夕方の会議室で、課長が評価シートを前に手を止めている。自分の担当案件の締め切りが迫り、メンバーからの相談は午後だけで三件。今日から始まった新しい法対応の研修動画もまだ見ていない。部下八人分の評価コメントを、明日までに書き上げなければならない。結局、目立った出来事を思い出しながら、昨年とあまり変わらない言葉で欄を埋めていく。
こうした光景は、規模や業種を問わず、多くの会社で毎年のように繰り返されているのではないでしょうか。
人事評価への不満を語るとき、私たちはつい制度の設計に目を向けます。評価項目が曖昧だ、基準が古い、ジョブ型にすべきだ、と。しかし、今週報じられたいくつかの調査や企業の動きを並べてみると、別の姿が浮かび上がります。評価がうまく機能しない最大の理由は、制度ではなく、評価する側の上司に、部下を見るための時間と余白が残っていないことにあるのではないか。この仮説から、管理職という職務をどう設計し直すべきかを考えます。

社員が求めているのは「AI」ではなく「見てくれる上司」
出発点にしたいのは、パーソルキャリアが運営するJob総研の「2026年 人事評価の実態調査」です。9月2日から8日にかけて、全国の20〜50代の就業者476人を対象に行われたインターネット調査で、HRzineがその結果を報じています。勤務先に評価制度がある387人のうち73.0%が評価に不満を感じた経験があり、その283人に不満の内容を尋ねると、「評価の基準」が59.7%、「評価する人やその主観」が49.8%、「評価結果の説明や過程」が31.8%でした。具体的な理由としては、「評価基準が不透明」46.6%、「上司の主観で決まる」38.9%に続き、「上司が自分を見ていない」が34.6%にのぼっています。
この調査は、AIによる人事評価に68.5%が賛成したという数字で話題になりました。賛成の理由の最多は「上司の主観が排除される」で55.5%です。ここだけを読めば、社員は人間の上司による評価に見切りをつけ、AIに任せたがっているように見えます。しかし、理想の評価者を尋ねた設問の結果は違います。最も多いのは「直属の上司」で38.2%、続いて「上司とAI」が37.4%、「複数の上司や管理職」が26.9%で、「AI」単独は17.0%にとどまりました。
私はこの組み合わせこそが、この調査の核心だと考えます。社員は上司に評価されること自体を拒んでいるのではありません。自分の仕事を見たうえで、基準に沿って、きちんと説明してくれる上司を求めているのです。AIへの期待は、その上司が「見ていない」「主観で決める」という現状への不満の裏返しにすぎません。だとすれば、問われるべきは、上司はなぜ部下を見ることができないのか、という点です。
AIで浮いた時間は、どこへ消えたのか
その手がかりになるのが、マーサージャパンの野石龍平氏が10月4日にITmediaのオルタナティブ・ブログで公開した論考です。野石氏は、Harvard Business Review、Upwork、Workday、BCG、Korn Ferry、パーソル総合研究所の六つの調査を並べ、AIを使うほど仕事が増えるという現象を整理しています。
紹介されている数字の一部を挙げると、Korn Ferryが日本を含む11市場の1万6000人超を対象に行った調査では、直近2年で仕事量が大幅に増えたという人が62%、兼務をしている人が約61%、成果を出せないほど忙しいという人が45%でした。Workdayの調査では、AIで時間が削減されたと感じる人が85%いる一方で、浮いた時間の約37%がAIの出力の修正や確認に消えていたといいます。日本の正規雇用者3000人を対象にしたパーソル総合研究所の調査でも、タスク単位では業務時間が平均16.7%減ったのに、全体の業務時間が減った人は25.4%にとどまり、浮いた時間の61.2%は別の仕事に充てられていました。
野石氏は、こうした現象の背景に、浮いた時間が業務総量の見直しなしに新しい仕事で埋まること、出力の確認や手戻りという見えにくいコストが生じること、そして役割や評価、報酬が仕事の増加に合わせて更新されていないことなどを挙げています。そのうえで、筆者自身の解釈として、マネージャーの役割を再定義して支援することや、成果だけでなく手戻りや負荷の指標も合わせて見ることを提言しています。
この整理は、管理職の置かれた状況を考えるうえで示唆に富んでいます。業務の効率化が進んでも、浮いた時間は自動的に「部下を見る時間」にはなりません。むしろ、新しいツールの監督や確認作業、増えた兼務に吸い込まれていきます。部下との対話や観察といった、成果がすぐに数字に表れない仕事は、真っ先に後回しにされる。その結果が、「上司が自分を見ていない」という34.6%の声なのだと私は考えます。
もう一つ、同じ論考で紹介されているKorn Ferryの調査結果に、経営者として重く受け止めたい数字があります。AIなどによる効率化を報告したCEOが約79%だったのに対し、一般の従業員では約半数にとどまったというものです。経営の目には「効率化は進んでいる」と映り、現場では「忙しさは変わらない、むしろ増えた」と感じている。このずれが最も集中するのが、経営の期待と現場の実感の間に立つ管理職です。上からは生産性の向上を求められ、下からは負荷の増大を訴えられる。その板挟みの中で、時間を最も確保しにくいのが、部下一人ひとりと向き合う仕事なのです。
10月1日、管理職の仕事がまた一つ増えた
管理職の負荷は、法令への対応という面からも増しています。freeeは10月5日、中小企業向けの「freee人事制度設計」において、全4回のオンライン研修で構成される「管理職研修プラン」の提供を始めたと発表しました。そのプレスリリースは、背景として、現場の管理職の役割が多様化・高度化し、プレイングマネージャーとして自らの業務を抱えながら、リモートワークや多様な雇用形態への対応、エンゲージメント向上のための対話などを担っていることを挙げています。さらに、厚生労働省の資料を引きながら、10月1日に施行されたカスタマーハラスメント対策や求職者へのセクシュアルハラスメント対策の義務化によって、コンプライアンスやリスク対応への責任も重くなっていると指摘しています。
そのうえでリリースは、最新のマネジメントの考え方が追いつかないまま「手探りな自己流マネジメント」に頼る管理職が多いことが、指導のばらつきや評価の形骸化、早期離職、エンゲージメントの低下につながっていると述べています。研修サービスの案内という性格の文書ではありますが、ここに描かれた管理職の姿は、私が日々接している多くの企業の実感とも重なります。
考えてみれば、日本企業の管理職は、ここ十数年のあいだに引き受ける仕事を増やし続けてきました。働き方改革で部下の労働時間を管理し、ハラスメント防止の要となり、テレワークのチームをまとめ、一対一の面談を定期的に行い、キャリアの相談に乗り、そして多くの場合、自らも一人のプレイヤーとして数字を背負っています。一つひとつの要請はもっともですが、それらを足し合わせたときに、一人の人間の時間で収まるのかを誰も検証してこなかったのではないでしょうか。評価は、その積み上がった仕事の最後尾に置かれています。
加えて、組織のフラット化や管理職ポストの絞り込みを進めてきた会社では、一人の管理職が受け持つ部下の数が増えている場合も少なくありません。階層を減らすこと自体は意思決定を速めるうえで意味がありますが、その分だけ一人の管理職が見なければならない部下は増えます。部下の人数が倍になれば、一人あたりに割ける時間はおおむね半分になります。組織図の線を引き直すとき、評価や育成に必要な時間まで計算に入れている会社は、私の知る限り多くありません。
物差しを多様にするほど、評価者の目が問われる
一方で、評価の物差しそのものは、より多様で、より人の目を必要とする方向へ変わろうとしています。レスポンスによれば、スズキは2027年4月の昇格から、TOEICなど特定の資格を一律の昇格要件とする取り扱いを見直すと発表しました。記事の見出しは「廃止」としていますが、本文は「見直す」と記しています。同社は2024年4月に人事制度を刷新し、「人を評価する制度」から「人を育成する制度」への転換を進めてきました。背景には、専門知識、技術力、語学力、デジタル活用力、課題解決力、マネジメント力など、職務や役割によって求められる能力が多様化していることがあるといいます。
また、観光経済新聞が報じた日本生産性本部の調査では、リコーが2022年から「リコー式ジョブ型人事制度」を導入し、今年度から課題設定、解決策の立案、遂行という三つのプロセスで行動を評価する仕組みに改めたことが紹介されています。同社のCHROである長久良子氏は、課題を形成する力や的確な問いを立てる力の重要性が増していると指摘しています。なお、この調査そのものは人事関連の活動に参加する企業92社に依頼し、33社から回答を得たもので、回答企業のうち93.9%が人事評価においてAI関連のスキルや実績をまだ評価していないという結果も示されています。回答数が少ないため傾向として見るべきですが、物差しの更新がまだ途上にあることがうかがえます。
ここで見落としてはならないのは、物差しを多様にすることと、評価者の負担は表裏一体だという点です。TOEICの点数のような一律の基準は、能力の一面しか測れないという限界がある一方で、評価者の判断を必要としないという意味では「楽な」基準でした。職務ごとに異なる能力を見極める、行動のプロセスを観察して評価する、問いを立てる力を見る。どれも方向としては正しいのですが、いずれも評価者が部下の仕事ぶりを具体的に知っていることを前提にしています。物差しを精緻にすればするほど、それを当てる人の目と時間がより多く必要になるのです。
私は、ここに多くの制度改革が空回りする構造があると考えています。制度設計の場では、より公正で、より育成につながる評価の仕組みが議論されます。それ自体は正しい。しかし、新しい仕組みを運用する管理職の時間がどこから生まれるのかは、ほとんど議論されません。結果として、精緻な評価シートは、忙しい管理職によって昨年と同じ言葉で埋められ、社員は「基準が不透明だ」「上司が見ていない」と感じ続けることになります。
経営者に問いたい、管理職の「時間の予算」
では、経営者は何をすべきでしょうか。私は、管理職という職務を、精神論ではなく資源配分の問題として扱うことを提案します。
第一に、管理職の「時間の予算」を明示することです。部下一人あたり、年間でどれだけの時間を観察、対話、フィードバック、評価に充てることを期待しているのか。それを仮に数字にしてみると、多くの会社で、プレイヤーとしての目標を据え置いたまま、その時間を捻出するのは不可能だと分かるはずです。マネジメントの時間を確保したいのであれば、プレイヤーとしての負荷を減らすか、部下の人数を見直すか、何かを手放す判断が必要になります。これは人事部門ではなく、事業の目標を決める経営にしかできない判断です。
第二に、効率化で生まれた時間の使い道を、経営として決めることです。野石氏の整理が示したように、浮いた時間は放っておけば別の仕事で埋まります。AIや業務システムの導入で管理職の時間が浮いたなら、その一部を部下との対話や育成に充てると、あらかじめ宣言しておく。そうしなければ、どれほどツールを入れても、管理職の机の上の仕事は減りません。
第三に、管理職を評価する物差しに、「部下を見ること」を正面から組み込むことです。多くの会社で、管理職の評価は組織の業績目標の達成度に大きく比重が置かれています。それ自体は当然ですが、部下の育成や評価の質が評価されないのであれば、忙しい管理職が後回しにするのも無理はありません。部下の成長、評価に対する納得度、面談の実施状況といった指標を、管理職の評価に一定の比重で組み込む。人は評価されることに時間を使います。管理職も例外ではありません。
第四に、管理職に誰を登用するかの物差しを見直すことです。多くの会社では、プレイヤーとして高い成果を上げた人が、その延長として管理職に登用されてきました。しかし、自ら成果を上げる力と、部下を見て育て、公正に評価する力は別のものです。スズキが一律の資格要件を見直し、職務や役割に応じた多様な能力を見ようとしているのと同じように、管理職への昇格においても、マネジメントという職務に必要な能力を、プレイヤーとしての実績とは切り分けて見極める必要があります。あわせて、管理職にならなくても専門性で処遇される道を用意しておけば、マネジメントに向かない優秀なプレイヤーを無理に管理職にする必要もなくなります。
人事の実務で、明日から変えられること
人事部門にも、すぐに着手できることがあります。五つ挙げます。
一つ目は、管理職の業務の棚卸しです。管理職に求めている役割や作業を、法令対応、労務管理、面談、評価、事務手続き、自身のプレイヤー業務などに分けて書き出し、それぞれにかかる時間を概算してみてください。人事部門が良かれと思って追加してきた施策が、管理職の時間をどれだけ圧迫しているかが見えてくるはずです。新しい施策を一つ足すなら、既存の何かを一つ減らす。この原則を持つだけで、管理職の負荷の増え方は変わります。
二つ目は、評価の作業そのものを軽くすることです。評価の記録を年に一度まとめて書くのではなく、日々の一対一の対話や、プロジェクトの節目で短いメモを残す仕組みにすれば、評価期の負担は大きく減り、記憶に頼った評価からも脱却できます。目標の設定、面談の記録、評価の入力、昇給への反映といった一連の手続きがばらばらの表計算ファイルやメールで回っている会社では、その事務負担だけで管理職の時間が削られています。私たちがHRオートメーションシステム「サイレコ」を提供しているのも、こうした手続きの負担を減らし、管理職が本来の「人を見る」仕事に時間を使えるようにしたいと考えているからです。
三つ目は、AIを「評価者の代わり」ではなく「評価者の補助」として位置づけることです。Job総研の調査で「上司とAI」を理想とする人が37.4%いたことは、その方向性を示しています。評価コメントと評点の食い違いを指摘する、評価者ごとの甘辛の傾向を可視化する、面談の記録を要約する、といった使い方は、評価者の負担を減らしながら評価の質を高めます。ただし、野石氏の整理にあったように、AIの出力の確認や手戻りが新たな負担になることもあります。導入の目的を「管理職の時間を部下に戻すこと」に置き、実際に時間が戻っているかを確かめながら進めてください。
四つ目は、評価者を一人にしないことです。理想の評価者として「複数の上司や管理職」を挙げた人も26.9%いました。評価者会議で基準の解釈をそろえる、プロジェクトのリーダーや関係部署の管理職からも情報を集める、といった仕組みは、一人の上司の主観への依存を和らげ、同時に一人の管理職が抱える負担も分散させます。特に、スズキのように職務によって求める能力が異なる仕組みへ移行する場合、評価者同士が「何をもってできていると見るのか」を対話する場は欠かせません。
五つ目は、新たに管理職になった人への支援を、最初の一年に集中させることです。プレイヤーから管理職への移行期は、仕事の中身が大きく変わるにもかかわらず、本人は前任者のやり方や自分が受けてきたマネジメントを手本にするしかないことが多いものです。freeeのリリースが指摘した「自己流マネジメント」は、この移行期に生まれやすいと私は考えています。評価面談の進め方、フィードバックの伝え方、ハラスメントや法令対応で迷ったときの相談先といった基本を、着任直後に身につけられるようにし、最初の評価期には人事や先輩管理職が伴走する。10月1日の法改正で管理職が新たに担う対応についても、判断の目安や相談の手順を人事が整えて渡しておけば、一人で抱え込む時間を減らせます。管理職を育てる仕組みは、そのまま社員全員の評価の質を支える仕組みでもあるのです。
制度を磨く前に、評価する人を取り戻す
人事制度の議論は、どうしても制度の設計図に集中しがちです。等級をどう区切るか、評価項目を何にするか、報酬とどう連動させるか。もちろん、それらは大切です。しかし、今週の時事を並べてみると、その設計図を現場で動かす管理職が、時間と余白を失いつつあるという現実が見えてきます。社員は「見てくれる上司」を求め、物差しはより人の目を必要とする方向へ変わり、その一方で管理職の仕事は法令対応やツールの監督で膨らみ続けている。このずれを放置したまま制度だけを精緻にしても、評価への納得は生まれません。
私たちアクティブ アンド カンパニーは、組織・人事コンサルティングを通じて、多くの企業の人事制度づくりと運用に関わってきました。その中で実感しているのは、制度が機能するかどうかを最後に決めるのは、制度の出来栄えよりも、それを運用する人の時間と力量だということです。評価制度を見直す前に、まず自社の管理職のカレンダーを見てみてください。そこに部下を見るための時間がどれだけ残っているか。その答えが、皆さんの会社の評価制度の本当の実力を示しているはずです。
参考記事
* 人事評価に7割超が不満、AI評価には68.5%が賛成—Job総研調べ(HRzine) <https://hrzine.jp/article/detail/8181>
* 「AIで仕事が増えた」は、気のせいではない──HBR、Upwork、Workday、BCG、Korn Ferry、パーソル総研の調査を並べて読み解く(ITmedia オルタナティブ・ブログ) <https://blogs.itmedia.co.jp/taps/2026/10/aihbrupworkworkdaybcgkorn_ferry.html>
* freee人事制度設計、「管理職研修プラン」を提供開始(freee株式会社) <https://corp.freee.co.jp/news/20261005freee_management-training.html>
* スズキ、TOEIC昇格要件を廃止…2027年4月から多様な能力評価に転換へ(レスポンス) <https://s.response.jp/article/2026/10/05/417357.html>
*「今後5〜10年で従業員減少」半数超の企業が見込む——日本生産性本部、AIと雇用の実態調査を公表(観光経済新聞) <https://www.kankokeizai.com/2610061030kks/>
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