物価上昇や最低賃金の引き上げを受け、企業には賃金水準を継続的に見直すことが求められています。一方で、賃上げによる人件費の増加をどのように吸収するか、いつ給与を改定すべきか悩む経営者や人事担当者も少なくありません。

物価上昇を理由とする賃上げに、法律で一律に定められた開始日はありません。ただし、地域別最低賃金が改定された場合は、各都道府県の発効日までに対象従業員の賃金を確認し、必要に応じて改定する必要があります。

この記事では、物価高に伴う賃上げの考え方、最低賃金の改定時期、経営への影響、賃上げ促進税制の概要を解説します。人件費だけでなく、人材確保や定着への効果も踏まえて、自社に適した対応を検討しましょう。

物価上昇によって賃上げが必要になっている

世界的な物価上昇によって、小麦やガソリンなどの価格が高騰してきています。その影響を受け、日本でも賃上げを推進する動きが強くなってきました。インフレによる物価上昇が続く限りは賃上げが必要なのは確かです。ここでは、賃上げとは何かという基本的なところから人事や経営者にとって必要な視点を解説します。

賃上げとは

賃上げとは、従業員に支払う賃金を引き上げることです。代表的な方法には、賃金表の水準を一律に引き上げる「ベースアップ」、年齢や勤続年数、人事評価などに応じて行う「定期昇給」、最低賃金の改定に対応するための給与改定があります。

物価上昇を受けた賃上げと、最低賃金の引き上げは同じものではありません。企業が物価高や採用競争を考慮して行う賃上げは、原則として各社が経営状況や報酬方針に基づいて判断します。一方、地域別最低賃金が引き上げられ、従業員の賃金が改定後の金額を下回る場合は、発効日以降の賃金を見直さなければなりません。

賃上げを検討するときは、最低賃金への適合だけでなく、同業他社の賃金水準、物価動向、採用競争力、既存社員との賃金バランスも確認する必要があります。

賃上げはいつから必要?最低賃金の改定時期との違い

物価上昇を理由とする賃上げには、全国一律の開始日はありません。春季労使交渉に合わせて4月に給与を改定する企業もあれば、決算期や人事評価の時期に合わせて実施する企業もあります。

一方、地域別最低賃金は原則として毎年度見直され、都道府県ごとに決定された発効日から新しい最低賃金が適用されます。発効日は全国一律ではないため、事業所がある都道府県の金額と日付を個別に確認してください。

給与改定にあたっては、次の順序で確認するとよいでしょう。

  1. 時給制・日給制・月給制の従業員について、時間額に換算した賃金を確認する
  2. 各事業所に適用される地域別最低賃金または特定最低賃金と比較する
  3. 改定後の最低賃金を下回る従業員を特定する
  4. 賃金表や等級間のバランスへの影響を試算する
  5. 就業規則や賃金規程の変更、従業員への説明を行う

最低賃金額と発効日は毎年度変わる可能性があります。必ず厚生労働省または都道府県労働局の最新情報を確認しましょう。

賃上げが事業の妨げになる可能性

賃上げは事業を進める上で妨げになると考えてしまいがちです。しかし、実際には賃上げによって事業が推進される可能性もあります。物価上昇と最低賃金の引き上げによって起こることを広く考慮して、賃上げの影響を詳しく見ていきましょう。

人件費の負担が増えるのが問題

最低賃金の引き上げによって賃上げをして、人件費の負担が増えるのは事業を進める妨げになるリスクがあります。当然ながら賃上げをした分だけ収益を生み出さなければ、企業は立ち行かなくなります。物価が上がって商品を高く売れれば良いですが、インフレになると消費行動が低迷するので売上数が減ってしまいがちです。そのため、賃上げによって増えた人件費を事業で取り返せなくなり、赤字経営になってしまう可能性があります。他にも、人件費の負担が大きくなったことで設備投資などができなくなり、事業を促進しにくくなることもあるのはデメリットでしょう。

最低賃金を超えている従業員にも対応が必要

最低賃金が引き上げられたときに賃上げをしなければならないのは、法的には最低賃金未満になってしまう従業員だけです。ただ、最低賃金を超えている従業員にも昇給などによる対応が必要になります。物価上昇の影響で生活が苦しくなっている可能性が高いからです。従業員のエンゲージメントを高めるには、生活面で不自由がないように支援することが重要です。昇給をして物価水準に合う給料を支給したり、手当を出したりして対応することで従業員が前向きに働いてくれるようになります。賃金が上がらないのが原因で貴重な人材が流出するリスクもありますので、従業員全体に対応することが必要です。

特に注意したいのが、最低賃金付近の従業員だけを昇給した結果、上位等級や経験者との賃金差が小さくなる「賃金圧縮」です。責任や技能の差が賃金へ十分に反映されなくなると、既存社員の納得感を損なう可能性があります。対象者だけの調整で終わらせず、賃金表、等級間の昇給幅、手当の位置づけまで確認しましょう。

賃上げを人材確保・定着につなげる

賃上げは人件費を増加させる一方、採用競争力の向上や従業員の定着、エンゲージメントの改善につながる可能性があります。ただし、給与を上げるだけで必ず離職を防げるわけではありません。

効果を高めるには、賃上げの目的や算定基準を従業員へ説明し、評価制度、キャリア形成、働き方、福利厚生などと組み合わせることが重要です。また、一律の引き上げだけでなく、採用が難しい職種や責任の大きい役割、市場水準との差が大きい層を把握し、優先順位を設ける方法もあります。

賃上げを単年度のコストとして捉えるのではなく、人材への投資として、採用費、離職率、生産性、付加価値の変化まで継続的に検証しましょう。

物価上昇下で報酬水準を考える際は、社内の賃金制度だけでなく、労働市場における人材移動との関係も重要です。雇用の流動化と日本の報酬水準の関係を専門家が解説したコラムもあわせてご覧ください。

賃上げ促進税制とは

従業員への働きかけによって賃上げは事業を促進できる可能性があるのは確かです。ただ、資金がなくては事業を加速できないのももっともなことでしょう。日本では賃上げ促進税制によって、資金の問題も軽減できるようにしています。ここで、賃上げ促進税制の内容を詳しく確認しておきましょう。

賃上げ促進税制の仕組みと対象期間

賃上げ促進税制は、一定の要件を満たして従業員への給与等支給額を増やした企業や個人事業主が、増加額の一部を法人税または所得税から控除できる制度です。

対象となる事業年度、賃上げ率の要件、税額控除率、上乗せ要件は税制改正によって変わります。また、企業規模により「全企業向け」「中堅企業向け」「中小企業向け」など適用する制度区分が異なるため、過去年度の要件をそのまま当てはめることはできません。

制度の利用を検討するときは、次の点を確認してください。

  • 自社がどの企業区分に該当するか
  • 対象となる事業年度
  • 比較対象となる給与等支給額
  • 教育訓練、仕事と子育ての両立支援、女性活躍などに関する上乗せ要件
  • 法人税額または所得税額に対する控除上限
  • 控除しきれない金額の繰越措置の有無
  • 申告時に保存・提出が必要な書類

制度要件は改正されるため、申告前に経済産業省・中小企業庁の最新資料を確認し、必要に応じて税理士などの専門家へ相談してください。

大企業の場合の賃上げ促進税制

大企業・中堅企業向けの制度では、原則として継続雇用者の給与等支給額の増加率などが判定基準になります。適用対象となる企業の範囲や基本の控除率、上乗せ要件は対象事業年度によって異なります。

また、一定規模以上の企業には、マルチステークホルダー方針の公表など、税額控除率以外の要件が設けられる場合があります。企業規模だけで判断せず、資本金、従業員数、事業年度、継続雇用者の範囲を確認してください。

中小企業の場合の賃上げ促進税制

中小企業向けの賃上げ促進税制は、青色申告書を提出する中小企業者等が、一定の要件を満たして給与等支給額を増やした場合に利用できる制度です。給与等支給額の増加率に応じた控除に加え、対象事業年度によっては両立支援や女性活躍などの取り組みに関する上乗せ措置が設けられています。

中小企業向け制度では、控除しきれなかった金額を一定期間繰り越せる措置が適用される場合もあります。ただし、繰越控除を利用する年度にも所定の要件や手続きがあるため、自動的に翌年度へ繰り越されると考えないよう注意が必要です。

適用可否は、会社法上の区分ではなく税制上の「中小企業者等」の定義に基づいて確認してください。

賃上げを通して事業を促進させよう

物価上昇や最低賃金の改定に対応するには、対象者だけの給与を調整するのではなく、賃金表、人件費予算、採用市場との比較、既存社員の納得感まで確認することが大切です。

賃上げは短期的には人件費を増やしますが、人材の確保・定着や生産性向上につながれば、事業を支える投資にもなります。目的、対象、原資、実施後に検証する指標を明確にしたうえで、自社に合った方法を検討しましょう。

賃上げ促進税制を利用する場合は、対象事業年度と企業区分に対応する最新要件を確認してください。税制だけを理由に賃上げを決めるのではなく、中長期の人材・事業計画と整合させることが重要です。

また、給与水準だけでなく、従業員の実質的な生活負担に目を向けることも重要です。賃上げだけでは解決できない若手社員の奨学金問題では、奨学金返還支援を人材定着につなげる考え方を紹介しています。

賃上げ促進税制の活用ポイントを資料で確認

賃上げ促進税制を検討する際は、自社の企業区分や対象事業年度を整理し、適用要件を確認する必要があります。制度の概要と活用の考え方をまとめた資料を、社内での検討や情報整理にお役立てください。

「賃上げ税制の概要と活用について」を無料ダウンロード

 

この記事を読んだあなたにおすすめ!

こちらの記事もおすすめ!
お役立ち情報
メルマガ無料配信

お役立ち情報満載!ピックアップ記事配信、セミナー情報をGETしよう!

人事のプロが語る、本音のコラムを公開中

人事を戦略に変える専門家たちが様々なテーマを解説し、"どうあるべきか"を本音 で語っている記事を公開しています。きっとあなたの悩みも解消されるはずです。


お役立ち資料を無料ダウンロード
基礎的なビジネスマナーやテレワーク規定、管理職の方向けの部下の育て方や評価のポイントまで多種多様な資料を無料で配布しています。ぜひご活用ください。