2024年は、予想を超える「賃上げ」が実施されました。筆者は20年以上にわたり多くの企業の報酬制度設計に携わってきましたが、「人件費は一定に抑え、昇給率は13%が目安」という前提で設計してきました。しかし、今年の「賃上げ平均5.17」は、これまでの固定観念を根本から見直さざるを得ないインパクトを持つ数値でした。今後も今年度並みの賃上げが続くと予測されています。本コラムでは、「賃上げ」が企業に与える本質的な影響と、企業が転換すべき人材マネジメントの方針について考えます。

2024年の賃上げを振り返る

昨年までの賃上げは、賞与や手当の一時的な増額にとどまっていましたが、今年は多くの企業が基本給の引き上げに踏み切りました。これは、物価高騰に加え、新卒の若手社員や非正規雇用者の不足が深刻化し、人材獲得競争が激化したことが背景にあります。

新卒初任給を引き上げた企業は過去最高の75.6%に達し、増加率は32年ぶりに全学歴で3%を超えました。※2「初任給30万円」時代の到来も目前です。初任給の引き上げに伴い、若手層の基本給が優先的に引き上げられる一方、40代・50代の引き上げは抑制されています。この傾向は今後も続くと予想され、年功型で右肩上がりだった「賃金カーブ」は年々フラット化されていくでしょう。

また、非正規雇用の賃金は、同一労働同一賃金の法整備により、年齢や性別、雇用形態による賃金格差が縮小しています。非正規社員がより高度な職務を担うケースも増えており、これも格差縮小に寄与しています。

こうした動きにより、賃上げを契機に賃金カーブのフラット化や、正社員と非正規社員の賃金格差の縮小が急速に進んでいます。

賃金カーブのフラット化が意味すること

日本型雇用の賃金システムは、「年功を基準とする後払い賃金」と「無限定正社員の優遇」が特徴でした。

「年功を基準とする後払い賃金」とは、若手社員は生産性を下回る賃金で、年功の高いポジションにいる社員には生産性を上回る賃金が支払われる仕組みです。新卒で採用され定年退職まで勤務すれば、若い頃は働いているわりに賃金が低くても、年齢が高くなれば働き以上の賃金になり、社員の企業への忠誠と長期勤務のインセンティブが生まれると言われています。長期的に勤務しないと若い頃の賃金が回収できないことになるので、若手社員の離職の抑止力にもなっています。社員にとっても、一般的なライフステージに合わせて賃金も上がり、定年退職後の心配もすることもない安定性を得られるメリットもあったと言えます。

「無限定正社員の優遇」とは、メンバーシップ型を前提として社員と雇用契約を結ぶ際に、勤務地、職種、勤務時間に関する内容を緩やかに設定する代わりに、賃金を優遇するシステムです。いわゆる正社員は、会社都合の転勤や異動ローテーションを伴う、その代わりに地域限定の社員や非正規雇用の社員よりも賃金水準を高めに設定することです。これにより、企業は事業再編などが必要な場合でも、中途採用や解雇のコストを抑え、柔軟な組織運営、配置転換が可能となります。正社員は限定なく異動、転勤を受け入れる代わりに高い賃金と安定した雇用が保障されてきました。

しかし、賃上げや法改正含めた環境の変化によって、賃金カーブのフラット化や格差の縮小が進むということは、企業は、これまで行っていた「正社員」を限定なく活用することや、若手の離職を賃金システムで防ぐことが難しくなるということを意味します。賃金カーブや格差によるインセンティブに代わる新たな仕組みが必要になっているのです。

新たな賃金格差

賃金カーブがフラット化して正社員と非正規社員等の賃金格差が縮小していますが、総合的にみて賃金の格差がなくなっているかというとそうではありません。人事考課によるメリハリ、労働生産性の向上が進んでいる企業や業界とそうではない企業や業界との格差、技術革新にともなって需要のある技術をもった人材とそうではない人材の格差など、切り口を変えると、むしろ格差が広がっています。

限られた人件費の原資をどのように配分するのかは、人的資本経営の考え方とも共通しており、中長期ビジョンを達成するために、何を「人的資本」と定義するか、その「人的資本」にどのように投資し活用してくか、賃金システムと整合をとり設計していくべきものです。

そうすると、技術革新や新規事業を創出する職務や、大規模な組織をマネジメントする職務には、より高い賃金が支払われる傾向が強まるでしょう。一方、システム等に代替可能な職務や特定の技術を必要としない定型的な職務については、賃金の上昇が抑えられます。「ジョブ型」を導入する企業が増えていますが、「ジョブ型」や職務を基準にした賃金システムは、特定の職務(仕事内容)と職責の大きさによって賃金を設定しやすくなります。

このように、新たな賃金格差は、職務(仕事内容)によって生じます。そして、今後の賃金システムを設計する時には、意図的に格差をつくり、格差を新たなインセンティブにつなげていくという考え方になってきます。

インセンティブの設計

職務(仕事内容)による賃金格差を、新たなインセンティブにつなげるには、社員が「より高い職責(高い賃金)の職務に就こう」と思うように、それらを目指す環境を意図的に創っていくことです。
そのために必要な条件は、下記になります。

  • 企業の中に、職責の高い(賃金の高い)職務が存在していること
  • 企業の中でキャリアを積むことが、将来的に職責の高い(賃金の高い)職務に就く可能性が高いと確信できること

賃金システムで具備すべきことは、将来の企業活動に必要な職務を明確に定義し、その職務に対して適切な(魅力ある、外部労働市場からも優位性のある)水準の賃金にすることです。また、社員がその職位に到達するための明確なキャリアパスを示すこと。また、転勤や異動ローテーションも、単なる人事措置ではなく、社員がキャリアを積み重ね、より高い職務につくための機会として位置づけることが、そのような環境を創ることにつながります。

まとめ

2024年の賃上げは、数値的に大きなインパクトをもたらし、賃金カーブのフラット化や賃金格差の縮小を加速しました。これまでの「賃金カーブ」がもたらしていた見えないインセンティブが失われたことに気づかず、人手不足の対処療法的に賃上げを行うと、「若手の賃金を上げたにも関わらず離職がとまらない」「賃上げがなかなかできない40代50代のエンゲージメントが下がる」という問題が解決しないことになります。
企業が将来的に求める職務(仕事内容)を定義し、相当の賃金を設定するとともに、社員が職務経験を通じて成長し、新たな職務にステップアップしていこうと思う賃金システムに再設計することが求められているのです。

参照
※1 日本労働組合総連合会 『2024春季生活闘争 まとめ』2024年7月19日発表
※2 産労総合研究所 『2024年度 決定初任給調査』2024年7月5日発表

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