「課長にならないと、給料が上がらないんですよね」。人事制度の相談を受けていると、若手社員からも、四十代の専門職からも、ほぼ同じ言葉を聞きます。会社に報いてもらう手段が「昇進」しかない。裏返せば、会社が社員に報いる手段も「ポスト」しかない。日本企業の人事制度は長いあいだ、この一本の通貨で回ってきました。

今週、その通貨を取り替えようとする動きが、業種も規模も違う企業から相次いで伝えられました。食品のカルビーは約17年ぶりに人事制度を刷新し、損害保険の三井住友海上は「ジョブ型」ではなく「スキル型」を選んだ理由を語り、中外製薬はジョブ型を一般社員まで広げた経緯を明かしています。地方では、栃木銀行が年功序列を見直す新たな人事制度を始め、役職定年の廃止にも踏み込んだと下野新聞が報じました。

並べてみると、選んだ型はばらばらです。役割、スキル、ポジション。しかし私には、どの会社も同じ問いに向き合っているように見えます。「わが社は、社員の何に報いるのか」という問いです。今回は、この問いを経営の側から考えてみたいと思います。

▼昇進という「ひとつの通貨」が効かなくなった

年功的な人事制度は、決して非合理な仕組みではありませんでした。事業が伸び、組織が膨らみ、ポストが毎年増えていく時代には、勤続とともに等級が上がり、やがて役職に就くという道筋が、社員の安心と会社への忠誠を同時に生み出しました。報酬の原資もポストの数も、成長が自動的に用意してくれたのです。

前提が崩れたのは、成長が止まったからだけではありません。三つの変化が重なっています。

一つ目は、ポストの希少化です。組織が膨らまない以上、管理職の席は増えません。昇進を唯一の報い方にしていれば、席に座れなかった大多数の社員は、どれだけ成果を出しても「報われない側」に回ります。

二つ目は、シニア層の厚みです。定年の延長や継続雇用が当たり前になり、上の世代がポストにとどまる期間は長くなりました。これまで多くの企業は、役職定年という「出口」を設けることで席を空けてきました。しかし、一定の年齢で一律に役職を外す仕組みは、本人の意欲を削ぎ、周囲にも「年齢で決まる会社だ」という印象を残します。栃木銀行の新制度が役職定年の廃止にまで踏み込んだと報じられたのは、出口の調整ではもう回らない、という判断の表れだと私は受け止めています。

三つ目は、若手の確保の難しさです。帝国データバンクが全国の企業を対象に行った調査を人事ポータルのHRプロが紹介していますが、2027年度に高卒採用の予定がある企業のうち85.2%が、その理由に「若手人材の確保」を挙げました。一方で課題の上位には「応募者不足」が並んでいます。若手が少ない時代に、「十数年待てば報われる」という約束は、もはや魅力として機能しません。

この三つの変化は、互いに絡み合っています。ポストが増えないから上が詰まり、上が詰まっているから若手の昇進が遅れ、昇進が遅れるから若手が辞める。辞めた穴を埋めるために中途採用を増やせば、今度は社内で育ってきた社員との処遇の整合が問われます。年功の仕組みに少しずつ手を加えて延命させるやり方では、この連鎖を断ち切れません。だからこそ、各社は部分修正ではなく、報い方の土台そのものを入れ替えようとしているのだと思います。

ポストは増えない、上は詰まっている、下は待ってくれない。この三つが同時に起きているのが今の日本企業です。昇進という一つの通貨では、もう組織全体に報いることができないのです。

▼三社が選んだ、三つの違う物差し

では、昇進に代わる通貨を何にするのか。今週伝えられた事例は、その答えが一つではないことをよく示しています。

カルビーの改革は、「日本の人事部」が掲載したHRアカデミーの講演レポートに詳しく紹介されています。同社は2009年に、成果と数字を徹底して重視する目標管理制度を導入しました。営業利益率は2011年3月期の6.9%から2016年3月期には11.4%へと伸びており、この制度が業績に貢献したことは確かでしょう。ところが、結果だけを問う仕組みは挑戦を生みにくく、目標項目は複雑になり、評価者は数字で採点するだけで育成につながらない、という課題を抱えるようになったといいます。正社員と無期転換社員のあいだの不公平感や、賞与の比率が高いために基本給が見劣りするという問題も指摘されていました。

2026年4月に導入した新制度では、正社員と無期転換社員の等級制度を一本化し、期待される役割の大きさに基づく「役割給」を土台にしました。同時に、降格の制度と基準を初めて明確にしています。報酬は賞与の比率を下げて基本給の比率を上げ、評価は達成度だけでなく、目標の外にある貢献や見えにくいチームへの貢献に報いる「貢献度評価」、そして行動評価の三本立てにしました。カルビーの物差しは「役割と貢献」です。

三井住友海上は、HRzineのインタビューで、ジョブ型ではなく「スキル型」を選んだ理由を語っています。同社の取締役専務執行役員は、根本にある年功序列型の仕組みを変えなければ、局所的な施策をいくら重ねても全社の推進力にはならない、という趣旨の振り返りをしています。そのうえで、ジョブ型は専門性を縦に伸ばすには優れているが、多様な部署を経験した人材が生み出す価値を重んじる自社には合わず、行き過ぎた個人主義に陥ってチームで課題に取り組む文化を損なう懸念がある、と判断しました。約800種類のスキルを定義し、4年に1度、全社員にキャリアの意思決定を求める「ポストチャレンジ制度」を設けています。一方で、アクチュアリーやデータサイエンティストなど約20種類の高度専門職にはジョブ型を併用しています。記事によれば、スキル型の対象は現時点ではプロフェッショナル社員で、ほかの社員区分への拡大を検討している段階です。物差しは「スキルと意思」です。

中外製薬は、JBpressのインタビューで人事担当の役員が語っているように、2020年に管理職からジョブ型の導入に着手し、2025年に一般社員へ広げました。その人が力を発揮できる場所を探す「適材適所」から、必要なポジションを先に定義して人を充てる「適所適財」への転換です。背景には、研究開発の成果の倍増や、自社のグローバル品を毎年上市するといった非常に高い目標は、従来の人材マネジメントでは実現できないという問題意識がありました。物差しは「ポジション」です。

役割、スキル、ポジション。三社の答えは違います。しかし共通しているのは、どの会社も「勤続年数」や「肩書き」とは別の軸で、社員の価値を測り直そうとしている点です。

それぞれの物差しには、得意なことと苦手なことがあります。役割で報いる仕組みは、組織の変化に合わせて期待を柔軟に書き換えられる一方で、役割の定義があいまいなまま運用すると、結局は「上司が大きいと思った仕事」に報いる属人的な制度に戻ってしまいます。スキルで報いる仕組みは、育成や異動と結びつけやすい反面、スキルを持っていることと、それを使って成果を出すことの間にある差をどう扱うかが難しい。ポジションで報いる仕組みは、何に対して払っているのかが明快ですが、異動や配置転換を前提にしてきた日本企業では、ポストの外にある仕事やチームへの貢献が見えにくくなります。三社がそれぞれ、達成度と貢献度と行動を組み合わせたり、スキル型の中に専門職のジョブ型を併用したり、対象を段階的に広げたりしているのは、どの物差しにも死角があることを分かったうえで、補い合う仕組みを組み込んでいるからだと私は見ています。

▼型を選ぶ前に、経営が言葉にすべきこと

ここで、経営者の皆さんに強くお伝えしたいことがあります。ジョブ型か、スキル型か、役割等級か。人事制度の議論は、どうしても「型」の比較から始まりがちです。しかし、型は答えではありません。型は、経営が決めた答えを運ぶ器にすぎません。

三社の事例をよく読むと、どの会社も型を選ぶ前に「自社はどうやって価値を生んでいるのか」を言葉にしています。中外製薬は、高い事業目標を達成するために必要なポジションを起点にしました。三井住友海上は、部署をまたいだ経験の積み重ねとチームで取り組む文化こそが自社の強みだと考え、それを壊さない型を選びました。カルビーは、現場の工夫と改善で利益を生む人材と、その利益を元手に新しい価値を生む人材という二つの役割を定義し、両方に報いる仕組みにしています。

つまり、「何に報いるか」は人事部が決める技術的な問題ではなく、経営が決める戦略の問題です。事業がどこで価値を生み、そのためにどんな人材のどんな行動が必要なのか。ここが言語化されていないまま流行の型を導入すると、等級表と評価シートだけが新しくなり、社員の行動は何も変わらない、ということが起こります。私はこれまで、そうした「制度は変わったが、会社は変わらなかった」例を少なからず見てきました。

もう一つ、経営が覚悟しておくべきことがあります。報い方を変えるということは、これまで報われていた人の一部が、報われにくくなるということです。カルビーが降格の基準を初めて明確にしたことは、その覚悟の表れだと私は読みました。上がる道だけを用意して下がる道を示さない制度は、結局のところ年功の延命になります。役割に報いるのであれば、役割を降りたときの処遇もセットで設計しなければなりません。ここから逃げないことが、経営者にしかできない仕事です。

そして、報い方の変更は、人件費の配分の変更でもあります。賞与の比率を下げて基本給を厚くするのか、専門職の報酬水準を一般社員より高く設定するのか。どれも経営判断そのものです。人事制度改革を人事部に丸投げしてはいけない理由は、まさにここにあります。

付け加えるなら、「何に報いるか」を言葉にすることは、社外への説明責任にもつながっています。カルビーは「全員活躍指数」という独自の指標を開発し、2024年3月期の78.22を2030年までに81.28へ引き上げることを、成長戦略の重要な指標に位置づけています。現場の工夫で利益を生む人材と、その利益を元手に新しい価値を生む人材という考え方も、投資家との対話を経て言葉になったと紹介されています。人的資本の開示が求められる今、人事制度は社内のルールであると同時に、「この会社はどうやって稼ぎ、誰に報いるのか」を投資家や求職者に示すメッセージでもあるのです。

▼「対話」を省いた制度は定着しない

今週の事例の中で、私が最も重く受け止めたのは、カルビーの改革の進め方です。同社は七つのステップで改革を進め、約20の事業所で100回以上、従業員と対話したといいます。注目すべきは、当初掲げた「挑戦」を中心にした方針案が、現場に受け入れられなかったという事実です。対話を経て、方針は「多様な貢献と成長を促す人事制度」へと改められました。従業員の約7割が生産現場で働く会社において、「挑戦」という言葉だけでは、日々の安定した品質を支えている人たちの貢献がこぼれ落ちてしまう。現場の声が、そのことを経営に気づかせたのだと思います。

行動基準の見直しでも、各部門のキーパーソン約40人が参加し、八つの職種区分ごとに基準を定義し直しています。評価も、一次評価者の絶対評価を、別の立場の視点を交えて審議する仕組みにしました。制度をつくる過程そのものに、現場を巻き込んでいるのです。

人事制度は、つくった瞬間に完成するものではありません。社員が「この会社は自分の何を見てくれているのか」を理解し、納得したときに、はじめて行動を変える力を持ちます。逆に言えば、どれほど精緻に設計された制度でも、社員に意図が伝わっていなければ、ただの事務手続きです。対話にかける時間は、遠回りに見えて、実は最短の道なのです。

三井住友海上の事例にも、同じ示唆があります。同社の役員は、人事部長として若手の抜擢や多様性の推進に取り組んだものの、局所的な対応にとどまったと振り返っています。個別の施策をいくら積み重ねても、土台にある年功の仕組みが変わらなければ、社員の行動は変わらない。だからこそ、全社員に4年に1度キャリアの意思決定を求めるという、全員を巻き込む仕組みを選んだのでしょう。

▼中堅・中小企業こそ「型の輸入」に気をつけたい

ここまで大企業の事例を中心に見てきましたが、社員数百名規模の企業の経営者からは「うちはそこまで大がかりなことはできない」という声も聞こえてきそうです。むしろ私は、規模の小さい会社ほど、型の輸入には慎重であるべきだと考えています。

今週、人事制度コンサルティングを手がける新経営サービスが、社員300名までの企業を対象にした「人事制度改定 失敗事例集」というセミナーの開催を発表しました。PR TIMESに掲載された案内には、典型的な失敗が並んでいます。経営者の指示で改定に着手したものの目的が不明確だった、必要性を十分に検討しないまま「専門職」を設けた、実力を細かく判定しようとして等級の段階を増やしすぎた、現場の意見を聞きすぎて評価基準が細かくなりすぎた、制度の説明が不十分で社員の不満を招いた。どれも、私たちが現場でよく目にするものです。

この一覧が教えてくれるのは、昇進以外の道をつくろうとして専門職を設けることも、現場との対話を重ねることも、それ自体は正解ではないということです。目的が定まらないまま専門職をつくれば、管理職になれなかった人の受け皿になるだけです。対話も、何を決めるための対話なのかが定まっていなければ、意見を足し算するだけで基準は複雑になっていきます。カルビーの対話が実を結んだのは、経営として目指す姿を示したうえで、現場の声によってその表現を磨いたからでしょう。小さな会社であれば、経営者と社員の距離が近いぶん、この往復をはるかに速く回せます。規模の小ささは、制度づくりにおいてはむしろ強みになり得るのです。

▼人事の実務で、明日から点検したい五つのこと

では、人事責任者の皆さんは何から手をつければよいのか。大がかりな制度改定の前に、現行制度を次の五つの観点で点検してみることをお勧めします。

第一に、等級の定義です。自社の等級表を読み返したとき、上位等級の要件が「より高い役職」や「より長い経験」でしか書かれていないなら、それは昇進以外の報い方を持っていないという証拠です。役職に就かずに専門性や貢献の大きさで上がっていく道が、定義として存在しているかを確かめてください。

第二に、報酬の構成です。賞与の比率が高く、基本給が伸びにくい構造になっていないか。カルビーが指摘したように、基本給の見劣りは採用競争力に直結します。若手の確保が経営課題になっている今、月例給で何を約束しているのかを見直す価値は大きいはずです。

第三に、下がる道の設計です。降格や役割の変更の基準が明文化されているか。基準がないまま運用で処遇を下げれば、不信感を招きます。役職定年を見直すのであれば、なおさら、年齢ではなく役割にもとづく処遇の基準を先に整える必要があります。役割に応じて上がりも下がりもする仕組みは、シニア社員にとって厳しいだけのものではありません。役職を外れても、担う役割や発揮するスキルに応じて正当に処遇される道があれば、五十代、六十代の社員が「あとは消化試合」と感じずに働き続ける理由になります。年齢で一律に線を引くより、はるかに本人の尊厳を守る仕組みだと私は考えています。

第四に、評価者の役割です。評価者が数字で採点するだけになっていないか。目標の外にある貢献や、チームを支える働きを拾い上げる仕組みがあるか。評価の目的が「査定」から「育成とフィードバック」へ移っているかどうかは、制度の文言よりも、評価面談の実態を見れば分かります。先ほどの失敗事例集にも、評価者研修を一度も行わず評価のばらつきが解消されなかった、という項目がありました。物差しを変えるのであれば、その物差しを使う管理職が、何を見て、どう言葉にして返すのかを練習する場を必ず用意してください。制度の改定と評価者の育成は、別々の仕事ではなく一つの仕事です。

第五に、社員の意思を聞く仕組みです。三井住友海上のポストチャレンジ制度のように、会社が一方的に配置を決めるのではなく、社員にキャリアの意思を表明する機会があるか。スキルや役割で報いるのであれば、社員自身がどのスキルを伸ばし、どの役割を担いたいのかを会社が把握していなければ、制度は回りません。

この五つ目に関連して、実務の現場でよく見かける壁があります。社員一人ひとりのスキルや経験、本人の希望といった情報が、部署ごとのファイルや管理職の頭の中に散らばり、会社として一覧できないという問題です。私たちが提供しているHRオートメーションシステム「サイレコ」も、こうした人材情報を一元的に扱えるようにすることを目指してきましたが、仕組みが何であれ、まず「誰が何をできて、何をしたいのか」を会社が把握することが、スキルや役割で報いる人事の出発点になります。

▼経営者が人事制度に「物差し」を与える

年功的な人事制度は、成長が自動的に報酬とポストを用意してくれた時代の、優れた答えでした。その時代が終わった今、多くの企業が新しい物差しを探しています。カルビーは役割と貢献に、三井住友海上はスキルと意思に、中外製薬はポジションに、それぞれの答えを見いだしました。

大切なのは、どの答えが正しいかではありません。自社がどのように価値を生み、そのために社員の何に報いるのかを、経営者自身が言葉にできているかどうかです。物差しを決めるのは経営であり、その物差しを現場に届く形に翻訳し、対話を通じて根づかせるのが人事の役割です。

私たちアクティブ アンド カンパニーは、組織・人事コンサルティングを通じて、多くの企業の制度づくりに伴走してきました。その経験から言えるのは、うまくいった改革の多くには、経営者が自分の言葉で「わが社は、ここに報いる」と語った瞬間があったということです。課長にならなくても報われる会社をつくれるかどうか。その答えは、人事部の机の上ではなく、経営者の言葉の中にあります。

▼参考記事

* カルビーの「全員活躍」人事制度改革(HRアカデミーレポート)(日本の人事部) <https://jinjibu.jp/article/detl/eventreport/4222/?arttop=new>
* なぜ三井住友海上は「ジョブ型」ではなく「スキル型」を選んだのか?(HRzine) <https://hrzine.jp/article/detail/8102>
* 脱「適材適所」で大きな効果 中外製薬の人事担当役員に聞くジョブ型人事制度の実践的導入法(JBpress) <https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/97359>
* 大企業は42.7%で採用理由の85.2%が「若手確保」。“応募者不足”や“育成・定着”も課題に(HRプロ) <https://www.hrpro.co.jp/trend_news.php?news_no=3840>
* 「~社員300名までの~ 人事制度改定 失敗事例集」を11月17日に東京で開催(PR TIMES) <https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000108.000065378.html>

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