
はじめに
コンサルティングの現場で、このような質問を受けることがあります。しかし、そのたびに私は少し答えに詰まってしまいます。もちろん、成功事例として紹介できる企業はありますが、「何をもって成功とするのか」は会社によって異なるため、単純に他社事例を参考にできるものでもないからです。
例えば、人件費の最適配分を目的に、若手社員の給与水準を引き上げたり、福利厚生を整理して月例給与へ振り替えたりする制度改定をすることがあります。また、年功的な処遇を見直し、職務や役割に応じた報酬制度へ移行するケースがあります。この場合、目的に沿った制度設計と導入ができれば、一つの「成功」と言えるかもしれません。実際、こうした制度上の課題は、適切に設計すれば一定程度解決することが可能です。
しかし、その先まで考えると話は簡単ではありません。例えば、「若手へ重点配分を行う」のは単に賃金構造を変えたいのではなく、将来を担う人材を確保したい、社員のエンゲージメントを高めたい、新規事業を担う人材を採用・育成したい、といった事業成長につながる組織づくりを目指していることが多いはずです。そう考えると、本当の意味での成果は、制度導入直後には見えてきません。
さらに、制度改革には必ず副作用も生じます。評価制度変更への戸惑いや、一時的な不公平感、管理職の運用負荷増加などです。制度改定直後は、むしろ組織が不安定化することも少なくありません。このような状態になった場合、それは「失敗」なのでしょうか。
実際には、制度改定後の2~3年は、こうした摩擦や混乱が生じることのほうが一般的です。制度の目的を繰り返し発信し、運用をブラッシュアップしながら、新しい価値基準を少しずつ組織へ浸透させていく。そうしたプロセスを経て、制度は徐々に定着していきます。
私は、本来の意味での人事制度改革の成功とは、さらにその先にあると考えています。
人事制度は、あくまで組織運営のためのツールです。本当に重要なのは、人事制度を通じて社員の行動や意思決定が変わり、それが組織文化の変革につながり、結果として持続的な事業成長や収益拡大につながっていくことです。
さらに言えば、環境変化に合わせて組織課題を見直し、人事制度そのものも継続的に変化させながら、組織が学習し続けられる状態を作ることまで含まれるのだと思います。
人事制度改革とは、単に制度を変えることではなく、組織課題を特定し、その解決策を制度として設計し、運用を通じて組織へ浸透させながら、最終的には「組織能力」を獲得していくプロセスです。
事業環境の変化が激しい現在では、組織能力や組織文化そのものが競争優位の源泉であり、重要な経営資本になっています。人事制度改定を通じて、組織能力の獲得、競争優位の源泉となる組織文化への変革ができて、本当の成功になると思います。
本稿では、「人事制度を変えても会社は変わらない」と言われる理由と、本当の意味での「成功」につなげるために必要なことについて考えていきます。
人事制度改革「成功」のレイヤー

人事制度改革の「成功」は、短期的には判断しづらく、大きく三つのレイヤーで考える必要があります。
第一レイヤーは、「制度そのものを変えること」です。組織課題を解決するために必要な制度を設計し、導入する段階であり、多くの人事制度改革はここから始まります。
例えば、年功的な処遇を見直したい、若手人材へ重点的に配分したい、職務や役割に応じた処遇へ変えたい、あるいは外部報酬水準との整合を取りたい、といった課題に対応する制度を設計します。こうした制度設計は、比較的短期間で形にすることができます。
ただ、この段階では「制度」は変わっても、組織運営や社員の行動までは大きく変わりません。
近年、多くの企業で導入されたジョブ型人事制度も同様です。職務を定義し、その職務に応じて報酬を決定する。専門性を明確にし、必要な人材を確保できるようにする。制度としては非常に合理的です。
しかし、ジョブディスクリプションを整備し、職務等級制度を導入して報酬制度を見直したとしても、人材配置や登用の考え方が従来のままであれば、人の動きは変わりません。管理職が人材を抱え込み、異動が起きず、新規事業へ必要な人材が動かなければ、制度改定の目的は十分に実現されないのです。
ここで重要になるのが、第二レイヤーです。第二レイヤーでは、「制度を通じて組織運営を変えること」を目指します。
ジョブ型制度であれば、本来目指しているのは、戦略に必要な役割を明確にし、その役割に必要な人材を採用・育成し、必要に応じて配置転換できる状態を作ることです。つまり、事業戦略に沿って人的資本を適切に配分し、人が動く組織を作ることが本来の目的なのです。
そのためには、人事制度だけでなく、配置権限、予算、KPI、会議体、マネジメントなど、人事以外の仕組みとも整合を取っていく必要があります。
ここまでくると、テーマは「制度設計」から「組織運営」へ変わっていきます。
さらに、組織運営を変えようとすると、必ず現場との摩擦も起こります。制度改革直後は、組織が少し不安定になることも珍しくありません。ただ、これは制度改革が失敗しているというより、新しい価値基準へ組織が適応している過程とも言えます。重要なのは、その段階で元に戻してしまわないことです。
制度の目的を繰り返し発信し、運用をブラッシュアップしながら、新しい価値基準を少しずつ組織へ浸透させていく。その積み重ねによって、制度は徐々に組織へ定着していきます。
そして、その先にあるのが第三レイヤーです。第三レイヤーは、「組織文化そのものを変えること」です。
例えば、社員が主体的にキャリアを形成することや、役割が変われば報酬も変わることを自然に受け入れること、変化を前提に学び続けることなどが、制度ではなく「当たり前」として共有されていく状態です。
ここまでくると、社員は制度に従って動いているのではなく、会社として大切にしている価値観を自然に行動へ反映するようになります。つまり、制度が「ルール」ではなく、「文化」として機能し始めるのです。
人事制度改革の「成功」は、制度を導入した時点で決まるものではありません。第一レイヤーである「制度設計」は、あくまでスタートです。本当に重要なのは、その制度を通じて組織運営が変わり、人の流れや意思決定が変わり、最終的に組織文化そのものが変わっていくことです。
そして、その第三レイヤーの「成功」は、制度を導入した後の日々の運用の中で、少しずつ作られていきます。誰を評価するのか。誰を登用するのか。どのような挑戦を歓迎するのか。どのような行動を「この会社らしい」と考えるのか。そうした日常の積み重ねによって、制度は単なるルールではなく、組織文化として定着していくのです。
人事制度を変えて会社を変えるために必要なこと
人事制度改革の際、私は人事のみなさまや役員のみなさまに、「制度定着には3年かかります」とお話しています。
1年目は、「手続きが変わった」「スケジュールが変わった」「名称が変わった」と社員が認識する段階です。この時期は、本質的な目的まではなかなか伝わりません。むしろ、運用負荷の増加や評価基準変更への戸惑いが表面化し、一時的に不安や不満の声が大きくなることもあります。
2年目になると、評価結果のフィードバックや賞与、昇給、登用などを通じて、「会社が本当に変わろうとしている」ということが少しずつ実感され始めます。どのような行動が評価されるのか。会社として何を大切にしたいのか。そうした価値基準が、制度運用を通じて徐々に組織へ浸透していきます。
そして3年目になると、社員の行動にも少しずつ変化が現れ始めます。「このような挑戦が歓迎されるのか」「この行動が評価につながるのか」ということが、日々の運用を通じて理解されるようになるからです。
また、この頃になると、各社・各組織に合った形へ制度運用そのものも改善されていきます。社員側の理解や慣れも進み、当初感じていた摩擦や違和感も徐々に小さくなっていきます。さらに、制度運用が落ち着いてくることで、管理職のマネジメントにも変化が現れます。部門間で人材情報を共有するようになり、人材育成や配置・異動についての議論も進み始めます。つまり、人事制度が「制度」ではなく、「組織運営の仕組み」として機能し始めるのです。
もちろん、ここまで順調に進むケースばかりではありません。ただ、人事制度改定によって会社に変化が現れ始めるまでには、少なくとも3年、つまり3事業年度程度は必要だと感じています。
そして、第三レイヤーである「組織文化の変革」にまで到達するには、さらに時間が必要になります。
組織運営には、さまざまな要素が関係しています。人事制度を改定することで新たな不具合が生じることもありますし、外部環境の変化によって、新しい課題が生まれることもあります。つまり、組織運営には常に課題があり、「これで完成」という状態はありません。
制度運用を通じて、組織運営の土台や共通言語は少しずつ形成されていきます。経営層と社員、あるいは部門間でも、「私たちはどのような組織を目指すのか」「どのようなマネジメントが必要なのか」という議論ができるようになっていきます。そして、その議論の積み重ねの中で、「ありたい組織像」や「望ましい行動」が共有されていきます。それこそが、組織文化の形成なのだと思います。
おわりに
人事制度改革とは、単に「制度を変えること」ではなく、その制度を通じて、人の動きや意思決定、マネジメント、そして組織文化そのものを変えていくことです。
多くの企業では、「制度を設計し導入すること」が一つのゴールになりやすいのも事実です。もちろん、制度を設計し、導入までやり切ること自体、大変なエネルギーが必要です。しかし、本来はそこがスタートラインです。
制度を導入したあと、その制度を通じて組織運営をどのように変えていくのか。さらに、その積み重ねによって、どのような組織文化を作っていきたいのか。そこまで考えて、運用を通じての対話で、第二レイヤー、第三レイヤーの「成功」が見えてきます。
さらに環境変化に応じて、組織そのものが変化し続けられる状態を作ることも重要です。事業環境が変われば、必要な人材も、望ましいマネジメントも変わっていきます。
人事制度改革に「完成」はありません。環境変化に適応しながら、組織が学習し、変化し続ける。そのための土台を作っていくことこそ、人事制度改革の本質なのだと思います。
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