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企業内人材育成を支援する“育成屋”こと、ある組織開発コンサルタントが綴る現場のリアルと人事の本音。登場する組織・人物はすべてフィクションですが、どこかで聞いたような話かもしれません。
――若手は優秀。でも、幹部候補にならないのはなぜか――
人事部長のこの一言は、最近とてもよく聞く。
評価も高い。学習意欲もある。リスキリングも積極的。
それなのに、いざ「次世代幹部候補」という話になると、空気が重くなる。
本人に聞けば、こう返ってくることも多い。
- 「そこまで責任を背負うイメージが持てなくて」
- 「管理職って、正直しんどそうですよね」
- 「今の働き方が気に入っているので…」
――なるほど。
優秀な人材は育っている。
でも、“未来人材”には育っていない。
これは若手の問題だろうか。
育成屋としては、どうにもそうは思えない。

育成はしている。でも「覚悟」は育てていない
多くの大手企業では、未来人材育成のために、実に立派な仕組みが用意されている。
- 選抜型研修
- タレントマネジメント
- 次世代リーダープログラム
- メンター制度
- 海外研修、DX研修、経営シミュレーション
やることは、やっている。
資料も、報告書も、KPIも揃っている。
それでも、「いざ任せたい人がいない」という感覚が残るのはなぜか。
答えは案外シンプルだ。
育成はしているが、意思決定の経験を渡していないのである。

「見せる経営」と「任せる経営」は違う
未来人材育成の現場をよく見ると、こんな構図になっていることが多い。
会議には同席させる
議論の背景は説明する
経営の考え方は共有する
ここまでは丁寧だ。
だが、最後の一歩――
「じゃあ、決めてみる?」
「責任も含めて、任せるよ」
ここが、抜けている。
結果として若手は、
“理解はしているが、決断はしたことがない人材”になる。
これでは、いざ経営ポジションを想定したときに、本人の中でブレーキがかかるのも無理はない。
「知っている」と「引き受けられる」は、まったく別物なのだ。
「将来が見えすぎるキャリア」の副作用
もう一つ、よくある落とし穴がある。
それは、キャリアが見えすぎていることだ。
-
何年目で課長
- その次は部長
- 役員は◯%の確率
- 責任は重く、報酬は緩やか
これを丁寧に説明すればするほど、若手の目は現実的になる。
誰も口には出さないが、心の中では電卓が叩かれている。
未来人材とは、本来「不確実な未来に踏み込める人材」のはずだ。
それなのに、制度と説明で未来を確定させすぎると、挑戦の余地が消える。
結果として残るのは、
優秀だが、踏み出さない人材だ。

本当に育てるべきは「能力」ではない
ここで、育成屋として言っておきたい。
未来人材育成の本質は、
スキルでも、知識でも、研修回数でもない。
育てるべきは、「引き受ける経験」、提供すべきは「良質な修羅場」だ。
- 自分で決めた
- 自分の判断で失敗した
- でも、組織が守ってくれた
この良質な修羅場経験がある人だけが、
「次はもっと大きな責任を引き受けてみよう」と思える。
逆に言えば、失敗しないように守られ続けた人ほど、覚悟は育たない。
皮肉な話だが、過保護な育成は、未来人材を量産しない。
育成屋のたわごと
未来人材がいないのではなく、未来を“引き受ける練習”をさせていないだけかもしれません。
任せる前に育てようとすると、いつまでも「育成中」のまま、時間だけが過ぎていきます。
今日もどこかの会議室で、「若手が育たない」という議題が静かに置かれている。
その議題の横に、そっとメモを置いて帰りたい。
――育てているのは、能力ですか。それとも“覚悟”ですか。
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