「定着」や「成果」を前提としない組織設計

「コモディティー化」という言葉は、もともと、製品やサービスが差別化を失い、価格競争に陥る現象を指す言葉であった。しかし、いま日本で起きているコモディティー化は、そうした表層的な価格の話にとどまらない。より深刻なのは、人材と会社そのものが、軽く、扱いやすい存在として流通してしまっている点にある。

重要なポイントは「安くなった」のではない。「軽くなってしまった」のだ。

 人材が商品として流通し始めた50年の帰結

人材派遣を中心とした人材サービスが日本で本格的に広がってから、およそ半世紀が経つ。

当初、その役割は極めて明確だった。

家庭に入り、社会で十分に活用されてこなかった主婦層や女性の労働力を、経済活動の中に呼び戻すこと。これは間違いなく、社会的に意義のある取り組みであった。

しかし、市場が成熟し、一定の規模に達した後、人材流通は次第にその性格を変えていく。「眠っている労働力を引き出す」から、「より安く、より柔軟に、より簡単に人を入れ替える」ための装置へと変質していったのである。

この変化は、人材の価格を下げただけではない。働くことそのものに対する意識、責任感、覚悟をも軽量化させた

これまで約30年以上、日本の平均年収がほぼ横ばいであることはよく知られているが、その背景には、こうした労働のコモディティー化があるのではないかと考えてしまう。

仕事とは本来、簡単に放棄できないものであり、ある意味では逃げ場のない中で自らの役割と向き合う営みであった。しかし流動化が進んだ結果、「合わなければ辞める」「キャリアのために転職する」という言葉が、免罪符のように使われる社会が出来上がってしまった。

学校化する会社、入社が目的化する若手人材

近年、企業に入社しているのか、学校に入学しているのか分からない若手人材が増えている、という声を多くの経営者から聞く。会社に入り、成果を出し、価値を生み出すことよりも、「どの会社に入るか」「どの環境に所属するか」が先行する

まさに、会社に対する入学である。

こうした状態では、責任感はおろか、労働力としての力強さも育たない。仕事を通じて社会や経済を押し上げる存在ではなく、「経験を消費する存在」へと変わってしまう。これは個人にとっても、企業にとっても、決して健全な状態とは言えない。

M&A市場が生む「会社の流動化」

この構造は、人材に限った話ではない。いま、同じことが会社そのものにも起き始めている。M&A市場の拡大である。後継者不足という社会課題に対する解決策として、M&Aは大きな役割を果たしてきた。事業を残し、雇用を守り、成長の可能性を広げる。その意味で、M&Aは本来、極めて前向きな手段である。

しかし一方で、会社が「売買されるもの」「出口が用意されたもの」として扱われ始めたことで、会社経営そのものが流動化し、コモディー化する兆しも見え始めている。

・毎日のように経営者のもとに届くM&Aのダイレクトメール。
・会社を起こし、育て、売却することが称賛される風潮。
など。

この状況は、経営者としての責任感や使命感を、知らず知らずのうちに軽くしてはいないだろうか。さらに言えば、日本企業の技術や権利が、海外資本の投資対象として消費されていくリスクも無視できない。

人材が流通し、会社も流通する社会において、日本の経済基盤は本当に強くなっているのだろうか。この問いから、私たちは目を背けるべきではない。

AIが加速させる「仕事の軽量化」

この流れに拍車をかけているのが、AI技術の急速な進展である。業務が効率化され、誰でも一定水準のアウトプットを出せるようになる一方で、仕事に向き合う姿勢や使命感、成長の実感は、かえって希薄になりつつある。「考えなくてもできる仕事」が増えるほど、仕事そのものの重みは失われていく。人材の軽量化は、もはや後戻りできない段階に入っているのかもしれない。

定着・成果を前提としない組織設計という発想

では、この状況に対して、組織人事は何をすべきなのか。

多くの企業は、「定着させること」「成果を出させること」を前提に制度設計やマネジメントを行っている。しかし、人材が流動することを前提とした社会において、この前提そのものを見直す必要があるのではないか。

むしろ今後は、

  • 人は流動する

  • 長期定着は保証しない

  • 重い責任を前提としない仕事を任せる

こうした前提に立った組織設計のほうが、現実的なのではないか。

もちろん人材の流動性が極めて高くなっていく中でも、「定着させること」「コミットメントを引き出すこと」「成果を出させること」を実現、また目指すことは、極めて美しい答えであり、否定する意見が出にくい考え方である。

しかしこのような、これまでの常識や一般論に引っ張られてしまうことで、手遅れになってしまう中小企業も少なくないのではないかと考える。

すべての仕事に重い責任とコミットメントを求めるのではなく、責任の範囲を限定し、短いサイクルで役割を入れ替える。成果ではなく「関与」や「参加」を前提とした設計に切り替える。これは一見、組織を弱くするように見えるが、実は軽量化した人材社会に適応するための、一つの合理的な解であろう。

これまでにも、一部の高度な技術を持つ職人や技術者に頼り切らないように、技術の言語化⇒可視化⇒平準化を図り一般化してきた。このような取り組みを、一部の高度な技術を持つ職人や技術者だけでなく、一般的な社員に対しても行う必要ができたと考える方が自然ではないかと思う。

組織人事に突きつけられる新たな責任

人材と会社が軽くなった時代に、重たい理想論だけを掲げても、組織は機能しない。だからこそ、組織人事には「どうあるべきか」ではなく、「どうであれば回るのか」を設計する責任がある。

・定着させない勇気。
・成果を期待しすぎない覚悟。
・流動を前提にした制度設計。

 それは、日本の組織が生き延びるための、苦く、しかし現実的な選択肢なのではないだろうか。

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