
人事DXの進展が示す「構造変化」
近年、多くの企業で人事DX(デジタルトランスフォーメーション)が加速している。『日本の人事部』の「人事DXの推進状況に関する実態調査」でも示されている通り、企業の8割以上がDX推進に取り組んでおり、その背景には少子高齢化による人手不足、働き方改革、リモートワークの浸透など、複合的な外部環境の変化がある。
特に採用・人材育成・評価といった人事業務の基盤領域においては、従来のアナログな仕組みでは対応しきれない状況が顕在化しており、クラウドやAIを活用したシステム導入が急速に進んでいる。
しかし、DX推進の現場で見えてきたのは、単なるシステム導入の可否ではなく、組織と個人の意識構造そのものの変革が問われているという事実だ。テクノロジーは、人や組織の本質的な課題を浮き彫りにする鏡でもある。
AI活用がもたらす「人材格差」の拡大
AIの活用は、これまで戦力化しにくかった人材の可能性を広げる契機にもなり得る。たとえば、生成AIの登場により、知識やスキル不足を瞬時に補い、業務の一部を代替することが可能になった。従来は経験不足ゆえに戦力化が難しかった人材も、適切な指示や支援があれば一定レベルの成果を出せる時代になったのである。
一方で、現場では別の現象も起きている。
それは「仕事ができる人はさらにできるようになり、できない人はさらに取り残される」という、人材格差の拡大である。
仕事ができる人は、新しいテクノロジーを積極的に習得し、自分の課題を明確に把握し、AIを活用して課題解決に挑む。AIは彼らの思考や行動の“増幅装置”として機能する。一方で、仕事ができない人は、自分の課題が何であるかすら把握できず、タスクも管理できないまま、日々の業務を漫然とこなす。その結果、テクノロジーを活用する以前の段階でつまずき、成果の差が顕著になる。
タイミー社の上場が示す働き方の構造変化
2023年に話題となった人材関連企業「タイミー」の上場は、“働く”の構造変化を象徴する出来事といえる。同社の巨額の時価総額は、社会全体の人材不足や時間単位の労働活用という課題を背景に、量的側面の解決策として注目された。
飲食・サービス業界では、パートやアルバイトといった短時間労働者が活躍する現場が数多く存在する。そこでは、比較的単純でタスクが明確な業務が多いため、時間単位の働き方が成立しやすい。一方で、ホワイトカラー領域に目を向けると、「タイミー的働き方」がそのまま当てはまるかといえば、必ずしもそうではない。
タスク管理能力の有無が、AI時代の生産性を分ける
ある企業の若手社員の間で「自分自身のタスク管理ができない」という問題が頻発しているという話を聞いた。従来、なかなか成果に繋がらない人材は、これまで「経験が足りない」「能力がまだ育っていない」とみなされ、時間をかければ成長すると期待されてきた。
しかし、生成AIの登場によって状況は一変する。
スキルや知識の不足はAIで補えるようになった今、残る差は「タスクを把握・整理し、行動に移す力」である。
つまり、AI時代において「仕事ができない」とは、もはや能力や知識が足りないことではなく、「やるべきことを理解し、管理・遂行する基礎行動が欠如していること」を指すケースが増えている。
これは教育やしつけに近いレベルの話であり、企業の人材育成方針そのものの見直しが必要になる。
またこの状況の最も悪いところは、課題の本質がしつけや癖の次元であるため、経験や能力また知識などで補完できず、改善し辛い致命的な問題であるというところにある。
「ホワイトカラーの時代の終焉」という示唆
リクルートホールディングスの社長が語った「ホワイトカラーの時代は終わり、これからはブルーカラーの時代だ」という発言は極端に聞こえるかもしれない。
しかし、その根底には重要な示唆がある。AIがスキルや知識を容易に補完できるようになると、それらに基づいた“ホワイトカラー的付加価値”は相対的に低下する。逆に、現場での実行力やタスク遂行力、フィジカルな行動力といったブルーカラー的価値が再評価される可能性が高くなる。
つまり、これからの時代に価値を生み出すのは、「AIに何をやらせるかを的確に定義し、自ら行動に移す力」であり、それは知識の多寡ではなく、行動の基礎体力に近い。
組織が直面する「意識改革」の必然
このような状況下で、組織は人材育成や評価、配置の方針を根本的に見直す必要がある。単にAIツールを導入するだけでは、人材格差を是正するどころか、むしろ拡大させてしまう危険がある。
まず必要なのは、「仕事の基礎行動」に対する再定義と再教育である。
・タスクを正確に把握し、管理する力
・目的と手段を自分の言葉で整理できる力
・AIやツールを活用して自分の生産性を高める力
これらは一見当たり前のようでいて、AIがあらゆるスキルを代替できる時代においては、まさにこの「当たり前」が人材の価値を決定づける差になる。
AI×人事DXの先にある「人の再定義」
AIとDXは、企業にとって単なる業務効率化の手段ではなく、組織と人の在り方そのものを問い直す契機である。人事DXの実態調査が明らかにしたのは、多くの企業がまだ「システム導入=DX」と捉えている段階にあるということだ。しかし、本質はそこではない。DXの本当のインパクトは、人材と組織の意識構造の変革を促す“鏡”として機能することにある。
AI時代の人材育成は、知識やスキルの付与ではなく、基礎的な仕事の構え・所作の再教育が中心になるだろう。そして、それを支える評価制度やマネジメントの変革が不可欠になる。
最後に
AIの普及と人事DXの進展は、企業にとって大きなチャンスであると同時に、従来の人材観・教育観を根底から見直すことを迫る。テクノロジーが進めば進むほど、人間の「意識」と「行動」の質が問われる時代になる。
「AIが仕事を奪う」のではない。AIが「本当に仕事ができる人」と「そうでない人」を容赦なく炙り出すのである。
だからこそ、今企業が取り組むべきは、ツール導入やシステム更新ではなく、組織と人の意識改革である。それが、AI時代を生き抜く企業の最も重要なDX戦略になるだろう。
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