給与でも福利厚生でも満たせない企業に求める安心の正体

若手が会社を選ぶ基準が、ここ数年で明確に変わりました。かつて離職理由の中心だった「給与」「残業時間」「キャリアアップ」といった待遇は、もちろん今も重要です。しかし、待遇を改善しても若手の退職が止まらない企業が増えています。そこには、Z世代の「働き方」への価値観の変化と、同世代が抱える「稼ぐとお金の関係性と不安」という構造問題が深く影響していると考えています。私は人事コンサルタントとして何百社もの会社や組織を見て、また奨学金バンクという奨学金返済支援事業を立ち上げ、Z世代と関わってきました。

その中で確信しているのは、今の若者が企業に求めているのは「高待遇」ではなく、心理的報酬(Psychological Rewards)だということです。

「給与を上げても辞める」時代の背景

Z世代(1990年代後半〜2010年頃生まれ)は、景気が右肩上がりだった時代を知りません。つまり「会社に尽くせば報われる」という経験していません。その一方で、会社や組織に所属することなく、SNS、YouTube、スキルマーケット、副業など、会社や組織の外で収入を得る手段を身近に持つ世代でもあります。

つまりZ世代はこう考えているのではないでしょうか。「会社だけに人生を預ける必要はない」「副業や転職で収入のポートフォリオを組むのが当たり前」「ひりひりした気持ちで働くのであれば個人で仕事を取って働く」だから給与を上げても、待遇を増やしても退職が止まらない。「他に選択肢がある」という前提で働いているわけです。

借金体質になっている若者

最近のデータによれば、消費者金融を利用している人のうち、20代および30代の割合は決して小さくありません。実際に日本貸金業協会の調査では、貸金業者からの借入経験者の年代割合は「20代以下が19.4%」「30代が18.9%」とされており、年代別で突出して高いわけではないものの、若年層が一定の割合で借入経験を持っていることが見て取れます。

しかし一方で注目すべきは、カードローンの新規利用者です。カードローンの新規利用者に限れば、20代の割合が圧倒的に高い点です。消費者金融業のアコムのデータでは、新規契約者のうち、~29歳が56.1%を占め、30代が17.6%となっています。つまり、新たにカードローンを申し込む人の半数以上が20代。30代まで入れると70%を超えるのが実態です。

この20代での借入の多さは、単なる統計の偏りではなく、背景に構造的で複合的な要因があるように思われます。まず、収入が安定しづらい若手社会人や、ライフステージで出費がかさみやすい世代であることが挙げられます。例えば、初任給や若年世代の給与水準の低さ、転職・キャリア形成期に伴う不安定な収入、あるいは家賃・生活費の増加などです。こうした事情から、手元資金の不足によってカードローン利用を促されることが多くなるようです。

若年層のカードローン利用が多いという事実は、言い換えれば、ライフステージと収入・支出のミスマッチを抱えやすい現代日本の若者のリアルを象徴しているのかもしれません。

安定した収入を得るまでの過渡期、キャリアや住まいの変化、交際や趣味、教育費などのライフコスト、多様な働き方などが影響しています。こうした中で、手元資金の調整手段としてカードローンが機能している一方、その便利さゆえに「いつでも借りられる」という状態が、気軽な利用や依存的な借入につながる可能性もあるのです。

そして同時に、彼らには”ある重荷”もあります。それが奨学金です。昨今の奨学金の利用状況は、ひと昔前とは異なります。大学生の約1/2人が平均300万円強を利用しており、社会人になってから毎月1~3万円を10~15年かけて返し続けます。大学生だけに限らず専門学校生においても奨学金を借りています。

いまの日本は、借金をしないと社会のスタートラインに立たない国になっているのが現状です。

そして、これらがZ世代にとってほぼ前提になっています。

つまり、先にお話した通り、SNS、YouTube、スキルマーケットなどの収入源の選択肢は多いが、奨学金やカードローンの返済などによって経済的な緊張状態は続く、でも生活基盤は安定させたい。このような選択肢の多さと経済的不安が同居した世代なのです。

ゆえにZ世代が会社に求めているのは、保証が厚く安心して安定的に働ける職場なのではないかと考えています。

若手が企業に求めるのは「心理的報酬」

Z 世代はよく「メンタルが弱い」「叱られ慣れていない」と言われがちですが、どちらかというと、傷つけられるコミュニケーションを合理的に避け、そして扱われ方や大切にされている感覚に強く価値を置く世代でもあります。

つまり、企業が提供すべきは給与や福利厚生だけではなく、「どのように扱われ、どのように支えられているか」という精神的満足(心理的報酬)に価値を置いているです。

この心理的報酬を、弊社で、分かりやすく5つの要素で整理したのが、SAFERモデルです。

SAFERモデル──Z世代が求める「5つの安心」

S:Safety(心理的安全性)

若者が心理的安全性を求める背景には、いくつかの社会的・構造的な理由があります。第一に、学校教育や受験競争の中で「失敗=評価の低下」と捉えられる環境で育ち、小さなミスでも傷つきやすい経験をしてきたことがあります。第二に、SNSの普及により、言葉の攻撃や炎上が身近になり、「否定されるリスク」への警戒心が強まっています。第三に、副業や転職が当たり前となり、会社にしがみつく必要がなくなったことで、「メンタルを削られるなら別を選ぶ」という合理的な判断ができるようになった点があります。さらに、奨学金返済や物価高などの経済的ストレスを抱える中で、せめて職場だけは安心して働きたいという思いも強くなっています。最後に、変化が激しい時代だからこそ、質問や失敗を許容し、学びながら成長できる環境を求めているため、心理的安全性は不可欠な条件となっているのです。

A:Assurance(成長保証)

新卒学生が採用時に育成環境や育成プログラムに強く関心を持つのは、「成長保証」がキャリア選択の中心になっているためです。終身雇用が崩れ、「会社に入れば安心」な時代ではなくなった今、若手はどの会社でどれだけ成長できるかを重視します。またZ世代はSNSや教育現場で「自己投資」「市場価値」といった概念に触れてきており、成長機会=自分の価値向上と認識しています。前述の通り、失敗を恐れる傾向も強く、伴走型育成がない環境には不安を抱きやすいのも特徴です。さらに、大学のキャリア教育や口コミサイトの発達により、育成が弱い会社は入社前から避けられるようになりました。人手不足で学生側の選択肢が増えたことも後押ししています。つまり育成環境は、若手にとって安心して働ける会社かどうかを判断する最重要基準になっているのです。

F:Fairness(評価の公平性・透明性)

Z世代が評価の公平性や透明性を強く気にする理由は、現代の成長環境とキャリア観の変化に深く根ざしています。まず、SNSの普及により社会の不公平や不正が可視化され、「不公平は許容できないもの」という感覚が強い世代です。また、受験・偏差値・SNSの数字文化・可視化文化の中で育ったため、努力と成果が可視化される世界に慣れており、曖昧な評価基準だと強い違和感を抱きます。さらに、転職・副業が一般化し、企業に依存しないキャリアが当たり前のため、不透明な評価の会社に時間を投資するのはリスクという合理的な判断が働きます。加えて、Z世代の多くは奨学金返済などの経済的不安を抱えているケースが多いため、彼彼女たちにとって不当な評価は将来の収入リスクにつながる重大な問題です。最後に、公平・透明な評価は「自分がきちんと見られている」「尊重されている」というサインでもあり、Z世代にとって心理的報酬そのものになっています。

E:Empathy(共感・尊重)

Z世代が共感や尊重を強く求めるのは、育ってきた社会環境と価値観の変化が影響しています。まず、SNS全盛期に育った彼らは、誹謗中傷や揚げ足取りなど言葉による攻撃の痛みを日常的に目にしてきました。そのため、「雑に扱われること」や「人格を否定されるコミュニケーション」への警戒心が非常に強い世代です。また、学校でも職場でも上下関係よりフラットな関係が重視される時代背景の中で育ち、役職や年齢よりも人としてどう扱われるかを基準に信頼を判断します。さらに、副業や転職が一般的になり、企業への依存度が低くなった今、尊重されない職場にしがみつく理由がないという合理的な感覚を持ちます。つまり、職場での丁寧な関係性は精神的な支えとして重要です。共感や尊重は単なる優しさではなく、「安心して働ける基盤」そのものと捉えられており、職場選びや定着を左右する決定的要素になっています。

R:Relief(経済的不安の緩和)

Z世代が福利厚生や経済的不安の緩和を強く求めるのは、社会人スタート時点での生活の重さが過去世代より大きいからです。多くが奨学金を背負って社会に出ており、毎月1〜3万円の返済が10年以上続くことに加え、家賃や物価高で初任給だけでは生活がギリギリになりやすい状況があります。そのため、経済的不安は日常的で、メンタルや仕事にも直結しやすいのが実態です。また、年金や社会保障への不信感から、「将来に備える力は自分でつけなければならない」という意識が強く、企業が提供する奨学金支援・住宅補助・生活支援といった福利厚生は、単なる金銭メリットではなく、安心をくれる後ろ盾として受け取られます。さらに、副業や転職が一般化した今、会社に求めるのはすべての収入源ではなく、生活を安定させるベースです。経済的不安の緩和は、Z世代にとって安心して働ける基盤そのものであり、企業を選ぶ決定的な理由になっています。

SAFERは若手定着の決定打になる

SNS、YouTube、スキルマーケット、副業が当たり前になり、「会社だけで食べていく」前提が消えた今、若手が辞めるのは自然な現象です。しかし、例えば奨学金返済などの生活にまつわる支援まで踏み込んでいるなどのSAFERが整っている企業は、若手が辞めにくい傾向が極めて強いことがデータでも現場でも明らかです。

企業が注力すべきは、給与水準を保ちつつ、さらにその奥にある「心理的報酬」の領域に踏み込むことです。

今、会社や組織の役割は、ただ給与を渡す場所ではなく、安心して働けるベースキャンプへ転換しています。そのベースキャンプの質を決めるのが、SAFERの5要素です。

  • Safety(心理的安全性)

  • Assurance(成長保証)

  • Fairness(透明な評価)

  • Empathy(共感・尊重)

  • Relief(経済的不安の緩和)

例えば、弊社が運営する奨学金バンク(奨学金の代理返還を推進する仕組み)は、単なる福利厚生ではなく、SAFER世代に対する経済的不安に踏み込んだ人事の核心的な施策として設計されています。

Z世代は甘えているわけではなく、合理的なだけはないでしょうか。「会社にすべてを預けない」前提の社会を生きているからこそ、心理的報酬を重視し、自分の生活と学びを守ろうとしているのです。

その現実を理解し、SAFERを整える企業こそが、これからの10年、若手から選ばれ続ける強い組織になると言えるでしょう。

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