
生成AIによるキャリア支援から考える、キャリアの本質と組織人事の役割
日本電気(NEC)が発表した、生成AIを活用したキャリア相談ツール「NEC AIキャリアトーク」は、人的資本経営とジョブ型人材マネジメントを推進する同社の姿勢を象徴する取り組みだと言える。社員が時間や場所を問わずキャリア相談を行い、AIが悩みに応答し、スキルアップ研修や社内の機会を提案する。さらに、ジョブシャドウイングや社内公募制度と組み合わせることで、社員の主体的なキャリア形成を支援する仕組みが構築されている。
多くの社員を抱える企業において、キャリアアドバイザーだけで全社員をカバーすることは現実的ではない。そうした中で、生成AIを活用したキャリア支援は、効率的かつ合理的な打ち手であり、忙しい社員にとって「いつでも相談できる」環境が整うこと自体は、大きな価値を持つ。
しかし一方で、この話題に触れたとき、組織人事に携わる立場として、どうしても立ち止まって考えたくなる問いがある。
キャリア相談をAIに委ねる以前に、私たちは社員に「キャリアとは何か」をきちんと伝えてきただろうか。
キャリアを「考えられない」時代の到来
本来、キャリアとは自分自身で考え、悩み、経験を通じて形づくられていくものだ。しかし現代のビジネスパーソンを見ていると、その「考える」という行為自体が難しくなっているように感じる。忙しさ、情報過多、比較の常態化。SNSや転職市場を通じて、他人の年収、肩書、働き方が可視化される中で、「自分はどうなりたいのか」「どんな力を積み上げたいのか」といった問いを、自分の言葉で語れる人は決して多くない。
結果として、多くの人が明確なゴールセットを持たないまま、周囲との比較や一時的な不満を起点に「キャリア」を語っている。
NECのAIキャリア相談は、こうした状況に対する現実的な解でもある。自分一人では整理しきれない思考を、AIが言語化し、選択肢を示してくれる。これは思考の代替ではなく、補助輪として非常に有効だろう。
ただし、ここで忘れてはならないのは、キャリアの答えはAIの中にはないという事実である。
キャリアは「選ぶもの」ではなく「積むもの」である
近年、「キャリア」という言葉は、転職、職種変更、リスキリング、市場価値といった文脈で語られることが多くなった。その結果、キャリアは「より良い選択肢を探し、選び取る行為」であるかのように扱われている。
しかし、本来のキャリアとは、職務経験や挑戦、失敗、試行錯誤の積み重ねによって形成されるものだ。
できなかったことができるようになる。見通しの立たない仕事に向き合う。不可能かもしれない課題に挑戦する。その過程で人は力を身につけ、自分なりの軸を獲得していく。
ところが現代では、「できることはやるが、できないことはやらない」「見通しが立たない仕事は避ける」「失敗の可能性があることには手を出さない」といった姿勢が少なからず見受けられる。その一方で、「自分に合ったキャリアを探したい」という言葉が語られる。
これは矛盾している。
キャリアは積むものなのに、探すものとして扱われているのである。
キャリアを積めるようにするために組織がやるべきこと
では、キャリアを「積む」ものとして捉え直すとき、組織人事は何を設計すべきなのだろうか。重要なのは、キャリア支援を「相談」や「選択肢提示」にとどめないことである。
第一に必要なのは、経験の設計である。
キャリアは経験の総和であり、経験なくしてキャリアは存在しない。つまり、社員がどのような経験を積めるのかを意図的に設計しなければ、キャリア形成は偶然に委ねられてしまう。NECが実施しているジョブシャドウイングや社内公募制度は、その好例だ。他部署の仕事を体験する、異なる職種に挑戦する。こうした「経験の越境」を制度として用意することで、社員は初めて自分の可能性と向き合うことができる。
第二に、挑戦を許容する評価制度が不可欠である。
キャリアを積む過程には、必ず失敗や遠回りが伴う。しかし、評価が短期成果や即戦力性だけに偏っていると、人は挑戦を避けるようになる。「できることだけをやる」行動が合理的になってしまうからだ。キャリアを積ませたいのであれば、「挑戦したこと」「経験を広げたこと」「未経験領域に踏み出したこと」を、評価や育成の文脈で正当に扱う必要がある。これは制度設計であり、同時に文化づくりでもある。
第三に、キャリアの本質を言語化し、伝え続けることが重要だ。
AIがキャリアの方法論を提示できる時代だからこそ、人が担うべき役割は明確になる。それは、「キャリアとは何か」「なぜ経験が重要なのか」を、上司や組織として語り続けることである。キャリアは近道ではない。積み上げの過程そのものが価値になる。この前提が共有されて初めて、AIによるキャリア支援は意味を持つ。
AI時代のキャリア支援に必要なのは「覚悟」である
NECの生成AIキャリア支援は、これからの人事の方向性を示す先進的な取り組みであることは間違いない。しかし、その真価は、AIを導入したこと自体にあるのではない。問われているのは、組織が本気で社員のキャリアを“積ませる覚悟”を持っているかどうかである。
キャリアは、探すものではない。キャリアは、経験を通じて積み上げるものだ。
その前提に立ったとき、AIは非常に優秀なパートナーになり得る。しかし、前提を欠いたまま方法論だけを高度化すれば、キャリア支援は表層的なものになってしまうだろう。
方法論の前に、本質を。効率の前に、経験を。
AI時代のキャリア支援において、最も重要なのはテクノロジーではなく、キャリアという言葉に対する、組織と人の姿勢そのものなのではないだろうか。
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