この記事はシリーズです。前回分は以下リンクから確認できます。

昨今、多くの企業の現場では、「DX化を進めていきたい」、「DXやっています」といった話をよく聞きます。申請はデジタル化され、データ入力は自動化され、報告書も以前よりずっと簡単に作れるようになりました。「だいぶ業務が効率化しました」と言う企業もいます。

業務効率が上がるのは非常に素晴らしいことだと思います。ただ相変わらずいつもの調子で三上はもやもやしてしまいます。
業務効率化によって余裕ができた時間は何に使われているのだろうか?何か新しいことはやっていないのだろうか?
しかし、この問いに対して答えが返ってくることはわずかです。業務は効率化し、作業時間も減り、会議も短くなりました。その結果、新しい事業を試しました、新しい顧客価値を探り始めましたという話はあまり聞きません。これは単なる偶然なのか、それとも構造的な理由があるのか。

今回は「効率化」や「現代における生産性」について考えてみます。本稿はコンサルタント三上が日々の仕事の中で感じるもやもやについて考えるシリーズとなります。

生産性という言葉の歴史

少し遠回りになりますが、生産性という言葉について振り返ってみます。この概念の原点は、20世紀初頭の工場にあります。科学的管理法を提唱したFrederick Winslow Taylorは、作業を分析し、最も効率的な方法を見つけることで生産性を高めようとしました。
そこでは生産性=アウトプット÷インプットというシンプルな考え方が使われました。同じ時間でより多く作る。同じ成果をより少ない資源で生む。この考え方は、大量生産の時代には非常に強力でした。

しかし、時代が進むと、別の問題が浮かび上がります。それが知識労働の生産性です。この問題を提起したのが、Peter Druckerです。知識労働では、工場のように作業を標準化することが難しいです。なぜなら何をアウトプットするか自体が変わり続けるからです。そして今、さらにもう一段階進んでいるように感じます。

市場の変化が激しく、顧客の価値観も技術もどんどん変わります。昨日までのモデルが、今日には通用しないことも珍しくありません。このような環境において、考えてみたいのは今までのような静的な生産性ではなく、動的な生産性です。
経営学者のDavid Teeceが提唱する「ダイナミック・ケイパビリティ」の概念では、企業の競争力は次の3つの能力によって支えられるとしています。
感知(Sensing):市場や技術の変化の兆しをいち早く察知する力
捕捉(Seizing):機会を捉え、新しい価値創造に向けて迅速に動く力
変革(Transforming):既存の仕組みや成功体験を更新し続ける力

ここで注目すべきは、これらが全て「変化への適応能力」を表している点です。企業の競争力がこれらの能力で支えられるのであれば、生産性も、いかに正しく、速く作るかではなく、いかに速く学び、方向を変えられるかではないでしょうか。
つまり、生産性とは、仮説を立てる→試す→学ぶ→修正するといったサイクルをどれだけ速く回せるかということかもしれません。


【図1】生産性概念の変化(弊社作成)

効率化はなぜ挑戦を減らすのか

ここで最初のDXの話に戻ります。効率化が進めば、本来は余裕が生まれます。余裕があれば、新しい挑戦も増えそうです。しかし、現実には、効率化が進めば進むほど挑戦が減るといった逆のことも起きることがあります。理由として3つ挙げられます。

① 効率化が正解を固定する

効率化とは、最適なやり方を見つけて標準化することです。「このやり方が一番速い」、「この手順が一番合理的」といった正解が組織の中に作られます。すると、そのやり方を変えること自体が非効率的な行為に見えてきます。新しい挑戦とは本来、非効率的な試行錯誤です。効率を最優先する組織では、この試行錯誤が歓迎されにくい可能性があります。

② 失敗のコストが上がる

効率化が進むと、プロセスは洗練されます。ミスは減り、仕事は整然と進みます。その結果、組織には「失敗してはいけない」といった空気が生まれます。挑戦には必ず失敗が伴いますが、失敗が歓迎されない組織では人が挑戦しなくなります。
会議で面白い提案が出ると盛り上がりますが、最後には「もう少し検討しましょう」、「情報を集めてから判断しましょう」となり、いつの間にかそのアイデアは消えてしまいます。こうして挑戦は、静かに棚上げされていきます。しばしば見かける完璧主義という名の先延ばしです。失敗を恐れ、全ての情報がそろうまで意思決定ができないというものです。これは先延ばしだけではなく、全員の考えが一致しないと進めないといった責任の分散、権限が上層部に集まり、判断が滞り、現場が動けないことも、根底には失敗への恐れがあります。

③ 評価の物差しが固定される

効率化された組織では、処理スピード、業務量、KPI達成率といった指標が重視されます。どれも数量で測れるため、可視化しやすく客観性が担保され分かりやすいです。しかし、悩ましいのが挑戦の成果は測りにくいということです。
新しい取り組みは時間がかかり、短期的には効率を下げることもあります。すると評価は、既存事業を速く回す人が高く評価され、挑戦し効率を下げてしまった人は評価が低くなります。結果として組織は、改善は得意だが、革新は苦手という状態になります。

以上3つの理由を踏まえると、効率化というのは決められたアウトプットを出すという点においては非常に重要な指標ですが、そのためのプロセスが洗練されることで遊びが減ります。つまり、評価の視点や方法も固定化されるということです。効率化の意識が強ければ強いほど、固定化は強くなり、そこから外れた場合は全て失敗という扱いになってしまいます。

今求められる生産性のサイクルを回すために

仮説を立てる→試す→学ぶ→修正するという生産性を考える上で気になる言葉があります。それはAmazonで知られるDisagree and Commitです。
ただ、この言葉はしばしば誤解を生みます。単に「決まったことに従え」という意味ではありません。重要なのはその前提です。仮説を立てて試すにしても、組織に所属している以上、1人では行えないこともあります。そのためには、周囲の人々と方向性の合意を得る必要があります。その際にこの考え方は非常に重要となります。

決まったことに従う前に、まずは徹底的に議論を行います。異なる意見も歓迎し、反対意見もきちんと聞きます。つまり、自分の意見が無視されたのではなく、きちんと議論されたという前提があります。だからこそコミットするのです。意見を言っても聞いてもらえない組織では、人は反対意見すらも言わなくなります。本音が消えれば学習も止まってしまいます。意見を言っても罰せられない、無視されないという安心感、つまり心理的安全性があるからこそ、健全な議論とコミットメントが可能になります。

試すと当然失敗が生まれます。そこで必要になるのは、失敗から学び、修正するための立ち直る力です。レジリエンスとも言われるものです。失敗を恐れる組織は、このレジリエンスが低い場合が多いです。強い組織というのは、失敗しない組織ではなく、失敗しても何度でも立ち上がれる組織です。もう少し持続可能性のある表現をすると、計画と異なる方向性に進んだとしても、軌道修正できる力を持った組織のことです。

学習速度を高めるエンジンは「人」

もし、生産性の核心が学習速度にあるならば、その中心にいるのは当然「人」です。
しかし、多くの企業の人材育成は依然として知識のインストールという発想に基づいています。研修を実施し、スキルを教え、知識を伝える。もちろんそれ自体は重要ですが、変化の速い時代では、教えた知識はすぐに陳腐化する恐れがあります。であるならば、当人が自ら学び続ける力を身に着ける必要があります。仮説を立てるためには、日々の仕事や生活にアンテナを張り、問いを見つけることが重要です。ダイナミック・ケイパビリティで言う感知を指します。
そして、立てた仮説を試し、修正するこのサイクルを回す能力、いわゆる学習俊敏性が求められます。

この学習俊敏性を高めるために必要なのは、特別な研修ではありません。むしろ重要なのは、少し背伸びした仕事や挑戦する機会を与え、経験を振り返る対話を行うことです。であるならば、そういった学習が起きる環境を設計すること、あるいはそのような仕事をアサインするマネジメントが人事や管理職に求められていると言えます。

人事制度は「学習速度」を高める設計になっているか

一応、わたくし三上の専門は人事制度もありますので、前述した学習速度を前提とした生産性を高める人事制度についても考えてみたいと思います。多くの企業で評価されるのは、KPI達成、業務量、処理スピードといった従来の生産性、つまり効率を重視した指標です。もちろんこちらも大切です。
しかし、これらは基本的に、既存の仕事を効率よく回す能力を評価する指標でもあります。

一方、新しいことに挑戦するといった、学習速度の効率性が求められる生産性の場合はどうでしょうか。挑戦は時間がかかります。仮説を立てるにあたり、調査や分析を行い、課題を見つけます。また、試すにしても、何をどう試すのか、どのような人を巻き込むのかといったヒト・モノ・カネ・情報のリソースの調整もあります。中には失敗し、学びなおすこともあるでしょう。短期的に成果が出ないことが多くあります。

もし、評価制度が従来の効率だけを測る物差しになっているとしたら、人はどう行動するでしょうか。答えはシンプルです。挑戦よりも効率を選びます。これは個人の資質の問題ではなく、制度がそのように行動させています。
企業が学習速度を高めたいのであれば、人事制度もまた挑戦と学習を後押しする設計になっている必要があります。

例えば、評価項目のプロセス指標に挑戦や失敗から得た学びの共有を入れてみるという方法もありますし、短期的なKPI達成度だけでなく、中長期的な価値創造への貢献をOKR的に評価する仕組みを導入するという手もあります。MBOの場合は、評価期間の中で何をするかという発想になりますが、OKRの場合、長期的なビジョンに対して、積み上げで何をするかという発想です。中長期的な目標を設定する場合はOKRの方が馴染みやすい可能性があります。

おわりに

以上をふまえると、生産性という言葉の意味が少し変わって見えてきます。
これまでの生産性は効率を重視していました。しかし、これからの生産性は学習速度なのかもしれません。企業の競争は効率の競争ではなく、学習速度の競争になりつつあります。強い企業は、間違えない企業ではなく、人より早く試し、人より早く学ぶ企業です。

最初の問いに戻りますが、DXによって業務は確実に効率化しています。
しかし、その余裕で何か新しいことは始まっていますか?付加価値を高められるような施策は打ち出せていますか?もしそうでないとしたら、それはDXの問題ではありません。もしかすると、私たちの「生産性の定義」がまだ少し古いのかもしれません。
今の組織の生産性について考えるにあたり、「私たちは何を効率化しただろうか」と合わせて、「私たちは最近、何を試しただろうか」も問いかけてみてください。その2つのバランスにこれからの生産性のヒントがある気がしています。

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