出来ているようで出来ていなかった公平に人を見るということ

昨今、心理的安全性(psychological safety)という言葉が人事・組織開発領域で注目を集めている。その背景には、イノベーションの必要性や働き手の多様な価値観の尊重といった組織環境の変化がある。

心理的安全性とは何か。

それは単に「発言しやすい環境」や「居心地の良さ」を意味するものではない。もっと本質的には、その人を公平に見ているかどうかという視点と直結していると私は考えている。

 では「公平に見る」とは何か。それを理解するために重要なのが、従来私たちが慣れ親しんできた「平等」という考え方との違いだ。

平等と公平/判で押したような同一化ではない評価観

資本主義や競争社会において、人々を判断する基準は長らく「平等」であった。

たとえば、同じ成果目標や評価指標を全員に適用し、結果として同じ機会・条件を与えるという考え方だ。これを英語では「equality(平等)」と表現する。すべての人を同じように扱うというシンプルで分かりやすいアプローチである。

しかし、この「同一化された基準」は、個人差や背景・状況の違いを顧みないという限界を抱える。結果として、特定の人にとっては公平であり続けても、別の人にとっては不満や不信感の源になることがある。まさに評価やフィードバックにおける納得感が得られない局面がこれだ。

対して「公平(equity)」は、個々の状況やニーズに応じて対応を調整し、それぞれが能力を最大限発揮できる状態につなげる考え方である。英語の概念では、単に同じものを与えるのではなく、同等の成果や参加機会が得られるような支援やプロセスの設計を指す。

簡易な例で言えば、身長の違う子どもたちに対して一律の椅子を配るのが「平等」であり、視界が確保できるようそれぞれ調整した踏み台を配るのが「公平」であるという直感的なイメージだ。

人事評価においても同様である。透明性や基準の明示はもちろん必要だが、それだけで「公平な評価」になるわけではない。それぞれの立場・経験・役割・専門性を踏まえた評価プロセスやフィードバックが、被評価者の納得感を醸成し、組織への信頼につながるのである。

心理的安全性の本質/「公平な見方」に立つこと

心理的安全性の定義を整理すると、「チームや組織の中で、自分の考えや意見を表現しても拒絶されない、罰せられないという確信を持てる状態」を指す。

心理的安全性の高さは単に“気持ちが楽”という感覚ではなく、「人として公平に見られている」という根本的な認識の上に成立する。

心理的安全性が高いチームでは、次のような特徴が見られる:

●発言や質問が否定的に評価されないという安心感
●組織の意志決定プロセスに参加できるという感覚
●失敗や異なる意見が学びや成長につながるという確信

など

これらはすべて、「私という個人」も公平な存在として組織に受け入れられているという認知が前提となっている。単純に「みんな平等に扱われている」という状況ではなく、「あなたという個を正当に評価する」という態度である。心理的安全性はまさにこの公平な見方の文化が醸成された場所で芽生えるのである。

心理的安全性が保障されると、人は自分自身の欠点や弱みも含めてオープンになれる(むしろしなければならない)。それは単なる自己開示ではない。組織内での学習や協働プロセスにおいて、本音を出し、率直なフィードバックを受け入れ、リスクを取ることが可能になる。ここにこそ、心理的安全性の本質的な価値がある。

心理的安全性と若手世代の価値観

特に若手世代(いわゆるZ世代)は、給与や待遇以上に「自分が正当に扱われている感覚」を求める傾向が強い。

SAFERモデルと呼ばれる心理的報酬モデルの中でも、心理的安全性と公平性(Fairness)が重要な柱として挙げられている。心理的安全性がない環境では、自由に質問や提案ができず、結果として成長や挑戦の機会が制限されてしまうという認識がある。

この世代は、成果だけを求められる平等主義的評価や、一律に同じ基準で測られる状況に対して強い違和感を抱く。むしろ、自分を公平に観てくれる組織や評価者を求める傾向が強い。ここに、新たなマネジメントのパラダイムシフトが見て取れる。

管理職・人事への示唆/公平前提のマネジメントへ

これまでの管理職教育や評価制度は、「成果を平等に扱うこと」を前提としていた。

しかし、この平等主義的マネジメントは、個々の違いを無視し、結果として摩擦や不満を生みやすい。評価だけでなく日常のフィードバックや1on1面談においても、この平等前提のマネジメントは限界に達している。

これからのマネジメントに求められるのは、公平な前提に立った対応である。つまり、結果だけを同一の線で測るのではなく、プロセスと背景を丁寧に観る姿勢だ。

たとえば:

●個々のスキルセットや役割に応じた評価尺度の設計
●目標設定時の相互合意とその見直し
●フィードバック過程の透明性と対話文化

など

こうした公平前提のマネジメントは、単なる制度設計だけでなく、日々のコミュニケーションにこそ息づくものである。平等主義がルールやプロセスに重きを置くのに対し、公平主義は人をそのまま観るという価値観を基盤とするのである。

被評価者が持つべき視点/自分の弱さや足りなさも認めること

ここで重要なのは、「公平」は自分自身の弱さや足りなさも認めないと成立しないという点である。評価を受ける側も、自分自身を公平に観る習慣を持つ必要がある。

つまり公平とは、良いところだけを見る/見てもらうことでも、悪いところだけを見る/見てもらうことでもない。自己評価と他者評価のギャップを埋めるためには、「自分はどこまでできているか」「どこを避けているか」という自己認識の深化が不可欠である。被評価者が自分自身にも公平であるということは、自分の弱さや未熟さも含めて認め、それを変化の起点として捉える態度を意味する。

評価とは結局のところ、関係性の中で成立する認知行為である。 だからこそ評価する側だけでなく、評価される側も、弱さや未熟さを正当に観る視点が重要であり、それらを放棄した瞬間、公平性が失われ、心理的安全性が保たれなくなるのである。

心理的安全性は公平という価値観の表出である

心理的安全性の正体とは、人を公平に見るということだ。それは単なる制度設計の結果でもなければ、単純な居心地の良さだけでもない。自分自身を含めた個々を丁寧に観察し、背景や文脈を踏まえた公正な取り扱いを行うという姿勢そのものこそが、心理的安全性の核心なのである。

これからの組織は、平等主義的な単一の物差しで人を測るのではなく、公平な評価と支援の設計を通じて、一人ひとりが安心して自らの声を発揮できる環境を構築していく必要がある。その先にこそ、持続的な成長と創造的な組織文化があると私は確信している。

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