「多様性が必要である」と、この数年、あらゆる企業や組織でそう言われるようになった。

とりわけコロナ禍以降、在宅・リモートワークの普及により、働き方の違い・価値観の違いが可視化されたことで、多様性という言葉は一気に社会の表舞台に躍り出た。

しかし、いま改めて問いたい。本当に多様性は実現できているのか?あるいは、多様性という言葉の氾濫が組織の混乱や停滞を招いていないか?

本コラムでは、多様性の本質とその限界を整理しつつ、組織人事にとって本当に価値ある多様性の捉え方について述べたい。

多様性という言葉がいま「一般名詞」化している矛盾

現在、多様性は企業の採用方針、経営理念、あるいは人事制度の標語として定着した。

しかしその一方で、現場ではこうした声も聞かれる。

「多様性を理由に議論が進まない」
「反対意見を出すこと自体が差別だと受け取られがちだ」
「多様性が尊重されているはずが、多様性の均一化が進んでしまっている」

 このような現象は、日本の多様性論議の一側面をよく表している。

そもそも多様性とは、単に「色々な人や考えがいる」という状況を指すだけではないはずである。多様性を組織の力とするためには、各々の違いから価値を創出するためのルール設計や理解が不可欠である。

にもかかわらず、いま多様性を頻繁に主張する人の多くは、声の大きさや論点の強さで議論の主導権を握ろうとし、結果として「違いの共存」という本来の主旨から離れてしまっていることがある。

多様性の本質を再定義する:受容・尊重・公平・平等

多様性について、「人々の違いを尊重する」といった説明はよく見られるが、言葉が抽象化しすぎて議論が空中戦になっていることも少なくない。

ここでは、多様性の本質を4つの概念階層で整理することが有効だ。

1)受容(存在の認知)
2)尊重(主体として扱う)
3)公平(条件の調整)
4)平等(権利・ルールの保障)

この4要素は、多様性を現実の組織活動に落とし込む際の基盤になる。どれか一つだけでは不十分であり、むしろこの4つを同時に満たそうとする営みそのものが「真の多様性の実現」であると言えるであろう。

多様性のメリットとデメリット

 メリット:競争力・創発・対応力の強化
多様性が推進される理由には、次のような組織・社会的メリットが挙げられる。

  • 多様な視点がイノベーションを生む

  • 顧客ニーズへの対応力が高まる

  • 社会レジリエンス(柔軟な対応力)が高まる

  • グローバル社会への適応が進む

これらは理論的にも実証的にも支持されている。例えば、研究者の共著分析では、民族的多様性の高いチームが学術的インパクトを高める効果があることが示されているという報告もある。

デメリット:コミュニケーションと意思決定の重さ
一方、組織に多様性を取り入れることには、以下のような困難もある。

  • 意思決定の合意形成が遅くなる

  • コミュニケーションコストが増大する

  • 価値観の衝突が起こる可能性が高まる

  • 管理・制度設計負担が膨らむ

つまり、多様性は万能な解ではなく、コストとリスクを伴うシステムでもあるという見方が必要なのである。

「成果なき多様性」の危険性とその構造

ここであえて厳しい指摘をしたい。昨今、「多様性を守れ」「多様性を尊重せよ」という主張が、目的化してしまっている場面が少なくない。

特に留意すべきなのは、次の点だ。

多様性が「個人の自己都合の隠れ蓑」になっていないか?
多様性を唱えることで、組織としての成果や方向性を曖昧にしていないか?

この疑問は、経済活動や組織活動における多様性の核心でもあると考えている。

日本は世界的に見ても文化的均質性が高い社会であり、多様性に対する前提理解が欧米社会と異なる。そこにコロナ禍で働き方の自由度が大きく変化したことが多様性の推進に拍車をかけた。

リモートワークの普及は、多様性の受容を促進した半面、成果と働き方の関係性を曖昧化させ、組織の評価基準や目標設計を揺らがせる結果になっている。

この状況を放置すると、「多様性こそ正義」というフレームに囚われ、具体的な成果や組織価値創出が後回しになるリスクがある。

なぜ多様性は日本で捉えづらいのか

日本における多様性推進の背景には、単一民族・同質文化の歴史がある。そのため、特定の「マイノリティ支援」領域(女性活躍、障がい者雇用など)が多様性議論の中心となりがちで、本来の概念である「違いを価値に変える設計」が見落とされてきた面がある。

また、多様性について議論する際に陥りがちな罠は次のようなものだ。

  • 違いを認めること=全てを肯定することではない

  • 多様性の尊重=合意形成が不要なわけではない

  • 多様性=混沌容認ではなく、制度的整理が必要

この3点は、多様性を組織で機能させる上で不可欠な視点である。

多様性を「組織の強さ」に変える条件

では、どのような条件下で多様性は組織の力となるのか?

私は、次の要素が重要だと考える。

①多様性と成果を結びつける評価設計
ただ「多様なメンバーをそろえる」だけでは意味がない。多様な視点が出た結果、どのように成果に結びついているかを計測可能にする仕組みが必要だ。

②意思決定と役割分担の明確化
多様性は合意形成を遅らせる側面があるため、役割と責任を明示し、意思決定プロセスの標準化が欠かせない。

③文化的安全性と相互承認の文化
違いを認めつつ、組織の核となる価値観(ミッション・ビジョン)との接着点を明らかにすることで、”雑音となる多様性”を防ぐ

④インクルージョンを設計する
多様性が形骸化しないためには、単なる「多様な属性の存在」ではなく、多様な声が策略的に収斂される仕組みが必要であろう。

声の大きさではなく、価値の大きさで語る多様性へ

多様性は、社会にも企業にも不可欠な価値である。しかし、それは万能の正解ではない。むしろ次のように言い換えた方が適切かもしれない。

多様性とは、「違いを受け入れつつ、組織の目的達成と成果創出に寄与する仕組みをデザインすること」である。

多様性の議論が、「声の大きさ」や「権利主張の強さ」で消費されるのは、本来の価値を毀損する。これからの日本企業に求められるのは、対立や混乱を避けるための多様性ではなく、成果と価値創出を両立する多様性である。

そのためにも、多様性を語る際は常に以下を問い続けたい。

  • この多様性は何を生み出すのか?

  • どのように成果と結びついているのか?

  • そして、個人の違いが組織の強さになっているか?

多様性を生かすということは、ただある状態ではなく、「活かすための仕組み」であるべきだ。組織人事はそこを見誤ってはならない。

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