連載にあたって
今回から<【SDGs/ESG経営/人的資本の情報開示】「持続可能な働き方」を目指して>というテーマで連載企画を担当する。
「持続可能な働き方」はあらゆる世代の関心事であり、企業経営の側面からもそして働く個人の視点からも真剣に取り組んでいかなければならない最重要課題である。人事部門の中だけでは解決不可能な壮大なテーマであり、企業経営の観点からは、その施策の良し悪しがすべての従業員の働き方、その人生すべてに大きな影響を及ぼすことにもなる。そして、実現のためにはHRテクノロジー活用が必要不可欠であり、豊富な経験や研ぎ澄まされたセンスを兼ね備えた「人間」との協働によりサステイナブルな世界に一歩ずつ近づくことが出来るのである。
今後数回にわたり、人事領域やそれに関連するテクノロジーについて最新トレンドやホットな情報をお届けしたい。
差し迫った「人事の課題」とは
人事部門が向き合わなければならない課題、言い換えれば、優先的に挑戦すべき事項とは何か。日本国内の特殊事情はなるべく捨象し、HRテクノロジーの普及が進む北米を中心とした世界の潮流をご紹介したい。
前職や前々職に関連するご縁で、「コロナ禍」以前にはアメリカ国内で開催される様々なExpoやカンファレンスに参加させて頂いて最適な情報収集の機会を得た。人事をテーマとしたトークセッションも数多く聴講した。キーパーソンに対して対面でのインタビューも行った。そこで見聞きした情報を自分なりに整理すると、日本国内に限らず世界中の人事が直面している課題は主に下記の6つである。
① エクスペリエンス(良い体験)の創出
② 人材獲得競争
③ ビジネス環境の急激な変化
④ 旧態依然とした業務プロセスからの脱却
⑤ コスト意識の高まり
⑥ 自動化による効率化
① エクスペリエンス(良い体験)の創出
「我が国は他の先進国に比べて労働生産性が低い」などと言われているが、生産性を落とす最大の要因はジョブ(職務)と人材のミスマッチである。このミスマッチをなくすためには採用時に手立てを講じることが最も効果的であり、ミスマッチをなくすことは「応募者体験」の向上にもつながる。それに、「入口」の時点ですでにミスマッチを生じているようでは入社後の「持続可能な働き方」など望めるはずもない。
また、入社後の従業員の人材育成の観点からは、「スキルギャップ」(現在の職務に求められるスキルと、その人材が保有しているスキルとの差)を見える化した上で、そのギャップを埋めることにより従業員は常に結果を出しやすくなるため、結果的に「従業員体験」も向上することになる。これはそのまま、「持続可能な働き方」にもつながる。
② 人材獲得競争
上記①は、優秀な人材を獲得・維持するためには不可欠とされている。
「応募者体験」を高いレベルで提供できる企業は、応募者自身にとってその企業で活躍できるイメージを描きやすく、それが志望順位の高さにもつながるため採用競争力も高くなる。同様に、「従業員体験」を高いレベルで提供できる企業は、従業員自身がその企業で長期にわたり活躍できるイメージを描きやすく、それが人材維持(リテンション)にもつながるため、人材獲得における競争力も高くなる。まさに、「サステイナビリティ」の視点である。
③ ビジネス環境の急激な変化
変化の波にうまく乗ることが出来れば、誰もがDisruptor(破壊者)となることが出来る。裏を返せば、破壊者になれなければ破壊される側になるしかない。容易に破壊されるようでは、その企業の存在そのものがもはや「サステイナブル」ではない。
このような状況下では、「アジャイル人事」の実践が求められる。具体的には、半期に一度、一年に一度という長いスパンでの「評価面談」を撤廃し、育成の観点での行動変容に向けた実践的なアドバイスを伴う週に一度の1on1、リアルタイムフィードバック、良き行動を即座に称え合うピア・リコグニション等の仕組みの導入を例として挙げることができる。このような手厚いサポートにより、まずは従業員側(の働き方、働く環境)を「サステイナブル」な状態にするのである。このことが、変化に強い組織づくりにもつながっていく。
④ 旧態依然とした業務プロセスからの脱却
上記③への対応にも関連するが、従来の業務プロセスも見直す必要がある。ただし、新たな業務プロセスはゼロから考え出すものではない。定評のある人事管理システム、タレントマネジメントシステムを活用することによりベストプラクティスのプロセスを実現可能である。
それよりもさらに重要なのは、プロセスを回すだけではなく蓄積されたデータを活用して意思決定のベースとすることである。勘と経験だけに頼った人事から脱却し、「データドリブン人事」を実現するところまで含まれる。
⑤ コスト意識の高まり
コストセンターとしての人事、「従来型の人事管理」(Management of Personnel)だけの人事部門は不要と言われている。HRBP、CoE、シェアードサービス等の機能全てを併せ持った「ソリューションセンター」に進化しなければならない。より経営に近い立場で、「人」や「働き方」に関するすべての困りごと、相談ごとを一手に担うイメージである。それにより業績向上、イノベーションの創出に積極的に貢献していく新たな人事の姿が求められている。
さらに昨今では、「人的資本の投資対効果(Human Capital ROI)」に代表されるようないくつかの項目(Metric)(ISO 30414を参照)について定量的に測定してそれらを可視化・公表し、企業業績の向上にもしっかりと貢献していることをアピールすることも求められる。
⑥ 自動化による効率化
労働人口の減少が確実視される中、「人を増やせないなら一人ひとりの生産性を高める必要がある」という考え方がある。RPAにより一部業務を自動化する、というのも一つの例といえる。例えば、身上異動にともなう情報の処理や勤怠情報のレポート出力を自動化することが挙げられる。また、従業員からの定型的な質問に対してAIを組み込んだChatbotによって自動回答させるというケースも増えてきている。これらは上記④にも関連する。
さて、これによって手の空いた人員をどこに配置するか、ということも重要なポイントである。「組織開発」の分野に多くの優秀な人材を投入すべき、ということがいわれている。
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