深刻な人手不足が続く中、若手人材の獲得と定着において奨学金返済支援制度を導入する企業が急増しています。しかし、設計を誤ればコスト負担が重くなるだけでなく、既存社員との不公平感を生み、かえって離職を招くリスクもあります。本記事では、採用競争力を高めつつ企業の負担を最適化するための、失敗しない制度設計のステップを解説します。対象者の選定基準や適切な支援額の算出方法、さらには日本学生支援機構(JASSO)の代理返還制度を活用した節税対策まで、実務で直結するポイントを網羅しました。制度設計の要点を正しく理解し、貴社の採用戦略を成功に導くための具体的な指針としてお役立てください。

導入企業数や市場動向を先に把握したい場合は、以下の記事で詳しく整理しています。

奨学金返済支援の制度設計で最初に決めるべき3つの要素

奨学金返済支援制度を導入する際、単に学資の返済を肩代わりするという方針だけで進めると、後々運用が立ち行かなくなったり、社内の公平性を巡るトラブルに発展したりするリスクがあります。持続可能かつ採用・定着に直結する制度にするためには、設計段階で以下の3つの要素を明確に定義することが不可欠です。

特に、【対象者】・【支援額】・【支援期間】は個別に決めるものではなく、採用したい人材像や予算、定着させたい期間に応じて一体で設計する必要があります。この3要素の整合性が取れていないと、制度の目的が曖昧になり、採用効果や定着効果も限定的になりやすくなります。

 制度設計が採用と定着に与える影響

奨学金返済支援は、求職者にとって極めて魅力的な福利厚生です。しかし、制度の設計次第で、その効果は大きく異なります。例えば、初年度から手厚く支援すれば、採用時の強力なフックとなりますが、早期離職のリスクを招く可能性もあります。一方で、長く勤務することを条件に支援を積み上げる設計にすれば、定着率向上に寄与します。自社が「採用を強化したいのか」又は「既存社員の定着を優先したいのか」によって、制度の骨格は変わるため、経営戦略との整合性を最初に確認する必要があります。

福利厚生全体の設計思想や、他の施策との位置づけを整理したい場合は、以下の記事も参考になります。

 企業の負担を抑えつつ効果を最大化するポイント

制度を長く継続させるためには、企業の財務負担と求職者への訴求力のバランスを最適化しなければなりません。負担を抑えつつ効果を最大化する設計のポイントは、「支援の対象範囲」と「支援期間」の明確なコントロールです。すべてを会社が負担するのではなく、社員の自己負担と組み合わせることで、当事者意識を持たせつつ、会社のコストを適切に管理できます。以下の表に、設計時に考慮すべき要素を整理しました。

【仮図:制度設計で考慮すべき3要素(支援対象の範囲/支援の総額と期間/税務上の処理)】

なお、日本学生支援機構(JASSO)が提供する「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」
(参照: https://www.jasso.go.jp/shogakukin/kigyoshien/index.html)を活用することで、企業が従業員に代わって奨学金返還額を直接送金できる仕組みを整えることができます。一定の要件を満たせば、企業側では福利厚生費等として費用処理できる可能性があり、従業員側にとっても給与課税や社会保険料の対象外となる場合があります。導入時には、税務上の取り扱いを確認したうえで、自社に適した制度設計を行うことが重要です。

 失敗しない奨学金返済支援の制度設計プロセス

奨学金返済支援制度を導入する際は、企業の経営資源を効率的に活用し、かつ社員の納得感を得られるような緻密な設計が求められます。ここでは、制度の骨子となる対象者、支援額、支援期間の3点について、失敗を防ぐための具体的なプロセスを解説します。

 対象者の条件設計と社内不満の防ぎ方

制度設計において最も慎重を期すべきは【誰を対象にするか】という線引きです。全社員を対象にするとコストが肥大化し、逆に限定しすぎると不公平感が生まれるため、バランスの取れた設計が重要となります。

対象者の条件は、単なる公平性だけでなく、どの人材に投資すれば採用・定着の効果が最も高いかという観点から逆算して設計することが重要です。採用したい人材像と制度対象が一致していれば、支援の目的を社内にも説明しやすくなります。

対象者を限定する基準を明確にする

対象者を絞り込む際は、採用課題の解決や定着率向上という目的に合致した基準を設けることが不可欠です。例えば、新卒採用の強化が目的であれば、『入社3年以内の社員に限定する』、又は『採用を強化したい職種や、人材確保に課題のある部署を優先する』といった基準が挙げられます。明確な根拠を示すことで、社内からの納得感を得やすくなります。

 対象者を広げすぎると制度が続かない理由

対象者を広げすぎると、毎月のキャッシュアウトが予測不能なレベルまで膨らむリスクがあります。特に、奨学金返済支援は長期にわたる負担となるため、企業の財務体力に見合わない制度設計は、将来的な制度廃止や減額を招き、かえって従業員の信頼を損なう結果になりかねません。

対象外の社員への説明が制度成功の鍵

制度の対象外となる既存社員や奨学金を利用していない社員に対し、導入の背景を丁寧に説明することが不可欠です。奨学金返済支援は、あくまで優秀な人材を確保し、会社全体の成長を加速させるための先行投資であることを強調し、結果として全社員の待遇改善につながることを論理的に伝える必要があります。

対象者をどこまで広げられるか、学歴・雇用形態・奨学金の種類ごとの考え方は、以下の記事で詳しく解説しています。

支援額はいくらが適切か|月額・総額の考え方

支援額の決定は、企業の予算管理と応募者のモチベーションを左右する重要な指標です。無理のない範囲で、かつ支援を受けていると実感できる金額を設定する必要があります。

月額支給と総額支給の違い

支援方法には、月々の返済額を補填する「月額支給方式」と、一定期間ごとにまとまった金額を支給する「総額支給方式」があります。日本学生支援機構(JASSO)の奨学金制度の返済スケジュールに合わせ、キャッシュフローを安定させるためには、月額支給方式が選ばれるケースが多いです。

相場はいくらか

厚生労働省のデータや一般的な福利厚生の相場を考慮すると、月額5,000円から20,000円程度がボリュームゾーンです。以下に支援額の考え方を整理します。

ただし、相場はあくまで参考値です。実際には、自社の採用人数、1名あたりの採用・育成コスト、年間予算から逆算して、継続可能な支援額を設定することが重要です。金額の大きさだけでなく、採用・定着に対してどの程度の効果を見込むのかまで含めて判断する必要があります。

採用人数から逆算する考え方

予算を先に決めるのではなく、『目標とする採用人数×支援額×支援期間』という計算式を用いて、年間予算をシミュレーションしてください。採用計画が未達の場合の予備費も考慮し、持続可能な金額設定を行うことが肝要です。

制度投資が本当に回収できるのか、若手定着や採用ROIの観点から確認したい場合は、以下の記事で具体的に整理しています。

支援期間は何年が適切か|定着効果との関係

支援期間を何年に設定するかは、従業員の定着率と密接に関わっています。短すぎると定着効果が薄れ、長すぎると企業の固定費負担が重くなります。

支援期間に「正解」はあるのか

制度に絶対的な正解はありませんが、【新卒入社後の離職率が高い時期】をカバーする設計が合理的です。多くの企業では、3年~5年を一つの区切りとして設定しています。

ただし、3年~5年はあくまで一般的な設計例です。高度人材の採用や長期育成を重視する企業では、10年以上の長期支援を設計することも有効な選択肢になります。重要なのは、期間の長短そのものではなく、自社がどの人材にどれだけ長く活躍してほしいのかという採用・定着戦略と整合しているかです。

短期支援と長期支援、それぞれのメリット

短期支援(1年~3年)は、初期の離職を防ぎ、企業風土に馴染んでもらうことに適しています。一方、長期支援(5年以上)は、中堅社員への育成を見据えた強力なリテンション施策として機能します。自社の離職傾向を分析し、どのタイミングで離職が多いかを把握することが期間設定のヒントとなります。

採用戦略に合わせて期間を設計する考え方

採用戦略が若手の大量採用であれば短期で広く支援し、高度人材の囲い込みであれば期間を長く設定する、といった柔軟な対応が求められます。また、日本学生支援機構が公開している企業等の奨学金返還支援制度検索

(参照:https://www.jasso.go.jp/shogakukin/kigyoshien/search/index.html?utm_source=chatgpt.com)などを参考に、同業他社や近しい業界の導入事例を確認しながら、自社に適した支援期間を検討することも有効です。

 税制優遇を活用する奨学金返済支援の制度設計

奨学金返済支援制度を導入する際、企業にとって最大の関心事の一つが税制上の扱いです。支援にかかるコストを最適化し、経営資源を有効活用するためには、税制優遇制度を正しく理解し、自社に最適なスキームを選択することが不可欠です。

給与上乗せ方式と代理返還方式の違い

奨学金返済支援には、主に「給与上乗せ方式」と「代理返還方式」の2つの手法が存在します。それぞれの特徴を理解し、自社の運用体制に合った方法を選択しましょう。

「給与上乗せ方式」は、毎月の給与や賞与に手当として上乗せして支給する方法です。手続きが簡便である一方、社員にとっては所得税や社会保険料の課税対象となるため、手取り額が減る点に注意が必要です。

対して「代理返還方式」は、企業が社員に代わって直接日本学生支援機構(JASSO)へ返済を行う仕組みです。この制度を活用することで、企業は拠出した支援金を「福利厚生費」として損金算入することが可能となり、法人税の節税効果が期待できます。

損金算入による節税効果と手続きの流れ

代理返還方式を活用する場合、税制上のメリットを享受するために、正確な手続きを踏むことが重要です。企業が支払った返済額は、原則として全額を損金として処理できるため、実質的なコスト負担を軽減できます。

具体的な手続きの流れは以下の通りです。

まず、企業は日本学生支援機構に対して代理返還の利用申し込みを行い、合意締結を行います。次に、社内規定を整備し、支援対象者となる社員との間で合意書を交わします。その後、機構が発行する請求書に基づき、企業から機構の指定口座へ返済金を振り込むという流れになります。

注意点として、代理返還制度を利用するためには、事前に日本学生支援機構への登録と所定の審査が必要です。また、税務処理にあたっては、管轄の税務署や顧問税理士に確認し、福利厚生費としての適格性を担保できるよう社内規定を整えておくことが、後々のトラブルを防ぐための重要なポイントとなります。

このように、税制優遇を最大限に活用した制度設計を行うことは、企業のキャッシュフロー改善のみならず、社員に対する強力な還元策として機能します。採用競争力を高めるためにも、制度の仕組みを深く理解した上で、自社の財務状況に合わせた最適な運用スキームを構築しましょう。

なお、日本学生支援機構(JASSO)の代理返還制度は公的な仕組みとして整備されていますが、企業によってはJASSO以外の奨学金返還支援を希望するケースもあります。例えば、あしなが育英会の奨学金返還については、日本学生支援機構の代理返還制度の対象外となるため、別途対応できる仕組みが必要です。

こうしたケースでは、代理返還の運用を支援する民間サービスを活用する方法もあります。奨学金バンクでは、日本学生支援機構(JASSO)だけでなく、あしなが育英会の奨学金代理返還にも対応しています。あしなが育英会の代理返還について詳しく知りたい方は、以下をご覧ください。

https://shogakukinbank.jp/ashinaga-repayment/

奨学金返済支援の制度設計でよくある失敗事例と解決策

奨学金返済支援制度は、採用力強化や若手社員の定着に大きな効果を発揮しますが、設計を誤るとかえって組織の不和を招くリスクもあります。ここでは、多くの企業が直面しやすい失敗事例と、それを未然に防ぐための具体的な解決策を解説します。

途中で退職された場合の返還義務に関するリスク

制度設計において最も慎重になるべき点が、支援期間中に社員が退職した場合の取り扱いです。善意で支給した支援金を、退職時に一括返還させるような規定を設けると、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に抵触する恐れがあります。

以下の表は、退職時のトラブルを防ぐための考え方をまとめたものです。

法的なトラブルを避けるためには、「支援金は給与の一部(手当)である」という性質を明確にすることが重要です。返還を求めるのではなく、あくまで『在籍している期間に対して支給する』という運用ルールを就業規則に明記しましょう。

奨学金を利用していない社員からの不満への対応

奨学金返済支援制度は特定の対象者のみが恩恵を受けるため、制度を利用していない社員から『不公平ではないか?』という声が上がることがあります。この不満を放置すると、社内のエンゲージメント低下につながります。

不公平感を解消する制度の透明性

制度導入の目的が優秀な人材の採用と、彼らが安心して長く働ける環境の構築にあることを、全社員に対して丁寧に説明する必要があります。【若手社員の経済的不安を取り除くことは、会社全体の安定成長に寄与する】という経営視点でのメッセージを伝えることが不可欠です。

他の福利厚生とのバランス調整

特定の層だけが優遇されていると感じさせないために、以下の代替案や補完策を検討することも有効です。

  • 住宅手当や家族手当など、全社員が対象となり得る福利厚生の拡充を同時に検討する
  • 資格取得支援や研修制度など、スキルアップを目的とした自己啓発支援を全社員向けに強化する
  • 日本年金機構が提供する制度や、企業型確定拠出年金(DC)などの資産形成支援を全社員向けに充実させる

また、制度導入時には、社内アンケートや説明会を通じて社員の意見を吸い上げる場を設けることも、納得感を得るためには非常に有効です。「なぜこの制度が必要なのか」という背景を言語化し、オープンに議論する姿勢が、制度を長続きさせるための最大の秘訣と言えます。

コストや不公平感だけで制度導入を判断すると、本来の採用・定着効果を見落とす可能性があります。制度検討時の考え方は、以下の記事でも解説しています。

最終的に、奨学金返済支援制度は単なる金銭的援助ではなく、企業の「人への投資」という姿勢を示すための戦略的なツールです。成功事例や日本学生支援機構(JASSO)の代理返還制度の活用事例などを参考にしながら、自社の経営課題に合わせた柔軟な設計を行い、継続的な見直しを繰り返していくことが求められます。

まとめ

奨学金返済支援制度は、優秀な人材の採用と定着に直結する強力な福利厚生です。成功の鍵は、対象者の選定基準を明確にし、不公平感を生まない社内コミュニケーションを徹底することにあります。特に、支援額や期間は採用戦略と経営状況から逆算し、持続可能な設計を行うことが不可欠です。

重要なのは、この制度を【福利厚生を増やす施策】としてではなく、採用したい人材を惹きつけ、長く活躍してもらうための採用・定着戦略として設計することです。制度の目的と対象、支援額、支援期間が一貫していれば、奨学金返済支援は単なるコストではなく、人材投資として機能します。

また、日本学生支援機構(JASSO)の「代理返還」制度を活用すれば、税制上のメリットを享受しつつ企業の負担を最適化できます。制度設計においては、退職時の返還規定などリスク管理も重要です。本記事を参考に、自社と社員双方にとって価値ある制度を構築してください。 

実際に制度を導入する段階では、制度設計だけでなく、代理返還の手続きや運用体制まで含めて検討することが重要です。奨学金バンクは、日本で唯一、日本学生支援機構(JASSO)の代理返還に加え、あしなが育英会の代理返還にも対応し、制度設計から運用まで一貫してサポートしています。制度導入をご検討中の企業様は、お気軽にご相談ください。

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