お客様とお話をする中で、「Z世代とのコミュニケーション」に課題感を感じているとの相談を受けることがあります。どのように声をかければよいか、コミュニケーションの場をいかに設けるべきか。様々な悩みをお伺いしております。多くの人事部の方やリーダー社員がコミュニケーションの在り方に悩む一方で、反対に、Z世代、特に新卒入社の社員も、上司とどのようにコミュニケーションを取ればいいか悩んでいると考えます。
最近、業務の中で「心理的安全性」というキーワードに触れる機会がありましたので、本コラムでは、「心理的安全性」と、それを阻害する要因と考えられている「対人リスク」を切り口に、若手社員とのコミュニケーションの在り方について考えていきます。
心理的安全性(psychological safety)とは
「心理的安全性」はエイミー・C・エドモンドソンが提唱した概念であり、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義されています。
エドモンドソンは、病院で起こるヒューマンエラーとチームワークとの関係性に関する研究をし、その中で、優秀なチームほどミスが少なくなると仮説を立てました。しかし、実際には、チームワークが優れているチームほどヒューマンエラー率が高いという結果が出ております。この実験結果は一見矛盾しているように思えますが、背景には、チームワークが優れているほど情報がオープンであるため、エラーの報告数が多くなるものの、それについて活発に議論をすることでその後のミスを回避するようにしている、という報告があります。エドモンドソンはこの現象を「チームの心理的安全性」と呼び、職場において個人が率直であることが許され、自分の意見や考えを安心して発言することができると、結果として組織のパフォーマンス向上につながると考えました。
注目を浴びるきっかけは何か 「プロジェクト・アリストテレス」とは
エドモンドソンが心理的安全性を提唱したのは1999年ですが、その重要性について注目されるようになったのは、Googleが「プロジェクト・アリストテレス」の研究結果を発表した後です。「プロジェクト・アリストテレス」とは、2012年から開始された米Googleの調査です。4年の歳月と数百万ドルという多額の時間をかけ、180ほどのチームを対象に、生産性の向上を目的に研究しました。Googleは研究結果として、チームの成功を導く5つの鍵を心理的安全性/相互の信頼/構造と明瞭さ/仕事の意味/インパクトとし、その中でも心理的安全性が特に重要であると発表しました。
そもそも、この研究の目的としては、近年、ビジネスが複雑化する中で、Google社内でチームでの共同作業が増加しているため、チームワークの良し悪しを決定する要素を明確にし、社内の業務効率化や組織活性化につなげる事でした。ビジネスの複雑化は社会的な傾向であり、Google社以外のどの企業でもあてはまります。また、リモートワークの普及により、真意や背景が伝わりにくい文面でのコミュニケーションの機会が増加したり、多様性の共存が目指され、国籍や文化、価値観の違う人と共同する機会が増えたりするなど、社会的な変化が加速しています。その中で、円滑なコミュニケーションやあらゆる立場の声を拾い上げる事が求められているため、心理的安全性の必要性がより一層高まっていると言えます。
心理的安全性が高い状態で考えられるメリット
なぜ心理的安全性は大切なのか、という問いに対する答えは様々ありますが、本コラムでは「個人」と「組織」の2つの観点から理由を紹介します。
まず、個人への影響では、心理的安全性があることで、社員一人ひとりのエンゲージメントややる気の向上につながります。自分の意見が発言しやすく、それを聞き入れてもらえる環境があることで、チームへの参加が積極的になります。この結果、徐々にチームへの貢献の重要性やパフォーマンスの向上について考えるようになり、個人がパフォーマンスを最大限発揮することができたり、責任感を持って取り組んだりすることが期待されます。また、エンゲージメントの高まりは、離職の抑制にもつながります。続いて、組織への好影響としては、「コミュニケーションの活発化」が考えられます。業務内では、議論が活発化すると話が深掘りされたり多角的な見解が検討されたりするようになるため、よりよい意思決定につながると考えられます。高いパフォーマンスという観点では、情報がオープンになることでお互いの失敗の共有から学び合い、継続的な学習と改善の文化が醸成されることも期待されます。
心理的安全性が低くなる原因 4つの対人リスク
エドモンドソンは、心理的安全性を低くする原因に対人リスクを挙げています。対人リスクとは、①無知だと思われる不安、②ネガティブだと思われる不安、③無能だと思われる不安、④邪魔だと思われる不安、の4つが挙げられます。
心理的安全性の低い会社においては、これらのリスクを取ることに不安を感じ、リスクを回避する行動がとられてしまいます。
リスクの回避は、すなわち組織のための発言や行動の抑制であるため、結果として仕事のパフォーマンスが落ちたり、従業員の
組織への信頼感や安心感が確立できず離職に繋がりやすくなったりします。また、間違いや問題点を指摘できないとミスの隠蔽等の不正が起こりやすくなってしまい、社会からの信用問題にもつながってしまいます。したがって、心理的安全性を高めるためには、これらの対人リスクへの不安感を小さくするための取り組みやコミュニケーションが必要です。
心理的安全性を高めるための会社の取り組み事例
ここでは、心理的安全性の向上に有効的だと言われている取組である「1 on 1ミーティング」「OKR」「ピアボーナス」について、何をすれば効果が上がるのか、運用上の注意点をおさえます。
1 on 1ミーティング
1 on 1での最初に躓きやすいポイントは、「部下が自己開示を躊躇ってしまう事」です。せっかく対話の機会を設けても、部下から話を引き出すことができなければ意味がありません。したがって、初めに意識すべきことは、「本音を少しでも話しやすい」と思う機会にすることです。上長から適度に自己開示をし「会話の範囲や深さ」を例示することで心理的ハードルを下げること、そして、日々のコミュニケーションや1 on 1の定期開催から必要以上に気負いすることなく話ができる関係を構築することが求められます。また、1 on 1の中で、「何を話せばいいか分からない」という心配をさせないよう、大まかな内容をあらかじめ設定することも大切です。
ある程度きっかけや関係性ができ、部下が積極的に話をするようになったら、今度は傾聴する姿勢が求められます。適宜メモを残し、前回のミーティングとつなげた話題を提供したり、前向きなリアクションをしたりすることで、部下に安心感や1 on 1の必要性を感じさせ、より前向きに業務やコミュニケーションに参加する姿勢を育成できるとよいと考えます。
OKR(Objectives and Key Results)の活用
OKRとは、「目的と主要な結果」と訳されます。OKRは、「挑戦的な目標の管理方法である」「短期的な取り組みである」という特徴があります。
OKRはストレッチの効いた目標を立てるため、目標達成水準は大体60~70%と言われています。この目標設定の意義は、目標達成ではなく、組織や個人の目標を統一させ、難しい課題に対し効果的な活動を展開すること、その中でチャレンジを繰り返し、個人を成長させることにあります。したがって、OKRは人事考課に反映されない、もしくはインセンティブとして評価されるケースが多いです。よく、MBOやKPIのように人事評価のための目標設定であると認識している方がいるため、導入の際やはじめてOKRを実施する社員へは、運用の在り方を説明し、失敗や目標未達への恐れを除くようにすることが必要です。また、OKRには、失敗を許容し挑戦する文化の醸成が不可欠となります。特に、初めての挑戦するタイミングは社員にとってはなかなか勇気が出ない場合もあるため、周囲がフォロー体制を整え、一丸となって取り組む必要があります。次第に挑戦へのハードルは低くなると考えられるので、その後は、ミスへの寛容性(責めるのではなく、次に生かす)、社員全員が発言の機会のある議論の促進を心がけるとよいでしょう。
また、OKRは、一般的に3か月で見直すとよいと言われており、短期的な運用が多いです。成果を短期で残すためには、進捗状況の迅速な共有やフィードバックが欠かせません。そのため、定期的な振り返りはもちろん、日々の業務の中で相互的にコミュニケーションをとることが大切ですので、初期レスポンスを早くする、スケジュールをオープンにし、対応可能な時間を知らせるといった工夫で、部下が「話しかけやすい」と思えるようにするとよいのではないでしょうか。
ピアボーナス:感謝や称賛を贈り合う福利厚生制度
企業により取り組みの方法は異なりますが、ポイントやカードを用いて、お互いに感謝を贈り合う制度です。人から認めてもらうことで、社員が自身の存在意義を感じられ、モチベーションやエンゲージメントの向上につながります。
入社後まもなくは業務上で付加価値を発揮することが難しい新入社員にとって、日常の些細な部分や小さな成長、貢献をほめてもらうことが自信に繋がります。また、社内で感謝の内容が全社に公開され、所属部署の違う方やテレワーク勤務されている方など、普段直接かかわりを持つことが少ない社員同士の活躍を可視化することで、会話のきっかけや業務上の連携の促進につなげ、コミュニケーションやイノベーションにつなげられるとよいでしょう。
Z世代の特徴に、デジタルリテラシーの高さがあげられます。ネットを通じたコミュニケーションを多く経験してきた世代だからこそ、周囲の多様性を尊重すると同時に「自分とは何か」といった自己の在り方や他者との差別化を重視する事や、承認欲求が強い傾向がみられます。また、多くの人が自由に発言できる環境に慣れているからこそ、自分だけが「変に目立ち」出る杭が打たれないよう、周囲からの見られ方を気にし、周りに合わせる事が必要以上に上手な人も一定数いると考えられます。コミュニケーションが難しいと考える場面では、相手も何かを考えているため、意図的に、あるいは無意識的に言葉や態度を選んでいる可能性があります。部下が「どんなリスク」や「不安」を抱えているのか、それを軽減するにはどんな働きかけが必要かを考えることで、新しい「対話」の形が生まれるのではないでしょうか。
番外1 心理的安全性を高めるために必要な「4つの因子」
心理的安全性を高めるためには、4つの因子が重要であると言われています。以下では、4つの因子とそれらが高いとされる理想の状況、注意事項等をまとめております。
これらを高めるためには、すでに述べた組織的な課取組の中だけでなく、日常のコミュニケーションで意識することも求められます。(例)話しかけやすいと思ってもらえるように、「チャットには必ず早めに反応をする」など。
番外2 セルフチェックをしてみよう! 心理的安全性の程度を測る項目
最後に、自身の所属する組織の心理的安全性を検討する際に参考になる指標を紹介します。
エドモンドソンは、心理的安全性の程度を測るための質問を7つ提唱しています。「はい」と「いいえ」で答えられる質問になっていますが、そのレベルを検討することでより正確に状況を理解できると考えます。以下の質問の1、3、5番に関しては、「いいえ」に近いほどポジティブと捉えられる質問になっており、反対に、2、4、6、7番については、「はい」に近いほどポジティブに捉えられます。
そのほかに、エドモンドソンは、チームの心理的安全性が高い場合に表れる3つのサインについても言及しています。
セルフチェックをする際には、以上の様な指標を参考に評価してみてはいかがでしょうか。
この記事を読んだあなたにおすすめ!