総務省の統計では、労働人口(生産年齢人口)の急激な減少が予測されており、労働力率(15歳以上の人口に対する労働力人口の割合)は、2022 年の62.5%から2030 年には60.9%へ、2040 年は59.2%に低下する見込みとなっています。また、このような統計では、過去の予測を超えるペースで進んでいます。本稿で雇用の多様化を推進させて労働力確保を現実のものにする施策を探ってみます。

既に始まっている労働供給制約社会
あなたの会社は大丈夫?
労働環境の変化に伴い中小企業は深刻な採用難に直面しており、大企業でさえ採用目標の完全達成が困難な現状を踏まえれば、企業規模に関係なく人手不足への対策が急務であるのは、言わずもがなです。同時に労働力の質的変化も無視できなくなってきており、働き方改革の影響で、労働者のニーズは多様化し「ワーク・ライフ・バランス」や「自己実現」を重視する傾向が強まっています。この変化に対応すべく、テクノロジーの活用、労働環境や制度面の改革(リモートワークやフレックスタイム制)などの推進が求められています。
また、フリーランス人口の増加など、従来の雇用という枠組みでは対応しきれない新たな働き方も浸透しつつあり、企業側も従来の固定観念から脱却し、柔軟で多様な働き方の導入が急務とされています。この点において、大企業はITテクノロジーの活用やリモートワークなど、労働環境の改善が一定レベルで推進されていますが、一方の中小企業は労働力と資金力の不足、また既存の労働慣習などが根強く残り改革が進まない状態のままで、大企業と中小企業の格差は広がっています。
なぜ、日本企業は雇用と正社員にこだわるのか?
非正規雇用や外部リソースの活用が進まない
周知の通り、日本の雇用慣習には「終身雇用」「年功序列」という特徴があり、この高度成長期に形成された慣習は、現在の労働市場においても根強く残っています。ただし、これにより労働者は、長期間の生活基盤が確立され、安心して働くことができ、企業側も社員を一貫育成することで競争力を維持してきました。この仕組みは、戦後の高度成長期において企業と労働者双方にメリットをもたらしましたが、現在のように人口が減少し、経済の成長速度が鈍化している状況では、こうした制度はむしろ企業の足かせとなっています。
「正社員」は企業にとって安定した労働力とみなされがちですが、一方で固定費としての負担や多様なスキルセットを活用できない硬直的な側面も浮き彫りになっています。さらに「正社員=高いコミットメントがある人材」という考え方が、必ずしも現代の実情に即していないことも問題です。
「正社員=安定」
「正社員=高いコミットメント」
という固定観念が根強く、企業の採用や人材活用において柔軟性を欠く要因となっています。特に若い世代においては、働きがいを求める志向が強く「会社へのロイヤリティ」が必ずしも高くない傾向がみられます。こうした意識の変化に対応するためには、企業は正社員に、過度に依存する体制を見直す必要があります。とはいうものの、多くの中小企業が正社員を「コア人材」と見なし、重要な業務をすべて正社員に依存する傾向があります。これにより、非正規雇用者や外部リソースの活用が進まず、結果的に労働力の多様化を妨げる要因となっています。
既に始まっている従来雇用と正社員の崩壊
フリーランス人口の増加
コロナ禍は、従来の働き方に大きな転換を迫りました。リモートワークの普及は、その象徴的な例であり「正社員でフルタイム、オフィスに通う」スタイルが、必ずしも絶対的なものではないという認識を企業にも従業員にも植えつけました。18世紀の第一次産業革命により確立された「同じ場所に、同じ時間に、集って仕事をする」といった、これまでの企業の基本的枠組みが崩れた事象であったといえます。
また、テレワークなどを効果的に活用した企業や従業員が、高い生産性を創出するケースもみられ、従来の働き方が生産性の高い働き方であるという認識が、必ずしも正しいものではないことが露呈しました。さらに、フリーランスや副業などの働き方を選択する人が増えていることも、雇用のあり方を根本から変える要因となっています。日本国内のフリーランス人口は年々増加しており、多くの労働者が組織に縛られずに働くことを選択しています。
2015年のフリーランスは、
・人口:640万人
・経済規模:9.2兆円
2023年では、
・人口:1千577万人(68・3%増)
・経済規模:23・8兆円(62・7%増)
このように増加しています※ 1。この動きは、企業と労働者の関係性が「雇用」という形にとらわれないことを示唆しています。従来のような企業が専属の正社員を確保するモデルは、労働市場の流動性の高まりと共に難しくなりつつあります。正社員という枠組みに依存するだけでは、必要な人材を適切に確保できない現実が、多くの企業で表面化しています。事実、2025年の新卒採用においても、主要企業の62・2%が予定した人数を採用できなかったという状況がありました。充足率が6割を下回る企業も11・3%に上った状況を考えると、もはや正社員雇用で人材を確保していくことは非常に高いハードルになっています※ 2。特に中小企業においては、従来の採用方式に固執することによって、採用率の低下や事業継続へのリスクが高まっています。
次世代労働力の確保脱・雇用&正社員!
多様性・柔軟性・外部リソース
今後、企業が考察すべきは、労働力を確保するために、
・フルタイム
・パートタイム
・契約社員
・派遣社員
・業務委託
・クラウドソーシング
などの活用を組み合わせて労働力の選択肢を広げることです。すなわち、企業のさまざまな人材ポートフォリト(経営戦略に基づく配置された人的資本の構成)を、さまざまな形態で統合させることです。つまり、次世代の労働力確保には、以下の①〜③の項目が鍵になります。
多様な雇用形態の導入
雇用形態としては、正社員雇用に固執することなく、フルタイムやパートタイム、契約社員の活用を、これまで以上に積極化していくことが必要になります。現在、多くの企業で「非正規社員」と呼ばれる枠で正社員以外を活用していますが、仕事内容としては、補助的・補完的な業務、店舗・現場の現業などの、単純業務に比重が置かれています。
企業におけるコア業務や事業の重要業務(最重要顧客の営業担当、新製品開発、事業計画企画担当、財務の資金調達担当、部長・課長職など)を、非正規社員が中心となって担っているケースは、まだまだ少数派と言わざるを得ません。正規社員を事業の中心としている小売などでは、パート・アルバイト店長を活用するなどのケースはありますが、まだ業界などに偏りがある状況です。前述したような重要な業務にも「雇用区分」による差をつけることなく、人材を活用していくスタンスが必要になってきます。海外、特に欧州で進んでいる「ワークシェアリング」も、有益な方法と考えます。短時間勤務しかできない能力ある人材を組み合わせて重要なポストなどを任せる形式です。
2名でひとつのポストを分シ ェア担する場合、週の前半・後半、午前・午後、月水金・火木など各自の事情にあわせて組み合わせ、場合によっては毎月のシフトを折々で柔軟に変更するなど方法はさまざまですが、短時間であっても有能な人材を活用できることは企業にとって効果的です。
また「技術に長けた人材」と「人材を掌握することに長けた人材」を組み合わせることで、2つの機能をカバーできます。従来の人材の特性ではなかなか実現が難しかったことも、多様な雇用形態の導入で新たな展開が見込まれます。いずれにせよ、雇用区分による仕事の差をなくすことで、多様な組み合わせが可能になります。
柔軟な働き方の実現
既に、フレックスタイム制やリモートワークは普及期に入っていますが、これらの制度を導入することで時間や場所に捕らわれない働き方ができるようになり、育児や介護を担う人材や、地方在住者も活用可能になります。さらに、スーパーフレックスやフルフレックス、完全テレワーク、遠隔地勤務、週休3日制など、先進的な取り組みを導入している企業も現れており、例えば、東京の企業に勤務していても、
・月曜日は、自宅(都内)から出社
・ 火曜日と水曜日は、親の介護のため大阪からテレワーク
・ 木曜日と金曜日は、配偶者の親が在住する新潟からテレワーク
・ 土曜日と日曜日は、自宅(都内)で休日
という柔軟な働き方も実現します。とはいえ、このような取り組みは大企業中心で進められている状況にあります。一部の中小企業においては強いリーダーシップのもと、かなり柔軟性の高い働き方を実現しているケースも存在しますが、それは限定的であり、その足かせがテクノロジー不足と商慣習だと考えます。
特に、中小企業はテクノロジーの活用が遅れており、資金面もさることながら従業員の反発感が強いと言わざるを得ません。また、商慣習では業界や顧客が多様な働き方に理解を示さず、自社だけが先走ることに対する抵抗感などが挙げられます。
外部リソースの積極的な活用
雇用契約の多様性・柔軟性の実現に加え、外部リソースの活用も重要です。フリーランス、派遣社員、業務委託契約者などを組み合わせることで、枯渇する労働力の確保と選択肢の拡充に向けて、有効に機能することが考えられます。さらに、クラウドソーシングのプラットフォームを活用してギグワーカー(インターネットを活用して単発の仕事を請け負うような労働者)などを活用すれば、細切れに業務を切り出すことも可能になり、固定化している労働者に依存した業務量を低減することもできます。
ケースによっては、正規雇用の従業員では持ちあわせていないスキルや技能をスポットで活用することも可能です。本来、そのような稀有なスキルや能力保持者は人件費が高いのですが、スポットで活用できるのであれば活用可能な「価格感」になります。また、大胆に一部業務をアウトソーシングしてしまうことも、外部リソースの活用と同義と言えます。このように、企業の人材ポートフォリオをさまざまな形態で統合させて考えることが肝要です。
労働の供給力が低下する社会(労働供給制約社会)において、企業が労働力を必要とする際に、求めるスキルや役割に応じて最も適合度が高い人材を、早く、タイムリーに調達できることが、今後の事業推進における競争力の強化になります。つまり、企業は「どれだけ労働力の確保力を保てるか」が事業継続のポイントになります。
まとめ
労働力の減少により労働供給が制約される労働供給制約社会において、企業は「雇用」という概念に囚われず、多様な人材を活用する柔軟な体制を構築する必要があり、この労働力確保のパラダイムシフトを実現するためには、経営層の意識改革が不可欠です。企業が多様性を受け入れることで、労働供給制約社会の中でも新たな労働力を確保し、事業の継続性を高めることができます。新しい価値の創出によって生まれる競争力の高まりから、未来のビジネスを支えていくために、今こそ雇用の多様化に向けた第一歩を踏み出すときであると考えます。
※ 1 出典:【ランサーズ】新・フリーランス実態調査】2021-2022 年版
※ 2 出典:日本経済新聞 2024/10/23
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