経済産業省は2022年に「未来人材ビジョン」を公表し、転換期を迎える日本の人材政策に具体的な施策を提言しています。それによれば、2050年の段階で求められる人材の資質として「問題発見力」や「的確な予測」、「革新性」などのスキルを挙げています。「未来人材ビジョン」とはどのようなものか、その内容を要約しながら、近未来の人材育成や産業構造の在り方を探ります。

未来人材ビジョンとはどのようなもの?

脱炭素とデジタル技術の革新をキーワードに、日本の産業構造は大きな転換点を迎えています。この流れを受けて経済産業省は、将来を見据えた人材の在り方を議論する「未来人材会議」を設置、その会議を通じて「未来人材ビジョン」を公表しました。

未来人材ビジョンは、「問題意識」「労働需要の推計」「雇用・人材育成」「教育」「結語」の各章で構成されたレポートです。将来的に予測される職種や産業の労働需要の変化を踏まえ、日本企業が抱えている旧来型雇用システムの問題点を分析して、人材育成の阻害要因を明確に提示するところからスタートしています。さらに、長期的な視点で、将来を担う人材育成に必要な教育の在り方についても現状分析を踏まえて提言を行っています。

ポイントとなるのは、日本企業がいかに旧来型の雇用システムから脱却し、人的資本経営に足場を移すことができるか、また、社会的な課題として、学校以外に才能を開花させることができる学びの場をいかに用意することができるか、などといった点であるとしています。加えて、新たな時代に求められる人材育成に対応するためには、現時点での雇用・人材育成と将来の社会を担う人材を育む教育システムの抜本的な見直しをはかる必要があり、これらは一体的に議論されなければならないというのが提言の核をなす部分です。

未来人材ビジョンを生んだ問題意識とは?

未来人材ビジョンがまとめられた背景には、先が読めない産業構造の変化にいかに備えるべきかといった危機意識があります。デジタル技術の発達によるAIの導入で、人間の労働力は今後約半分が自動化され、脱炭素の潮流は化石燃料産業の雇用を減少させることが予想されています。この時代の流れはスキル面で労働市場の両極化を招き、社会構造の在り方にいやがうえにも変化をもたらすというのが「問題意識」における未来人材会議の予測です。

さらに生産年齢人口は、2050年には現在の3分の2にまで減少します。一方で、減少した労働力を補うことが期待される外国人労働者は、2030年には日本各地で不足するとの予測もあります。このままいけば日本の国際競争力は低下する一方で、国力の衰退は免れなくなります。より少ない人口で社会を維持していくためには外国人から選ばれる国になる必要がありますが、その意味でも社会システムの見直しが迫られているというのが未来人材会議の問題意識です。こうした問題意識をもって、2030年、2050年の未来を見据え、産学官が目指すべき人材育成の大きな絵姿を示しながら、雇用や人材育成、教育システムに至る一連の政策課題を検討すべきという危機感が未来人材ビジョンを生む下地となりました。

未来人材ビジョンが捉える雇用・人材育成の在り方とは?

未来人材会議は「労働需要の推計」で、各業界が推測する「これから求められる人材像」を調査しています。その結果「基礎能力や専門知識だけでなく、ゼロからイチを生み出す能力」「一つのことを掘り下げていく姿勢」「グローバルな社会課題を解決する意欲」「多様性を受容し他者と協働する能力」などが必要条件として挙げられました。これに基づき、デジタル化や脱炭素化を受けた能力等の需要変化を仮定し、2030年と2050年に各能力等がどの程度求められるか試算しました。それによれば、現在は「注意深さ・ミスがないこと」「責任感・まじめさ」が重視されていますが、将来は「問題発見力」「的確な予測」「革新性」がいっそう求められるという推計に至りました。

将来求められるこれらの人材を創出する下地が日本の企業に備わっているのかを考察したのが、「雇用・人材育成」のパートです。ここで分析され見えてきた事実は、かつての日本型雇用システムが長期雇用を前提とした人材育成であり、新卒一括採用を柱とした人材育成方式であるという点です。経済成長の継続が見込めなくなった中で、終身雇用や年功型賃金に支えられた旧来型の雇用システムは限界を迎えつつあり、それはポスト不足や収入の伸びの鈍化といった点で従業員エンゲージメントの低下を招いていると指摘します。一方で、経営陣もドメスティックのままで生え抜きが多く、女性管理職の割合が伸びないといった硬直性を招き、イノベーションに必要な多様性の芽をつぶしている現状も認めています。この硬直状態を打破するためには、人材投資に軸足を置いた人的資本経営に舵を切ることが必要だとしています。

さらに採用戦略についても見直し、新卒一括採用一辺倒から離れて、中途採用や通年採用、職種別採用、ジョブ型採用など多様化に舵を切ることが必要だとしています。採用という入り口の段階で選考方法が多様化すれば、大学や社会での学びの目的もそれに伴う形で深まるために、人材能力のアップが期待できるというのがその理由です。

未来人材ビジョンが捉える教育の在り方とは?

「教育」のパートでは、新たな未来を牽引する人材の必要性が述べられています。人材のポテンシャルを示す一例として、OECD諸国で15歳の日本人は数学的・科学的リテラシーはトップクラスであるにもかかわらず、理数系の職業に就きたいという子どもは少数であるというエピソードが紹介されています。これは社会の中に、科学が楽しいという機会が提供されていないからではないかという推論が示されます。社会の中に、興味や好奇心を存分に発揮できる場所=サードプレイスを作るべきで、企業もそのような教育活動に積極的にコミットするべきだというのが提言です。

さらにデジタル時代では、教育を「知識」の習得 と「探究力」の鍛錬という2つの機能に分け、レイヤー構造として捉え直すことも提言します。すなわち、「知識」の部分では、企業や大学等の教育プログラムを共通の知として整備し、興味や関心に従っていつでもアクセスできる仕組みを作ることで、学びの場を実現させるというものです。さらに「探究力」では、自分が社会における課題の解決者となる自覚をもって、協働的な学びができる機会を作っていくというものです。企業が教育活動に積極的に関わっていくべき根拠は、この点にも見出されます。

未来人材ビジョンが示す2つの方向と実現に向けた具体策とは?

「問題意識」に始まり、「労働需要の推計」「雇用・人材育成」「教育」を通して求められる人材像の育成に方向性を示した未来人材ビジョンは、「結語」の中で、社会システム全体を見直す大きな方向性を最終的に2つに整理し、あわせて今後取り組むべき具体策も示してレポートを終えています。

1つ目は、「旧来の日本型雇用システムからの転換」です。これはとりもなおさず人的資本経営への舵の切り替えであり、新卒一括採用一辺倒の採用方法の変革を示します。主な具体策としては、「人的資本経営に取り組む企業を一同に集める場の創設」「インターンシップの適正化」「ジョブ型雇用の導入を検討する企業に向けたガイドラインの作成」「学び直し成果を活用したキャリアアップの促進」などが挙げられました。

2つ目は、「好きなことに夢中になれる教育への転換」です。学校以外のサードプレイスに知的好奇心を発揮できる場所づくりに向け、企業も含めた全国的なネットワークの創設などが提案されています。主な具体策としては、「時間・空間・教材・コーチの組み合わせの自由度を高める教育システムへの改革」「公教育以外の民間プログラムの全国ネットワーク創設」などが挙げられています。

未来人材ビジョンが示す望まれる人材、2050年では問題発見力や的確な予測、革新性などが重視される

未来人材ビジョンとは、未来を支える人材育成に方向性を示し、取り組むべき具体策をまとめた経済産業省のレポートです。それによると、脱炭素やデジタル化がいっそう進む2050年では、問題発見力や的確な予測、革新性といったスキルを持つ人材が強く求められるとされます。時代が要請するこれらの人材を育成するためには、旧来の日本型雇用システムからの転換をはかり、好きなことに夢中になれる教育への転換が必要とされています。

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