自社の現実から出発する組織人事の再設計

最近、永年勤続制度を復活させる企業が増えているように感じます。勤続年数に応じた報奨金制度や、長期在籍者への処遇改善、退職金制度の再整備など、その内容はさまざまですが、共通しているのは「人材を長期的に活かす」という意思です。

10数年前を振り返ると、状況はまったく異なっていました。

当時の日本企業は、成果主義という言葉を旗印に、等級制度・評価制度・報酬制度を見直し、「年功序列からの脱却」を競うように進めていました。日々の成果、短期の業績、数値目標の達成度が強調され、勤続年数や経験の蓄積は軽視されがちでした。

この流れは、日本経済が高度成長から転換し、「失われた10年」と呼ばれた時代と強く結びついています。現在では、それが「失われた30年」と言い換えられるほど長期化していることは、改めて説明するまでもないでしょう。

成果主義の時代に行われた「逆張り」

そのような成果主義全盛の時代に、極めて象徴的な意思決定を行った企業があります。

サイバーエージェントです。

10数年前、同社はエンジニア職に対して、あえて年功的な要素を取り入れた人事制度を導入しました。当時のIT業界は、実力主義・成果主義の最前線でした。「若くして高給」「結果がすべて」「市場価値こそ正義」といった価値観が当然のように共有されていた時代です。

その中で年功制の導入は、多くの人事関係者にとって「時代錯誤」「逆行している」と映りました。しかし、同社の判断は流行への逆張りではなく、極めて冷静な経営判断だったと記憶しています。

エンジニアの価値は、短期的なアウトプットだけでは測れない。プロダクトの品質やシステムの安定性は、長年の設計経験や障害対応の蓄積に大きく依存する。成果主義を過度に強めれば、短期成果を求める行動や転職前提のキャリア観が蔓延し、結果として技術資産が社内に残らなくなる。

同社は、こうした現場の実態を踏まえ、「業界のトレンド」ではなく「自社の事業構造と人材の特性」から制度を設計しました。

この事例は、人事制度とは本来、正解を探すものでも、流行を追うものでもなく、自社の現実から組み立てるべきものであることを端的に示しています。

失われた30年と「正解探しの人事」

日本企業が経験してきた失われた30年は、経済の停滞だけでなく、人事思想の混乱の歴史でもありました。

高度経済成長期には、「長く働けば報われる」という年功序列型モデルが機能していました。企業は右肩上がりで成長し、社員は長期雇用を前提にスキルを蓄積し、企業もそれを回収できたからです。

しかし、その前提が崩れると、日本企業は欧米型の成果主義を「正解」とみなし、一斉に導入しました。富士通をはじめ、多くの企業が評価制度を成果連動型に切り替えましたが、結果として現場の分断、短期志向の蔓延、育成の空洞化といった問題が顕在化しました。

そして今、再び「長期雇用」「人的資本」「定着」「育成」といった言葉が注目されています。永年勤続制度の復活もその延長線上にあるように感じています。

しかし、ここで注意すべきなのは、「年功制に戻ること」が正解なのではない、という点です。

問題の本質は、制度の種類ではなく、「高度経済成長期を唯一の正解として、そこからの乖離を修正しようとしてきた発想」そのものにあります。

環境が変われば、正解も変わる。

それにもかかわらず、日本の人事は長らく「正解探し」に終始してきました。

流行のソリューションが組織を救うとは限らない

組織人事の世界では、常に新しいキーワードが登場します。リーダーシップ、モチベーション、エンゲージメント、心理的安全性、OKR、ジョブ型、人的資本経営、そして現在はAI。

もちろん、これらの概念や技術には価値があります。
しかし、それらは「万能薬」ではありません。

高度経済成長期には、どの企業も似た成長曲線を描いていました。そのため、均一的な人事制度やマネジメント理論でも一定の成果が出ました。しかし現在は、業種、企業規模、成長フェーズ、人員・人材の構成、事業モデルが大きく異なります。

同じ制度を導入しても、成果が出る企業もあれば、混乱を深める企業もある。それが現実です。

AIブームも同じ構造を持つ

これはAIについても同様です。現在、あらゆるHRシステムにAIが搭載され、「AIエージェント」「自動評価」「採用の最適化」といった言葉が踊っています。

確かにAIは業務効率を劇的に向上させます。しかし、「AIを導入すること」自体が目的化した瞬間、人事は再び手段と目的を取り違えます。

ある講演で、次のような話を聞きました。

「AIが進化すればするほど、SaaSを買うより、自社専用の業務システムを作る方が簡単になる時代が来る」と。

AIを活用すれば、自社の業務フローや組織構造に合わせたシステムを、低コストかつ短期間で構築できる可能性が高まります。つまり、SaaS一辺倒の時代が続くとは限らないのです。

AIエージェントを搭載したHRシステムが乱立しても、それが自社の課題を解決しなければ意味はありません。

重要なのは、「何ができるか」ではなく、「何を解決したいのか」です。

これからの人材マネジメントに必要な視点

人材が採用困難となり、流動化し、かつ高コスト化していく時代において、人事に求められるのはトレンドへの感度ではなく、次の3点です。

  1. 自社の事業戦略と人事の接続

  2. 組織の実態と人材構成への深い理解

  3. 制度導入後の検証と修正を前提とした設計

サイバーエージェントの事例が示すように、「流行っていない制度」が最適解になることもあるのです。

組織人事の正解は外にはない

人事の正解は、コンサルティング会社にも、海外事例にも、HRテック企業にもありません。

コンサルティング会社を経営する私が言うのも何ですが、正解は常に、自社の中にあります。

組織の構造、人材の性質、事業の方向性、競争環境、文化、歴史、など。
これらを直視したときに初めて、人事制度は意味を持ちます。

トレンドを否定する必要はありません。
しかし、それに流される必要もありません。

全体の流れを理解したうえで、あえて乗らない。
必要な部分だけを切り取る。あるいは、真逆の選択をする。

それこそが、これからの組織人事に求められる「覚悟」なのではないでしょうか。

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