異動にタレントマネジメントで合理性を―B社の事例

タレントマネジメントをすでに自社の人材マネジメントの中に採り入れ、個人のタレントを活かそうとしている企業がある。その企業では、タレントマネジメントを推進していく以前に、そもそもどのような問題や課題を抱えていたのか、またタレントマネジメントをどのように位置づけ、問題や課題を克服し、解決を図っていったのか。タレントマネジメントを推進することによって会社組織を変革させていった事例を見ていくことにする。

マンネリ人事の打破からキャリアプランニングの実践まで

各地域に店舗を展開する企業にとっては、いかに地域密着を実現するかが成功のカギのひとつになる。人材面においては、特定の地域に強い従業員が登用され、多くの権限を委譲されて、強い発言権を持つケースも場合も少なくない。

だが、店舗展開が進み、本部で全国的な視野で戦略を練って進めようとした時、地域でものごとが完結し過ぎていることがかえって足かせになることがある。

<事象>一部の人間に握られていた異動や配置

B社における人材の異動は、実績のある店長に新店や不振店を任せる等、人材育成の観点から見ると、極めて短期的、対処療法的な視点でしか行われていなかった。また、地域密着の方針でこれまで取り組んできたことから、異動の範囲はせいぜい県内程度に限られていた。

さらに、これらの異動や配置の決定が、社長をはじめごく一部の役員の手に委ねられていた。B社はM&Aにより、いまでは全国で千名をゆうに超える従業員が働いている。しかし数年前までのB社では、異動や配置は、それにもかかわらず、まだB社が小規模だったころの習慣のままだった。

異動は、過去の人事上の記録をもとに検討されるわけでなく、もっぱら社長や役員たちの記憶や感覚によって行われてきていたのである。

一部の従業員については、社長や役員が自ら働きかけて異動させていたが、残りの多くの従業員の異動はなおざりで場当たり的なものだった。また、店舗の中で正社員であるのは店長、副店長のみで、後は地域採用の契約社員だった。そのため、どうしても「指示する側」と「される側」に立場が分かれがちだった。仕事への意欲や自己を成長させようという意識にはなかなか至らなかったのである。

<発生していた問題や課題>仕事はマンネリ、社内には沈滞ムードが

仕事はマンネリ、社内には沈滞ムード
期待されて異動する店長等の人材にとっても、決して良いことばかりではなかった。異動当初はやる気を持って取り組み、実績をあげるものの、2度3度と、同じような異動が続けば、同じ仕事の繰り返しになりマンネリになってしまう。

当人にも自分が便利屋としか扱われていない感覚が芽生えてくる。そのため、初めのような業績をあげられず、社内では、キャリアを不安視して離職する者も現れ始めていた。

店長のみならず、若手の従業員(契約社員)においても、"店舗=会社"となっていることから、店舗で起こっていることが会社のすべてになっており、同社においては、意欲を持って積極的に働いて欲しいはずの契約社員においても、キャリアに対する閉塞感が生まれており、これからの成長やキャリア志向を醸成することは非常に困難な状況にあった。

<設計>個人のキャリアビジョンとルールによる異動を実現

B社において異動を、対処療法的なものや場当たり的なものにするのではなく、業績をあげるという実効性を伴いつつ、さらに人材を育成するという計画性を兼ね備えたものにする必要があった。

そこで、異動や配置が社長をはじめ一握りの人間に委ねられていた実態を見直すことに取り組んだ。異動は、社長や役員の感覚によるものではなく、従業員のこれまでの情報やルールに基づいたものにする。そのため、各店舗での在任期間に上限を設ける等、社内での人事異動の基準を整備した。

社員、契約社員の違いに関係なく、ひとりひとりの従業員には、「自分のキャリア」を意識してもらうことが必要だった。だが、会社として異動や配置にルールを設けて個々のキャリアを意識して運用したとしても、従業員ひとりひとりにキャリアを志向する考えがなければ、やらされ感がなくなることはない。

そこで、業績によって契約社員から正社員へと登用する道筋を作った。契約社員であっても、言われた仕事だけをしていれば良いわけではなく、計画的に自分のタレントを育成していけば、将来は正社員になり、副店長や店長にも、あるいは地域を統括するエリアマネジャーにもなることができる。そのような人事制度を構築した。

同時に導入したのがキャリアデベロッププランである。これも正社員、契約社員の区別なく、いま現在はどのような仕事をしたいのか、将来はどのような仕事に就きたいのか、それを実現するためにはこれからどのような知識や経験を得なければならないのか。

これらについて店長がタレントマネジャーとして各従業員と話し合う時間を設け、その情報を人事部で一元管理するようにしたのである。キャリア教育も行う必要があった。店舗の経営のノウハウや競合の状況等、誰もが店長候補として店舗を運営していくための知識を持てる機会を作った。

これは、"店長への道"を意識してもらうことに非常に役立つこととなった。

<活用>異動先のスタートアップ支援を実施

ある部署で一定期間、仕事に就いていた従業員に対しては、新しく定めたルールにもとづいて異動が実施されるようになった。それは機械的なものではなく、管理職であるタレントマネジャーと人事部門、そして各従業員本人による話し合いを前提に決定することは言うまでもない。

各店舗でバラバラだったオペレーションの統一も進めた。ある店舗でせっかく仕事を覚えても、他の店舗に異動になった時、再びゼロから仕事を覚えなければならない。各店でのオペレーションを統一すればそのような事態が解消され、キャリアに連続性と継続性が生まれる。

それは仕事を積み重ね、さらに発展させようという意欲につながった。異動先では、タレントの育成状況や本人のキャリアプランの情報を共有しながら、OJTをはじめ教育の計画を立てた。特に、B社では異動者に対するメンター制度を採り入れてワントゥワンマネジメントの体制を敷いたことが特徴的と言えるであろう。

異動先での仕事をスムーズに始められるよう、スタートアップ支援体制が整えられ、業務を滞りなく進めるためのルールが整備された。これにより異動した直後から仕事をひとつひとつ覚えられる体制ができた。

かつて、場当たり的な異動では、迎える部署でも準備がなく、スタートにまごつくことが多かったが、いまは計画的な異動により、ストレスも大幅に減っている。

その後も、ひとりひとりの従業員のキャリアを意識しながらOJTを実施したり、教育の時間を特別に設けたり、人事部門とタレントマネジャー、そして本人との共通認識のもとに、必要なタレントの育成を図っていった。

従業員個人にとっては自分のキャリアプランに沿ったタレントの育成が、一方、会社組織にとっては各部署の実務に役立つタレントの育成が可能になったのである。

<運用>タレントやキャリアプランのブラッシュアップを

異動の履歴そのものもひとつのタレントとして記録され、人事部門で管理されるようになった。また、仕事の現場では管理職であるタレントマネジャーと各従業員とで、定期的なキャリアプラン、キャリアビジョンを検討する場が設けられるようになった。

当初に設定したキャリアプラン、キャリアビジョンのままで良いのか。実際に仕事を進めていけば、当然、修正や変更点が出てくる。当人と話し合いながら、キャリアプラン、キャリアビジョンを修正していく。

そして、各人のタレント情報については、従業員当人にはもちろん知らされ、各部門の管理職、つまり、タレントマネジャーに開示され共有されるようになった。どの部署でどのようなタレントを持つ人材が働いているのか。

彼ら彼女らは将来、どのようなキャリアプラン、キャリアビジョンを持って、どのようなタレントを育成しようとしているのか。個々のタレントが誰もが理解できる一定のルールによって定義され、明らかにされ、共有されるようになったことで、誰もが将来のビジョンをより鮮明に描けるようになったのである。

<開発>異動をタレント開発のきっかけに

従業員は定期的な異動により、違った業務を経験していくことが可能になった。そのために必要な知識やスキルを身につけ、必要であれば資格も取得する。その時点で洗い出された新たに必要と思われるタレントや追加すべきタレントは人事部門へと伝えられる。

人事部門では新たなタレントを定義し、現場へ戻していく。こうして新たなタレントが加わりながら、タレントマネジメントの仕組み自体がメンテナンスされ、常に最新の状態に保たれるようになった。

<効果>将来が見えるから異動もより効果的に

以前のひと握りの人間による直感的な異動は無計画で、異動した本人にとっても異動先で取り組む業務は近視眼的な業務や単なる対処だけに終始しがちだった。

だが現在、人事異動は計画性と実効性を備えたものに変わり、従業員も直近の業務だけでなく、その業務から何を得るのか、また、中長期的にどのように成長していくのかを考えながら、業務や仕事を発展させられるようになった。

各部署での受け入れ体制が整備され、メンター制度による1対1の指導(ワントゥワンマネジメント)も加わって、新しく仕事を覚え、新しい環境に馴染むことが以前よりずっとスムーズになった。また、異動は従業員個人にとって、自分のキャリアプランを実現するためのひとつの過程と認識されるようになった。

業務を遂行して成果をあげるという、そもそもの異動の目的と共に、個々人のタレントを育成するというもうひとつの目的がはっきりと打ち出され、会社組織にとっても、従業員個人にとっても、迷いや矛盾なく業務に打ち込めるようになったのである。

個人個人のタレントに注目する風土が社内に定着すれば、ひとりひとりに違いがあること自体が、会社にとってメリットなのだと認識ができるようになる。その認識がイノベーションの源泉となり、より独自性のある企画、斬新で他社を引き離せる戦略が生まれる土壌作りにつながっていくであろう。

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