日本では、大学時代の奨学金の返済が困難となり、結婚できない、マイホームが買えない、子どもが持てないと経済面で不安を抱えている社会人が増えています。そこで、収入に合わせて返済を求める出世払いにしてはどうかという議論がなされています。

一足お先に出世払い型奨学金制度を設けたのがオーストラリアです。HECSと呼ばれる制度ですが、どのような制度なのか見ていきましょう。

日本の奨学金制度の課題

日本では給付型と貸与型の奨学金制度があり、大学卒業後に貸与型の奨学金の返済に苦しむ人が増え、社会問題化しています。日本は少子高齢化で子育て支援を打ち出していますが、奨学金の返済ができない人の多くが将来に不安を感じ、完済するまで結婚できない、子どもは持てないと悩みを抱えています。

つまり、若い世代が奨学金の返済に苦しむ状況は、少子化の一要因になっているといっても過言ではありません。

そこで、日本政府においては、現状を打開し、将来の不安を感じることなく学ぶことができ、卒業後ももっと自由かつ柔軟に頑張ることができ、結婚や子どもを持つことへの不安を解消できるよう、出世払い型奨学金にしてはどうかという議論がなされています。

出世払い型奨学金とは

出世払い型奨学金とは、返済不要の給付型とは異なり、貸与型の一種ではあるものの、大学卒業後に働くようになり、収入額に応じて返済していくという仕組みです。日本に先立ち、オーストラリアで導入されているため、日本政府ではオーストラリアにおける出世払い型奨学金制度であるHECSを手本にしようという動きもあります。

オーストラリアの出世払い型奨学金について

オーストラリアでは、長く大学の授業料は無償とされていました。ですが、財政が圧迫されてきたことで、1989年に大学の授業料が有償化されます。

有償化と同時に、学生が経済的な理由で進学をあきらめることがないよう、授業料の負担を軽減する新たな制度として、HECS(ヘックス)が導入されました。所得連動型、出世払い型とも呼ばれ、世界に先駆けて、奨学金の返済を将来の所得に連動させたことで注目を集めています。

HECSの仕組み

HECSでは、大学をはじめとする高等教育機関の授業料をオーストラリア政府と学生が負担し合う仕組みになっています。学生が負担する学生貢献分については、在学中に支払う必要はありません。卒業後に所得に応じて納付する仕組みです。

どのように所得に応じて支払をするかというと、所得連動システムが採られています。卒業後に働き始め、一定の収入が入るようになると、自動的に学生貢献分が源泉徴収され、政府に納められます。なお、2005年に制度改定が行われ、HECSHELPHigher Education Loan Plan)という制度に編成されました。それ以降は、HECS-HELP制度として現在も活用されています。

HECS-HELP制度について

すべての学生にHECS-HELP制度が自動的に適用されるわけではありません。HECS-HELP制度を利用したい場合には、CSPCommonwealth Support Place)に応募する必要があります。CSPは政府支援枠と呼ばれ、オーストラリア国民であれば応募が可能です。また、学生本人や親の収入などの経済的な制約はなく、所得が多い家庭に育っても応募できます。

政府が各大学のCSP枠を決めており、各大学は定められた枠の範囲内で成績などによって順番を決め、枠の上限を満たすと、それ以外の学生は支援が受けられません。CSP枠に入らないと、授業料を全額支払う必要があるFull-Fee Pay Studentとなってしまいます。つまり、在学中に授業料を全額納付しなくてはなりません。親の収入には関係ありませんが、優秀な成績を取るなど、本人が頑張らないと支援が受けられない仕組みです。

納税番号の取得

出世払い型奨学金であるHECS-HELP制度で重要なポイントになるのが、納税番号の取得です。

CSP枠に採用された学生は、TFN(Tax File Number)と呼ばれる納税番号を税務署に申請して取得することが求められ、その納税番号を進学した教育機関に提出しなければなりません。納税番号はその人と紐づけられ、生涯使い続ける番号となります。日本でいうマイナンバーのような位置づけです。

オーストラリアでは、納税番号に紐づいてさまざまな種類の税金が徴収される仕組みが形成されています。CSP枠に採用された学生の卒業後の収入なども納税番号を活用して把握されます。そして、HECS-HELP制度に定められた一定の収入を得られるようになると、その収入に応じて定められる返還割合に応じて自動的に源泉徴収が行われ、政府に納付される仕組みです。

学生が卒業後に自分の意思によって返済するとなれば、返済が滞ることや収入の有無を問わず、不良債権化するおそれもあります。オーストラリアでは、源泉徴収制にしたことで、卒業後の学生が収入を得られるようになれば、自動的に徴収できるので効率的です。

出世払いの負担の構造

HECS-HELP制度では、さまざまな取り決めがなされています。まず、学生貢献分と呼ばれる、学生が負担する授業料に上限が定められています。上限額は一律ではなく、学部の分野によって差が設けられているのが特徴です。

たとえば、将来医師や弁護士になるなど、高収入が予想される医学部や法学部においては、上限額が高く設定され、学生が卒業後に返還する金額が高くなります。一方、オーストラリアで人材不足が課題となっている教師や看護師などになる人材を育成する教育学部や看護学部などについては、学生貢献分の上限を低めに設定することがあります。卒業後の返還額が少なくて済むとなれば、人材不足の領域に進学しようとする学生を増やすことが可能です。

このように、政府が上限額をコントロールすることで、将来の社会の担い手となる人材について調整を図るという政府の施策も行われています。学生の学費を支援しながら、オーストラリアにおける人手不足の課題を解決するための対策も行われている点は見逃せないポイントです。

卒業後の源泉徴収の仕組みについて

卒業後は納税番号を通じて、政府によって収入が把握され、収入が一定金額以上になると返還額が自動で算出され、源泉徴収が行われます。親や配偶者などの収入や資産は一切考慮されず、あくまでも卒業した学生個人の収入のみで判定されます。働くようになって収入が生じれば、一律で源泉徴収が行われるのではなく、収入が一定基準未満にとどまっていれば職業や勤続年数などは問われず、定められた収入ラインを超えない限り返還義務は発生せず、利息が付くこともありません。

新たな課題

大学の授業料が有償化されたオーストラリアにおいては、HECS-HELP制度があることで、経済的に不安がある学生も、進学をあきらめることなく大学で学ぶことができます。

一方、出世払い型奨学金としたことで、政府にとっては新たな財政圧迫要因が生まれました。卒業しても、収入が一定水準以下であるために返還義務が発生しない学生も多いうえ、収入金額が少なく、源泉徴収額も低水準にとどまっているケースが増えています。そのため、全体の15%程度は返還の見込みなしとの調査データもあるほどです。

大学の授業料無償が財政を圧迫したことで有償化に踏み切ったものの、今度は出世払い型奨学金の返還不能により、財政が圧迫する懸念材料となっているのが課題です。

まとめ

日本では、大学卒業後に奨学金の返済に苦しみ、結婚や子育て、住宅取得などが不安でできない社会人が増えています。現状打開策として出世払いにしてはどうかという議論があります。オーストラリアでは出世払い型奨学金であるHECS-HELP制度が導入されました。学生にとってメリットがある一方、未返済額が増え、オーストラリア政府の財政圧迫要因となっています。

出世払い型奨学金を導入するにも課題は多いと言えるでしょう。

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