
体感しているリアル
近年、内定者研修のご依頼が増えていますが、登壇している場所から見渡す内定者たちの顔は、いつも一様に明るく、とても行儀が良いものです。
「御社に入社できて本当に楽しみです」「同期の皆さんと仲良くなれました」――。グループワークの発表では堂々としたプレゼンを披露し、懇親会の場では和やかな笑顔で言葉を交わします。人事の皆様がその光景にホッと胸をなで下ろし、「今年も良い採用ができた。この温かい雰囲気をそのまま入社まで繋げていきたい」と安心される瞬間を、私は何度も目の当たりにしてきました。
しかし、研修講師という立場から彼らの表情や発言の裏側を少しだけ深く見つめると、そこには時折、少しだけ無理をしたような遠慮や、どこかよそ行きの一面が垣間見えることがあります。その笑顔は、もちろん会社への期待から来るものではありつつも、同時に「優秀な新入社員でいなければならない」というプレッシャーの裏返しであることも少なくありません。
近年、内定者のエンゲージメントを高めるために研修やイベントを導入する企業様は増えています。ただ、その実態の多くは「内定辞退への不安」から、どうしても「嫌われないこと」「楽しんでもらうこと」が優先され、ただの形骸化した研修や懇親会に終始してしまっているケースが後を絶ちません。そして皮肉なことに、そうした手厚いおもてなしの中で迎えられたはずの優秀でコミュニケーション力の高い若手ほど、いざ入社してみると現場の泥臭さに戸惑い、本来の持ち味を発揮するまでに苦労してしまうという矛盾が起きているのではないでしょうか。
本コラムでは、これからの内定者期間のあり方について、人事の皆様が日々直面されているリアルなご事情やご苦労に寄り添いながら、本当に意味のあるプログラムをどう設計していくべきか、研修現場の視点から考えていきたいと思います。

なぜ「ただの懇親会」では、物足りなさが残ってしまうのか
かつての採用市場においては、「内定=ゴール」という側面もあり、早い段階から会社の人間に慣れさせ、同期の絆を深める「和気あいあいとした空間」を提供することが大きな意味を持っていました。内定辞退を防ぐための大切なプロセスとして機能していたと言えます。
しかし、さまざまな情報がオープンになり、仕事に対する若手社員の価値観も多様化する中で、内定者たちの期待値は少しずつ変化しています。彼らは「この会社でどのようなスキルが身につくのか」「自分の力がどう活かせるのか」という点に、以前よりも高い関心を持っています。
もちろん、懇親会で「うちの会社はアットホームで良い人ばかりだよ」と歓迎されることは大きな安心感に繋がります。しかしそれだけでは、「楽しかったけれど、実際の仕事がどういうものなのかイメージが湧かない」という一抹の物足りなさが残ってしまうのも事実です。
エンゲージメントの本質とは、単に居心地が良いことだけではなく、「この場所で自らが価値を発揮し、成長していけるという手応え(自己効力感)」を少しずつ育んでいくことにあります。懇親会という「お迎えの場」から一歩進んで、仕事のやりがいや面白さに触れる機会をどう用意するかという点が、今の時代にはとても大切になっています。
人事の皆様が抱える「4つのリアルな葛藤」
とはいえ、「もっと中身のある研修をやるべきだ」と言われても、現場の皆様にとってそれは容易なことではありません。多くの企業様からは、経営層や他部門からのプレッシャーに挟まれながら、次のような切実なご苦労や葛藤の声が聞こえてきます。
葛藤①:「内定辞退がどうしても怖い。プレッシャーはかけられない」
獲得競争が続く中、「せっかくご縁があったのに、研修で難しい課題を与えて『大変そうな会社だ』と誤解され、辞退されたらどうしよう」というご不安は当然のものである。「安心していただくこと」を最優先にせざるを得ないお気持ちは痛いほどよく分かります。
葛藤②:「少人数かつ兼務のため、企画や運営に割ける工数がない」
日常の採用活動や既存社員の育成、労務管理などでお忙しい中、「内定者のために何ヶ月もかけて新しいプログラムを練る余裕はない。例年通りの流れで進めるのが精一杯だ」というのが偽らざる実情です。
葛藤③:「現場を巻き込む余裕や、社内の理解が得にくい」
現場の社員も日々の業務で慌ただしく、「内定者の面倒まで見るリソースがない」という声が上がる中、人事部門だけで企画を完結させざるを得ない構造があります。
葛藤④:「同期のつながりを作らないと、入社後に孤立してしまうのではないか」
「同期の絆が心の支えになる」というこれまでの成功体験から、まずは横のつながりをしっかり作ることが一番の安全ネットであるというお考えも、組織運営上とても自然なものです。
人事の皆様が抱えるこれらのご懸念やご配慮は、どれも組織を大切に思うからこその合理的な判断であり、そのお気持ちを否定するものでは決してありません。
ただ、少しだけ視点を広げた際に、「辞退を防ぐための過度な配慮」が、結果として入社後のギャップを大きくしてしまうというジレンマに繋がることがあるのもまた事実なのです。

なぜ、優秀な若手ほど入社後に戸惑ってしまうのか
採用面接で「主体性があり、コミュニケーションも素晴らしい」と高く評価された若手社員が、いざ入社してみると、数ヶ月経つにつれて元気をなくしたり、少し消極的になってしまったりする――。この現象は、多くの職場で耳にする課題です。
その背景には、以下のような構造的なすれ違いが隠れていることが多いと言えます。各種の意識調査などでも、近年の新入社員や若手社員が抱える不安の多くは「実際の仕事や職場への適応」「人間関係がうまく築けるか」という点に集中しています(参考:リクルートマネジメントソリューションズ「新入社員意識調査」等)。さらに、厚生労働省の雇用動向調査等でも示されるように、早期離職の大きな要因の一つには「仕事内容や社風のミスマッチ(期待と現実のギャップ)」が常に上位に挙げられています。
「フラットな学生時代」と「伝統的な社内文化」のギャップ
自分の意見を持ち、主体的に動いてきた若手ほど、いざ会社に入ったときに「前例の踏襲」や「社内の複雑な調整プロセス」に直面し、戸惑いを覚えることがあります。「自分の思い通りにスムーズには進まないんだな」という現実を知ったとき、エネルギーのやり場に迷ってしまうのです。
「期待に応えようとするあまりのオーバーヒート」
選考や内定者期間を通じて「優秀で期待の新人」として扱われることで、本人は無意識に「しっかりした自分を演じなければ」と力んでしまいます。その結果、入社初期の段階でエネルギーを使い果たしてしまい、少し疲れが見えてしまうケースもあります。
「オープンな議論」と「実際の利害調整」のギャップ
学生時代のような「フラットな意見交換」の空気感に慣れているほど、実際のビジネス現場にある利害関係や、簡単には意見が通らない人間関係の壁にぶつかった際、どう乗り越えてよいか分からず立ち止まってしまうことがあります。
こうした現実のギャップを事前に少しでも知る機会がないまま入社日を迎えると、本来持っているポテンシャルを発揮するまでにどうしても時間がかかってしまうのです。
「本音を言わない」のではなく「あえて言わない」若手社員
ここで、私たちがもう一つ直視しなければならない現代的な構造があります。「最近の若手は自分の意見が言えない、コミュニケーションが苦手だ」という見方がされることがありますが、それは大きな誤解です。
むしろ現代の若手社員は、SNSやマルチなコミュニティの中で育ち、「波風を立てずにその場を平和にやり過ごす処世術」においては非常に優秀で敏感です。各種のキャリアリサーチや若年層の動向に関する調査でも、「職場で自分の本音を伝えて波風を立てるくらいなら、当たり障りなく平穏に過ごしたい」「摩擦を避けて効率よく動きたい」という意識は、ひとつの合理的な選択として定着しつつあります(参考:マイナビキャリアリサーチLab等の各種調査データ)。
彼らが会議や研修の場で本音を語らないのは、「言えない(能力や勇気がない)」からではありません。「言うだけのメリットが見合わない(コスパ・タイパが悪い)から、あえて言わない」という極めて合理的な選択をしているのです。
・「正論や本音を言って上の世代の機嫌を損ね、余計な摩擦やリスクを抱えたくない」
・「会社という利害関係の場で、わざわざ自分の内面や本音をさらけ出す義理やリターンを感じない」
・「不確実で痛みを伴う衝突を避けることが、一番安全で効率的な生き方だ」
こうしたタイパ・コスパの計算式が働いているがゆえに、彼らは「優等生の仮面」を被り、波風の立たない安全な距離感を保とうとします。そして大人たちもまた、「嫌われたくない」「辞められたら困る」という恐怖から、耳の痛いフィードバックや健全な衝突を避けます。この「お互いに傷つかない関係を強制される現代の病理(ホワイトハラスメント)」こそが、若手から「泥臭い修羅場に飛び込む耐性」を静かに奪い去っている最大の原因ではないかと考えます。
「外部委託」を有効に活かすための視点と、社内説得の壁
こうした課題に対して、「自社だけでは時間も人も足りないので、外部のプログラムや専門家の力を借りよう」とお考えになる企業様も多くいらっしゃるでしょう。
ただ、ここで人事担当者の皆様が直面するのが、「なぜ、ただの懇親会ではダメなのか」「そこに予算や工数をかける合理的な理由は何なのか」を経営陣や予算権限者に納得してもらう【社内説得】のハードルです。言い換えれば、「例年通りで問題なく内定者が入社しているのに、なぜ変える必要があるのか」という社内の声にどう向き合うかという壁があります。
また、仮に外部の一般的なパッケージをそのまま導入するだけでは、どうしても「どこかよそ行きの、一般的なお勉強」になってしまいがちです。内定者たちも「これは採用用のプログラムだな」と受け止め、タイパよく当たり障りなくやり過ごしてしまうでしょう。
「外注すれば人事の手間がゼロになる」というわけではなく、自社の状況に合わせたカスタマイズや社内調整のディレクションはどうしても必要になります。外部の専門家や研修会社を頼る場合でも、「自社のリアルな空気感や、現場の先輩たちの等身大の言葉」をどう繋ぎ込むかという工夫が、プログラムの成否を分けるポイントになってきます。

無理なく進めるためのアプローチ:研修会社や若手との協働
限られたリソースやご不安の中でプログラムを工夫していくにあたって、すべてを自社内で抱え込む必要はありません。例えば、プロの研修会社の強みや、社内の若手のエネルギーを上手に活かしながら、次のような形ですすめることも有効な選択肢の一つです。
第三者のプロに「心理的安全性の場」を任せる
社内の人間が登壇すると、どうしても内定者側が「評価されている」「良い子でいなければならない」と身構えてしまいがちです。そこで、中立的な外部の研修講師を起用し、「ここでは正解を出す必要はなく、自分の等身大の不安や本音をフラットに語り合っていいんだ」というセーフティネットの場づくりを委託します。人事の目が届きにくい本音を引き出してもらい、入社前の過剰な力みを解きほぐすアプローチです。
「ビジネスの疑似体験」の枠組みを借りて、自社の生素材を掛け合わせる
自社でゼロから実践的なワークを企画する工数がない場合、研修会社が持つビジネスゲームや、チームビルディング・合意形成を学ぶシミュレーション教材を活用します。その上で、最後の振り返りの時間だけ「では、うちの会社の現場では、こういう場面で先輩たちはどういう工夫をしているか」という自社のエピソードを人事から少しだけ補足し、外部の型と自社の生素材を掛け合わせる形をとります。
若手社員を巻き込む「メンター・ファシリテーター育成」をセットで依頼する
外部の研修会社に内定者向けプログラムをまるごと外注するのではなく、「若手社員が内定者に寄り添うためのファシリテーション研修」をセットで依頼するという方法もあります。プロの講師から「先輩としてどう内定者の声を受け止めるか」「どう対話を引き出すか」のスキルを若手社員に学んでもらい、実際のプログラムの進行役をその若手社員に担ってもらいます。これにより、人事の工数を大きく削減しながら、社内の若手社員にとっても素晴らしいリーダーシップ開発の機会を生み出すことができるのです。
おわりに:共に未来を創る仲間として向き合うために
内定者期間とは、単に内定辞退を防ぐための防衛の時間でもなければ、お互いに良い顔を見せ合うだけの場所でもありません。それは、企業とこれからの仲間が「これからどんな未来を一緒に作っていきたいか」を、少しずつ誠実にすり合わせていく大切な第一歩です。
人事の皆様が日々抱えていらっしゃるご苦労やご不安、そして経営層や現場との間で板挟みになるご苦労は、組織を大切に想うからこそのものです。その温かい想いを大切にしながら、「お客さまとして迎える関係」から「共に挑戦する仲間としての関係」へ、少しだけ目線を広げてみる。
タイパやコスパの計算式だけでは決して測れない「生身の苦悩や手触り感」こそが、予測不能な時代を生き抜くビジネスパーソンの血となり肉となります。外部の力や社内の若手のエネルギーも上手に借りながら、その小さなステップを踏み出していくことが、優秀な若手社員の皆さんの入社後のイキイキとした活躍、そして組織の未来を救う唯一の特効薬となるはずです。一緒に悩み、解決していきましょう!
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