「人的資本経営」「SDGs」「ウェルビーイング」に関するご相談を多く受けます。特に、非財務情報を開示する上で、どう取り組んだらいいのかといった問い合わせをいただきます。今回のコラムでは、非財務情報をどう開示するかではなく、「人的資本経営」「SDGs」「ウェルビーイング」は、一体どういうことが問われているのか、そこから見出される問題点は何か、どういう取組が求められているか考察を進めた上で、今後の方向性を示します。

「人的資本経営」「SDGs」「ウェルビーイング」で問われていること

皆さんの会社では「人的資本経営」「SDGs」「ウェルビーイング」のどれに取組んでいる(あるいは取り組む予定にしている)でしょうか。全部でしょうか。1つでしょうか。取り組む理由は何でしょうか。まずは、各々のテーマの概要は以下の通りです。

各々のテーマがどのような経緯で発信されているのか確認しておきましょう。

「人的資本経営」の主な経緯

  • 18世紀、アダム・スミス「国富論」 特別な技能と熟練を要する職業の為に時間と労力をかけて教育された人
  • 1961年、セオドア・シュルツ「経済的な価値を持ち、適切な投資によって増やすことができる人間の特性」
  • 2001年、OECD(経済協力開発機構)が人的資本の定義を拡大
  • 2018年12月、国際標準化機構「ISO30414」策定
  • 2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対し、人的資本の情報開示を義務化
  • 2020年9月、経済産業省が「人材版伊藤レポート」公表
  • 2021年6月、上場企業が遂行すべき企業統治のガイドライン「コーポレート・ガバナンスコード」改訂

「SDGs」の主な経緯

  • 1990年代、主要な国際会議で採択された国際開発目標
  • 2000年、「国連ミレニアム宣言」
  • 2001年、上記2つを統合し、国連で専門家間の議論を経てMDGs策定
  • MDGs発展途上国向けの開発目標。2015年を期限とする8つの目標設定
  • 2015年9月、国連サミットで全会一致で「SDGs」採択

「ウェルビーイング」の主な経緯

  • 1946年、世界保健機関(WHO)設立の際に考案された憲章
  • 1980年代、ウェルビーイング(幸福度)測定の研究
  • 2015年、SDGsにおけるGoal3において、well-beingという言葉が採択
  • 2015年、OECD(経済協力開発機構)が「Education2030」プロジェクトでウェルビーイングを達成するための概念図作成
  • 2021年、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でフォーラム創始者から「人々のウェルビーイングを中心とした経済に考え直すべき」
  • 2022年、厚生労働省化の雇用政策研究会

「人的資本経営」「SDGs」「ウェルビーイング」の関係

上記3つのテーマの内容を精査してみると、共通点は“身体的良好・精神的良好・社会的良好”を目指しているとも言えます。

 

あらためて、一般的になぜこのテーマに取り組むのか散見される主な取組理由として以下の点が挙げられます。

  • 資金調達
  • 社会課題解決
  • 企業イメージ向上
  • 業績向上
  • 社員成長
  • 有価証券報告書における開示義務

上記の内容で最も多く聞かれるのは「開示義務への対応」です。

ここで投げかけたいことは、「開示義務への対応」をすることで、3つのテーマで問われている共通要素「身体的良好」・「精神的良好」・「社会的良好」な状態が実現できるのかということです。

3つのテーマに問われていることの共通要素として、マズローの5段階欲求説に置き換えて考えることが出来ます。身体的良好は、生理的欲求を満たす必要があります。精神的良好は、安全の欲求から上の欲求を満たす必要があります。社会的良好は、社会的欲求から上の欲求を満たす必要があります。

ここで、各欲求の概要を確認しておきましょう。

  • 第1段階:生理的欲求
    生きていくために必要な、基本的・本能的な欲求を指します。
  • 第2段階:安全欲求
    安心・安全な暮らしへの欲求を指します。
  • 第3段階:社会的欲求
    友人や家庭、会社から受け入れられたい欲求を指します。
  • 第4段階:承認欲求(尊重欲求)
    他社から尊敬されたい、認められたいと願う欲求を指します。
  • 第5段階:自己実現欲求
    自分の世界観・人生観に基づいて、「あるべき自分」になりたいと願う欲求を指します。

現代の日本では、第1段階から第3段階は一定程度満たされているのではないでしょうか。今後、焦点となる欲求は第4段階と第5段階になると考えます。社員のモチベーション問題の相談をよく受けますが、要因の1つとして、承認欲求が満たされていないことが挙げられると考えます。

第4段階:承認欲求(尊重欲求)
他社から尊敬されたい、認められたいと願う欲求を指します。
名声や地位を求める「出世欲」もこの欲求の1つに当てはまり、外的部分を満たしたい第3段階とは異なり、内的な心を満たしたい欲求へと変わります。また、こちらは第3段階における「帰属」の欲求が前提となっており、他人からの賞賛を求める欲求はその後の自然な行為とみなします。
なお、承認欲求における尊重には「低いレベルの尊重欲求」と「高いレベルの尊重欲求」があり、低いレベルの尊重欲求は、他社からの尊敬,名声、注目など得ることによって満たされるのです。高いレベルの尊重欲求は、自己尊重の意識付け、技術や能力の習得、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価より自分自身の評価を重視する傾向に。
この第4段階の欲求が阻害されると、劣等感や無力感などの感情が生じます
第5段階:自己実現欲求
自分の世界観・人生観に基づいて、「あるべき自分」になりたいと願う欲求を指します。
潜在的な自分の可能性の深求、自己啓発行動、創造性の発揮などを含み、自己実現の欲求に突き動かされている状態。また、第5段階だけはこれまでの欲求とは質的に異なっているとされています。

「問われていること」と「取組内容」のギャップ

冒頭で、このコラムのタイトルとして“建前から脱却”と掲げました。“開示義務があるからやる”ことは、第4段階の欲求を満たすことに繋がるか否かはもう自明のことと思います。次に、今後に向けた考察を進めます。

問われていることに対する好事例

第4段階と第5段階の欲求を満たして、良い状態を創ることが出来た事例を紹介します。
群馬県にある「島小学校」の1950年代の事例です。取組前と取組後の状況は以下の通りです。

上記のように、取組後は「身体的良好・精神的良好・社会的良好」な状態が実現できた事例です。
実現できた要因は、新たに赴任してきた校長の“捉え方”にありました。どのような捉え方をしていたのか、新校長が赴任したての時の保護者と校長の会話から見てみましょう。
(※「学校づくりの記 斎藤喜博 著 国土社」から引用)

そして、校長の著作には次のような記載があります。

「全部の先生を信頼」これこそ、人を資本として観ていると言えるのではないでしょうか。

一方で、現実には次のような方もいらっしゃいました。
鈴木夏子さん(仮名)の例

しかし、新校長は次のような捉え方をします。

やがて、鈴木夏子さんは保護者からも認められるような先生になりました。鈴木夏子さんが先生を退任する際のエピソードを紹介します。

そして、次のように締めくくります。

まさに人を資本として捉えて、その価値を最大限に引き出した好事例と言えるのではないでしょうか。
学校経営の事例でしたが、今の日本の企業経営でも当てはめることが出来ると考えます。

企業が向き合うべき方向性

前段で学校経営の事例を紹介しましたが、ここでは企業活動の事例(A社)を紹介します。
A社では、「幸福」とは何かを以下のように定義しました。

更に上記3つの感覚を醸成するために、人材マネジメントはどのようであるべきか以下のように考えを進めました。

3つの感覚(安心感・信頼感・貢献感)を醸成するために、どのような人材マネジメントであるべきか、上図の右の2つの要素(①意義で動かす②自己重要感で動かす)こそ、第4段階と第5段階の欲求を満たすマネジメントと捉え、A社の人材マネジメントポリシーとして定めました。

「人的資本経営」「SDGs」「ウェルビーイング」の本質的な取組として上述のような取組を推奨いたします。

最後に

「人的資本経営」「SDGs」「ウェルビーイング」の取組は、義務感から取組むだけではなく、本質的な取組をしない限り、「身体的良好・精神的良好・社会的良好」は実現し得ないと考えます。実現の鍵を握るのは、

にあります。人材開発事業を生業としている身として、警鐘を鳴らしつつ、肝に銘じたいと考えています。

この記事を読んだあなたにおすすめ!

こちらの記事もおすすめ!
お役立ち情報
メルマガ無料配信

お役立ち情報満載!ピックアップ記事配信、セミナー情報をGETしよう!

人事のプロが語る、本音のコラムを公開中

人事を戦略に変える専門家たちが様々なテーマを解説し、"どうあるべきか"本音 で語っている記事を公開しています。きっとあなたの悩みも解消されるはずです。


お役立ち資料を無料ダウンロード
基礎的なビジネスマナーテレワーク規定、管理職の方向けの部下の育て方評価のポイントまで多種多様な資料を無料で配布しています。ぜひご活用ください。