SDGsという言葉を、企業のホームページや会社案内で目にする機会が増えました。

一方で、企業の経営者や人事担当者からは、

「SDGsが自社にどう関係するのか分からない」
「環境問題に取り組む余力はない」
「大企業が行うものではないか」
という声を聞くことがあります。

たしかに、SDGsというと、二酸化炭素の削減、再生可能エネルギー、資源の再利用など、環境に関する取り組みが思い浮かびやすいかもしれません。

しかし、SDGsが扱っているのは環境問題だけではありません。

貧困、教育、雇用、格差、働き方など、私たちの生活や企業活動に深く関わる課題も含まれています。

つまり、企業が日常的に向き合っている採用、人材育成、雇用、処遇、福利厚生、職場環境も、SDGsと無関係ではありません。

むしろ、社会課題はすでに、企業の人材課題として職場の中に入り込んでいます。

企業のSDGsは、すでに人材課題と結びついている

帝国データバンクが全国2万6,237社を対象に実施した「SDGsに関する企業の意識調査(2025年)」によると、SDGsに積極的な企業は53.3%でした。内訳は、「意味および重要性を理解し、取り組んでいる」企業が30.2%、「意味もしくは重要性を理解し、取り組みたいと思っている」企業が23.1%です。

企業規模別に見ると、大企業ではSDGsに積極的な企業が71.1%にのぼり、全体の53.3%を大きく上回っています。一方、中小企業では50.2%、小規模企業では40.8%となっており、規模が小さいほど取り組みにくさを感じている様子も見えます。

では、企業はどのSDGs目標に力を入れているのでしょうか。

同調査では、現在力を入れているSDGs目標として、8番「働きがいも経済成長も」が34.1%で最も高くなっています。次いで、13番「気候変動に具体的な対策を」が24.3%、7番「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」が24.2%、12番「つくる責任つかう責任」が22.9%と続いています。

また、今後最も取り組みたい目標についても、8番「働きがいも経済成長も」が11.2%で最多でした。全17目標の中で唯一1割を超えており、企業にとって「働きがい」と「経済成長」は、特に関心の高いテーマであることが分かります。

SDGsは、企業にとって遠い国際目標ではありません。

特に8番は、採用、人材育成、職場環境、雇用、処遇、定着といった、企業が日々向き合っている人材課題と直結しています。

社会課題と企業課題は、別々に存在しているわけではない

社会課題という言葉を聞くと、自社の事業や職場から離れた場所にある問題のように感じることがあります。

しかし、実際にはそうとは限りません。

家庭の経済状況によって、受けられる教育に差が生まれる。
同じ仕事に就いていても、それぞれが抱える生活上の負担は異なる。
学ぶ機会を得ても、その後の経済的負担が長期間続く。
本人に働く意欲があっても、生活上の事情によってキャリアの選択肢が狭まる。

こうした問題は、教育や福祉だけの課題ではありません。

卒業後に人材を採用し、育成し、長期的な活躍を期待する企業にとっても、無関係ではない問題です。

企業が採用するのは、職務経歴や資格だけで構成された人材ではありません。

一人ひとり異なる生活や家庭環境、経済的背景を持つ人です。

その背景が、働き方やキャリア形成に影響を与えることもあります。

社会で起きている課題と、企業が抱える人材課題は、別々に存在しているわけではないのです。

SDGs8番が目指す「働きがいも経済成長も」

17あるSDGsの目標の中に、8番「働きがいも経済成長も」があります。

この目標は、持続的で包摂的な経済成長、生産的な雇用、すべての人にとって働きがいのある仕事を実現することを目指しています。

企業にとって、経済成長と働きがいは、どちらか一方を選ぶ話ではありません。

社員が能力を発揮し、経験を積み、長期的に活躍することが企業の成長につながります。

一方で、企業が持続的に成長しなければ、雇用や賃金、人材育成の機会を維持することも難しくなります。

人材への投資と企業の成長を、別々のものではなく循環する関係として捉える。

それがSDGs8番を企業の人材施策として考えるうえでの、重要な視点です。

ターゲット8.5は「採用した後」まで問いかけている

SDGsの各目標には、より具体的なターゲットが設定されています。

SDGs8番のターゲット8.5では、若者や障害のある人を含むすべての人について、完全かつ生産的な雇用と、働きがいのある仕事を実現することが掲げられています。

「完全かつ生産的な雇用」という表現は、少し難しく感じるかもしれません。

企業の人材施策に置き換えると、単に採用人数を増やすことではなく、

「採用した人が、能力を発揮しながら働き続けられる状態をつくる」

という考え方に近いでしょう。

企業は、人を採用しただけでは成長できません。

入社した人材が仕事を覚え、経験を積み、自分の能力を発揮するまでには時間がかかります。

その途中で離職が続けば、採用や教育に投じた時間や費用だけでなく、組織に蓄積されるはずだった知識や経験も失われます。

だからこそ、採用数だけでなく、入社した人材がどのような環境で働き、どのような負担を抱えているのかにも目を向ける必要があります。

「働きがい」だけでは働き続けられない

働きがいという言葉は、仕事の面白さ、成長実感、社会への貢献など、精神的な充実を表す言葉として使われることがあります。

もちろん、それらは大切です。

しかし、仕事に意味を感じているだけで、誰もが安心して働き続けられるわけではありません。

生活を支えられる収入があること。
不安定な雇用状態に置かれないこと。
必要な休息を取れること。
将来の生活やキャリアを見通せること。
自分では簡単に解消できない負担に対して、相談や支援の選択肢があること。

こうした土台があって、初めて働きがいを感じる余地が生まれます。

企業が「やりがいのある仕事」を提供していても、社員が生活上の不安を強く抱えていれば、仕事に集中することは難しくなります。

働きがいは、仕事内容だけでつくられるものではありません。

社員が安心して働くための生活基盤や職場環境とも、深く結びついています。

人的資本経営は、研修だけの話ではない

近年、「人的資本経営」という言葉が広く使われるようになりました。

人的資本とは、社員が持つ知識、能力、経験、意欲などを、企業の価値を生み出す資本として捉える考え方です。

人材を単なるコストではなく、将来の成長につながる投資の対象として見る考え方ともいえます。

人的資本への投資というと、研修、資格取得支援、リスキリングなどが注目されがちです。

しかし、研修の機会を用意するだけで、人材が能力を発揮できるとは限りません。

社員が継続して働ける環境を整えること。
生活上の不安を軽減すること。
一人ひとりが抱える事情に応じた支援を考えること。
これらも、人材が持つ能力や意欲を発揮するための土台になります。

人材を育てることと、人材が働き続けられる環境をつくることは、本来切り離せないものです。

実際、帝国データバンクの同調査では、SDGsの項目に取り組む企業の69.9%が効果を実感しています。具体的な効果としては、「企業イメージの向上」が40.5%で最も高く、「従業員のモチベーションの向上」が32.1%、「採用活動におけるプラスの効果」が17.0%と続いています。

SDGsへの取り組みは、社会貢献としてだけでなく、企業イメージ、従業員の意欲、採用活動にも関わるテーマになっています。

だからこそ、企業がSDGs8番を掲げるのであれば、「働きがい」という言葉を使うだけでは不十分です。

社員が実際に働き続けられる環境を、どのような制度や支援でつくるのか。

その具体性が問われています。

一律の支援だけでは届かない課題がある

企業の制度は、すべての社員を公平に扱うため、一律に設計されることが少なくありません。

一律の制度は分かりやすく、運用もしやすいという利点があります。

一方で、同じ制度や給与を提供することが、必ずしも全員に同じ状態をもたらすわけではありません。

社員が抱えている負担や置かれている状況は、それぞれ異なるからです。

例えば、子育てをしている社員、家族の介護を担う社員、地方から転居した社員、学費や奨学金を返済している社員では、生活上の負担も必要な支援も異なります。

全員に同じものを提供する「平等」だけではなく、一人ひとりが抱える違いを踏まえて支援を考える。

これは、SDGs10番「人や国の不平等をなくそう」にもつながる視点です。

企業がすべての個別事情を解決することはできません。

しかし、自社で働く社員がどのような負担を抱えているのかを知り、その中から企業として向き合う課題を選ぶことはできます。

社員の背景に目を向ける制度の一例

社員が抱える負担に企業が向き合う制度の一つに、奨学金返済支援があります。

近年、企業が従業員に代わって奨学金を返還する「代理返還」の仕組みが広がっています。

日本学生支援機構によれば、代理返還とは、企業等が奨学金の返還残額の一部または全額を、従業員に代わって日本学生支援機構へ直接送金する制度です。

また、日本学生支援機構の代理返還制度案内では、2026年3月末時点で全国4,852社が制度を利用しているとされています。

一部の企業だけが行う珍しい福利厚生ではなく、若手人材を支える具体的な人材施策として広がりつつある制度といえるでしょう。

奨学金を利用して進学した人の中には、就職した後も長期間にわたって返還を続けている人がいます。

奨学金を返還していること自体が、経済的な困窮を意味するわけではありません。

一方で、毎月の返還が可処分所得や貯蓄、住居、結婚、子育てなどの将来設計に影響を与えることはあります。

企業による奨学金返済支援は、その負担の一部に企業が向き合う制度です。

これは単なる福利厚生というだけでなく、

教育を受けた後に残る負担をどう支えるか。
若手社員が安心して働ける環境をどう整えるか。
個人によって異なる経済的背景に、企業がどう向き合うか。

という複数の問いを含んでいます。

その意味で、奨学金返済支援は、SDGs1番「貧困をなくそう」、SDGs4番「質の高い教育をみんなに」、SDGs8番「働きがいも経済成長も」、SDGs10番「人や国の不平等をなくそう」と接点を持つ人材施策の一つと考えられます。

ただし、奨学金を返還している人を一律に貧困状態と捉えるべきではありません。

SDGs1番との接点は、奨学金返還による継続的な経済負担を軽減し、経済的な困難に陥るリスクを抑える取り組みという意味で捉える必要があります。

SDGsは、自社が何に向き合うかを決めるための視点

SDGsへの取り組みというと、17個の目標から自社に合う番号を選び、ホームページに掲載することだと思われることがあります。

しかし、本来は番号を選ぶことが目的ではありません。

自社の事業や職場の中に、どのような社会課題が現れているのか。
その中で、自社は何に向き合うのか。
どのような人材を支え、どのような会社を目指すのか。

それを考えるための共通言語がSDGsです。

SDGs8番とターゲット8.5が企業に問いかけているのは、単に雇用を増やすことではありません。

採用した人材が安心して働き、能力を発揮し、企業の成長にもつながる環境をつくれているかということです。

働きがいは、仕事の中身だけでは生まれません。

社員一人ひとりが抱える生活や経済的な背景にも目を向け、必要な環境や支援を考える。

その積み重ねが、人材への投資となり、企業の持続的な成長につながっていきます。

企業だけで解決しようとしない

社会課題は、一つの企業だけで解決できるほど単純ではありません。

社員が抱える課題を把握し、制度を設計し、対象者への案内や毎月の運用を継続するためには、専門的な知識や仕組みが必要になる場合があります。

奨学金返済支援についても、制度を設けることだけがゴールではありません。

対象となる社員へ制度を届け、継続的に運用し、企業の人材施策として根付かせていく必要があります。

奨学金バンクでは、企業による奨学金返済支援の導入や運用を支援し、企業と奨学金返済者をつなぐ取り組みを行っています。

企業単独では対応が難しい部分を外部の専門性と組み合わせることで、若手人材への支援を継続可能な仕組みにしていく。

それもまた、企業が人材課題と社会課題に向き合う現実的な方法です。

SDGsは、企業に立派な目標を掲げることを求めているのではありません。

自社の職場に現れている社会課題を見つめ、企業としてできることを選び、実行する。

その一歩を、具体的な制度へ変えていくことが求められているのではないでしょうか。

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