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『70歳定年法』の概要
今回の改正法では、65歳以降の70歳までの企業に求める「努力義務」が明示されています。
「①~⑦の中から、採用する措置を提示し、個々の高齢者と相談を経て適用する」として努力義務を課しています。今回の内容は「個別性」が求められている面があり、一律の施策というよりは、個別対応をきちんとやることを期待した内容となっています。
期待効果としては、当然、これまで上げてきた、労働不足の解消が主テーマですが、経済効果も期待されています。
現行法による65歳までの義務化の影響により、60歳~65歳の就業率は68.8%となり、2013年と比較して9.9ポイント改善しています。同様の効果を「65歳以降にも期待したい」といったことが政府の目論見でしょう。内閣府によると、65歳~69歳の就業率が60歳~65歳と同様になれば、就業者数は217万人増加し、勤労所得は8.2兆円増加、加えて消費支出に4.1兆円の増加になるとしています。
【全体の概要】
●65歳:以降の努力義務
① 定年延長
② 定年の廃止
③ 契約社員などでの再雇用
④ 他企業への再就職の実現
⑤ フリーランスで働くための資金提供
⑥ 起業支援
⑦ NPO活動などへの資金提供
●政府実行計画
1.第一弾:
・企業への選択肢の提示
・70歳までの就業機会確保の努力規定(*)
・厚生労働大臣⇒企業:個別労使で計画策定⇒履行確保
2.第二段階
・起業名公表(2026年以降)
今回の改定法の75歳以上の部分においても、ベースとして設定されている「①定年延長」、「②定年の廃止」、「③契約社員などでの再雇用」は、65歳までの現行法と求める事項は変わりません。特徴は④以降の部分が、75歳以降に付加的に求められるようになっている点です。より年齢の高い方に、さらに期待する事項が増えるといったかなり難度の高い施策になっていると考えます。一方、高年齢の領域であるがゆえに、そのような高い目標や高い期待を示さなければ、世の中が変わらないと捉えてのこととも想定できます。
しかし、④以降の部分はかなり抽象度の高い、漠然としたものであり、実行性や具体策に関しては「これから」といった印象がぬぐえません。
「各選択肢における企業が負うべき義務の程度や責任の在り方、企業の関与の具体的な在り方に関しては、労政審で検討していく」としているので、具体的なものは今後徐々に示されることになってきます。個別対応はそれを待ってからとなると思われますが、現在の指針に対して以下のような点がポイントになると考えます。
努力義務項目のポイント
「④他企業への再就職の実現」は、高齢者を送り出す企業の側の論理では成立せず、「受け入れ先となる企業が存在する」ことが前提となってきます。その意味では、①~③と取り組みとは全く逆の視点でとらえる必要があります。自社として①~③が十分取り組めていても、受け入れ先が無ければ④の施策推進は困難です。一方で、④が示されることで、より高齢者の再就職斡旋を専門とする業者が台頭し、労働市場の流通が整備されるといった好影響はあると思われます。
企業においては、業者を使う、使わないはさておき、労働者再就職してもらう際の支援策を準備し、柔軟に支援策を実施できる体制や方法を検討しておく必要が出てきます。
大手メーカーなどがかつて盛んに実施していた、傘下企業への再就職や取引先・仕入れ先などの中小企業への再就職なども施策として復活してくると考えられます。
また、今後は資本関係・取引関係のない企業への再就職も増えること、あるいは、シニアUターン、シニアIターンも増加し、地方の企業の活性化に寄与する面はあると思われます。
「⑤フリーランスで働くための資金提供」「⑥起業支援」「⑦NPO活動などへの資金提供」
に関しては、雇用の範疇を越えた策になります。その意味では「労働関連法規」で定めていくべき事項か、疑問がある面もありますが、65歳以降の方々に労働環境を提供していくためには、「雇用」では限界があるということを意味しています。今回の改正法でそれを正面から捉え、努力項目化したということは、雇用で改善していくことの「限界」を認めたことも意味します。そういった面では、70歳定年法の努力義務項目は、革新的なのかもしれません。
「⑤フリーランスで働くための資金提供」は、資金提供がどのような形で行われるのかが、非常に重要になります。事業資金として出資するのであれば、フリーランスとは言え、事業化を前提とした扱いになります。それは一方で、ハードルが高くなることも意味します。いわゆる個人事業主として、狭義のフリーランスであればハードルは高くないでしょうが、事業化するとなると、関係各所への設立届から始まり、取引金融機関を設定するなど、やるべきことが多くなります。そのため⑥⑦が設定されているとも言えるのかもしれません。
⑤のフリーランスを真正面に捉え、個人事業主への支援とした場合は、貸付などが想定されます。一方で、企業が「個人への資金を貸付ける」といったことが認められるのか(社内として稟議が通るか)など、超えるべきハードルもあります。大企業になれば一定数のシニア人材がいるので、貸付もかなりの額になるかもしれません。資金回収のデフォルトリスクはどう考えるのかなど、貸付けた後の状況管理など、長期間支援・管理する必要もあり、管理コストもかかってきます。これらのコストは企業が負担することになってしまいますが、果たしてそれが妥当であるのか十分な検討が必要になります。
貸付以外に、フリーランスが資金に困窮した際に、「保険的な扱いでセーフティーネットとなる策を講じる」ことも想定できますが、いち企業として考えるには、これもまた難しさがあります。「⑤フリーランスで働くための資金提供」を実現していくためには、かなり企業のスタンスや規程、商慣習なども変えていく必要があり具体的になるにはかなりの検討時間を要すると想定しています。
「⑥起業支援」は、捉え方によっては比較的容易にできる可能性があります。近年企業は新規事業開発・インキュベーション機能として起業支援を継続的に行っています。それらの仕組みの延長線上で検討することができる可能性が高いのです。既に独立支援制度として制度化されている企業もあります。また、最近は、事業会社もCVC(Corporate Venture Capital)を設立して、資金提供・投資をしていくことがちょっとしたトレンドになっています。このようなスキームも有益な投資先を模索しているので、経験・ノウハウのある新たなビジネスは、比較的投資リスクが少ない投資先として有益と判断されるケースもあると思います。
懸念があるとすると、トレンドであるCVCは、短期リターンを重視する傾向があるため、資金ニーズと投資とのギャップがあるということです。シニアビジネスは短期リターンより中長期のリターンや社会貢献性を重視する色が強い傾向があります。そのアンマッチがどこでリアライズするかによって、このスキームの浸透度の状況がかなり異なってくると思われます。
「⑦NPO活動などへの資金提供」は海外においては非常に根付いている仕組みです、成功した経営者や投資家が、社会慈善活動を自ら行い資金を集める。あるいは自己資金を投資し、社会慈善活動などを支援する。一方、日本においては、まだ社会的慈善活動の社会的地位は十分に確立していません。こういった高い志の社会慈善活動などは、NPOが最低の賃金や場合によっては「ボランティア」的に行っているもの、となっているケースが多いものです。事業の継続そのものも、かなりぎりぎりの状況の中で執り行われている状況が大多数です。
この点の社会的位置づけなどの環境変化が無ければ資金が還流することは難しいと思われます。一方、CSR経営など、企業の個々の利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して適切な意思決定をする責任を果たしていくといった世の中のトレンドは追い風であると思われます。
2015年9月の国連サミットで採択された、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に設定されている項目などは、シニア人材の経験・ノウハウを活かせるものも多く、進みやすい領域だと考えられます。
このように、『70歳定年法』は、これまでの出口戦略の中心的施策である以下の施策が継続的に発展させつつ、そこに留まらない取り組みが求められることを意味します。
【出口戦略の主なもの】
-実際これまでもあるこれらの制度に以下の観点を入れていく検討が必要
-選択できる勤務形態
-柔軟な仕事の調整(働き方や体力・知力に合致した調整)
-ライフイベントや体力に合わせた復帰可能な職場
したがって、従来の出口戦略を発展させつつ、「人事」「労務」「雇用」の概念にとらわれない改善・改革を実現していくことが肝要です。
ここまで見てきたように『70歳定年法』は、かなり生煮えであいまいな部分が多く、課題も多いものですが、サイコロの目を一つ進める効果は高いとも言えます。
政府は、不明確な面が多いわりには「企業名公表」も視野にいれた不退転な取り組み意識も見えるため、もはや改善・取り組みは不可避でしょう。
世界的に見ても高齢化率の高い日本社会が率先して取り組み、世界のパイロットモデルになるには以上に有益な指針といえると思います。今後、日本社会、および企業の不可逆的取り組みが期待されます。
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