1963年、政府の経済審議会は答申の中で「今後の賃金制度の方向としては、公平な職務要件に基づく人事制度を前提とする職務給が考えられる」と書きました。当時は経営者団体の日経連も、職務給を高く評価していました。ところが6年後の1969年、日経連は『能力主義管理』を刊行し、職務ではなく「能力」で賃金を決める方向へと舵を切ります。以来半世紀あまり、日本企業の人事は「職務遂行能力」という、仕事の中身から切り離された物差しを軸に回ってきました。
この選択には、表に出にくいもう一つの帰結がありました。人の価値を特定の仕事から切り離したからこそ、会社は社員を「どこにでも動かせる」ようになったのです。辞令一枚で営業から経理へ、本社から地方の支店へ。配置を決める権限は、ほぼ全面的に会社が握ってきました。
今週、その権限のあり方を揺さぶるニュースが重なりました。NTTグループは約10万人を対象に、組織が社員へ直接声をかける「オファー型」の人事制度を始めると発表しました。静岡県沼津市は、若手職員を人事評価の上位から希望の部署へ優先して配属する仕組みを2027年度から導入します。栃木銀行は、支店長への登用を理論上は入行8年目から可能にする新制度に移りました。業種も規模もまったく違う組織が、同じ週に「誰が、どうやって配置を決めるのか」を問い直している。今回は、この配置の主導権の移動を考えてみたいと思います。

▼「どこにでも行ける人」を育てた能力主義
まず、なぜ日本企業が配置の権限を手放さずにこられたのかを確認しておきます。労働政策の研究者による新著の抜粋として、ダイヤモンド・オンラインが今週掲載した記事が、その経緯を丁寧にたどっています。
記事によれば、日経連は1955年の『職務給の研究』で、賃金の本質は労働の対価にあり、同一労働・同一賃金の原則で貫かれるべきだと述べていました。冒頭の1963年の答申も、その流れの上にあります。ところが1969年の『能力主義管理』で日経連は職能給化へと転じ、1980年の『新職能資格制度』に至ると、等級の要件は極めて抽象的な形容詞で書かれるようになりました。特定の職務を遂行するための技能、つまり「スキル」の意味はほぼ失われ、仕事ができるかどうかという評価、筆者の言葉でいう「デキル」が物差しになった。しかもその転換は「職務遂行能力」という言葉に覆い隠され、起きたこと自体が認識されにくかった、というのが記事の指摘です。
私はこの指摘を、配置の問題として読みました。人の価値を「この仕事ができる」ではなく「この人はデキる」で測る仕組みは、会社にとって非常に都合のよいものでした。職務と処遇が結びついていないので、異動させても給料を変える必要がない。どの部署に行っても等級は変わらないので、社員も異動を受け入れやすい。事業の伸びに合わせて人を大胆に動かせることは、高度成長期の日本企業の大きな強みだったはずです。
しかし、その裏側で失われたものもあります。社員一人ひとりが何をできるのかが、会社の中で言葉になっていないということです。記事の筆者は、企業の内部でさえ、誰がどの職務にどの程度のスキルを持っているのかがはっきりしないことが多い、という趣旨の問題提起をしています。配置を決める人事部や上司の頭の中にしかない情報で、人が動かされてきた。だからこそ、社員の側からは「なぜ自分がここに配属されたのか」が見えにくかったのです。
▼今週、配置の主導権が動いた三つの現場
今週の三つのニュースは、この長く続いた構図のどこに手を入れようとしているのかという点で、それぞれ違う顔を持っています。
一つ目はNTTグループです。同社が10月22日に発表した「NTT Group Job Scout」は、グループ66社、約10万人を対象に、10月中に始まります。社員がスキルや経験、キャリアの志向、異動の希望を登録し、人材を求める組織がその情報をもとに候補者を探し、直接スカウトを送る仕組みです。運用には「社内版ビズリーチ by HRMOS」を使います。利用できるのは、本人が今の組織からの異動を希望していること、入社から3年が経過していることなどの条件を満たす社員です。
注目したいのは、NTTがこれまで社員が自ら応募する社内公募制度「NTT Group Job Board」を運用してきたことです。2023年7月の導入から約3年で、約4,000件の応募があり、約2,100件の異動につながったといいます。公募が社員の応募を起点にする仕組みであるのに対し、今回のJob Scoutは組織の側から声をかける仕組みです。社員が手を挙げるのを待つだけでなく、組織が人を探しに行く。配置を「市場」に近づける試みだと言えます。
二つ目は沼津市です。日刊ゲンダイDIGITALによれば、対象は副主任級までの一般事務職員で、おおむね入庁10年くらいまでの若手職員です。一般事務職員約740人のうち、約4割にあたる約290人が対象になり、技術職や保育士は対象外です。異動の対象者を挙げ、人事評価の上位者から希望する部署に配属し、ポストに空きがなければ次の希望に回る。新規採用職員は、採用試験の成績がよい人から希望の部署に配属します。
市の人事課の説明が印象的でした。学生や若手職員が最も気にしているのは入庁後のキャリアパスであり、就職フェアでは「異動はどのくらいのスパンで行われるのか」「自分の希望は通るのか」とよく聞かれる。配属のルールを明確にすれば、どこに配属されるかを予測しやすくなり、不安が減り、主体的に成長する風土につながる、というものです。
三つ目は栃木銀行です。ニッキンONLINEによれば、同行は10月から新しい人事制度に移りました。役割等級を6段階から14段階に細かくし、等級ごとの滞留年数の考え方を「最短経験年数」に改めて1年に短縮しています。支店長への登用は、従来は最短で入行20年目だったものが、理論上は8年目でも可能になりました。年功色を排して抜擢人事をしやすくするのが狙いだといいます。
手を挙げた人と探している組織をつなぐNTT、評価という物差しで希望をかなえる順番を決める沼津市、年数の壁を取り払って抜擢の道を開く栃木銀行。方法は違いますが、どれも「会社が一方的に決め、社員は辞令を受け取るだけ」という配置のあり方から、一歩離れようとしています。
▼「手を挙げる」「声をかける」「順番を決める」
ここで、配置の仕組みを少し整理しておきます。社員本人の意思を配置に反映させる方法は、大きく三つに分けられると私は考えています。
一つは、社員が手を挙げる仕組みです。社内公募やFA制度がこれにあたります。本人の意欲が最もはっきり表れる一方で、手を挙げる人は限られます。自分にどんな可能性があるのかを知らない人、上司に知られることを恐れる人は、そもそも応募しません。
二つ目は、組織が声をかける仕組みです。NTTのオファー型がこれにあたります。本人が気づいていなかった適性を、組織の側が見つけて誘うことができます。その代わり、組織が社員の情報を検索できる状態になっていなければ成り立ちません。何を登録してもらい、それをどう検索させるのかが、仕組みの成否を分けます。
三つ目は、ルールで順番を決める仕組みです。沼津市の方法がこれにあたります。希望を出せるのは全員ですが、かなえる順番を評価で決める。透明で、予測がしやすい。ただし、評価の結果が配属先という目に見える形で表れるので、評価の納得感が以前にも増して問われます。記事も、人事評価によっては低い順位の希望で決まることもある、と市の説明を紹介しています。評価が低かった人にとっては、希望がかなわないことと、評価が低かったことが、同時に突きつけられるのです。
どの方法にも長所と短所があります。そして、三つに共通する前提があります。社員が何をできて、何をしたいのかが、会社の中で見えていることです。手を挙げる人には職務の中身が、声をかける組織には社員のスキルが、順番を決める人事には評価の根拠が、それぞれ見えていなければなりません。半世紀にわたって「デキル」で人を測ってきた日本企業にとって、ここが最大の宿題だと私は考えています。
▼若手は本当に「選ぶ自由」を求めているのか
配置の自律化というと、「若い世代はキャリアを自分で選びたがっているから」という説明がよく聞かれます。しかし、今週のもう一つの記事は、その通説に疑問を投げかけています。
組織論の研究者の新著を抜粋したダイヤモンド・オンラインの記事は、産業能率大学の「2025年度新入社員の会社生活調査」を紹介しています。年功序列的な人事制度と成果主義的な人事制度のどちらを望むかを尋ねたところ、「年功序列」「どちらかといえば年功序列」の合計が56.3%と、初めて過半数を占めたといいます。成果主義の側は43.6%でした。記事では調査の対象者数などは示されていませんので、この数字だけで世代全体を語ることには慎重であるべきですが、少なくとも「若手は成果主義と自由な選択を求めている」という一般論とは逆の結果です。
では、この結果と、沼津市の就職フェアで学生が「希望は通るのか」と尋ねる姿は矛盾するのでしょうか。私はそうは思いません。若い世代が求めているのは、何でも自由に選べることよりも、「自分の将来がどう決まるのか」が見通せることなのではないでしょうか。年功序列が支持されるのは、それが最も予測しやすい仕組みだからだと考えれば、筋が通ります。沼津市が配属のルールを明確にする狙いとして「予測しやすくなり、不安が減る」と説明しているのも、まさにこの点を突いています。
ここに、経営者が見落としやすい落とし穴があります。社内公募やオファー型の仕組みを入れれば、若手が喜んで手を挙げると考えるのは早計です。選択肢を増やすことと、見通しを示すことは別のことです。どの経験を積めば、何年ぐらいで、どこまで行けるのか。その道筋を示さないまま「自分で選べ」と言われれば、多くの社員はむしろ不安を感じるでしょう。栃木銀行が支店長への最短年数を具体的な数字で示したことも、抜擢の可能性を見通しとして伝えるという意味で、大切な一歩だと私は受け止めています。
▼「デキル」の会社に、社内の市場は立ち上がらない
配置を市場に近づけるには、市場で取引される「中身」が必要です。NTTの発表資料を読んで、私が最も重要だと感じたのは、オファー型の制度そのものよりも、その土台の話でした。同社は2026年7月から、国内主要会社の正社員約16万5,000人を対象に、スキル情報を扱う新しい基盤の活用を始めています。従来は18の専門分野ごとに年1回専門性を確認していたものを、職務ごとのテクニカルスキルやコンセプチュアルスキルの単位で、期中いつでも登録・可視化できるようにしたといいます。そして、この情報をスカウトのマッチングにも使う。将来はグループ全体を「タレントマーケットプレイス」に発展させることを目指しているそうです。
つまり、NTTは配置の仕組みを変える前に、「誰が何をできるのか」を測り直すところから手をつけています。冒頭の言葉を借りれば、「デキル」から「スキル」へ、半世紀前に失われたものを取り戻そうとしているとも言えます。
同じ構図は、報酬の側にも見られます。HRプロに掲載された対談で、GSユアサは2024年から取り組んできた人事制度改革について語っています。経験や実績で等級が上がる運用が続いた結果、管理職層が増える一方で、実際のポスト数や役割の大きさとの整合が取りにくくなり、役割や責任の大きさが違うのに等級や報酬の差が小さい、という課題を抱えていたといいます。そこで各ポジションの職務評価を行い、課長職と部長職にそれぞれ3段階のグレードを設け、外部の報酬サーベイを使って市場の水準と照らし合わせて報酬を設定しました。目的は、役割や責任に応じて処遇し、機動的な人材配置や抜擢につなげることです。
配置を動かすには、動いた先の役割の大きさと処遇が説明できなければなりません。等級と報酬が役割と結びついていない会社で抜擢を増やそうとすれば、「なぜあの人だけ」という不満が必ず出ます。GSユアサが社外のデータを経営層への説明の根拠にしたことは、配置と処遇の両方に客観的な物差しを持ち込もうとする試みだと私は見ています。
▼経営者が手放すもの、手放してはいけないもの
では、経営者はこの流れをどう受け止めればよいのでしょうか。私は、配置の主導権を社員や現場に「渡す」ことと、配置に対する経営の責任を「手放す」ことを、はっきり分けて考えるべきだと思います。
社内公募もオファー型も、評価順の配属も、個々の配置の決め方を分散させる仕組みです。しかし、どの事業に、どれだけの人を、どんな専門性で張るのか、という配置の全体像を決めるのは、今も経営の仕事です。NTTの発表が、目的として社員の自律的なキャリア形成と並べて「事業戦略に連動した人材活用」を掲げているのは、その意味で示唆的です。市場に任せる部分と、経営が意思を持って動かす部分の線引きを、経営者自身が示さなければなりません。
もう一つ、経営にしか解けない問題があります。人を出す側の部署の事情です。社員が別の組織に移ることは、出す側から見れば戦力の流出です。優秀な部下ほど手放したくないと考える管理職がいるのは自然なことであり、その気持ちを責めても仕組みは回りません。人を育てて送り出した管理職を評価する、送り出した後の欠員を補う手当てを用意する。こうした手当ては、人事部の運用だけでは決めきれず、経営が組織の評価軸として決めるべきことです。
そして、配置の仕組みを変えれば、人件費の配分も変わります。栃木銀行は総額人件費を約6%増やしたうえで、役割の大きさや評価に応じてメリハリをつけて配分するとしています。抜擢の道を開くということは、若くして大きな役割を担う人に、それに見合った処遇を用意するということです。その原資をどこから持ってくるのかは、まさに経営判断です。
最後に、経営者に問いたいことがあります。自社の社員に「あなたはなぜ、今の部署にいるのですか」と尋ねたとき、どれだけの人が自分の言葉で答えられるでしょうか。答えられないのだとすれば、それは社員の意識の問題ではなく、配置を決める側がその理由を言葉にしてこなかった結果です。
▼来期の異動から、人事が変えられること
人事の実務に引き寄せて考えてみます。オファー型のような大がかりな仕組みをすぐに入れられる会社は多くありません。それでも、来期の異動から手をつけられることはあります。
最初に取り組みたいのは、異動のルールを文章にすることです。どのくらいの周期で異動があり得るのか。希望はどのように聞き、どのように反映するのか。沼津市が学生から真っ先に聞かれたのは、まさにこの二点でした。ルールを示すだけでも、社員の不安はかなり和らぎます。ルールが社内の慣行として暗黙のうちに存在しているだけなら、それを明文化するだけで、配置に対する信頼は変わります。
次に、異動の理由を本人に伝えることです。HRプロの連載で、グラファーの人事を統括する執行役員は「社員に説明できないことはしない」と語っています。何かをやめるとき、制度を変えるときには、なぜそうするのかを社員にきちんと説明しなければならない、という考え方です。配置も同じです。辞令を出すときに「なぜあなたに、この仕事を任せるのか」を上司が言葉にして伝える。これは制度を変えなくても、明日からできることです。
三つ目に、社員の「できること」と「したいこと」を集め始めることです。スキルの定義を一気に整える必要はありません。まずは、これまでに担った仕事、得意な領域、次に挑戦したい仕事を、本人に書いてもらうところから始めればよいのです。大切なのは、集めた情報を配置の検討に実際に使うことです。毎年の自己申告書が、誰にも読まれずに保管されているだけ、という会社は少なくありません。使われない申告は、社員に「書いても無駄だ」と教えるだけです。私たちのHRオートメーションシステム「サイレコ」も、こうした人材の情報を一か所で扱えるようにすることを大切にしてきましたが、道具よりも先に、集めた情報を配置の場で読む習慣をつくることが肝心です。
四つ目に、希望がかなわなかった人への対応を設計しておくことです。希望を聞く仕組みを入れれば、かなわない希望も必ず生まれます。そのときに、なぜかなわなかったのか、次にかなえるには何が必要なのかを伝えられなければ、希望を聞いたこと自体が不満の種になります。評価で順番を決めるのであれば、なおさら評価のフィードバックと配属の説明をセットにすることが欠かせません。
そして五つ目に、抜擢した人を支える準備です。先のグラファーの執行役員は、本人の意志があればマネジメント経験がなくても積極的に任せる一方で、新任のマネージャーには着任初日から取るべき行動を示す手引きを用意していると語っています。年数の壁を取り払うことは、経験の浅い人を難しい役割に就かせることでもあります。抜擢と育成は、一つの仕組みとして設計しなければ、抜擢された人を孤立させてしまいます。
▼辞令一枚で人が動いた時代の、その先へ
1969年の『能力主義管理』は、職務に縛られない柔軟な人の動かし方を日本企業にもたらしました。それは確かに、成長の時代の優れた答えでした。しかしその柔軟さは、社員が何をできるのかを言葉にしないこと、配置の理由を説明しないことと引き換えに成り立っていました。
今週のニュースが示しているのは、その引き換えがもう成り立たなくなったということです。NTTはスキルを測り直したうえで組織が声をかける仕組みを、沼津市は評価と希望を結びつけたルールを、栃木銀行は年数の壁を取り払った抜擢の道を選びました。答えはそれぞれですが、どの組織も「配置の理由を、社員に見える形にする」という同じ方向を向いています。
私たちアクティブ アンド カンパニーは、組織・人事コンサルティングを通じて多くの企業の制度づくりに関わってきました。その経験から言えば、配置の仕組みを変えることは、等級表や報酬テーブルを変えることよりも、社員の実感に直接届きます。どこで働くかは、毎日の仕事そのものだからです。辞令一枚で人が動いた時代は、静かに終わりつつあります。これからの経営に求められるのは、人を動かす力ではなく、人が動きたくなる理由を示す力なのだと、私は考えています。
▼参考記事
* オファー型人事制度「NTT Group Job Scout」を開始(Digital PR Platform) <https://digitalpr.jp/r/146546>
* NTT、10万人対象にグループ横断の人事制度を導入 社員を直接スカウト(マイナビニュース) <https://news.mynavi.jp/techplus/article/20261022-5173839/>
* 公務員も「成績がいい人から好きな部署へ」! 静岡・沼津市が導入する新たな人事制度(日刊ゲンダイDIGITAL) <https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/394447>
* 栃木銀、最短8年で支店長 若手抜擢へ制度刷新(ニッキンONLINE) <https://www.nikkinonline.com/article/432352>
* GSユアサが人事制度改革で目指す未来図~報酬データを活用し、抜擢・適所適材を後押しする(HRプロ) <https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4815>
* 「スキル」より「デキル」を重視する日本企業の〈なんちゃって能力主義〉(ダイヤモンド・オンライン) <https://diamond.jp/articles/-/400351>
* そりゃ空気に敏感になるわ…Z世代が「ザ・日本人」になった納得のワケ(ダイヤモンド・オンライン) <https://diamond.jp/articles/-/400530?page=3>
* 社員に説明できないことはしない(HRプロ) <https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4831>
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