前回のコラムでは、求職者視点における採用競争力(報酬の魅力)について解説しました。入社判断においては給与水準だけでなく、やりがいや働き方などの「非金銭的報酬」も大きな影響を持ちます。また、職種や年代によるニーズの違いを捉え、自社の文化や業務性質に合わせた「広義の報酬パッケージ」として提示していく必要性をお伝えしました。
今回は、引き続き求職者視点で報酬を捉え、入社した後、「同じ会社で働く中での公平性」について考えてみたいと思います。

「職種が違えば給与が違う」は、本当に当たり前なのか
近年、人事制度の設計において「仕事や役割を基準とした制度」への移行が急速に進んでいます。制度の根幹が変わることで、評価や報酬も「仕事・期待・役割に応じた処遇」へと変化し、当社のもとにも「ジョブ型とまでは言わないが、職種別報酬を導入したい」というご相談が相次いでいます。
国の推進方針と「構造的賃上げ」の意図
これらのような見直しが潮流になっている背景には、政府および厚生労働省が「職務給(ジョブ型)」を強く推奨しているという事実があります。厚労省は職務給を「仕事内容や役割の重要さに基づいて給与を決める制度」と定義し、評価基準の明確化や自律的なキャリア形成を支援する施策として位置づけています。
しかし、政府の狙いは単なる「評価制度の見直し」にとどまりません。内閣府が公表した『経済財政運営と改革の基本方針 2023(骨太方針2023)』※1やこれに基づく「三位一体の労働市場改革」を読み解くと、その本質は制度の変更ではなく、日本の経済構造そのものを変革する「構造的賃上げ」にあります。
政府は単に社内の評価基準を変えさせるためではなく、「職務価値に応じた処遇により、優秀な人材と資金を高付加価値な成長分野へ集約させ、国全体の労働生産性と賃金を底上げする」という意図のもと、その手段の一つとして個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型)の導入を掲げています。
「国が進めているから」で失敗する罠
ここで注意したいのは、「国が推奨しているから」「他社が進めているから」という理由だけで職種別報酬に飛びつくリスクです。職種別報酬をいざ検討し始めると、現場では「同じ会社なのに、なぜあの職種のほうが、給与が高いのか?」という壁にぶつかります。一方で、職種別給与を取り入れていない企業では「なぜ成果や市場価値が違うのに同じ報酬水準なのか」という不満が出ており、いずれにしても報酬の合理性を問われるのが人事の常です。
そもそも、職種によって給与に差をつけることは本当に「当たり前」なのでしょうか。
導入の本質的な理由は、単なる評価手法の変更ではありません。労働市場における人材獲得競争が激化するなか、「職種ごとの市場相場(外部競争力)」と「自社の事業戦略におけるその職種の重要度(内部価値)」を報酬に正しく反映させるためです。
職務や役割に応じた報酬体系へと移行するのは、優秀な人材の離職を防ぎ、スキル向上に応じた適切な還元を行うことで「自社の生産性を高めるための手段」に過ぎません。「何を基準にその差を決めるのか」という自社なりの軸を持たずに型だけを入れても機能しません。国の指針を鵜呑みにするのではなく、「自社の事業成長にとって、どの職種にどのような役割と報酬を割り当てるべきか」という自社独自のストーリーを設計することこそが、今求められている職種別報酬の本質です。
「大変な仕事」と「価値の高い仕事」は同義ではない
職種別報酬を検討する際、特に注意したいのが「大変な仕事=給与を高くすべき」という考えです。現場の負荷に対する配慮は重要ですが、業務のハードさと人事制度上の「仕事の価値」は明確に区別して捉える必要があります。
【想定ケース】
同じ役職(課長)でも、「部下5人のA課長」と「部下20人のB課長」が同じ処遇なのは不公平ではないか?
この問題は、以下の2つの視点を切り分けて整理することがポイントです。
検討の視点①:管理人数・業務量という「大変さ」の視点
20人を抱えるB課長は、調整コストや物理的な負担が大きく極めて「大変」です。しかし、単純な業務量の多さや労働時間の長さに対する補正は、制度上「時間外手当(残業代)」などで報いられるべき領域です。
検討の視点②:マネジメントの「質と付加価値」の視点
もしB課長が組織を効率的に動かし、大きな事業成果を生み出しているなら、それは「高いマネジメント価値」として評価(昇降給や賞与)に反映されるべきです。一方で、単に人が多くて業務が回っていない状態に対し、「大変だから」という理由だけで基本給や役職手当を高く設定することには合理性がありません。
状況によっては、課長の下にチームリーダーを置き権限委譲するなど組織構造を見直し、課長には「直接の業務調整」ではなく「組織構築」という新たな役割を求める対応も考えられます。この場合も、差をつける基準は業務量ではなく「再定義された役割と成果」です。
「大変である」という現場の事実そのものを否定するわけではありません。しかし、人事制度が評価・処遇すべきなのは、作業量や負荷といった「大変さ」ではなく、その仕事が「どんな役割を果たし、どれだけの事業価値を生み出したか」です。「大変さへの報い(残業代・手当)」と「仕事そのものの価値(基本給・役割給)」を混同せず、明確に切り分けることこそが、職種別報酬設計の重要な前提となります。
「仕事の価値」は何で決めるのか
仕事の価値の定義は企業の数だけ存在するため、一概に「これが唯一の正解」と言えるものはありません。しかし、多くの企業で導入されている標準的な「2つの軸」が存在します。
軸①:事業への影響度(インパクト)
「その職務が無いと仮定した場合、事業の継続や成長にどれほど致命的な影響が出るか」を測る軸です。売上や利益を直接創出する度合いだけでなく、損失・賠償・システム停止・法令違反といった「事業停止リスクを防ぐ度合い(基盤維持・リスク回避)」も含めて事業への影響度を評価します。
軸②:仕事を担う難易度・希少性(マーケット価値)
「その職務を担える人材を、自社内または労働市場から調達・育成する難しさ」を測る軸です。一人前になるまでに必要な高度な専門性や育成年数(社内代替性)、および労働市場における該当スキルの希少性と他社との獲得競争の激しさ(社外代替性)によって価値を測ります。
職種別報酬設計の方法
では、実際に職種別報酬を導入する場合、どのような手法が考えられるのでしょうか。大きく分けると、以下の3つのパターンが存在します。

パターン①:基本給テーブルを分ける(基本給分離)
パターン②:全社共通の基本給 + 職種・専門性手当(アドオン手当)
パターン③:全社共通の給与体系 + 役割・評価・成果差(可変給調整)
どれか一つが絶対的な「正解」というわけではありません。手法ごとにトレードオフが存在するため、自社の課題や組織戦略に合わせて選択する必要があります。
具体的に自社に合う手法を比較・検討する際は、単なる「給与の決め方」だけでなく、以下の3つの視点(意思決定軸)から自社のスタンスをすり合わせることが重要です。
制度の柔軟性(後からの見直しやすさ)
将来的に市場環境や自社の戦略が変わった際、どれだけ調整が効くかという視点です。基本給テーブルを分ける(①)と下げる調整が難しく修正コストが高くなりますが、手当(②)や可変給(③)で制御する手法は環境変化への適応力を残しやすくなります。
社員への組織メッセージ(何をインセンティブとするか)
制度を通じて社員に「どんな行動を期待しているか」のメッセージが込められます。例えば、①は「専門性を極めるプロ人材となること」、②は「全社共通の土台を持ちつつ+αの役割を果たすこと」、③は「職種を問わず今成果を出した人に報いる」というメッセージが考えられます。
現場管理職の運用負荷(評価への依存度)
制度を維持するために、現場の評価者にどれだけの運用スキルを求めるかという視点です。①や②は職種や手当要件で機械的に決まる割合が大きく運用はシンプルですが、③は評価や目標設定の精度が低ければ職種間で不満が噴出しやすく、管理職の運用スキルが強く求められます。
報酬制度の設計で重要なのは「一般的な正解」を探すことではありません。「自社は何を重視し、そのためにどのような差をつけ、どのトレードオフ(不満やコスト)を許容するのか」という経営思想を決めることなのです。
ただし、ここでも注意したいのは、
「市場価値が高い仕事」=「自社にとって最も価値が高い仕事」ではないという点です。
採用市場と自社報酬水準のギャップの埋め方
例えば、近年の採用市場においてエンジニア職の採用競争が激化しているのは周知の事実です。急速なITの進展による高度人材化や役割の高度化が背景にありますが、これはIT企業だけでなく、社内SEを抱える多くの一般企業にも大きな影響を与えています。こうした事態に直面した際、多くの企業で「全社共通の報酬水準」と「採用市場で提示すべき報酬水準」との間に大きなギャップが生じます。
実務上のテクニックとしては、ベースとなる給与は社内水準に揃えつつ、市場価格との不足分を「調整給」や「市場手当」として補填する手法や、あるいは特定職種のみを限定的にジョブ型へ移行させるといった対応が考えられます。
社内水準と市場水準に大きな乖離がある中で、安易に全社水準を市場最高値へ寄せたり、逆に市場を無視して社内水準に固執したりすれば、不整合や社員の深い不満へと直結します。「外部市場と社内価値のズレ(相違)をどこまで許容するか」を決めること自体が、報酬制度設計における極めて重要な判断なのです。
まとめ:「不満が出ない制度」ではなく、「説明できる制度」をつくる
ここまで読み進められた方は、「不満の出ない完璧な報酬制度をつくるのは不可能ではないか」と感じられたかもしれません。その感覚はまさに正解です。組織を機能させるために役割にラベルを貼り、限られた原資の中で序列をつける以上、報酬に関する不満をゼロにすることは構造上不可能です。 だからこそ、人事や経営に真に求められるのは、「なぜこの金額なのか、なぜ差がついているのかを会社として論理的に説明できること」です。
また、「給与水準の高さ」と「会社にとっての重要性」は同義ではない点も特に昨今の制度設計では重要な検討事項になります。採用市場の過熱により、特定の職種(そのポジションに就く人材)に高い給与を設定せざるを得ない局面は存在します。しかし、給与水準が相対的に高くない職種であっても、どのポジションも会社や事業を成立させるうえで欠かせないものです。「給与が高い=偉い仕事」でもなければ、「給与が低い=価値の低い仕事」でもありません。
職種別報酬を検討する本質とは、職種の上下関係を決めることではなく、それぞれの仕事が会社の中でどのような役割を担い、どのような価値(インパクト)を生み出しているのかを整理した上で、市場環境を踏まえてどう報いるのかを言語化することです。
報酬制度には、会社が社員に寄せる「期待」と「経営の姿勢」が明確に表れます。自社はどの仕事にどのような価値を置き、どう報いるのか。その考え方を一貫した言葉で提示し、制度として落とし込んで運用し続けること。これこそが、単なる「流行りのジョブ型」に終わらせず、自社の成長戦略を加速させる本物の報酬制度を構築する唯一の道筋となります。
出典
※1:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2023
https://www.cao.go.jp/press/new_wave/20230626.html
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