2021年後半からの物価上昇の影響もあり、これまで多くの企業で賃上げが実施されました。連合は、来春5%以上の賃上げを要求する方針を打ち出すなど、賃上げの機運は現在まで続いています。そんな中、多くの企業は賃上げ分の人件費を捻出する方法を模索しています。
労働市場に視点を移すと、「雇用の流動性」が企業業績、ひいては賃金の上昇に影響するといわれており、日本の報酬水準を引き上げる一つのカギとなりえます。しかし日本的雇用慣行が残る多くの日本企業では、雇用・人材の流動を受け入れる前提の仕組みではないため上記の効果を得にくい状態であると考えます。
雇用の流動性と企業業績の関係性
雇用の流動性とは、労働市場において人材が転職等を通じ別の企業に移る度合いを指します。転職が活発に行われるようになり市場での転職の総量が増えると、この流動性が高まったといえます。雇用の流動性が向上し、円滑な労働移動が行われるようになると、従業員はより良い条件の職場に移ろうとするため、企業は労働力の確保に向けた競争を激化させます。結果として賃金や労働条件が改善されやすい構造となります。例えば優秀な人材が成長企業や産業へ高い報酬で転職するといったことが起きやすくなります。他にも、業績が悪化し、相対的に人件費負担が大きくなっている人手余りの企業から、人手不足で事業拡大に歯止めがかかっている企業への移動も促進されることで、双方の企業のポテンシャルを引き出すことにも寄与します。
雇用の流動性が向上することで企業と人材の量的・質的ミスマッチが解消され、社会全体で労働力の効率的な活用ができるようになります。一方、個社単位でみたとき、労働移動が活発化し人材の入れ替わりが激しくなることで、育成にかけた費用が無駄になることから企業にとって非効率という側面もあります。山本ら※1は、雇用の流動性が企業業績に与える影響について、企業パネルデータをもとに検証しています。研究では雇用の流動性が低い日本的雇用慣行型である企業は、雇用を流動的にすることで、企業業績が上がるという結果が出ている一方、過度に雇用が流動的なブラック企業のような企業は流動性を低くすることにより労働生産性が上がるという結果が出ています(図1)。個社単位でみたとき、雇用の流動性は高すぎても低すぎても企業業績が下がる逆U字の関係にあることが分かります。企業業績は賃金に影響を及ぼすことから、雇用の流動性を最適な水準にすることが重要といえます。
図1. 雇用の流動性と企業業績の関係 ※1に基づき筆者作成
日本における雇用の流動性と労働市場の課題
前節でも少し触れましたが、日本の労働市場は、海外に比較して雇用の流動性は低く、転職率も他国に比べて低水準になっています(図2)。その背景には終身雇用などの日本的雇用慣行があります。高度経済成長期の日本企業は、その高い成長率で事業を拡大し続けることができたため、企業の内部に様々な仕事がありました。その中で、社内の仕事を転々としていく形で多様な経験を積んだ人材を長期的に育成するという、配置ローテーションや一つの企業の中で様々な経験を積み、生涯一つの会社で勤めあげるといった終身雇用が定着していきました。これが日本の雇用の流動性が低い原因となったと考えられます。技術の進歩や産業構造の変化に伴い、低成長となった現在の日本は、高成長で企業が成長し続ける前提ありきの日本的雇用慣行を維持することは難しくなっています。社外に転職をすることなく社内で職種を変更していく、社内での転職市場のことを内部労働市場と言い、逆に社外の転職市場を外部労働市場といいます。内部労働市場は外部労働市場と比べ、需要と供給の影響を受けにくいことから賃金が上がりにくくなります。
図2. 国別雇用流動性 ※2に基づき筆者作成
求められる労働市場改革
今後日本は、さらに人口減少が進むことを想定し、成長率の高い産業に労働力を移すなど、効率的に人材を活用しようとしています。柔軟な雇用契約を結べるような法令改正や解雇規制の緩和など、企業と人材の量的・質的なミスマッチが解消され雇用の流動化が促進されていくと考えられます。一方、企業側では、職務の内容に合わせて雇用形態を整理し、多様な人材を活用できる体制を整えることでライフスタイル・キャリアに合わせた働き方を選択できるようにするなど、雇用の流動化に適切に対応していく事が求められます。このようにして労働市場の流動性を適切な水準とし、社会全体で効率的に労働力を活用することで日本の賃金水準を引き上げることができると考えられます。
参考文献
※1山本,黒田(2016) 「雇用の流動性は企業業績を高めるのか:企業パネルデータを用いた検証」 独立行政法人経済産業研究所
※2(データ)労働政策研究・研修機構 『勤続年数別雇用者割合』2023年3月27日掲載
※2(作図)マーサー・インベストメンツ株式会社『解雇・失業率・雇用の流動性 -海外との比較を通じた考察-』2024年11月9日アクセス
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