「最近、静かな退職という言葉を耳にするけれど、最低限の仕事しかしない選択は本当に悪いのか」と悩む人事担当者や経営者が増えています。
GPTW Japanの2025年調査※では、静かな退職を選ぶ社員の71%が入社後の環境変化を契機に行動を変えたと報告されています。こうした動きが組織に与える影響は生産性低下や離職コストの増大だけでなく、ブランドイメージの毀損にまで及ぶ可能性があります。この記事では静かな退職が抱えるデメリットを整理し、実務で役立つ原因分析と対策を提示します。課題の全体像を把握し、社内エンゲージメント向上施策を検討する際の材料として活用してください。
※参照:hatarakigai.info

静かな退職とは?意味と現状
静かな退職は、退職届を出さずに業務量を必要最低限へ抑える働き方です。2022年に米国で話題となり、2024年以降は日本の若手社員にも急速に浸透しました。エンゲージメントの低下が続くと組織の競争力が落ちるため、実態把握が急務です。
静かな退職(Quiet Quitting)の定義
静かな退職(Quiet Quitting)は、退職意思を示さず職務範囲を契約上の最低限に限定する行動様式です。残業や上司への提案、自発的改善活動といった評価に直結しにくい付加業務を控え、心理的・時間的負担を減らします。一方で挑戦機会を自ら閉ざすため実績とスキルの可視化が難しくなり、昇進や報酬向上のチャンスを逃しやすい点が特徴です。この状態が長期化すると周囲の期待値との差が広がり、評価面談での齟齬やキャリア停滞を招きます。また自己効力感の低下が学習意欲を削ぎ、労働市場での競争力維持が難しくなると指摘されています。
流行の背景と国内の動向
静かな退職が拡大した背景には、働き方改革とテレワーク普及で個人が業務時間を管理しやすくなったことがあります。さらに物価上昇と実質賃金の伸び悩みが続き、報酬に見合う負荷かどうかを社員が厳密に判断する傾向が強まりました。2024年末に厚生労働省が実施した働く意識調査では、20代の43%が「現職でのやりがいより私生活の充実を優先したい」と回答しており、世代間ギャップも浮き彫りになっています。企業が成長機会や公正な評価を提示できなければ、静かな退職は今後も拡大すると予想されます。
静かな退職は何が悪い?主なデメリット
静かな退職はワークライフバランスを守る一方、本人のキャリアと組織の双方に深刻な負の影響をもたらします。特に下記の3つの項目は相互に作用し合い、企業文化や人材育成の質を長期的に低下させる恐れがあります。
- 成果創出と昇進機会の減少
- チーム内コミュニケーション低下
- モチベーション喪失と自己成長停滞
それぞれ順番に解説していきます。
成果創出と昇進機会の減少
静かな退職を続けると成果を示す機会が減り、目標管理シートや評価面談でアピールできる材料が乏しくなります。結果として半期ごとの評価スコアが横ばいとなり、昇給レンジや昇格候補リストから外れやすくなります。さらに社内異動や重要プロジェクトへの抜擢も見送りとなり、成長のステージに立つ経験値が得られません。5年単位で見ると同年代との差は年収だけでなく人脈・スキルにも波及し、転職市場で提示されるオファー額やポジションの幅が狭まる悪循環につながります。
チーム内コミュニケーション低下
必要最低限の発話にとどまる働き方は、メンバー間の情報共有と相互フィードバックを阻害します。Slackや共同ドキュメントへの書き込みが減れば、進捗の透明性が失われ、タスクの重複や抜け漏れが発生しやすくなります。相談をためらう空気が生まれると心理的安全性が薄れ、課題指摘やアイデア提案が減少します。その結果、熟練者の知識が属人化し、新人育成にも遅れが出ます。コミュニケーションコストを削った分、ミス修正や火消しに充てる時間が増え、総労働時間がかえって膨らむケースも少なくありません。
モチベーション喪失と自己成長停滞
挑戦を避ける日々が続くと、成功体験や達成感を得る場面が激減し、仕事への内発的な動機づけが弱まります。学習投資を後回しにする習慣が定着すると市場スキルが陳腐化し、新しいテクノロジーや業界動向に追随できなくなります。自己効力感が下がると「どうせ評価されない」という諦めが強まり、さらに挑戦を遠ざける負のスパイラルに陥ります。この状態では成長を支援する制度が整っていても活用意欲が湧かず、研修受講率や資格取得率が低下します。結果としてキャリア資本が積み上がらず、将来の選択肢を自ら狭めることになります。
静かな退職が企業に及ぼす影響とリスク
静かな退職が蔓延すると、企業は短期的な成果の悪化だけでなく長期的な競争力低下に直面します。生産性、離職コスト、ブランド評価の3側面で複合的ダメージが生じ、回復には相応の時間と投資が必要です。
生産性と業績への長期影響
静かな退職が続くと、担当者不在に近い状態でも業務が回っていると錯覚しやすく、目標設定やリソース配分が甘くなります。成果指標が徐々に悪化し、期末の赤字や顧客離脱といった形で表面化するまで問題を把握しにくい点が厄介です。
プロジェクト遅延と品質低下
必要最低限の業務に絞って取り組む姿勢は、業務の進行や確認作業の時間を圧迫します。その結果、ミスやトラブルが発生し、後から手直しや対応にかかるコストが増えてしまいます。
顧客満足度の後退
業務の遅れが連鎖すると、納期を守れないことが顧客満足度の低下につながり、契約の継続や追加のビジネスチャンスを逃す原因となります。また、関連部署の負担も増え、社内全体で悪循環が生じやすくなります。
離職コストと採用費用の増大
静かな退職が進行すると、本人だけでなく周囲もモチベーションを喪失し、連鎖的に離職が起こりやすくなります。採用市場では同業他社との競争が激化し、人件費の高騰や採用リードタイムの長期化が経営を圧迫します。
採用競争力の低下
エンゲージメント低下が外部へ漏れると、候補者は企業文化に不信感を抱き、応募件数が減少します。求人広告費を増やしても応募単価は改善しにくく、労働市場での魅力度が下がります。
教育・立ち上げコストの重複
離職が続けば入社者への教育が頻発し、OJT担当者の負荷が増大します。経験値が蓄積しないまま入れ替わるため、組織全体の知見が薄まり、中長期的な効率化が進みません。
ブランドイメージ・採用競争力の低下
静かな退職は外部から「働きがいの低い会社」という印象を与えがちです。SNSや口コミサイトでの否定的な投稿が増えると、投資家や取引先にもネガティブな評価が伝播し、資金調達や新規取引に影響を及ぼす恐れがあります。
口コミ・SNSでの悪影響
ネガティブ体験を共有する投稿は短期間で広がりやすく、企業広報が打ち消すのは容易ではありません。採用候補者の信頼獲得に追加のリソースが必要になります。
投資家・ステークホルダーの評価悪化
人的資本経営が注目される現代では、人材エンゲージメント指標が投資判断材料となります。静かな退職が拡大していると報じられると経営リスクが高いと見なされ、資金コストが上昇する場合があります。
静かな退職を招く5つの原因
静かな退職は個人の怠慢ではなく、組織構造やマネジメント不全が引き金となるケースが大半です。
主な原因として以下の5つがあげられます。
- 過剰な業務とリソース不足
- 不公平な人事評価
- キャリアパスの不透明さ
- ハラスメント・心理的安全性の欠如
- 労働市場の多様な選択肢
要因を特定し、優先順位を付けて対策に取り組むことが効果的です。
それぞれ順番に解説していきます。
過剰な業務とリソース不足
慢性的な人員不足や売上目標の上積みで仕事量が雪だるま式に増えると、従業員は残業を前提とした毎日に疲弊します。担当タスクが属人化して休暇取得すら難しくなると、心身を守るために「余計な仕事は引き受けない」という防衛行動が強まります。さらに業務量の見積もりが甘いまま仕事が進むと、「いつか落ち着く」という期待は裏切られ続け、過重負荷が常態化します。マネジャーが応援要員や外部リソースを迅速に確保できなければ、挑戦より現状維持を選ぶ文化が組織に根付き、静かな退職へ移行しやすくなります。
不公平な人事評価
評価基準が曖昧で上司の主観に左右される環境では、「頑張るだけ損だ」という諦めが広がります。
評価結果の根拠が面談の際に示されず、フィードバックが表面的に終わる状態が続くと、上司や組織への不信感が生まれます。やがて「最低限の仕事で十分」という静かな退職が組織全体に広がります。
キャリアパスの不透明さ
どの職位に進み、どのスキルを獲得すれば報酬がどれだけ伸びるのか示されない場合、従業員はキャリア投資のリターンを見積もることができません。ロールモデルや社内公募制度が不足すると成長曲線を描けず、短期の業務消化に意識が偏ります。また、研修費用が自己負担であったり、受講時間が確保できない環境であったりすると、学習のハードルがさらに高まり、「現状維持で十分」という心理が固定化され、静かな退職を選びやすくなります。
ハラスメント・心理的安全性の欠如
叱責や陰口、無視といったハラスメントが常態化する職場では、従業員はミスを恐れて発言を控えるようになります。心理的安全性が低い環境では挑戦より失敗回避が優先され、責任範囲を縮小する静かな退職が個人・チームの双方に伝染します。意見を述べても否定される経験が重なると自己効力感が下がり、チャレンジや改善活動が急速に減少します。
労働市場の多様な選択肢
副業やフリーラン等の多様な働き方が拡大した現在、従業員は本業一本にキャリアを預ける必要が薄れました。特にITスキルを持つ人材は複数の収入源を確保しやすく、会社へのエンゲージメントが相対的に低下します。本業で追加責任を背負うインセンティブより、余力を副業や学習に振り向ける方が合理的と判断されやすく、結果として最低限のパフォーマンスにとどめる静かな退職が選択肢として浮上します。
静かな退職に企業が取るべき対策と防止策
社員の静かな退職を防ぐには、個々の行動変容ではなく組織設計を見直す必要があります。エンゲージメントの計測から制度改革まで多面的に取り組むことで初めて再発防止が期待できます。それぞれのポイントを同時並行で進めることで、離職防止と生産性向上を両立できます。
従業員エンゲージメント測定と改善
四半期ごとにエンゲージメントサーベイを実施し、所属・役職ごとにスコアを可視化します。最低スコア領域に対してはマネジャーがアクションプランを提出し、次回サーベイでの改善率をKPIに設定することで継続的改善を仕組み化できます。
エンゲージメントサーベイの活用
質問項目は「成長機会」「認知・承認」「心理的安全性」の3カテゴリを中心に設計し、結果をチーム単位で公開します。匿名コメントはナレッジベースとして管理し、改善施策を即時共有することで信頼を高めます。
フィードバック文化の定着
1on1や会議の場で、1人ずつ短時間で口頭と文書の両方でフィードバックを行うルールを設けます。良い点を多めに、改善点を少なめに伝える目安を示すことで、心理的安全性が担保された環境を作ります。
公正な評価と報酬制度見直し
職務定義をジョブディスクリプションで明文化し、成果指標と行動指標の重み付けを職種別に設定します。半期ごとに査定基準を社内ポータルで開示することで納得感を醸成できます。
評価基準の透明化
目標設定時にマネジャーと従業員が合意書を作成し、進捗レビューを月1回実施します。基準は5段階評価で公開し、全社均一のプロセスにすることで公平性を確保します。
成果主義とチーム貢献の両立
個人KPIとチームKPIを7対3の比率で連動させ、成果と協働の両方を報酬に反映します。副次的に協力行動が増え、組織学習が活性化します。
キャリア支援とリスキリング促進
キャリア面談を年2回義務化し、本人の強みと志向を棚卸しした上で「個別育成計画」を作成します。計画には次のポジションに必要なスキルと取得期限、推奨講座を紐付け、社内ポータルで上司と共有します。
さらにeラーニング費用を年間10万円まで会社が負担し、講座選択を支援するリスキリングカタログを公開します。受講完了率や資格取得数を評価指標に加え、学習行動を昇格条件と連動させることで挑戦を後押しします。また社内FA制度を整備し、習得スキルを活かせる部署へ半年ごとに応募できる仕組みを設けると、学習が直接キャリア機会につながり意欲が持続します。
柔軟な働き方とワークライフバランス強化
フレックスタイム制に加えて週3日の在宅勤務を標準とし、出社日もコアタイム外は自由に設定できるようにします。勤怠データはBIダッシュボードで可視化し、月残業20時間超のチームには改善計画を提出させます。
年次有給休暇の取得率をチーム評価項目に組み込み、取得促進を数値で管理することで休暇への心理的障壁を下げます。さらに短時間正社員やシフト制リモート勤務を導入すれば、子育て・介護と両立する社員も能力を維持したまま働き続けられ、静かな退職の抑止につながります。
早期サイン検知と1on1面談
遅刻増加やチャット反応の遅延、タスク進捗の停滞は静かな退職の前兆です。勤怠システムとプロジェクト管理ツールを統合し、前月比で行動変化があればアラートを自動通知する仕組みを構築しましょう。通知を受けた上司は2週間以内に1on1面談を行い、現状・原因・支援策を整理します。面談内容は共通フォーマットで記録し、人事とEAP担当者がフォローアップの要否を判定します。対応が早ければ業務再配置や補助人員投入で負荷を軽減でき、社員が静かな退職に踏み切る前にエンゲージメントを回復させることが可能です。
まとめ
静かな退職は本人の負担軽減策となる一方、企業の生産性と従業員のキャリア双方に長期損失をもたらします。主因は過剰業務、不公平評価、キャリア不透明、心理的安全性欠如、多様な選択肢の5つです。企業はエンゲージメント把握、透明な評価、リスキリング支援、柔軟な働き方、早期サイン検知を組み合わせ、個人はセルフチェックと市場価値の確認を通じて最適な働き方を選ぶことが重要です。組織と個人が双方向で改善を進めれば、挑戦と成長を後押しする職場文化を再構築できます。
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