「ちゃんと働く気はあるんです。でも、生活が整う前に、仕事が崩れることがあるんです。」
奨学金を返還している方と面談をしていると、こんな言葉に出会うことがあります。
能力がないわけじゃない。怠けたいわけでもない。むしろ、まじめで責任感が強いからこそ、追い詰められてしまう。
そして多くの場合、その人はまだ“落ち着いて働ける企業”に出会えていない。
今回のコラムは、独立行政法人 日本学生支援機構(以下、JASSO)が公表した「令和6年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」を起点に、「返還が滞る背景」と「企業が受け入れる価値」について、人事・採用目線で掘り下げます。
数字が示しているのは、返せない人を責める材料ではなく、採用市場に眠る“伸びしろ人材”を見つけるヒントです。

データが示す「延滞者像」は、“だらしなさ”ではなく“雇用の不安定さ”
この調査は、令和7年2月に実施されたもので、調査対象者は、令和6年12月末時点で奨学金返還を3か月以上延滞している人(以下、延滞者)20,000人(無作為抽出)および、奨学金返還を延滞していない人(以下、無延滞者)15,000人(無作為抽出)。回答者は延滞者1,648人/無延滞者1,898人です。
この調査結果で、真っ先に目を引くのが「就業の安定度」の差です。
- 延滞者:正社員(正職員)46.2%、非正規27.4%、無職・失業中/休職中13.2%
- 無延滞者:正社員(正職員)79.0%、非正規11.9%、無職・失業中/休職中4.1%
この数字から読みとれるのは、「延滞=返還する意思がない」という構図が、データ上ほとんど成立していないということです。
返還が止まっている人の背景には、雇用の不安定さが“見える形”で存在します。雇用が安定すれば、返還は回りやすく、雇用が崩れると真っ先に返還が崩れる。これは個人の姿勢の問題ではなく、構造的な問題と言えるでしょう。
年収300万円以下が“壁”になっている——返還が「生活の余白」に依存している現実
次に年収です。延滞者の60.9%が年収300万円以下であるのに対し、無延滞者は34.3%にとどまります。
もちろん、返還の可否を年収だけで説明することはできません。ただし、返還が、「努力」や「意識」よりも生活にどれだけ余白があるかに左右されやすいことは、数字が裏付けています。
家賃や食費と比べて、奨学金の返還はどうしても 後回しになりやすい。これは倫理の問題というより、生活設計上、自然に起こる優先順位の結果です。だから、返還を「気持ち」だけで回そうとすると、どこかで限界がきます。
企業が採用・定着を考えるときに見逃せないのは、返還が苦しい人ほど、生活を立て直すために「転職で一発逆転」を狙いがちであるという点です。その結果、十分に見極めないまま転職を繰り返し、ミスマッチが重なり、キャリアが軌道修正に乗らない──。。これが、ポテンシャルが発揮される前に環境が変わり続ける典型的なパターンです。
延滞理由のトップは「低所得」——“働いていない”ではなく“働いても足りない”
次に、延滞に至った理由です。延滞理由については、複数の選択肢が設けられており、複数選択可として集計されています。その結果、「本人の低所得」が62.8%と最も高く、次いで「本人の借入金(JASSO奨学金以外)の返済」が34.5%となっています。
この並びが示すのは、延滞の主因が「モラル」ではなく「資金繰り」にあるという点です。奨学金は単独の支払いではなく、他のローンや家族への支援などと同じ「生活費のテーブル」に乗っています。
さらに、調査項目には、本人が失業中(無職)、本人の病気・けが、親や配偶者の経済困難、家族の病気・介護といったライフイベントが並びます。 つまり、延滞は本人の能力や努力とは別軸で起こり得る“人生イのベント”と強く連動している。この点は、採用側が見落としがちなポイントです。
「制度を知るのが遅い」——助けを使える人ほど、早く知っている
この調査で、私が特に重いと感じたのが「情報を知ったタイミングの差」です。
返還義務を知った時期、無延滞者の87.7%が「申込手続きを行う前」である一方で、延滞者は60.1%にとどまります。延滞者の11.7%は、貸与終了後に初めて返還義務を認識しています。そして、一定期間、返還を先送りすることができる制度である「返還期限猶予制度」の“認知のされ方”が、さらに象徴的です。延滞者の50.2%は、「延滞督促を受けてから知った」と回答しており、返還が始まる前までに知っていた人は10.9%にとどまります。一方、無延滞者は41.7%です。
要するに、多くの人は困ってから制度を知る。困ったときに助けがあるのに、助けの存在を知らないまま詰む。これは個人の落ち度というより、制度の設計・情動選の問題に近いと言えるでしょう。
さらに、「延滞したとき最初にしたこと」という質問では、延滞者の11.9%が「何もしなかった」と回答していることも象徴的です。
「何もしない」の背景には、無関心ではなく、不安、諦め、相談先が分からない、心理的余力の欠如があります。
ポテンシャル人材は「不足」ではなく「滞留」している
採用が難しい時代です。若手は減り、経験者は奪い合い。
でも、現場感覚として、もうひとつの層が確実にあります。
- 学ぶ力がある
- 働く意思がある(むしろ責任感が強い)
- しかし、生活の基盤が不安定で、キャリアが安定軌道に乗り切らない
この層は、採用市場で“見えにくい”。なぜなら職歴が荒れやすいから。
短期離職の履歴が並ぶと、書類の時点で落とされやすい。面接でも「うちもすぐ辞めるのでは」と見られやすい。
結果として、本人も「どうせ評価されない」と自己肯定感を下げ、良い環境にたどり着く前に疲弊してしまいます。
しかし、前述のデータが示す通り、問題の本質は「人」ではなく「環境」にあります。
雇用の安定・収入の見通し・相談の導線・制度の使い方。ここを整えられる企業は、採用競争の“別ルート”を持てます。
定着を左右する受け入れの設計は3つで決まる:「仕事」「お金」「相談」
ポテンシャル人材を受け入れて、定着・戦力化させている企業には、共通した設計があります。根性論ではありません。
仕事:いきなり自走させない。最初の90日で「成功体験」をつくる
職歴が荒れている人ほど、能力がないのではなく「成功体験」が不足しているケースが多いです。
「入社後に成果が出ない → 評価が下がる → 自信を失う → 退職」のループを、企業側の設計で断ち切ることができます。
- 初月:業務の型・判断基準・優先順位を明確化
- 2か月目:小さな成果を見える化
- 3か月目:任せる範囲を段階的に拡張
この「段階設計」だけで、定着率は変わります。
お金:返還負担を“福利厚生”で軽減すると、生活が安定し、仕事が伸びる
ここで効くのが、奨学金返還支援です。JASSOの「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」は、従業員の奨学金返還残額を、企業がJASSOへ直接送金できる制度です。令和7年9月末時点で、全国4,154社が利用しています。
この制度のメリットとしては、企業が直接送金することで給与と区分され返還であることが明確になるため「所得税は非課税となり得る」こと、法人税上は給与として損金算入され得ること、社会保険料は返還金を原則として報酬に含めないといった点があげられます。重要なのは、これは“優しさ”だけの施策ではない点です。生活の固定費を下げることで、欠勤や離職のリスクを抑え、仕事のパフォーマンスが向上につながる──。採用広報上の差別化にもなり、投資対効果を設計できる制度なのです。
ただし、こうした受け入れ設計を行っても、すべてのケースが最初から順調に進むとは限りません。重要なのは、「合わなかった=失敗」と即断しないことです。実際には、成果が出にくい背景が、本人の能力ではなく、業務量・期待値・配置のズレにあるケースも少なくありません。役割を少し調整する、業務の難易度を段階的に下げる、評価軸を「成果」ではなく「プロセス」に一時的に置き換える──こうした微調整だけで、急に力を発揮し始める例も多く見られます。ポテンシャル人材の定着を分けるのは、「見極めの早さ」ではなく、「立て直しの設計があるかどうか」です。一度つまずいても修正できる余白があることで、本人は安心して仕事に向き合え、結果として定着率と戦力化の確度が高まります。
相談:つまずきを早期に発見する導線
前述の通り、返還期限猶予制度について、返還開始前に認識していた延滞者は10.9%にとどまり、50.2%は延滞督促を受けてから初めて認識しています。
この“情報取得の遅さ”を企業内で前倒しできれば、延滞は十分に防ぐことが可能です。
- 入社時オリエンテーションで、「奨学金の返済がある場合は相談できる」という導線を明示する
- 1on1を通じて、「生活上の“詰まり” (お金・メンタル・家庭)」を早期に把握する
- 制度の説明を本人任せにず、会社側から一度だけでも案内する
これだけでも、「延滞時に何もしなかった」と回答した11.9%の層を救える可能性があります。
「受け入れませんか?」の意味を、採用戦略の言葉に翻訳すると
ここまでを、採用戦略として言い換えると、「まだ定着先に出会えていない人材を、会社の設計で“戦力化”する。」それは、採用競争の別ルートを作ることです。
延滞者の就業状況・所得水準を見れば、彼らは「働けない人」ではなく、「安定しづらい環境に置かれやすい人」です。
環境が整ったとき、驚くほど伸びるケースは少なくありません。むしろ、苦労した分だけ、会社への感謝や帰属意識が強くなることもあります(もちろん個人差はあります)。
代理返還制度の導入企業が4,154社まで増えているのは、制度が「採用・定着に効く」と企業側も気づき始めているサインです。
人を“選ぶ”採用から、人が“育つ”採用へ
奨学金の返還は、個人の責任だけで片付けられがちです。しかし、データが示すのは、雇用・所得・情報のタイミングという構造上の課題です。 だからこそ、企業には定着につながる受け入れを設計できる余地があります。ポテンシャルのある人材が、落ち着いて働ける場所に出会えたとき、キャリアは安定し、返還も回り、会社の定着も回る。これは、社会課題の解決と、採用・定着課題を同時に解決します。
もし今、「若手が採れない」、「採っても辞める」、「採用コストが上がり続けている」といった課題感があるならば、一度、採用市場の“見えにくいポテンシャル層”に目を向けてみてはいかがでしょうか。まだ落ち着いて働ける企業に出会えていないだけの人材が、あなたの会社で、根を張って育つかもしれません。
採用・定着に本気で効かせるなら──「奨学金返還支援制度」を始めるなら「奨学金バンク」
ここまでお読みいただき、「奨学金返還支援制度が採用・定着に効くことは分かった。ただ、実際に始めるとなると手続きや運用が大変そうだ」そう感じた方もいらっしゃるかもしれません。実際、企業が単体で奨学金返還支援に取り組もうとすると、公平性の確保、ルールや規程の整備、運用負荷、費用対効果の見えにくさなど、いくつものハードルに直面します。その“最後のハードル”を解消するための選択肢が、「奨学金バンク」です。
奨学金バンクは、日本初の奨学金返還を支援するプラットフォームとして、制度設計・手続き・運用の煩雑さを最小限に抑えながら、採用と定着に直結する奨学金返還支援を実現しています。そして、従業員の奨学金返還負担を軽減し、個々のライフスタイルの変化や新しい挑戦に積極的に取り組むことができる社会を目指しています。奨学金バンクで提供している主なサービスは、以下の3つです。
- 奨学金返還型人材紹介サービス
奨学金返還支援を前提とした人材紹介により、これまで採用市場で見逃されがちだったポテンシャル人材との出会いを創出します。「返還負担」が理由でキャリアが安定しきらなかった層を、戦力として迎え入れる新しい採用ルートです。 - 奨学金返還支援サービス
JASSOやその他団体が行っている奨学金代理返還における、企業側の申請・運用業務を一括で代行いたします。人事担当者の工数を増やすことなく、実効性の高い定着施策として制度を活用できます。 - サステナ支援サービス
奨学金返還事業への支援・応援を通して、企業のSDGs・社会貢献の取り組みを可視化。奨学金バンクのロゴ提供やポータルサイトへの企業掲載を通じて、「社会課題に向き合う企業姿勢」を採用広報・ブランディングに活かせます。
そして、奨学金バンクには、企業が単体で取り組む際に生じやすいハードルを解消する、以下の仕組みがあります。
- 公平性の担保
奨学金バンクが、企業から頂戴する人材手数料の中から返還手続きを行うため、企業内での直接的な不公平感を生みにくい仕組みとなっています。 - ルールの整備
企業の規定ルールに基づいて返還を行うため、企業側で細かな条件設定や運用ルールを一から整備する必要がありません。 - 規程整備・事務負担の軽減
返還に関する事務手続きを奨学金バンクが担うため、就業規則の大幅な改定や煩雑な社内手続きを最小限に抑えることができます。 - 費用対効果の向上
「日本初の代理返還モデル」として奨学金バンクが広くプロモーションを行うため、企業単独では難しい採用面での訴求力向上や、円滑な人材確保まで実現可能です。
さらに重要なのが、寄付などによって調達した資金や、未使用となった支援金などの余剰資金を、奨学金返還支援を受けている方へ再配分する仕組みです。
奨学金バンクは、企業からの手数料に加え、個人・団体からの寄付金も受け付けるなど、複数の資金源を有しています。これらを返還支援が必要な方へ再配分し、支援期間を延長する仕組みがあるため、企業が単体で支援を行うよりも、はるかに効率的かつ効果的に『人材確保』と『奨学金返還支援』を両立できるメリットがあるのです。改めて、企業側、従業員側が得られるメリットについて整理します。
企業側のメリット
- 優秀な人材の確保(採用・定着)で採用課題を解決
- 従業員のエンゲージメントが高まり、生産性が向上
- 面倒な申請手続きをアウトソーシングし、人事担当者の負担を軽減
従業員側のメリット
- 奨学金返還に伴う経済的・心理的負担の軽減
- 従業員思いのホワイト企業に就職できる
- ライフプランの選択肢が広がる
奨学金返還支援制度は、「導入すること」自体が目的ではありません。採用競争力を高め、従業員の安心と定着につなげてこそ、本当の価値が生まれます。奨学金バンクは、制度設計から運用、ブランディング活用までを一貫して支援し、企業と従業員双方にとって持続可能な仕組みを提供します。採用・定着を本気で変えたいとお考えの方は、自社に合った活用方法や導入事例を、ぜひサービスサイトでご確認ください。
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