この記事はシリーズです。前回分は以下リンクから確認できます。
「年功的な人事制度を変えたい」といったお問い合わせは当社にもよく寄せられるご相談の一つです。現在の人事制度のトレンドは「成果主義」に代表される年齢や勤続年数に関わらず、実力や業績によって処遇を決定する制度です。そのため、年功序列は現在「時代遅れ」の「悪しき制度」であるといった風潮になっております。特にご相談をいただく多くの企業から「年功的な制度のせいで若手が離職してしまう」といった声が上がっております。本主張は、一度年功的な「文化」のある企業を4年目に辞めてしまった筆者としても一定の理解はするものの、人事コンサルタントとしては「年功的な制度=若手が定着しない」とすることについては果たしてそうなのだろうか、といった疑問がわいてきました。そこで本コラムでは、年功序列は本当に「悪しき制度」なのか考えたいと思います。
第1回、第2回では年功序列の成り立ちから時代の変化に合わせてどの様に年功序列の制度の立ち位置が変化したかを述べてきました。第3回では、現在も年功序列の要素を持った人材マネジメントを行っている企業を紹介します。
年功序列の人材マネジメントとは人が定着して安心して働けること
年功序列とは、既に述べてきた通り従業員の勤続年数や年齢といった指標によって処遇を決定する仕組みです。長期間在籍し続けることにより安定して収入が上がっていく事が大きな特徴であり、従業員の収入が安定し、人材の定着が測れると共に、競争原理が生じず安心して働けるため、日本人のメンタリティーとの親和性も高い事は既に第1回で述べた通りです。しかしながら、近年のビジネス環境の変化とそれに伴う従業員の志向の変化に伴い、年功序列が受け入れられにくくなっている事も第2回で述べた通りです。
では、このような背景も踏まえて現在も年功序列の人材マネジメントを行っている企業を紹介し、令和の時代でも年功序列を機能させるヒントを探ろうと思います。
※今回紹介する企業は、各社が自ら年功序列を取っているといった事を明言しているわけではないが、傾向として成果主義やJOB型といった人材マネジメントではなく、年功序列のエッセンスを持っていると当社にて判断した企業を紹介します事をご了承ください。
事例① 伊那食品工業株式会社
「年輪経営」を標榜し、安定した成長と従業員の高い定着率を誇っている伊那食品工業株式会社(以下伊那食品工業)は今回の事例においては代表例として挙げられると考えます。社是に「いい会社をつくりましょう~たくましく そして やさしく~」を掲げ、利益・売上といった成果ではなく、従業員の幸せを追求する事を第一に経営、人材マネジメントを推進し、企業は毎年従業員の報酬を上げていく事を目指しています。
特に全社としての売上や利益目標は掲げていない事も特徴として挙げられ、急激な事業成長やビジネス拡大を行わず、無用な社内競争が生じていないと推測します。このような環境であるため、従業員は心理的な安全性が保たれている環境の中で、新しい事に積極的にチャレンジ出来る風土が醸成され、寒天という自社製品を様々なフィールドへ広げ、事業成長を実現できていると考えます。
例えば寒天を活用した人体部位を製造し、医療分野への参入はその一つと言えると考えます。地域特性として周りに有力な企業が多くあり、転職の選択肢があまりないといった要因もあるかもしれないですが、従業員に対しても一体感や協力するといった事を求め、働く従業員が安心して働けるような環境作りと処遇を実現し、着実な事業成長を実現されています。
事例② 旭化成株式会社
2022年開始の中期経営計画に連動した新しい人財戦略において、「終身成長」と「共創力」を掲げ、長期間の雇用を前提としつつリスキリングや女性活躍推進、高度人材の獲得といった現在のトレンドを抑えた仕組みを導入しています。
特に、全社長も含めた全社員に対して現在のビジネスで必要とされるDXの研修を実施し、全社を挙げてDXに取り組んでおります。「終身成長」の文脈において、自律的なキャリア形成と成長の実現をテーマに担当レベルから役員に至るまで階層別での研修を充実させると共に、目的別の研修も整えることで処遇面での安心感だけではなく、現在の労働者が求める成長機会を提供しています。
年功序列の現在地
事例企業を見ると、伊那食品工業のように絶対的な企業理念に基づき意思決定を行う事が結果として従業員が長期間勤務する文化や環境が構築されている事や、旭化成のように年功序列の制度の目指す終身雇用を前提として、現在の労働者の求める成長環境を提供する事により、従業員の定着を図っていることがわかります。これらの企業が成功している理由として、企業のメッセージが明確であり、長期間努め続けられる期待感やイメージを持つことができる事、現在の多様化する労働者のニーズをくみ取った施策を合わせての人材マネジメントが確立されている事が考えられます。
これまで述べてきた通り、年功序列の制度は「従業員が安心して長期間勤められる環境」を提供するための仕組みである事は令和の時代においても変わらない事が見受けられます。その中で「安心して長期間勤められる環境」の定義や労働者の求める事の変化に対しては適切に反応し、提供する事が年功序列の仕組みを令和の時代に求められる年功序列の制度であると言えます。
この様に、年功序列の制度そのものが「悪」であるのではなく、時代の変化の中で事業環境や労働者のニーズの変化に対して対応していけない時に不協和を起こしてしまうと考えます。
第4回ではこれまでの議論を踏まえて、年功序列の制度を構築・運用する際に考慮すべき事や導入が向いている企業について考えようと思います。
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