“きっかけ”はサッカーとタレントマネジメントの共通点
限られた人材に高いパフォーマンスを発揮してもらうことが欠かせなくなった今、従業員一人ひとりの持つ力に目を向けつつ、企業の経営戦略に沿って人事施策を統合的に実行するタレントマネジメントが注目を集めています。私は、小学校1年次からサッカーを始め、海外サッカーの熱狂的ファンです。ある日、普段同様に、スペインリーグの試合を観戦していました。試合が始まると、画面上にて、「選手がシュートを放った際のゴールの可能性」が表示されていたり、「選手の走行距離」というスコアが数分ごとに更新されていたりするのに気付きました。マイクロソフトが開発した「Beyond Stats」(以下BS)によって、試合に関するデータを瞬時にかつ事細かに確認できるという変化に感銘を受けました。同時に、コンサルタントとして、BSの事細かなデータ活用から、タレントマネジメントの可能性を感じたため、本稿の執筆に至りました。
タレントマネジメントと人事戦略
タレントマネジメントとは、「タレント(従業員)の持っているスキルや能力を最大限活かすための、戦略的な人材配置や育成等を行う人事マネジメント」を意味します。経営戦略を実現するために必要で、人材に関わる領域であれば、評価、採用、育成等の人事イベント、これらすべてがタレントマネジメントに関係しています。つまり「タレントマネジメント≒人事戦略そのもの」とも言えます。
タレントマネジメントは、「設計」「活用」「開発」「運用」のステップで推進していきます。
「設計」では、目的に沿ったタレントの活用方法、タレントの定義、運用方法を含めたタレントマネジメントの全体像を設計します。
「活用」では、タレントを実際の場で活用及び育成をします。
「開発」では、普段にはない新しい機会を積極的に提供することで、能力の開発を図ります。
「運用」では、タレントマネジメントの考え方に沿って構築された人材マネジメントの仕組みや取り組みを実行することです。
このステップは一巡して終わりではなく、繰り返しサイクルを回すことで、タレントマネジメントをブラッシュアップしていくことが肝要となります。
BSが切り拓くタレントマネジメントの可能性
私自身が長年サッカーに携わってきたため、先日マイクロソフトが開発したBSを目の当たりにし、もし現役時代にBSがあれば以下のような恩恵を得ることができるのではないかと考えました。
- 効率的かつ論理的なスキル向上が図れる
当時は、私自身が感じた主観的な考えのもと、スキル向上に励んでいたため、非効率的だと感じていました。
BSであれば、試合のデータから、自身に不足しているスキルを可視化することが可能なため、効率的かつ論理的なスキル向上が図れると考えます。 - より高度な原因究明が可能になる
当時は、敗戦の原因を各人が感じたままに意見をぶつけ合っていたため、原因が曖昧なままでした。BSであれば、試合のデータから、敗戦の原因となった直接的な要素や間接的な要素を把握することが可能です。そのため、より高度かつ客観的に原因を究明できると考えます。 - 戦略・戦術のバリエーションに幅が生まれる
当時は、「足の速さ」や「フィジカル」に頼った一辺倒な戦術や、監督の主観に基づいたメンバー選定が行われていました。そのため、固定的な戦い方に固執していました。BSであれば、相手チームのデータや自チームのデータから、最適な戦略・メンバー選定が可能です。つまり、戦略・戦術、配置等の幅に柔軟性を持たすことが可能であると考えます。
上記で挙げた内容は、「個人の能力を把握し、的確な分析」をしたことで、効率的かつ論理的なスキル向上やより高度な原因究明、戦略と戦略のバリエーションが増加しています。つまり、「組織が活性化する」という点が共通しています。
組織活性化の鍵は「タレントマネジメント」
「個人の能力を把握し、的確な分析」をしたことによって、スキル向上や原因究明・戦略と配置が最適化され、組織が活性化する点は、組織活動における「タレントマネジメント」と置き換えることができます。
会社において、以下のような問題を抱えている会社は多いのではないでしょうか。
- 必要な人材がどこにいて、どれだけいるのかが分からない
- スキルや能力に合わせた人材配置ができていない
- 計画性を持った育成になっていない
このような課題は、タレントマネジメントを活用した「個人の能力を把握し、的確に分析すること」で、改善できると考えます。
- 必要な人材がどこにいて、どれだけいるのか分からない
→個人の能力を把握し、的確に分析することで、会社における各人の能力を可視化することが可能となります。 - スキルや能力に合わせた人材配置ができていない
→個人の能力を把握し、的確に分析することで、部門、役職等に求められるスキルや能力に合わせた人材配置の適正化が可能となります。 - 計画性を持った育成になっていない
→個人の能力を把握し、的確に分析することで、各人の現状の能力を踏まえた、計画的な育成が可能となります。
BSを活用したタレントマネジメントによって躍進を遂げた例
実際に、BSを活用し、個人の能力を把握し、的確に分析したこと、いわゆるタレントマネジメントによって躍進を遂げた例があります。サッカースペイン1部リーグ(以下プリメーラ)のジローナというチームです。彼らは2023-2024シーズンにおいて、とてつもない躍進を遂げています。これまでジローナは、躍進どころか、プリメーラに昇格できたのはわずかで、ほとんどを2部リーグ(以下セグンダ)で過ごしていました。しかし今期は、第7節を終えた時点で、創設以来93年目にして、初めてプリメーラの首位に立っています。
ミチェル氏は、他チームをこれまで3度もセグンダからプリメーラに昇格させた手腕から、「昇格請負人」と言われていました。彼はジローナを指揮するにあたって、ポゼッション(ボールを優位に支配すること)サッカーを主体としていました。ですが、結果は振るわず、プリメーラで下位に沈んでしまい、なかなかプリメーラに昇格できても、勝てない日々が続きました。ここまでの躍進を遂げた理由として、「個人能力の把握と的確な分析」をジローナの現監督であるミチェル氏が徹底して進めたことが挙げられます。ミチェル氏は初めに、「プリメーラで勝ち続ける」という目的に立ち返り、「勝ち続けるために必要な選手(タレント)とは」「勝ち続けるための最適なフォーメーションとは(タレントの活用方法)」を「設計」しました。設計を通じて、「勝ち続けるためには、タフさとフットボールIQの高さを兼ね備えた選手」というタレントの定義と、「従来の4-2-3-1のフォーメーションから、3-5-2というサイド攻撃を主体とした最適なフォーメーション」を生み出しました。
しかし、定義した選手像に当てはまる選手がいるのか、最適なフォーメーションに相応しい選手がいるのか分からない状態にあったため、実際の試合で選手たちの「活用」を試みました。試合中のBSのデータを踏まえ、徹底的に個人とチームに向き合うことに取り組みました。各メンバーの身体的特徴やメンバー間の連携、得意とする領域などのデータを分析しました。また、ミチェル氏は、選手たちに様々なポジションを経験させることで、新しい視点や気付きを与え、タレント能力の「開発」にも取り組みました。「プリメーラで勝ち続ける」という目的のもと、試合を通じて、タレントの活用から設計といったタレントマネジメントの「運用」を繰り返し行いました。
その結果、タフさとフットボールIQの高さを兼ね備えたタレントの育成に成功し、相手の陣内で攻撃を進めるハイラインによる選手の配置と、相手の網を掻い潜るポジション取り、パス回し、そして破壊力のあるサイド攻撃をチーム内に共有認識させ、再現性のあるプレーで得点を量産しています。このように、BSといった各タレントの能力を把握するツールを活用し、タレントマネジメント推進のステップを忠実に繰り返すことで、ジローナはかつてないほどの躍進を遂げ、多くの人々を釘付けにしているのです。
タレントマネジメントの展望
この事例のように、サッカー界からも、「タレントマネジメントの可能性」を感じ取ることができます。今後、VUCAの時代や、少子高齢化によって、ますます「人材の活用」が会社に求められてきます。人事担当者の皆様におかれましては、組織における最も貴重な資本である人材を最大限に活用し、組織の成長や競争力強化を図ることが不可欠となります。
タレントマネジメントは組織にとって不可欠な戦略的プロセスであり、「組織の成長」や「競争力強化」に大きく貢献します。組織の成功に欠かせないタレントマネジメントの重要性を理解し、適切な戦略を展開していくことが、人事担当者の使命であると言えます。
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