
本シリーズの位置づけ
本稿は筆者であるコンサルタント6年目を迎えた三上が、日々仕事の中でもやもやしたことを整理していくシリーズである。しかし、今回は複数回行うことが想定されるため、もやもやシリーズの長編として、人事制度を支える「正しさ」の設計シリーズという形で設定した。
筆者のコラムの読者は気づくと思うが、実は2023年にも同じように平等と公平をテーマにコラムを書いている。
前回のコラムでは、平等・公平の定義や枠組みを整理し、それらをどのように人事制度に落とし込むか、なぜ不平等・不公平が生じるか整理している。しかしそのコラムは確かに事例ベースで整理はできたが、体系化できていないところにもやもやしているのだ。特に多くの企業を見てきた中で、同じ業界あるいは規模感であったとしても、全く同じ人事制度というのはなく、必ずその会社の思想が入る。理論的に仕組みのセオリーはありつつも、それ通りに設計することが必ずしも正解とは言えない。これが制度設計の面白いところであり、悩ますポイントでもある。
人事制度は制度論だけでは設計できない。その前提には、何を正しいと考えるかという思想がある。本シリーズでは、その思想を整理し、人事制度の設計・運用における正しさの根拠を考えていく。
しかし思想と言われると、抽象的で曖昧で言語化が難しいものとして想起されるのではないだろうか。ここで言う思想とは例えば、等級の格付けを決めるにあたり、あるいは評価を行うにあたり、報酬を決めるにあたり、判断基準となる当社として求めたいこと、あるいは適切に自身の貢献を見てくれていると判断できるものである。事例で言うのであれば、時短勤務者とフルタイム勤務者の評価である。時間いっぱい働くことが「えらい」のか?限られた時間の中で求められる成果を出すことが「えらい」のか?分かりやすく言えば、当社にとって何が「えらい」のか。それを決める会社の価値観のことである。
人事制度は、まさに一定の集団の中から序列(えらさ)を決め、それを当社として宣言する仕組みでもある。わかるとは思うが、この序列とは、人格の優劣ではない。組織が希少資源(昇進昇格・報酬・裁量)を配分するための評価基準の話だ。しかしその決め方が組織の価値基準と合わない場合、もしくは主観的・恣意的だった場合、それは「ずるい」となる。テレワーク勤務が認められている人とそうでない人がいた場合、そうでない人はテレワーク勤務の人に対して「ずるい」と思うだろう。ただし、その方が介護や障害等何らかの事情があり、合理的配慮が求められる場合は、それが正当な理由となり「公平に仕事を行ってもらう上で必要だ」という判断になる。まとめると、思想とは、理想論ではなく、トレードオフが起きたときに何を優先するかを決める「規則」ともいえる。
しかし人事制度に問題が生じてきた場合、その前提となる組織の価値基準と現代の価値観、もしくは社員の価値観がミスマッチを起こしている可能性が高い。もしくは組織で掲げられている価値基準を前提とした運用がなされていない場合もあるだろう。そうなると、方法論はもうすでに示したので、必要なのはその前提となる思想とはどのようなものがあるのかという点ではないだろうか。その体系を把握することで、当社はどのような思想を持って仕組みを設計・運用しないといけないかが整理できると想定する。
本シリーズはそのような人事制度の根底にある思想について、実際に平等・公平、その背景にある正義について取り扱った哲学者を取り上げ整理するものである。
・第1回目(今回):前に書いたコラムを踏まえ、平等・公平とは何か、そして何が問題となるのか整理した上で、各回でどのような哲学者を取り上げるのか見ていく。
・第2回目以降:その哲学者の思想を前提にそれが人事制度に接続した場合、どのような設計が考えられるのか、どのような不公平感を前提としているか、何が平等・公平になるのか考えていきたい。
平等・公平の定義と不平等・不公平発生のメカニズム
読者の中には2023年の該当コラムを読んでいない方もいることを想定し、改めて平等・公平の定義や、なぜ不平等・不公平が発生するか整理したい。
平等(Equality)とは、すべての社員に対して同じ条件・機会・報酬を提供し、前提条件を一律にすることである。例えば、該当等級の人は全員同じ昇給額、同じ評価基準を適用するといった例が挙げられる。一方、公平(Equity)は、社員の事情や背景に応じて、前提条件や分配を調整し、合理的な差をつけることである。例えば、育児や介護の事情を考慮し、評価や手当を調整するといった例が挙げられる。
なぜ不平等・不公平が生じるのかについては、①制度設計の古さや社会変化とのミスマッチ、②制度の曖昧さや運用の不透明さ、③社員の認識ギャップ、④価値観や基準の違いを挙げた。とはいえ、どれも根底は同じである。前述した「合理的な差」を当社としてどのように説明するかという点が難しいあるいは曖昧な故に、不平等感・不公平感が生じるのだ。なぜなら合理的な差というのは、普遍的に説明できるものではなく、組織リソースや戦略、本人の働きぶり、職場の価値基準等々、複合的な組織の文脈(コンテクスト)によって決まるものだからだ。例えば「営業利益1億円」を生み出した人でも、スタートアップでは、市場を切り開いた挑戦が高く評価されるため、その1億円が既存案件だったら評価されない可能性がある。あるいは製造業の場合、品質を維持しながら利益を出したことが評価されるのであれば、ただ稼いでも意味がないとなるかもしれない。また、公共性の高い企業では、法令遵守や安全を守った上で成果を出したことが前提となるかもしれない。つまり、何に評価を置くかによって、合理的な評価の差は変わり得るのだ。
多くの会社はその営業利益1億円は目標に掲げていても、当社として何を重視するかが曖昧あるいは暗黙的に評価されているが故に説明つまりフィードバックができず、主観的・恣意的な評価と見なされてしまうのだ。ましてやそれが1点の差で評価ランクが変わった場合、その差を説明するのが難しいだろう。それは何度も言うように、組織が大切にする価値基準が明らかになり、それを共通認識として一貫して誰もが説明できる状態を作れていないからである。
前回のコラムでは、解決策として①制度の定義と基準を明確にする、②組織全体の風土やコミュニケーションを整備する。③公平性を担保するための仕組み作り、④多様な社員の事情に応じた運用とメッセージの設定を行うことを提示している。本シリーズもその解決策に則りながらも、思想に応じてそれぞれ具体的にどう対応すべきなのかという視点も追加して考えたい。

平等・公平について取り上げた哲学者たち
本シリーズでは、平等や公平について取り上げた4名の哲学者を取り上げ、各回で思想と仕組みの関係について検討する。1人目はイギリスの哲学者、ジェレミー・ベンサム(1748-1832)である。彼が提示した功利主義は、快楽と苦痛という計量可能で客観的な原理によって、社会を改革する考え方である。最大多数の最大幸福という原理を授業で習った人もいるのではないだろうか。
2人目はリベラリズムの立場に立つアメリカの哲学者、ジョン・ロールズ(1921-2002)である。ロールズは、「無知のヴェール」という思考実験を通して原理を打ち出しているが、特徴的なのは、所得や富の『格差』の存在は、社会の最も恵まれない人の状況の改善に最大限資するものであるという格差是正原理を打ち出している点にある。
一方、リバタリアニズムの立場に立つアメリカの哲学者、ロバート・ノージック(1938-2002)は、ロールズの国家が社会保障などを通して、富を再分配する立場を、個人の財産権等の自由を不当に侵害するものとして痛烈に批判している。ノージックは、自分のものをどう処分するかを自ら自由に決定できるよう、自己の身体の自由、自己の財産を保有する権利を尊重することを前提に権限理論を唱えた。
最後に取り上げるのは、アメリカの哲学者マーサ・クレイヴン・ヌスバウム(1947-現在)である。彼女は、GDPなどの経済指標に基づく成長が優先される一方で、人々の健康や教育への関心が十分に向けられていないことに問題意識を持っていた。そこで提案したのが、ケイパビリティ・アプローチである。これは、資源をどのように配分するかではなく、人が実際に何をできる状態にあるか(ケイパビリティ)に注目する考え方である。具体的な個人の経験を想定しているため、他の哲学者と比べると文脈によって異なる立場に立つ。
おわりに
人事制度に「唯一の正解」はない。しかし、「何を正しいと考えるのか」を曖昧なまま制度を設計すれば、評価や処遇のあらゆる場面で説明ができなくなる。その結果、社員は制度そのものではなく、制度の運用に対して不公平感や不信感を抱くことになる。
逆に言えば、人事制度とは、組織が何を価値あるものと考え、何を優先し、どのような人に報いるのかを社会に対して宣言する仕組みでもある。その「正しさ」は、法律や人事制度の教科書だけでは導き出せない。そこには必ず組織としての思想や価値観が存在している。
本シリーズでは、平等・公平をめぐる代表的な哲学者の考え方を手掛かりに、それぞれの思想が人事制度にどのような違いをもたらすのかを整理していく。重要なのは、「どの哲学者が正しいか」を決めることではない。それぞれが異なる「正しさ」の前提を持っていることを理解し、自社は何を正しいと考える組織なのかを言語化することである。
制度設計とは、評価制度や賃金制度をつくることではなく、「この会社では何が評価され、何に報いるのか」という価値基準を設計することである。本シリーズが、その価値基準を考える一助となれば幸いである。
次回は、ジェレミー・ベンサムの功利主義を取り上げ、「最大多数の最大幸福」という考え方が人事制度に適用されたとき、どのような制度設計が導かれるのかを考えていきたい。

この記事を読んだあなたにおすすめ!







