参考:「人事ポリシー」(SoftBank)
参考:「人材戦略」(三井住友ファイナンシャルグループ)

人事の中期計画を立てる

次に、人事戦略を実現するための中期計画を立案します。人事中期計画は、中期計画や人事戦略を達成するために、より具体的な内容をまとめたものです。例えば先ほどの三井住友フィナンシャルグループでは、人事中期計画として3つの計画を発表しています。

【三井住友フィナンシャルグループの人事中期計画 概略】

  1. Resource Managementグループ各社・部門横断の戦略的な人員配置
    • 業務効率化による人員削減を骨子とした取り組み
  2. Seamless Platform真のダイバーシティ&インクルージョンを実現
    • グループ横断の人事戦略立案:グループ傘下の各社で人事交流や採用強化を促進
    • 人事制度改定:職種統合、階層統合、定年延長の3つの施策を実行
    • 年齢・年次に関わらず挑戦、活躍できる環境:役員の若返りと、シニア人財の活用を推進
    • キャリア採用の強化:様々な経験を持つ人材をキャリア採用者として受け入れるために募集ポジションを拡大
    • 意思決定層の多様性拡大:女性やLGBTなどマイノリティの幹部社員育成や福利厚生の充実
    • 拡大する海外ビジネスを支える人材育成・体制整備:グローバル人材を育てるリーダーシップ育成、グローバルでの適材適所実現
    • 多様な働き方を実現し、最大のパフォーマンスを発揮できる職場に:障がい者雇用、働き方改革、健康経営などライフステージや心身の制約に関わらず働ける仕組みづくり
  3. Employee Engagement従業員一人ひとりが最大限の力を発揮
    • 人材育成戦略:デジタルユニバーシティなどデジタルを活用した人材育成、グループ共通のラーニングマネジメントシステム導入
    • 中核子会社である三井住友銀行の人事制度改革:処遇、評価制度の改定
    • 新たな人財育成ビジョンの策定:人材育成の長期方針として人財育成ビジョンを策定
    • 職場における経験学習強化:1on1ミーティングの導入により、経験学習を促進
    • 自律的なキャリア支援:研修への自発的参加、仕事と役職への社内公募制度の策定
    • 組織風土改善:エンゲージメントサーベイツールを使用したエンゲージメント向上

このように、人事戦略を実現するための人事中期計画には特に注力する取り組みを具体的に盛り込みます。三井住友フィナンシャルグループの例では、人員削減やグローバル人財育成、採用強化、グループ共通の人財育成施策実行などタレントマネジメントの考え方が色濃く反映されていることがわかるはずです。こうした事例も参考に、人事中期計画を策定しましょう。

採用、育成、配置の重点課題を見極める

人事中期計画を策定したら、特にタレントマネジメントにおいて重要な領域である採用、育成、配置の重点課題を見極めましょう。先ほどの三井住友フィナンシャルグループの例では、採用ではキャリア採用者を強化する方針が打ち出されていました。

もしキャリア採用者の採用を拡大するのであれば、次のステップではどのような人材をどの部署や仕事に何人程度採用するべきかを検討することになります。また、人財育成の強化で例えばデジタルを活用したオンライン研修やeラーニングを導入するのであれば、中期計画を達成するためにはどのようなコンテンツを導入するべきかを考えましょう。

タレントマネジメントの考え方の中で忘れがちなのが配置です。タレントマネジメントの考え方では、まず企業を取り巻く外部環境や企業戦略から人事戦略を考え、最適な組織の配置を検討していきます。そして組織の配置に合わせて採用や育成を行うのです。採用、育成、配置は企業戦略と人事戦略を実現する重要な取り組みとして認識しましょう。

課題に対応する施策を立案・実行する

採用、育成、配置の課題を整理したら、それぞれの課題に対する施策を立案・実行しましょう。例えば三井住友フィナンシャルグループでは、近年はコンビニATMやオンライン決済が主流であるため、銀行では窓口業務で人員が不要になってきています。

さらに、少子高齢化や中小企業での後継者不足などにより預金額や融資先が減少する日本では銀行のビジネスは縮小傾向にあります。銀行が生き残るためには、海外での展開も不可欠になってきています。こうした配置の課題に対して、店舗業務の効率化を理由とした大幅な人員削減や配置転換がほのめかされていました。このように、課題の解決には人員削減のように時には厳しい選択肢を迫られる場合もあるでしょう。

もし仮に配置に関する施策を誤ると、余剰人員の発生や、反対に特定ポジションや職務での人材不足を招くことになります。このように、施策を立案・実行する際にはなるべく妥協せずに本当に効果的な施策を考えて実行するべきでしょう。

タレントマネジメントシステムを導入する

人事戦略、人事中期計画、施策立案まで完了したら、最後にタレントマネジメントシステムを導入しましょう。タレントマネジメントシステムは、人材情報を一元管理するとても便利なITツールです。企業によっては人事情報システム(HRIS)ともよばれ、近年ますますその重要性が高まってきています。

タレントマネジメントシステムは単に社員の個人情報を表示するだけでなく、どの社員がどのようなスキルを持っているかを登録でき、さらに社員の状況をエンゲージメントや残業時間など様々なデータから分析できます。タレントマネジメントシステムの中には配置シミュレーション機能が搭載されているものもあり、どの人材をどこに配置すれば最適な配置になるのかをシミュレーションできます。

特に従業員数の多い企業では、優秀な人材が組織の中に埋もれてしまうこともあるため、人材情報の見える化はタレントマネジメントにおいてとても重要な取り組みです。常にどのような人材がどこにいるのかを把握できれば、経営環境や戦略の変化によって必要な人材が経営や事業サイドから求められた際にもすぐに人材を提供できるでしょう。

タレントマネジメントの導入事例

実際に企業では人材管理手法としてどのようにタレントマネジメントを行っているのでしょうか。最後に日本企業におけるタレントマネジメントの導入事例をご紹介します。

日立製作所

株式会社日立製作所は、日本を代表する先進的な人事の取り組みを行っている企業の一つです。経産省の研究会資料によると、日本での事業縮小や海外売上高比率の拡大など、事業環境の変化に合わせて2012年頃から人事改革を進めてきました。タレントマネジメントでは、グローバル共通で人財マネジメント基盤を整備し、HRISによって日立製作所グループ25万人の人財情報をデータベース化しました。また、従業員サーベイを導入して従業員のエンゲージメントなど組織状態の見える化も実現しています。直近の取り組みでは教育プラットフォームを整備して、グローバル共通で全世界30万人が同じ教育コンテンツを受けられるようにしたそうです。また、経営人財に関しても若手のうちから見極めを行い、経営リーダー候補の人材プールをつくって、次世代の経営人財が常に補充できる状態にしています。このように、日立製作所ではグループで約30万人という従業員規模を活かしたタレントマネジメントの仕組みを構築しています。

参考:「日立の事業変革とグローバル人財戦略」(経済産業省)

サイバーエージェント

インターネット広告大手のサイバーエージェントもタレントマネジメントに取り組む企業の一つです。サイバーエージェントではキャリアエージェントという独自の社内ヘッドハンティングチームをつくり、優秀な人材を適切な事業へとヘッドハントして配置しています。また、GEPPOという独自のアンケートシステムにより、月単位で人材情報を見える化・集約・分析して組織状態を常に把握しているそうです。サイバーエージェントの基本的なタレントマネジメントの考え方として「配置が人を育てる」という考え方があります。サイバーエージェントは創業以来、新卒者でも優秀な人材であれば事業を任せて育てる文化があり、現在でも思い切った抜擢や新しいミッションを与えることを行っています。もし優秀な人材を現在の仕事から引き抜く場合でも、その人材が抜けても仕事に影響がでないように、常に次の候補者も準備しておくそうです。このように、サイバーエージェントでは配置を中心とした施策を行うとともに、人事部門として常に必要な人材を用意しておくタレントマネジメントの基本的な考え方がきちんと実行されています。

参考: 「才能開花」と「適材適所」を実現するサイバーエージェントのタレントマネジメント 」(HR Trend Lab)

日産/三菱自動車

ルノー・日産アライアンスである日産と三菱自動車は日本企業の中でも特殊なタレントマネジメントを行う企業の一つです。アライアンスという別々の企業が集まる企業連合の中でタレントマネジメントを推進しています。

ルノー、日産、三菱自動車の各社にはタレントマネジメント部門があり、キャリアコーチと呼ばれる社内スカウト担当者が優秀な人材を見極めてリストアップします。また、経営ポスト、地域の重要ポスト、部門の重要ポストごとに人事委員会を設置し、常にどのポジションにどの人材を配置するかを協議しているそうです。

またアライアンス各社の間でも人材交流を行い、もし三菱自動車で特定のポジションに人材が必要となった場合、日産から出向させるといった取り組みも行われています。日産と三菱自動車のタレントマネジメントは、企業の垣根を超えた仕組みとしてとてもユニークなものです。

まとめ

今回はタレントマネジメントの概念から注目される背景、具体的な導入方法と事例をご紹介してきました。タレントマネジメントは人材管理手法のひとつであり、主に企業戦略の達成を実現するために最適な配置、育成、採用を行う取り組みです。

一見、タレントマネジメントは難しいように感じますが、経営上のゴールに合わせて、人事戦略や人事中期計画を策定して特に注力すべき人事課題を明確にすれば、タレントマネジメントは自然とやり方がわかってくるはずです。タレントマネジメントはそれぞれの企業の個別課題を解決する手段であり正解はありません。

日立製作所のように従業員規模が大きい会社と、サイバーエージェントのように生え抜きを重視する会社では人事課題もタレントマネジメントの運用方法も全く異なるでしょう。日産・三菱自動車のように企業連合間でタレントマネジメントを行う場合もあります。他社の手法をそのまま自社に導入すればよいわけではありません。もしこの記事をよんでタレントマネジメントに取り組んでみたいと考えたなら、まずは自社の課題を分析することから始めましょう。

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