この記事はシリーズです。前回分は以下リンクから確認できます。

Part1のおさらい

前回は、人的資本経営が必要とされる背景としての日本のグローバル競争力の低迷と、その大きな要因となっている日本型人材マネジメント構造について考察しました。Part2では、「コスト=後払い」から「投資=先払い」へシフトさせるための「動的人材マネジメント」への転換と、それに大きく寄与する“ジョブ型”人事について解説します。

動的人材マネジメントとは何か

企業が事業戦略を遂行し、ミッションを着実に達成していくためには、組織・人材マネジメントを戦略と連動させていくことが必須となります。将来を予測しながら事業ポートフォリオを組み、必要な人材ポートフォリオを作成する。それに沿って必要なポジションを設定し、最適なタレントを登用する。これが動的人材マネジメントです。

何が「動的」なのかというと、この「必要なポジション」とそこに求める「人材要件」です。
これらはVUCA時代の今、外部環境や市場動向によって大きく変動する要素になっています。

では、「動的人材マネジメント」はこれまでの時代の人材マネジメントと何が違うのでしょうか。それは、マネジメントの起点が「人」なのか「仕事」なのか、という考える軸の違いです。

「メンバーシップ型」「ジョブ型」というワードをよく耳にしたことがあると思います。
これは、独立行政法人 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏が提唱した概念で、職務・労働時間・勤務地が契約で限定されていない日本に特有な雇用システムを、「社員が共同体のメンバーになる」という意味合いでメンバーシップ型と呼び、その逆を世界的には一般的な雇用システムとして「ジョブ型」と呼んで対比しました。

メンバーシップ型とは、「人」を起点にマネジメントしていく考え方です。
「“今いる”人」が何をどれだけどれくらいのレベルでこなせるかによって「仕事」が決まる。
職務や勤務地が限定されない、いわゆる「総合職」として採用し、ローテーションや研修なども実施しながら彼らをジェネラリスト人材に育成することで、ある程度柔軟にさまざまな仕事を振ることができました。

ポイントは、「仕事」のマネジメントも、「人」のマネジメントも、そのあり方を今ほど大きく変化させる必要がなかった点です。
事業成長が見込める環境では事業ポートフォリオが変わらないため、事業推進上のキーポジションをアップデートし続ける仕事のマネジメント=ポジションマネジメントは不要でした。人のマネジメント=タレントマネジメントも、求める人材像はある程度ポジション共通で、ジェネラリスト人材が育っていけば必要なポジションは自ずと埋まっていくため、定期ローテーションと画一的な育成体系でも十分に対応できました。つまり、「人」というリソースをいかに最適化できるかが、業務マネジメントにおける最大の論点となり、「人」のマネジメントにフォーカスしていればよかったのがこれまでの時代でした。

一方ジョブ型とは、「仕事」を起点にマネジメントしていく考え方です。
必要な「仕事」を期待レベルで回していくには、どのような「人」がどの程度必要なのかを見積もる。
必要な「仕事」に対し、最も適した「人」を採用・配置する。
その「仕事」に求められるパフォーマンスを評価したうえで、足りない「人」の能力を高める育成をする。

事業ポートフォリオが変わると、必要なキーポジションが新たに設定されたり、これまでのポジションに求める要件も変わったりします。そして、それに合わせてこれらのポジションに求められる要件に適合する人材を調達するためにアサインメント変更や育成のあり方も変わってきます。
つまり、会社として重要な仕事=キーポジションをどのように捉えるかが、組織体制や求める「人」の数・能力を決める最大の論点となります。ポジションマネジメントに合わせてタレントマネジメントもアップデートし続ける、という「仕事」と「人」両輪のマネジメントが必要になるのがこれからの時代に求められる人事であり、これが「動的人材マネジメント」なのです。

図1:ジョブ型とメンバーシップ型の違い

動的人材マネジメントに寄与するジョブ型人事制度:人的資本経営との親和性

求められる人材マネジメントのあり方が、「仕事」を軸にバックキャストで組織や人材配置・評価・育成のあらゆる仕組みを構築・運用していく「ジョブ型」にシフトしているという話をしましたが、このサイクルを下支えする基盤となる人事制度のあり方も、それに合わせて変わってきています。

処遇基準のシフト:「人」基準から「仕事」基準へ

社内で以下のような問題はないでしょうか。

・新卒と中途で年収格差が生じている
・市場相場に合わせて高い報酬で採用した社員は、自社の人事制度内で処遇できずイレギュラー対応
→上記によって、社員から不満があがっている、エンゲージメントが下がっている

動的人材マネジメントを実現していくにはまず、処遇基準は「人」ではなく「仕事」になります。
仕事(ポジション=椅子)に値段がつくということです。グレード(等級)も「人がどのレベルか」ではなく、その人がいる「ポジション(仕事)がどのレベルか」によって決まります。
前述のような問題は、処遇がポジションではなく年齢や年次などの「人」を基準にしていることで発生しているといえます。職種やポジションによって市場価値も当然異なるため、それに合わせた報酬水準で採用・処遇していくことが求められます。

また、キーポジションに対する最適な人材を、社内外から人のバックグラウンドを問わず採用・登用する必要があるため、正社員だけではなく有期雇用などその他の雇用区分においても同じ「仕事基準」の考え方で処遇を決定することが求められます。(≒同一労働同一賃金)
同じ仕事をしているが正社員より契約社員の給与が低い、といった状態が起こるのは、雇用区分そのものに処遇が紐づいている仕組みが主流となっているからです。

これからの時代は、市場価値が高い人材であればあるほど市場での流動性も高まり、一つの企業にとどまることにこだわらない傾向が強くなっています。
正社員だから給与が高い、契約社員だから給与が低い、という「雇用区分を軸とした処遇の仕組み」も根本的に変えていく。そのために「仕事」で処遇を決めていくことが、採用競争力を担保していくためのポイントの1つになります。

図2:雇用形態と処遇の関係

ジョブ型マネジメントにおけるグレード・評価・報酬の関係性

処遇が仕事基準になると、グレードが変わるトリガーは、組織変更によるポジション変更、仕事の組み換え、人事異動による職務変更などが中心となります。
仕事に値段(≒グレード)がついているため、仕事が変わったらその価値は変更前より上がるかもしれないし、下がるかもしれない。価値が上がればグレードは上がり、価値が下がればグレードが下がる。またその価値が大幅に上がれば、グレードも大幅に上がる(いわゆる飛び級)といったことも可能になり、いわゆる「昇格」「降格」という概念もなくなります。(グレード変更=単なる職務変更)

処遇に反映させる人事評価も、「人」の能力ではなくその「仕事」におけるパフォーマンスの評価になります。ポジションに求める標準レベルのパフォーマンスが出せているかどうかを基準に評価をつけます。
ただし、ジョブ型マネジメントでは「人」の評価は不要なのかというと、そうではありません。
タレントマネジメントを機能させるには、人の能力やポテンシャルを適切にはかり、必要なポジションの人材要件に合致する社員がいるかどうかを常にウォッチし続ける必要があるため、むしろジョブ型マネジメントではより一層「人」の評価の重要性が高まります。
ゆえに、パフォーマンス評価は昇給や賞与に反映させ、人の評価はアサインメントのために活用するといった「目的に沿った評価の使い分け」が肝要になります。
これまでの人事評価は、人基準のグレードに沿って「過去の実績」を評価し、それを昇格に反映する方法が一般的でしたが、ジョブ型マネジメントでは「将来の適性」をみてアサインメントしていく必要があるため、過去の実績・貢献であるパフォーマンス評価だけでは判断材料として不十分だからです。

もちろんどの企業も、人材を配置・登用するときはある程度「将来視点」で判断していると思います。
ポイントは、「処遇が決まってからアサインメント判断」と「アサインメントで処遇決定」の違いです。
前者は、アウトプットが出てからアサイメントを決定し処遇を上げるか判断する、後払いの考え方。
後者は、アウトプットが出る前にアサインメントを決定し処遇にすぐに反映する、先払いの考え方。
これが根本的な違いであると同時に、人的資本経営にも通ずる”投資”になります。ゆえに、ジョブ型マネジメントをベースとした人事制度は人的資本経営との親和性が高く、‟動的人材マネジメント”が実現しやすくなるのです。

図3:処遇基準ごとの人事制度運用の違い

「メンバーシップ型」は悪なのか?

ただし、メンバーシップ型や年功序列の人事制度そのものが「古い」「悪」ということではないという点は補足しておきたいと思います。

メンバーシップ型は、「人」をたくさん抱えて準備しておく、そしてこれらの「人」の能力を十分に高めておく、といった「人」にフォーカスしたマネジメントスタイルです。このスタイルには、「人が自らの能力を高めること」が処遇基準となっている、いわゆる”職能型”人事制度がよくフィットします。日本では職能型人事制度を敷いている企業が多いのも、この背景をふまえるとよく理解できます。

人の能力は、さまざまな経験を積むことで自ずと高まっていく。
だから、転勤前提でローテーションをし、色々な部署で仕事をさせる。
また、年次が上がれば上がるほど経験も積み上がるため、長期雇用(終身雇用)が前提で年功序列の処遇基準が機能する。
これが、メンバーシップ型のマネジメントスタイルを維持しやすい仕組みでもありました。

一方で、この仕組みは時代とともに徐々に機能しなくなってきています。
かつては「終身雇用」や「年功序列」も、戦後の日本企業が熟練労働者を社内に確保するために編み出した巧妙な戦略で、高度経済成長期や安定した産業構造の時代にはよく機能しました。しかし、上記は経営的に見通しのよい状況下においてのみ機能するやり方で、VUCAの時代と言われるこの環境下では通用しない。にもかかわらず、“過去の栄光”に囚われ、環境が変わってもなおこの仕組みを維持し続けたことでその戦略性が失われ、「やめられない制度」「変えられない制度」になっている。ゆえに、メンバーシップ型のマネジメントスタイルを“脳死”で続けると、変化に対応できず取り残されてしまうリスクがあるということです。

事業に合わせた人材マネジメントスタイルが肝要

しかし、ジョブ型マネジメントにすべて転換させていくべきかというとそうではなく、メンバーシップ型マネジメントを適用した方が良いビジネスモデルがあることも事実です。
AIでは対応しきれない業務が残る、接客業・製造業・BPOなどの労働集約型事業は、「人」の数がいることが事業推進のコアとなっている場合も多いため、そのようなビジネスでは引き続き「“今いる”人」をベースにリソースマネジメントしていくことが求められます。
つまり、事業ポートフォリオに合わせて人材マネジメントスタイルを変化させ、必要に応じて「ジョブ型」と「メンバーシップ型」をうまく掛け合わせて運営していくことが肝要になります。

Part3へ向けて

今回は、「人的資本経営」の実現へ向けたキーとなる“動的人材マネジメント”と、そこに大きく寄与し親和性が高いジョブ型人事制度のポイントを解説しました。次回最終Partでは、このような人材マネジメントスタイルを運用していくための重要な役割である『HRBP』をどのように捉え、機能させていくべきかについて、事例を交えながら解説します。

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