ここ最近「早期退職者を募集」といった旨のニュースをよく見るようになりました。日本経済新聞は11月30日、「東芝、早期退職などに3500人応募 成長分野に投資集中」という見出しで東芝の決断を取り上げました[1]。検索してみると他の有名企業でも同様の発表が多く見られます。東京商工リサーチは下記のようなデータを公開しています(図1)。グラフは2024年1-9月に「早期・希望退職募集」を決定した上場企業がすでに2023年の1年間の記録を超えたことを表しています。同社は、「金利上昇や為替の乱高下など、経営環境が不透明さを増すなか、業績好調な企業は構造改革を急ぐ一方、業績不振の企業は事業撤退などに着手」していると、増加の背景を述べています。
こういったニュースを見ていてふと、ご支援させていただいている企業の方から伺った「こういうのに応募してくるのは会社にいて欲しい人なんです」という言葉を思い出しました。早期・希望退職制度を設けている会社の方からの言葉ですが、応募者には社内の重要な役割、事業上重要な職務を担う方が多くなってしまうとのことでした。本コラムでは、こういったジレンマがどうして発生するのか、どうするべきなのかを考えてみました。
雇用・労働に対する企業と従業員のギャップ
図1 上場企業 早期・希望退職推移[2]
前節で記載した早期希望退職とは、社員側から一定のインセンティブと合わせて退職希望を募るといった、社員主導での離職の形です。これにより企業は人員削減・構造改革を行いますが、早期希望退職に応募するのは会社にとって高度技能人材が多くなります。これは「企業の従業員への期待」と、その逆の「従業員の企業への期待」でギャップが生じているからだと考えられます。当然ですが、企業は高度な技能を持つ人材を雇用し、長期的に働いてもらうことを期待しています。一方、高度な技能を持つ人材は、その技能を活かし、雇用されることなく(、会社に所属することなく)、経済活動ができる場合が多いという事実があります。
かつては企業に雇用されることで、企業を通じて社会に価値提供ができていましたが、現在は業務委託契約を結びフリーランスとして1個人が社会に価値提供するといったことも増えてきています。雇用の有無に関わらず経済活動ができるのであれば、雇用され企業内のルールに縛られるよりも、フリーランスとして自由に働く方を選ぶ方が多くなっています。こういったことから企業と従業員の間でギャップが発生しているといえるでしょう。早期希望退職の枠に優秀な人材が集まりやすい背景には上記のような課題があると考えられます。早期希望退職という社員主導の形では企業と人材のミスマッチを解消しきれないという状況になります。
図2 雇用・労働に対する企業と従業員のギャップ
日本の解雇規制
前節で記載したように社員主導では企業と人材のミスマッチを解消しきれないことを記載しました。このミスマッチを解消するためには会社主導での退職、解雇という形をとればよいということになります。しかし日本では解雇規制といわれる、解雇するために満たさなければいけない、いくつかの厳しい条件があります。
解雇には大きく普通解雇、懲戒解雇、整理解雇があります。これらの違いは解雇事由で、前者二つは能力不足等、従業員に原因があるもの、後者は業績不振等、企業側に原因があるものになります。日本の解雇規制では、普通解雇・懲戒解雇は社会通念上合理性を欠くものを無効とし規制しています。会社都合である整理解雇は、整理解雇の4要件といわれる厳しい要件をクリアしないと不当な解雇とみなされ、後から企業側にペナルティが課せられる可能性もあります。
表1 整理解雇の4要件
解雇規制の緩和で中長期的な成長を
ここまでを振り返ると、解雇規制の存在により、業績不振の企業であっても従業員主導の希望早期退職といった対象者を限定しない方法をとらざるを得ず、結果的に企業内の優秀な人材が流出するといった可能性があります。一時的に固定費は抑えられますが、中長期的な経営の立て直しを図るといった観点で見ると、これは対症療法に留まり、業績回復、ひいてはその後の賃上げといったシナリオを描く上での足かせになるでしょう。
解雇規制は従業員の雇用を守っているようで、賃金を上げられない企業を生み出しているとも捉えられます。4要件を厳密にクリアしない整理解雇の中にも許容すべき解雇事由を設ける、解雇規制の緩和・金銭解雇等が議論されています。前回、雇用の流動化で企業と人材の質的・量的ミスマッチを解消することが、賃上げに繋がりうるといった旨のコラムを書きました。今回の解雇規制の緩和もこの雇用の流動化を適切に促し、人材の質的・量的ミスマッチを解消するカギになろうかと思います。いびつさをうまく脱却することで日本の賃上げのポテンシャルを引き出せると考えています。
[1] 日本経済新聞「東芝、早期退職などに3500人応募 成長分野に投資集中」2024年12月9日アクセス
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC298BJ0Z21C24A1000000/
[2] 東京商工リサーチ『上場企業の「早期退職」募集 46社 人数は前年同期の約4倍 複数回募集が増加、対象年齢は30歳以上など引き下げ傾向』2024年12月6日アクセス
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1198971_1527.html
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