
はじめに
近年の日本社会は、少子高齢化と労働人口の減少により、深刻な人手不足に直面しています。厚生労働省が発表する2025年5月の全国有効求人倍率(季節調整値)で1.25倍を記録しています。これは、依然として企業側の求人数が求職者数を上回っており、人手不足が続いていることを明確に示しています。特に専門職や技術職、サービス業などで顕著な不足が見られます。
一方で、パーソル総合研究所が2022年に発表した「APACの労働に関する調査」によると、日本における自己啓発(学習時間)の実施率は27.2%と、APAC(アジア太平洋地域)平均の57.7%と比較して著しく低い結果でした。また、同調査では、自分のキャリアを考える上で、「職場に学習する機会や支援がないこと」を課題と認識している人が多く存在することも示されています。また、株式会社リクルートキャリアが実施した「キャリアに関する意識調査」などでも、日本のビジネスパーソンが高いスキルアップ意欲を持っているにもかかわらず、企業からの学習機会提供が十分でないと感じている傾向が見られます。これらの調査結果は、企業が提供する研修と、社員が求めるスキルアップのニーズが必ずしも合致していないか、あるいは研修機会の周知や参加促進が不十分である可能性を示唆しています。
このような状況下で、採用にかかるコストが増大する一方、既存の人材をいかに育成し、定着させるかが企業の喫緊の課題となっています。産労総合研究所の「教育研修費用の実態調査」においては、過去数年間、研修費用が上昇傾向にあることは事実であり、企業が人材育成の重要性を認識し、投資を増やしていることが伺えます。 しかしながら、この「費用増」が、必ずしも「社員が感じる十分な研修機会」に直結しているとは限りません。費用が増えても、それが社員が本当に必要とするスキルやキャリアパスに繋がる内容でなければ、社員の満足度は上がりません。また、一部の層(管理職候補など)に手厚く投資される一方で、一般社員への投資が手薄になっている可能性も考えられます。
以上のことから、企業は人材育成の重要性を認識し投資を増やしているものの、社員側がその恩恵を十分に感じられていないという「認識のずれ」は実際に存在すると言えます。このずれを解消するためには、単に費用を増やすだけでなく、アプローチそのものを見直す必要があります。

認識のずれを生む要因:「主体性」の欠如とその背景
企業側が研修を準備しているにもかかわらず、社員が「十分に負担してもらっていない」と感じる認識のずれは、多岐にわたる要因が絡み合って生じます。提供された文章ではその核心に「主体性」を挙げていますが、その背景にはより深い構造的な問題も存在します。
認識のずれの要因
「何のために行うのか」の目的共有不足
企業側が研修の目的を明確にせず、単に「受けさせる」という姿勢で臨む場合、社員は研修を「業務命令」と捉え、自身の成長に直結するものとして認識しにくくなります。特に、強制参加型の研修では、この傾向が顕著です。社員は目的意識を持たないまま受講するため、学習効果が低く、結果として「意味がなかった」と感じてしまうことがあります。組織戦略や個人のキャリアパスにおける研修の位置づけを具体的に示すことで、社員は研修の価値を理解しやすくなります。
研修内容と社員ニーズのミスマッチ
企業が提供する研修が、必ずしも社員が現状で「必要」と感じているスキルや、将来的に「身につけたい」と考えるキャリアパスに合致していない場合があります。企業側は組織全体の戦略に基づいて研修を企画しますが、個々の社員が抱える課題や目標は多種多様です。社員が主体的に研修を選べる選択肢が少ない、あるいは、選択肢があってもその情報を十分に把握できていない場合も、不満につながります。
「忙しさ」による学習機会の喪失
日本の多くの企業では、業務の多忙さが日常化しており、社員は目の前の業務に追われ、自己学習や研修に時間を割く余裕がないと感じています。物理的な時間の制約だけでなく、「学ぶこと」よりも「業務をこなすこと」が優先される企業文化も影響しています。これにより、研修機会が提供されても参加できなかったり、参加しても集中できなかったりすることで、学習効果が得られず、結果として「会社は学習機会を与えてくれない」という不満につながることがあります。
主体性の育成不足と指示待ち文化
長年の企業文化や教育システムの中で、社員が自律的に考え、行動する「主体性」が十分に育まれてこなかったケースも少なくありません。指示されたことを正確にこなす能力は評価される一方で、自ら課題を発見し、解決策を提案するような主体的な行動が奨励されにくい環境では、社員も受動的になりがちです。このような環境下では、研修も「与えられるもの」として受け止められ、自ら学習内容を選び、活用しようとする意識が芽生えにくくなります。
研修の効果測定とフィードバックの不足
研修の効果が適切に測定されず、社員自身が自身の成長を実感できない場合、研修へのモチベーションは低下します。また、研修で得た知識やスキルを実務でどのように活かすべきか、具体的なフィードバックがない場合も、学習意欲は持続しません。企業側も費用を投じているにも関わらず、その効果が社員に還元されている実感がなければ、投資対効果が見えにくくなります。
「主体性」を育む人材育成の解決策
認識のずれを解消し、社員の主体的な学びを促進するためには、企業側の発信方法の改善に加えて、より多角的で継続的なアプローチが必要です。

企業側の発信・アプローチの変革
提供された文章にあるように「何のために行うのか」を明確にすることは非常に重要です。それに加えて、社員が「自分ごと」として捉えられるような情報発信と機会提供が求められます。
研修の目的と個人のキャリアパスの紐付け
解決策:研修の実施に際しては、単にスキル習得を目的とするだけでなく、それが社員個人のキャリアプランや、将来会社で担ってほしい役割にどう繋がるのかを具体的に説明します。例えば、管理職研修であれば、「この研修を通じて、あなたは将来的にどのようなチームを率い、どのような成果を出すことが期待されているのか」を明確に伝えます。
効果 :社員は研修を「強制」ではなく「自身の成長機会」と捉え、高いモチベーションで臨むことができます。
「学びの選択肢」の拡大と情報提供の強化
解決策:企業が用意する研修だけでなく、外部のe-ラーニングプラットフォームや専門性の高い講座、ビジネススクールなど、多種多様な学習コンテンツを社員が主体的に選択できる制度を充実させます。同時に、それらの情報や利用方法、費用補助制度などを社員がアクセスしやすい形で継続的に周知します。社内イントラネットでの専用ポータルサイト開設や、定期的な社内報での特集も有効です。
効果 :社員は自身の興味関心やキャリアニーズに合わせて学習内容を選択できるようになり、「与えられる」研修ではなく「自ら選ぶ」学習へと意識が変化します。
トップメッセージとリーダーシップによる「学びの文化」醸成
解決策:経営層や管理職が自ら学習する姿勢を示し、その重要性を繰り返しメッセージとして発信します。「学び続けること」が企業文化として根付くよう、具体的な行動を伴って奨励します。例えば、経営層が受講した外部研修の内容を社内で共有する、管理職が部下の学習を積極的にサポートする時間を設けるなどです。
効果 :社員は「学び」が評価されるものであると認識し、安心して学習に取り組めるようになります。
社員の主体性を引き出す環境整備
「主体性」は、単に意識付けで発揮されるものではなく、それを育むための環境と仕組みが必要です。
研修の実施
解決策:入社後の早い段階で、職場外(OFF-JT)において、強制的に困難な状況を設け、その困難な状況を自ら乗り越えさせることで、従業員に眠っている主体性を発揮させます。
効果 :一見すると荒療治のようではありますが、会社の中では失敗できない・失敗したくないというネガティブな感情が発生するため、業務との関連のないところで経験を積むことで、主体性の重要性をより理解しやすくなります。
目標設定と学習計画の連動
解決策: 個人目標(MBOなど)の設定時に、業務目標だけでなく「学習目標」も組み込むことを推奨します。どのようなスキルを習得し、それを業務にどう活かすか、具体的な学習計画(研修受講、書籍購読、資格取得など)を立てさせ、上司との面談でその進捗を確認・評価します。
効果 : 学習が業務の一環として位置づけられ、社員は自身の成長を計画的に進める意識を持つことができます。
アウトプットとフィードバックの機会創出
解決策: 研修で学んだ内容を、社内発表会で共有させたり、実際の業務で実践する機会を与えたりします。その際、上司や同僚から具体的なフィードバックを与え、学びがどのように業務に貢献したかを評価します。可能であれば、OJT(On-the-Job Training)を通じて、実務の中で先輩社員がメンターとなり、継続的な指導とフィードバックを行います。
効果 : 学びが単なる知識習得で終わらず、実践を通じて定着し、自身の成長を実感することで、さらなる学習意欲に繋がります。
社内公募制度・自己申告制度の活用
解決策: 新規プロジェクトへの参加、異動希望、部署横断的な課題解決チームへの参加などを社員が自ら申し出られる社内公募制度や自己申告制度を積極的に活用します。これにより、社員は自身の興味や強みを活かせる機会を自ら探し、主体的にキャリアを形成できるようになります。
効果 : 自身の意思で行動できる機会が増えることで、主体性が育まれるとともに、組織全体の活性化にも繋がります。
失敗を許容し、挑戦を奨励する文化
解決策: 新しいスキル習得や挑戦には失敗がつきものです。失敗を過度に恐れることなく、積極的に学習し、実践できるような心理的安全性の高い職場環境を構築します。失敗から学び、次に活かす姿勢を評価する文化を醸成します。
効果 : 社員は安心して新しいことに挑戦できるようになり、主体的な学習と成長が促進されます。

テクノロジーを活用した学習支援
現代のデジタルツールは、社員の主体的な学習を強力に支援できます。
LMS(学習管理システム)の導入と活用
解決策: LMSを導入し、多様な学習コンテンツ(e-ラーニング、動画講座、AIによる研修及びテストなど)を一元的に管理・提供します。社員は自身のペースで学習を進められるだけでなく、学習履歴の管理や進捗状況の可視化も可能です。LMSを通じて、パーソナライズされた学習レコメンド機能を提供することも有効です。
効果 : 効率的な学習が可能になり、社員は自身の学習状況を把握しながら、主体的にスキルアップに取り組めます。
社内ナレッジ共有プラットフォームの構築
解決策: 社内の専門知識やノウハウを共有できるWikiや社内SNSなどのプラットフォームを構築し、社員が自由に情報を発信・検索できるようにします。これにより、社員は他者の知識から学び、自身の学びを共有することで、相互に学習を促進できます。
効果 : 組織全体の学習能力が向上し、社員は自ら必要な知識を探し、活用する主体性が育まれます。
結論:主体性のある人材が強い組織を創る
人材育成における企業と社員の認識のずれは、単に「お金をかける」ことだけで解消されるものではありません。重要なのは、企業が人材育成の目的を明確に伝え、社員がそれを「自分ごと」として捉え、自ら学び、成長しようとする「主体性」を引き出す環境を整備することです。
「業務多忙であったり、現状維持の思考が強かったりすると、なかなか主体性が発揮されない」という指摘は、まさにその通りです。しかし、主体性は「待っていれば自然に発揮される」ものではなく、人事部門が発信方法を変え、仕組みを作り、文化を醸成することで、意図的に引き出し、育むことが可能です。
企業が社員の主体的な学びを支援し、それが個人の成長と組織の発展に繋がる循環を確立できた時、人手不足という社会課題に立ち向かい、持続的な成長を実現できる強い組織が生まれるでしょう。人材育成は、単なるコストではなく、未来への不可欠な戦略的投資として、これからも進化し続ける必要があります。
貴社は、社員の主体的な学びを促進するために、どのような具体的な施策を今後検討されますか?
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