大企業病は“規模の病”ではない

「大企業病」という言葉を聞くと、多くの人は巨大企業の官僚主義や形式主義を思い浮かべるだろう。だが、実際には企業規模に関係なく、その病はどんな組織にも静かに忍び寄る。大阪のとある自動車販売店がかつて陥っていた組織崩壊の危機は、その典型である。

ワンマン体制が生んだ“考えない組織

同社が抱えていた最大の問題は「優秀な個人による組織支配」。営業本部長が全てを決定し、社員は彼の指示だけを仰ぐ。現場には自主性がなく、顧客よりも上司の顔色を見て動く文化が根づいていた。

こう書くと、昭和のパワーマネジメントをイメージするかもしれないが、必ずしもそうでもない。結果として”何でも自分が決める”、”何にでも関与しないと気が済まない”、”関与していない/しないモノには我は関せず”といった具合でも同じことが起こる。

この構図はまさに「大企業病」の典型的症状である。組織の方向性や理念ではなく、個人の満足ややりがいを軸に動く。全体最適ではなく、局所的な効率を追い求める。そして目的を忘れた“作業”に没頭する。

同販売店の社長は、権限委譲と組織のフラット化を進めた。だが結果はカオスだった。誰も指示を出さず、現場は混乱。社員同士の対立が深まり、組織は崩壊寸前まで追い込まれた。これは、「自ら考え、判断する文化」が失われた組織にありがちな構造的リスクである。

無責任な責任者/大企業病の発症源

私が長年コンサルティングの現場で見てきた限り、「大企業病」には明確な感染源がある。それは無責任な責任者の存在である。この“無責任”とは、仕事を放棄することではない。むしろ仕事をしているのだが、「自分の都合」だけで動く責任者のことだ。彼らは上層部には従順。現場の課題よりも上層部の満足を優先し、組織の目的を見失わせる。同販売店でいえば、先に話した営業本部長がまさにその象徴だったと言えるであろう。この営業本部長の存在が、現場から機会と責任を奪い、シラケた組織を作ったと言える。だが問題の本質は、経営陣がその“無責任な責任者”を重宝していたことにある。

「指示すればすぐ動く」「反論しない」「管理しやすい」ため、経営者にとって“便利な存在”なのだ。しかしその便利さこそが、組織を思考停止に導いてしまった。

大企業病の構造分析/“イエスマン”が生む組織の死

「大企業病」とは何か?それは考えることをやめた人々が生み出す集団の惰性である。組織の方向性を理解せず、自分の満足だけを追う。目的を忘れ、手段が目的化する。上司の顔を見て動き、顧客の声を聞かない。できない理由ばかりを並べ、リスクを取らない。そしてその裏には、経営陣の怠慢がある。彼らは、自分に逆らわないイエスマンを重用し、現場の声を遠ざける。

アシックスの創業者・鬼塚喜八郎氏が「自分の周りにはイエスマンしか置かない」と語ったように、強烈なトップが組織を牽引する初期段階では、これが機能することもある。だが、組織が成熟するにつれ、その構造は組織の死を早めると言える。松下電器産業の創業者・松下幸之助氏が「部下から慕われている者を責任者に選べ」と語った逸話がある。これは「上に好かれる人」「下に好かれる人」という目線ではなく、「現場を動かせる人」を見極め、登用できるかということであり、それが企業成長の分岐点になる。

人事制度は“鏡”であり、“薬”である

多くの企業が人事制度を「管理の道具」と捉えている。制度は、社員が自分たちの“ありたい姿”を描くための鏡にもなり得る。評価や給与は「上司が決めるもの」ではなく「組織として共有する価値観の表現」であるべきだろう。人事制度は組織文化を映し出す鏡であり、同時に文化を変える薬でもある。制度を通じて「何を大切にするか」「どのように責任を果たすか」を明文化することで、無責任な責任者を淘汰し、責任あるリーダーを育てることができる。

大企業病の処方箋は、責任を持つ覚悟

「大企業病」とは、組織の規模ではなく、人の姿勢が生み出す病である。その根は、責任から逃げる管理職、そしてそれを許す経営陣の怠慢にある。つまり、大企業病の処方箋は、組織を立て直すことよりも人の心を立て直すことと言っても過言ではないのではないだろうか。「上司の指示通りに動けば幸せだ」という幻想を壊し、「自分で考え、決め、動くことが誇りだ」という風土や文化を形成する。企業が持続的に成長するために必要なのは、制度でも戦略でもない。それは、責任を引き受ける覚悟を持つ人である。そしてその覚悟を支える制度と文化を創ることこそ、人事の最も重要な使命であると言える。

事例出典:日経ビジネス

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