
▼社内の9割が人事に不満/「人を活かす部門」が抱える静かな危機
最近の調査では、「人事部門に不満がある」と答える社員が社内の9割弱に達するという結果も出ている。不満の内容としては、評価制度や採用、配置・異動の運用、処遇への納得感の欠如など、人事の中核に関わる領域が多く挙がる。この数字は単なる“人事叩き”ではなく、人事部門の役割や存在意義が、組織と働き手との間で大きくずれてきていることを示すシグナルと言える。特に、従来の「人事=人事権を握る部門」というイメージと、いま働き手が期待している「人事=人や組織の成長を支えるパートナー」としての役割とのギャップが、急速に広がっているように見える。
▼かつての「人事」像/人事権を握るコントロールセンター
約30年前、あるいはそれ以前、「人事部」というと、強い権限を持つ部門というイメージが一般的であった。配置・異動・昇格・降格・左遷といった人事権を一手に握り、「どこに配属されるか」「どのポストに就くか」といった人生の節目に深く関わる存在だった。特に大手の金融機関や商社では、人事部門が人事権を通じて組織全体をコントロールする色彩が強かった。社員側から見れば、「人事に目をつけられると怖い」「人事に嫌われると行き先が悪くなる」といった感覚があり、人事部門は畏敬と恐怖が入り混じる存在だった。
この背景には、日本型雇用の前提がある。終身雇用、年功序列、定期異動、社内で育てきる長期雇用モデル。こうした制度と慣行が前提であった時代、人事部門は「会社と社員の主従関係を前提に制度的に運営する機能」として合理的に機能していたと言える。
しかし、その土台は、ここ10〜20年で大きく姿を変えた。
▼雇用関係の逆転と「人事機能」の揺らぎ
まず何より、労働人口の構造が変わった。少子高齢化により働き手の数は減少し、企業側が「人を選ぶ」だけではなく、「選ばれる立場」としての自覚を持たざるを得なくなっている。派遣、紹介予定派遣、副業・兼業、フリーランス、リモートワークなど、働き方の選択肢も大きく広がった。
その結果、「会社が働き手を一方的に選び、管理する」関係から、「働き手が会社・仕事・働き方を選ぶ」関係へと構図が転換している。雇用主と労働者の関係は、かつての主従モデルから、エンゲージメントと協働を前提にした関係へと移り変わった。この変化は、人事部門の前提を根底から揺さぶっている。
人事部門が絶対的な人事権をふるい、「人事が人を動かす」ことで成り立っていたモデルは、もはや現実的ではない。
人材不足が進む中で、強権的な配置や評価を繰り返すことは、自社の人材資本を自ら削る行為にすらなり得る。にもかかわらず、人事の仕事の進め方や思考の枠組みが、50年前の「人事権を前提とした人事」の延長線上にとどまっているケースも少なくない。「社員からの不満が多い」というレベルにとどまらず、会社と働き手の関係性が大きく変化しているのに、人事だけが過去の延長で動き続けている。そうした構造的な危うさが、静かに進行している。
▼20〜30代が抱く「人事」像と現実のギャップ
現在の20代・30代にとって、「人事部」はどのような存在と映っているのだろうか。現場でのヒアリングやコンサルティングの経験を通じて浮かび上がるのは、次のようなイメージである。
・旧態依然とした異動・評価を決める“裏方”
・社員の声や現場の実態が届いていない“ブラックボックス”
・会社目線が強く、自分たちのキャリアの味方という感覚が薄い部門
・制度は立派だが、運用・実行が伴っていない部門
一方で、若い世代が仕事に求めるものは大きく変わっている。自らキャリアを選びたい、成長実感ややりがいを得たい、自分の価値観に合う働き方を選択したい。そうした志向は年々高まっている。
このギャップが解消されない限り、「人事に期待できない」「人事に相談しても変わらない」という感覚は強まり、結果として「人事への不満9割」という数字として表面化する。人事部門は、自身の在り方を見直す局面を迎えていると言える。
▼人事の役割は「企画・計画・指示」では完結しない
人事に求められる役割を整理するとき、よく語られるのが「戦略人事」「経営に近い人事」といったキーワードである。経営戦略と連動した人材ポートフォリオの設計、次世代リーダーの育成、人材投資と人的資本のマネジメント。こうしたテーマに取り組むことは、当然ながら重要だ。しかし現場を見ると、「戦略や企画の高度化」ばかりが強調され、実行・運用の地道な積み上げが置き去りになっているケースが目立つ。そこで役に立つのが、次の二軸で人事機能を捉え直す視点である。
1.経営に近い戦略・計画策定の軸
2.日々の人事労務を運営する実行・運用の軸
人事部門が持つべき本来の力は、この二軸がバランスよく機能している状態にある。戦略・計画だけが先行し、「現場に落ちない」「社員が実感していない」という状態が続けば、人事部門はすぐに「机上の空論をつくる部門」という評価に陥る。一方、日々の労務実務だけに追われていれば、「守りの事務部門」に終始し、組織に変化を起こす力を失っていく。
人事が本当に価値を発揮するのは、戦略・計画を現場の実行・運用に落とし込み、そこで生じる不具合を一つひとつ拾い上げ、PDCAを回し続ける局面である。重要なのは、経営戦略に近い領域の“実行面”である。制度や戦略をつくっただけでは意味がない。実際に動かしてみれば、組織文化やマネジメントスタイルとの不整合、現場の理解不足、働き手からの違和感など、様々な歪みが必ず生じる。そこに向き合い、PDCAを回し、組織と戦略のアライメントを取り続けることが、人事の真価が問われるポイントである。
人事戦略が絵に描いた餅では意味がない、どのように実行し成果を生み出すかなのである。
つまり、「つくる人事」と「動かす人事」の両方を自ら担い、組織にジャストフィットする形に磨き上げていくことこそが、本来の人事機能の中心と言える。
▼これからの人事が担うべき3つの機能
こうした前提に立つと、人事戦略を実行し成果を生み出していく上で、これからの人事部門が担うべき役割は、次の3つに整理できるのではないかと考えられる。
① 能力・志向・キャリアと組織戦略をつなぐ「マッチング機能」
人事は単なる「配置管理部門」ではなく、社員一人ひとりの能力・志向・キャリアを可視化し、それを組織のミッションや事業戦略と結び付ける役割を持つ。特に若手・中堅社員に対して、「どのような成長ルートが開かれているのか」「どのような挑戦機会があるのか」を見える化し、自律的なキャリア形成を支えることが重要になる。
② エンゲージメントと心理的安全性を支える「協働パートナー機能」
人事部門は、もはや「会社側の代弁者」にとどまるべきではない。働き手の主体性を引き出し、現場マネジメントと共にエンゲージメントを高めていくパートナーとして機能する必要がある。そのためには、若手・中堅社員との直接的な対話の場を設け、キャリアや働き方の希望を聞き取り、人事施策に反映する姿勢が欠かせない。
③ 制度設計から運用・改善までを貫く「実行ドライバー機能」
制度をつくって終わりではなく、導入、運用、モニタリング、改善までを一貫して設計し、回し続ける“実行ドライバー”の役割が求められる。そのためには、評価・報酬・配置・異動・育成に関する定量データと、現場・社員の定性的な声を統合し、人事PDCAを「仕組みとして」機能させることが鍵となる。
昨今の労働環境や雇用環境から考えると、この3つの機能のあくなき追求こそが人事の核となる仕事になると言える。
▼HRテックとアウトソーシングが支える「動ける人事」への転換
ここで、HRテックや給与計算代行といったサービスの価値が生きてくる。給与計算や各種手続き、人事データの集約など、膨大なルーティン業務に人事部門のリソースが奪われている限り、人事は戦略と実行の両方を担うことができない。
1.給与計算や人事事務をアウトソースして運用負荷を軽減する
2.タレントマネジメントツール等で人事データを一元化し、可視化する
3.AIや自動化ツールで会議の議事録作成やタスク抽出を行い、人事施策の実行・フォローを仕組み化する
こうした手段によって、人事部門が本来取り組むべき「戦略と実行の橋渡し」に時間とエネルギーを割ける状態をつくることができる。結果として、制度と現場の乖離は縮まり、「人事は何をしているのか分からない」といった不信感は徐々に薄れていく。
▼「不満の的」から「期待される部門」へ
人事部門に対する不満が9割に達するという現実は、決して悲観の材料だけではない。それは、人事が変わる余地がまだ大きく残されていること、そして人事が変われば組織は大きく変わり得ることを示すサインでもある。
つまり、組織成長のポテンシャルである。
人事が、
・戦略と現場をつなぐハブとして機能し、
・働き手のキャリアと組織の方向性をすり合わせ、
・制度設計から運用・改善までのサイクルを自ら回し続ける存在へと進化していくとき、
かつての「怖い人事」「管理する人事」というイメージから、「頼りになる人事」「一緒に働き方をつくってくれる人事」へと、組織内での位置づけは変わっていく。人事が再び、組織の中核機能として「人と組織の可能性を引き出す部門」へと生まれ変わること。その転換の鍵は、過去の延長線上にある「人事権を握る人事」から離れ、戦略と実行の両輪を回し続ける「動ける人事」へシフトする意思にある。
不満の的で終わるのか、期待される部門へと変わるのか。その選択は、いま人事を担う一人ひとりの決断と行動に委ねられていると言えるであろう。
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