ガバナンスという言葉を耳にすると、しばしば「ブレーキ」の比喩で語られることが多い。すなわち、経営の暴走を抑える安全装置、法令遵守・リスク管理といった“守りの機能”としての側面である。
しかし私は、ガバナンスとは単にブレーキの役割を果たすものではなく、執行(アクセル)と監督(ブレーキ)の両機能を包括した、経営そのものの基本構造であると考えている。
執行と監督を分断して捉えるのではなく、両者の協働が企業の持続的成長と中長期的な価値向上を実現する本質であるからだ。

ガバナンスの基本概念とその拡張
ガバナンスとは、組織が透明性・公正性・説明責任をもって運営されるように、権限・責任・プロセスを定める総合的な仕組みである。外部規範だけでなく、内部の意思決定構造・監督機能・利害関係者との対話といった多層的な仕組みを含む。単に法令遵守・内部統制だけを指す概念ではなく、組織が意思決定を適正に行い、利害関係者の信頼を獲得し、持続的な成長を実現するための基本構造である。
伝統的な捉え方では、ガバナンス=監督機能(取締役会・監査役など)とされがちだが、これは誤解を生みやすい。たしかに監督機能は重要だが、そもそもガバナンスは企業活動全体を制御し、方向付ける仕組みであり、執行機能との連携なくして成立しない。
経営戦略の実行とその評価・監督のサイクルこそがガバナンスであるという視点が必要である。
実際、ガバナンスが透明性と説明責任を通じてリスク管理や利害調整の仕組みを提供することで、企業は信頼性と競争力を高められるとされている。これは単なる法令遵守やマネジメントの手続きではなく、経営戦略そのものと深く結びついている。
経営のアクセルとブレーキとしてのガバナンス
執行とは事業活動を加速させる役割であり、利益追求や戦略実行の推進力である。一方、監督は組織活動を評価し、適正性や持続性を保証する機能であり、しばしばガバナンスの中心とされる。執行=アクセル、監督=ブレーキという表現はよく使われるが、この比喩は誤解を招くことがある。
私はガバナンスを「ブレーキだけ」と捉えるより、むしろ「アクセルとブレーキを正しく協調させる仕組み」と捉えることがより本質に迫ると考える
経営の執行側は日々PL(損益計算書)に対する責任を負い、短期的な業績やスピード感を重視する傾向がある。一方で監督側はBS(貸借対照表)や中長期的な持続性、ステークホルダー価値を重視する傾向がある。
このズレは全ての企業で見られる共通の課題だ。執行側がリスクや規範遵守を軽視すると、短期的な利益は上がっても長期的な企業価値の毀損につながる可能性がある。これは「ガバナンスはブレーキである」という印象を助長する要因の一つでもある。
しかし、ガバナンスは単なる「ブレーキ」ではない。強固なガバナンスは組織の透明性や説明責任を高め、利害関係者からの信頼や投資家の評価を向上させ、中長期の企業価値を高める推進力にもなる。つまり、ガバナンスは企業が持続的に成長するためのアクセルとブレーキを両立させる統合的な構造なのである。
ガバナンスは安全装置ではなく価値創造の仕組みである
多くの経営者や執行側の担当者は、「ガバナンス=安全・安心、法令遵守」といった印象を持つことが多い。しかしながらこの考え方は、ガバナンスのごく一部でしかない。実際、ガバナンスは企業が環境変化や市場競争に対応するための仕組みであり、結果として組織価値の向上や持続的成長をもたらす構造である。
コーポレートガバナンス・コードのような原則や枠組みは企業の経営と監督の透明性を高め、とりわけステークホルダーや投資家との信頼関係構築に寄与する。その結果として、資金調達コストの低減や市場評価の向上など企業価値に寄与する効果も期待される。ガバナンスは守りだけではなく、組織の成長基盤そのものなのだ。
事業の投資判断や長期的な戦略立案においても、ガバナンスは重要な役割を担う。例えば、取引停止やリスク回避といった判断は一見「守り」のように見えるが、それが将来の重大な損失を防ぎ、中長期の成長機会を確保するための最重要な意思決定につながる。したがって、ガバナンスは戦略判断と切り離せない経営構造だ。
組織全体へ拡張されるガバナンスの役割
ガバナンスは会社全体の統制構造だけでなく、組織内部の各事業部門や部署にも存在する。各組織体はそれぞれの責任者を持ち、執行と監督の役割を自律的に回す必要がある。事業部長・部門責任者であっても、組織内でのガバナンス機能を理解し、実装することが求められる。中小企業やオーナー企業でも、ガバナンスは単なる形式ではなく、意思決定の質を高める重要な仕組みである。
例えば、オーナー企業やファミリービジネスにおいては、外部圧力が少ないがゆえに意思決定のスピードは早い。しかし同時に内的規律や統制が弱いと、経営者の直感や経験だけではカバーできないリスクが生ずる。こうした組織にこそ、ガバナンスという仕組みが意思決定の質を担保し、持続的な成長に資する判断を可能にする。
ガバナンスを理解するための時間軸と成果軸
執行と監督は時間軸や成果の評価軸が異なる。執行は短期的な成果を求められる一方、監督は中長期の価値創造に責任を持つ。それぞれの役割を適切に理解し、協働させることがガバナンスを組織に根付かせる鍵である。
短期的な業績評価だけが重視されると、ガバナンスは「ブレーキ」として過度に捉えられてしまう。しかし、組織が中長期的な価値創造を目指すならば、ガバナンスは経営戦略の中核であり、アクセルとブレーキを調和的に制御する役割を果たすべきであろう。
後継者育成とガバナンスの関係
最後に、ガバナンスを正しく理解・実装することは、後継者育成にも寄与する。ガバナンスが組織の文化として根付けば、意思決定や統制の仕組みが可視化され、リーダーシップの継承がスムーズに進む。これは特にオーナー企業や中堅企業において重要であり、組織の健全な承継と長期成長に不可欠な要素である。
まとめ
ガバナンスは単なるブレーキではない。経営の執行と監督という両輪を統合し、組織の成長と持続的価値創造を支える仕組みである。法令遵守や透明性確保といった守りの機能だけではなく、戦略的意思決定・リスクマネジメント・ステークホルダーとの信頼形成など、組織の未来をつくる仕組みそのものだ。執行と監督を分断するのではなく、それらを統合して経営というダイナミックなプロセスと位置づけることで、ガバナンスは企業を健全かつ強靭に成長させる力となるだろう。
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