
日本企業における設置状況とBPaaSとの対比から考える組織人事の未来
「HRBP(Human Resource Business Partner)」という概念が、人事部門改革や戦略人事の文脈で以前から注目を集めている。経営・事業戦略と人事戦略を結びつける役割として、大手企業を中心に導入が進む一方、日本企業全体で見ると普及率はまだ限定的だ。
人事部門の役割自体が変容を求められる時代にあって、HRBPとBPaaS(Business Process as a Service:ビジネスプロセス・アズ・ア・サービス)という二つの軸から、単なる機能導入を超えた本質的な人事戦略の課題と可能性を整理したい。
HRBPの定義とその役割
HRBPとは、経営層及び事業部門の責任者のビジネスパートナーとして、人と組織の観点から事業戦略の実現を支援する人事のプロフェッショナルである。HRBPは、従来の人事部のように単なる労務管理や労務制度の運用にとどまらず、戦略立案・組織設計・人材ポートフォリオの最適化など、人事戦略を事業成長につなげる役割を担う。人事部門内で「戦略パートナー」「変革エージェント」として位置づけられる概念は、米国デイビッド・ウルリッチ教授の理論を源流としており、戦略人事を具現化する要の役割として位置づけられている。
しかし、日本におけるHRBPの認知度・設置状況は依然として限定的である。例えば最新の『人事白書』調査によれば、「HRBPがいる」と回答した企業は全国で約16.6%に留まり、大企業・従業員規模5001人以上でも約35.9%にとどまるという結果が示されている。
この統計は、HRBPという役割が大企業の戦略フロントラインとしては認識されつつあるものの、中堅・中小企業にまで浸透していない現実を如実に反映していると言える。
大企業と中堅・中小企業のギャップ
このHRBP設置率の差異は、人事に対する企業の考え方、戦略的優先度、そして組織体制の厚さを物語る。大企業においてHRBPが増えている背景としては、次のような潮流がある。
▼人的資本経営や戦略人事ニーズの高まり
人的資本経営が経営指標として注目される中、ただ単に採用・評価を行うだけではなく、事業成長と人材戦略を直結させる役割への投資が評価されている。
▼経営層が求める「数字と人をつなぐ人事プロフェッション」
人材戦略と経営戦略の統合は、利益創出・生産性向上・事業再編などの重要課題と直結しており、その実行役としてHRBPの存在価値が高い。
一方、中堅・中小企業では、HRBPを専任で配置する余裕や認知・理解の蓄積が乏しいケースが多い。こうした企業では、そもそも人事部門そのものが、人事業務のオペレーション対応役割として機能しており、戦略パートナーとしての機能を担う人材が不在ないし不足している。
この状況は、給与計算や社会保険手続きなどのバックオフィス業務のアウトソーシングにおいても類似した構造が見られる。大企業が戦略的・競争優位性の確保という観点からアウトソーシングを活用するのに対し、中堅・中小企業は「退職や欠員による実務欠損」を契機としてアウトソーシングを検討することが多い。
この違いは、同じアウトソーシングの実行でも本質的なニーズが異なることを示している。
HRBPとBPaaS:人事の戦略化とプロセス化の両輪
ここで、HRBPの役割と並行して注目される概念として、BPaaSがある。BPaaS(Business Process as a Service)は、業務プロセスをサービスとして外部に委託し、クラウド環境・システム基盤と専門的な運用を一体化したアウトソーシングモデルを指す。
これは、従来のBPOとSaaSを統合したサービスモデルでもあり、単なるツール提供ではなく、業務プロセスの標準化・効率化と外部プロフェッショナルの活用を同時に実現する点が特徴である。
BPaaSは、給与計算・労務手続き・評価運用など、バックオフィスを中心とした多様な業務プロセスに適用されつつあり、特に中堅・中小企業にとっては、内部リソースが限定される中でも高度なプロセス実行力を確保する手段として注目される。
評価制度運用に着目した「評価BPaaS」の試みは、その代表例である。評価BPaaSは、単なるシステム導入や外注代行ではなく、評価制度の設計・運用・面談支援・評価者教育までを一体化し、人事制度の運用基盤そのものをサービスとして提供する。これにより、評価の公平性・透明性が担保され、経営戦略と現場評価の連動性が強化されるという価値が生まれている。
このようなBPaaSの価値は、「戦略人事パートナー」の役割を社内にフルタイムで置けない企業にとって、代替もしくは補完する手段としての価値があるという点にある。戦略とプロセスが分離するのではなく、両者を外部・内部の協働で成立させるフレームワークが提案されている。
中堅・中小企業における人事戦略の問い
人口減少・労働力不足という構造的な制約が強まる日本において、人材は今や高級資源であり、採用・育成・活用の失敗は企業競争力そのものを削ぐリスクとなる。中堅・中小企業では、次のような問いが鮮明化している。
▼戦略的な人事パートナーを社内に持つべきか
▼内部で人事戦略を構築できないのであれば、どこまで外部と協働すべきか▼BPaaSのような仕組みは単なるコスト最適化なのか、それとも戦略的アクションなのか
これらの問いは、単なるコスト削減や業務効率化としての議論を超えて、組織としての能力形成と持続可能性という視点で再設計される必要がある。
例えばHRBPが果たすべき役割の中核には、「経営戦略と組織・人材戦略のアラインメント」「データを事業戦略に変換する意思決定支援」「変革プロジェクトの推進」がある。これらは、単純なプロセス外注で代替できるものではなく、人事がいかに戦略的な思考と実行力を併せ持つ存在となるかという、戦略人事そのものの再定義が必要となっている。
未来は“共創型人事”の時代へ
今後の人事戦略は、社内外のリソースを統合しながら、戦略思考と実行力を高める時代へと移行していくものと考えられる。
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社内ではHRBPのような戦略人事パートナーの役割を明確化し、経営と組織開発の接点を強化する。
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社外ではBPaaSのようなアウトソーシングモデルを戦略的投資として位置づけ、プロセス効率化だけでなく、専門知識による制度価値の最大化に活用する。
この両輪を設計することが、日本企業の人事部門が抱える構造的課題を解消し、人的資本経営を本質的に実現する鍵となるだろう。
最後に
HRBPが「いる」企業は未だ少数だが、その機能価値は経営戦略の中核と結びついている。BPaaSは、人事機能のプロセス実行力を補完するツールであると同時に、組織の成熟度に応じた“オプションとしての戦略資産”となり得る。大企業・中堅・中小企業それぞれにとって、HRBPとBPaaSという二つのレンズで自社の人事戦略を見つめ直すことは、これからの競争優位性を確立する上で不可欠な視点になる。
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