人事制度改定の成否を握る「最前線の役割」

「自社のあるべき姿を標榜した、完璧な人事・評価制度が完成した」

経営陣や人事部がこのように胸を張る制度であっても、現場に導入された途端に機能しなくなってしまうケースは後を絶ちません。評価の基準は明確に言語化され、報酬の仕組みも公平に設計されているはずなのに、なぜか現場からは不満が噴出し、組織のエンゲージメントが下がっていく。一体なぜ、このような現象が起きてしまうのでしょうか。

結論から申し上げれば、どれほど緻密で素晴らしい人事制度であっても、それは全自動で機能するものではないからです。我々コンサルタントはよく、「人事制度はありたい姿を実現する『ツール』である」という話をさせて頂きます。制度はあくまで「仕組み」に過ぎません。そして結局のところ、それを実際に動かし、血を通わせるのは「人間」なのです。そして、制度が真に機能するための条件の1つには、メンバー全員がその思想に納得し、十分に意思疎通ができる「環境」、すなわち質の高いコミュニケーションが担保されているかどうかにかかっています。

この、制度運用の最前線を担う「要(かなめ)」こそが、現場の管理職たちです。

管理職には、非常に重いミッションが課せられています。彼らは単にチームや組織の業績進捗を管理するだけでなく、「評価者」としてメンバーの日々の行動を観察し、時には耳の痛いフィードバックを与えなければなりません。さらに、経営陣が決定した制度改定のメッセージや企業のビジョンを現場の最前線に立ち、その意図や背景まで含めて正しく伝えていく重要なメッセンジャーとしての役割も担っています。

しかし、現代のビジネスシーンにおいて、この制度運用の要であるはずの管理職が、現場でのコミュニケーションに深く悩んでいることもまた事実です。

「制度の変更をどう説明したら、現場が納得してくれるのか分からない」 「評価フィードバックの面談で、メンバーと心が通い合わない」 「良かれと思ってかけた言葉が、相手にハラスメントと捉えられないか不安で、踏み込んだ話ができない」

このような悲鳴が、あらゆる組織の管理職から聞こえてきます。無論、彼らは決して怠慢な訳ではなく、むしろコミュニケーションを通じて制度運用を成功させ、その先に求められる成果達成に向け、日々努力していることは間違いないはずです。それにもかかわらず、なぜこれほど多くの管理職が、コミュニケーションという壁の前に立ち尽くし、機能しなくなってしまうのでしょうか。

プレイヤーと管理職の立場の変化による「コミュニケーション」の違い

多くの企業において、管理職に登用されるのは「プレイヤーとして極めて優秀だった人」です。営業でトップの成績を収めた人、エンジニアとして卓越した技術を持つ人、プロジェクトを完璧に回した人など、彼らはその実績を評価され、満を持して管理職の椅子に座ります。

しかし、ここに致命的な誤解が存在します。それは、「優秀なプレイヤーは、優秀な管理職になれるだろう」という思い込みです。実際には、プレイヤーに求められる仕事と、管理職に求められる仕事は地続きではありません。そこにあるのは、180度意識を転換する必要がある非連続な、むしろ断絶といってもいい役割の劇的な変化です。

プレイヤー時代には「自分が成果を上げる」ことで評価されていたことが、管理職になると自分だけ成果を上げるだけでは十分な評価されないことは、想像に難くはないでしょう。むしろ担当するチームや組織が成果を上げることが出来ていなければ、いくら自分が成果を上げたとて、それは管理職としての評価にはつながりません。

このような断絶は、求められるコミュニケーションの「主語」と「目的」の違いに最も顕著に現れます。

まず、プレイヤーのコミュニケーションにおける主語は、どこまでいっても「自分」です。 目的は、最短ルートで成果を出し、自身の有能さを証明することにあります。そのため、プレイヤーのコミュニケーションは直線的で、効率的です。自分の正しさを主張し、自分の進捗を的確に伝え、顧客や上司を納得させるというように、自分の価値観ややり方が「正解」であり、その処理速度を高めることが、成果に直結していました。

一方で、管理職のコミュニケーションにおける主語は「組織・他者」へと完全に切り替わります。 目的が「自分ではない他人に成果を出してもらい、組織全体を動かすこと」に変わります。ここが最大の落とし穴です。管理職が向き合う現場には、自分とは全く異なる価値観、異なるバックグラウンド、異なる仕事の能力、あるいは異なるモチベーションで動いている人々が存在します。さらには、上層部からの理不尽な要求や、他部署との利害調整といった、異なる立場の人々とも対峙しなければなりません。

管理職に求められるのは、自分自身の価値観を押し付けることではありません。自分とは全く違う他者の価値観を理解し、傾聴し、相手の言葉に耳を傾けることにあります。そして、会社の意図(制度改定の背景など)を、あらゆる他者が理解できる言語へと噛み砕いて「翻訳」し、周囲を巻き込んでいく多角的で忍耐のいるコミュニケーションです。

つまり、プレイヤー時代には「正解」だった直線的でロジカルなコミュニケーションが、管理職になった瞬間、その方法は他者を置き去りにし、組織を冷え込ませる方法へと激変してしまうと言えるでしょう。

ピーターの法則 構造上の限界

この「プレイヤー」と「管理職」の非連続性がもたらす問題は、社会学や組織論において古くから指摘されています。それが、南カリフォルニア大学のローレンス・J・ピーター博士が提唱した「ピーターの法則(Peter Principle)」です。

ピーターの法則とは、次のような階層組織の宿命を指しています。

「有能なプレイヤーは、その能力ゆえに、無能化するポジション(管理職)まで昇進し、そこに留まり続ける。結果として、組織のあらゆるポストは、その職務を果たせない無能な人間によって占められる」

一見、過激で皮肉に満ちた指摘に思えますが、現代の組織が抱えるコミュニケーションの不全を見事に言い当てているのではないでしょうか。

スポーツに置き換えるとより分かりやすいかもしれません。「名選手は名監督にあらず」という言葉が、この状況をよく表していると言えます。

昨日まで「自分の価値観」を使って打席に立ち、圧倒的なホームランを量産していたスター選手がいたとします。会社はその功績を称え、翌日から彼を「監督」に任命します。しかし、監督としての訓練や、コミュニケーションの練習を行う機会はほとんど与えられません。すると何が起きるでしょうか。新米監督は、打てない選手(メンバー)に対して、「なぜ俺の言う通りにバットを振らないんだ」「なぜこんな簡単なボールが打てないんだ」と、自分の価値観を基準に正論をぶつけてしまいます。あるいは、会社の新しい方針を伝える際にも、自身のプレイヤー時代の経験則だけで解釈し、「上からこう言われたから、とにかくやってくれ」と、雑な伝達をして現場の反発を招いてしまうのです。

これが、ピーターの法則がもたらす「構造上の限界」です。 管理職がコミュニケーションで機能しなくなってしまうのは、彼らの人間性が劣っているからでも、サボっているからでもありません。昨日までの勝ちパターンが一切通用しなくなる役割を、ある日突然任され、知らされないまま放り込まれているという、組織上の仕組みが原因なのです。

多くの企業はこの構造上の欠陥に気づかず、表面的な対策に終始してしまいます。その結果、どれほど立派な人事制度を作っても、現場の最前線である管理職のところでコミュニケーションが目詰まりを起こし、制度そのものが形骸化していくことになるのではないでしょうか。

研修や1on1を超えた先にある「名誉ある敗北」

では、この構造上の問題を打開するために、企業は、そして管理職個人はどうすればいいのでしょうか。

ここで世の多くの企業が取り入れているのが「コミュニケーション研修」や「定期的な1on1ミーティングの義務化」です。

しかし、これらの施策は、ほとんどの場合において滑り続けます。なぜなら、それらはすべて「話し方」「聞き方」といったテクニックの話に終始しており、問題の根本にある管理職の「心」に届いていないからです。

すでに述べたように、どこの会社も1on1や研修などはやり尽くしています。それでも悩みが消えないのはなぜでしょうか。 それは、管理職にとって、これまでのコミュニケーションスタイルを変えるということが、単なるスキルの習得ではなく、「これまで積み上げてきた自分の正しさ(プレイヤーとしてのプライド)の否定」という、極めて痛みを伴う意識変革が必要になるからではないでしょうか。管理職の方々はこれまで誰よりも成果を出し、会社から認められ、自負を持って生きてきた人たちです。「自分のやり方が正しい」という確固たる自信があるからこそ、彼らはそこにいます。そのプライドに対して、「一度それを横に置いてください」「あなたの有能さは、今のポジションでは簡単に通用しません」と突きつけることは、彼らのアイデンティティを根底から揺るがす心理的な苦痛を伴います。

だからこそ、いま管理職に必要なのは、スキルアップ研修ではありません。必要なのは、ただひとつの覚悟です。その覚悟を表現する言葉として、私は「名誉ある敗北」というキーワードを提示したいと思います。

「名誉ある敗北」とは、プレイヤーとしての輝かしい過去や実績に誇りを持ちつつも、その成功体験や「自分自身の正解」を、次のステージへ進むために一度綺麗に手放す(アンラーニングする)という、前向きな降伏のことです。

管理職がコミュニケーションの壁を越えるためには、この「名誉ある敗北」を受け入れ、自身のアイデンティティを大転換させる脱皮のプロセスが不可欠なのです。具体的には、次の3つのシフトを行う必要があります。

第一に、「自分の有能さを周囲に証明するのをやめる」ことです。 プレイヤー上がりの管理職は、無意識のうちに「上司として、メンバーより優秀でなければならない」「完璧な正解を出さなければならない」という感覚に囚われています。そのため、現場との対話の際にも、ついついマウンティングをしたり、正論で相手を論破しようとしたりしてしまいます。 しかし、管理職の仕事は、自分の優秀さを誇示することではありません。「名誉ある敗北」を認めた管理職は、自分の正しさを手放し、「私はプレイヤーとしては過去の人であり、今の現場のリアルについては、あなたたちのほうが詳しい」と、周囲の専門性や意見を素直に受け入れることができるようになります。

第二に、「脳の報酬系(快感のポイント)を書き換える」ことです。 プレイヤーの快感は「自分が勝つこと(ヒットを打つ、契約を取る)」でした。しかし管理職になったら、そのドーパミンが出るポイントを強引に書き換え、「組織や周囲を勝たせる快感」へとシフトさせなければなりません。 会社の新しい人事制度や方針を現場に伝える際は「この制度をどう使えば、周囲のメンバーが最も輝けるか、組織が前進するか」という視点で対話を行います。主語を「自分」から「周囲」へ転換する快感を覚えたとき、コミュニケーションの質は劇的に変化します。

第三に、「完璧な上司の仮面を脱ぎ、弱さの開示(自己開示)を行う」ことです。 正論だけのコミュニケーションには、他者が入り込む「余白」がありません。特に会社のトップダウンのメッセージを伝えるとき、ロボットのように完璧に伝えようとすればするほど、現場は冷めていきます。 そうではなく、「正直、今回の制度改定は、私自身も最初に聞いたときは戸惑いましたし、みんなにどう伝えるべきかすごく悩みました。でも、会社の意図を深く読み解くと、こういう狙いがあると思うのです。みんなはどう思いますか?」と、自身の不完全さや葛藤を隠さずに対話のテーブルに乗せるのです。この「弱さの開示」こそが、現場に圧倒的な安心感を与え、本音の対話を生み出す呼び水となります。

テクニックで取り繕う1on1などは限定的な効果に留まります。しかし、「名誉ある敗北」を経験し、プライドの断捨離を終えた管理職が行う対話には、人を、そして組織を動かす本物のエネルギーが宿るのです。

まとめ

管理職のコミュニケーションがこれほどまでに難しく、多くの人が頭を抱えるのは、それが単なる「話し方の技術」の問題ではないからです。それは、これまでのキャリアで築き上げてきた自身の成功体験を否定し、生き方やアイデンティティそのものの脱皮を迫られる、極めて精神的な大転換だからです。

素晴らしい人事制度を作ることは、組織の変革におけるスタートラインに過ぎません。その制度が現場で生きた機能として呼吸を始めるかどうかは、最前線に立つ管理職たちが、過去の自分に「名誉ある敗北」を告げられるかどうかにかかっています。

自分の優秀さという鎧を脱ぎ捨て、多様な他者の価値観に寄り添い、組織のハブとして言葉を紡ぎ始める管理職。彼らが増えたとき、企業の血流は劇的に改善し、どんな制度も組織の可能性を最大化するための強力な武器へと変わるはずです。

いま、机上の人事制度が動かずに悩んでいる経営層や人事担当者、あるいは現場で孤軍奮闘している管理職の方々にこそ、この「名誉ある敗北」という前向きな降伏の価値を理解して頂きたいと思います。

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